第九十九話「外部顧問:キムラ・ジュディ」
工房の朝。
いつも通りのはずだが、今日は少しだけ憂鬱だった。
いや、今日だけじゃない。
毎週この日は、こうだ。
「……嫌だな~。行きたくないなぁ~。」
トーストをかじりながら、ぼやく。
カイラとサヤが俺を訝しげに見つめていた。
「ボンクラ。それ、毎週のように言うの止めてくんない?」
「ね?ご飯、美味しくなくなるよね。」
「……ひどくない?」
俺が、アルカナの外部顧問になって一年が経った。
それから、毎週一回は役員会議に出席している。
アルカナとの契約で、ネルの研究に付き合うこと。
役員会議にオブザーバーとして出ること。
その二つが条件だった。
代わりに結構な金と、MANAへの情報共有も許可されている。
正直、割に合わないと思っている。
何が嫌って、あの空気だ。
何回行っても、慣れない。
「サヤ~。」
「あんだよ?」
「代わりに行くとか、どう?」
「絶対、嫌。」
即答だった。ひどい。
でも、次だ。
俺は、カイラを見つめる。
この工房の、最後の砦。
「……。」
「な、何?そ、そんなに見ないで?」
あ、照れてる。
可愛い。
「カイラ。よければ——」
「嫌だ。」
「……まだ、何も言ってませんが?」
「嫌だ。」
「……そ、そうですか。」
全交渉が撃沈した。
俺はコーヒーを飲み干し、立ち上がる。
上着を手に取った。
サヤが俺を目で追っていた。
「じゃあ、行くか~。」
「結局、行くんじゃん。」
「ま、仕事だしな。」
「……じゃあ、あの無駄な会話なんだったのよ。」
いやいや、ダメ元ってあるじゃん?
そんなことを思いながら、玄関へと向かう。
「あ、ジュディ!」
カイラに呼び止められた。
「今日、夜ごはんは?」
「ん!みんなで食べたい!」
「えへへ。分かった。」
「遅くなるようなら、連絡するよ。」
いつもの、ここへ帰る約束。
俺は、二人に向かって言った。
「ほんじゃ!行ってきます!」
「「いってらっしゃい!」」
—
カルディアの中央に位置する、アルカナ本社。
役員会議の前に、もう一つ仕事があった。
ネルの研究に、付き合うこと。
これもまた、俺の憂鬱になる原因の一つだった。
通い慣れた、第七研究室。
ネルと向かい合わせに座っていた。
「んふふ!その後、進展はなさそうだねぇ~?」
「あぁ。たまに声は聞こえるけどな……。」
研究の内容は、俺の中にいるであろうアルトについてだ。
目下、アルカナの最も重要な研究テーマは俺らしい。
世界を救うという意味は、未だに分からないが。
「ジュディがぁ、生まれてもう三年だっけ?」
「まぁ、そんなもんだな。」
「よしよしぃ~。『さんしゃい』でちゅね~?」
「止めろや。」
「あっは!」
といっても、研究の内容はこうやって話すだけだ。
献血やらデータスキャンやらもあるが、薬物投与などは断固拒否した。
ネルも渋々受け入れている。
「サンプルがさぁ~。ジュディだけだから……。」
「ん?」
「下手なことできないんだよねぇ~~。」
「そっすか。」
「……でもね。」
ネルが、急に語尾を伸ばさなくなった。
真剣な話になる時の癖だ。
「確実に、『進行』してる。それは言えるよ。」
「……それは、どういう意味だ?」
「アルトの意識が、大きくなってる。」
「……。」
「前回のスキャンと比較してもね。明らかに、存在感が増してる。」
「……それって、まずいのか?」
「今すぐどうこうって話じゃない。でも——」
ネルが、俺をじっと見た。
「放っておいたら、どうなるか分からない。」
「……。」
「まぁ~。他は全然変わんないけど★」
スイッチが戻った。
いつものネルだ。
いつもと変わらない。
でも、俺の中で何かが動いていることだけは、確かだった。
—
役員会議室。
長い楕円形のテーブルに、六人が座っていた。
社長のゼノ・アルカナ。
軍事開発部門のゴード・ラムス。
技術研究部門のネル・クライス。
都市開発部門のエルド・ヴィオ。
カルディア政府責任者のフレム・ノア。
そして、俺。
入口付近に、ジャス・サインが立っている。
フレムの護衛だが、会議にも同席することがある。
進行は、いつも通りエルドだった。
「では、本日の議題に入ります。」
エルドが端末を操作すると、テーブル中央のモニターに地図が表示された。
各都市に、赤い点が散っている。
「まず一点目。直近三ヶ月で、アルカナ関連施設への攻撃が十件以上発生しています。」
十件以上か……。
前の四半期と比べて、倍以上だった。
「対象はいずれも支社、または物流拠点。本社への直接攻撃はありません。ただし、頻度と精度が上がっている。偶発的な犯行ではなく、組織的な動きと見るべきです。」
ゴードが腕を組んだ。
「犯行声明は?」
「出ていません。現場の痕跡から、複数の組織が関与している可能性があります。」
「つまり、黒幕がいるな。」
エルドが頷いた。
「断定はできません。ただ、各事件の手口に共通点があります。使用されたストーンウェアの型が、いずれもバイオストーン製です。」
「なら黒幕は、ほぼ確定だな。」
「えぇ。正直、隠す気はありませんね。」
……バイオストーン。
ヴェーラの企業だ。
生体とストーンウェアの融合技術に強い。
正直、名前を聞くだけで胃が重くなる。
あの都市に、いい思い出が少ないからだ。
まぁ、いい思い出のある都市の方が少ないけど。
「二点目。バイオストーンの動向についてです。」
エルドがモニターを切り替えた。
「直近一年で、バイオストーンの技術開発速度が異常に上がっています。特にゲノムテクノロジー関係ですね。」
ネルが鼻を鳴らした。
「これだとぉ~。アルカナの情報が多少漏れてるって考えられるねぇ~~。」
「……アルカナ内部に、スパイがいると?」
「いやぁ~?どっちかというと人材流出の方かなぁ~?」
「……出向社員の引き抜き、ですか。」
「んふふ~。まぁ、でもこの程度じゃまだまだぁ。可愛いもんだねぇ。」
テロの多発。
しかも、使われたストーンウェアはバイオストーン製。
バイオストーンの急成長。
偶然と思うには、出来すぎている。
てか、ほぼ黒だろ。これ。
「ゼノ社長。ご意見はございますか。」
エルドが、ゼノに向けた。
ゼノは、しばらく黙っていた。
「……監視を続けろ。ただし、こちらから手を出す段階ではない。」
「了解しました。」
「バイオストーンが動いているのであれば、動機がある。動機が分からぬうちに手を出せば、こちらの一手で全体の幸福指数を下げかねない。」
相変わらずだ。
冷静で、合理的で、どこまでも他人事みたいな口調。
「——では、本日の議題は以上——」
——ビー、ビー、ビー、ビー。
警報だった。
会議室の照明が、赤に切り替わる。
全員が動きを止めた。
その中で、エルドだけが即座に端末を操作した。
「——アルカナ第三支社。攻撃を受けています。」
カルディアの、支社。
ここから、そう遠くない。
俺は立ち上がった。
「ジャス!」
「分かっている。」
ジャスが扉を開けた。
ゼノが、静かに口を開いた。
「ジュディ。お前は外部顧問だ。現場に出る契約ではない。」
「知ってるよ。外部顧問なら、あんたの言うこと聞く義理はねーよな?」
「……。」
そのまま、会議室を飛び出した。
第九十九話、お読みいただきありがとうございます。
第二部初回は、外部顧問として生きるジュディの一日でした。
ちょっとアルカナと仲良くなってますよね?多分。
では、10分後にお会いしましょう!
ブクマやコメントをいただけると、サヤかカイラが役員会議に出席するかも。
よろしくお願いします!




