FILE 06 ま、どうにかなるデショウ!
【ただいま説明された高熱病は、練馬区のマンション団地で相次いだ転落死亡事故の原因とされる高熱病、いわゆる“鉄塔病”との関連はあるのでしょうか?】
【えー。ご指摘の事案についてはこちらも把握しております。しかし件の事故との因果関係につきましては、えー。現時点で厚生労働省として確定的なお答えをする段階にはありません。
ありませんが、共通する症状が確認されている事例があることから、関連の有無を含めて慎重に調査を進めております】
記者の質問に対して、松下課長はその様に、のらりくらりと答えていく。その姿はどう見ても日本のお役人と言った所だ。
あれから数週間後。東京都で行われたネズミやカラスの調査収集やそれらのフンの採取、土壌や水質の調査。近隣病院の高熱患者記録の洗い直しに類似転落事故の再調査等多忙を極めた。
その甲斐あって、こうして厚生労働省は都内における高熱病に関する記者会見を開くことが出来たのだ。
……最もこれは数日前の物で、動画サイトのニュース公式チャンネルの映像ではあるけれども。
「……先日の記者会見、見てるの?」
「はい。松下ボスが仕事しているノデ」
飯酒盃さんの言葉に私はそう答える。
「しかし鉄塔病とは……マスコミも中々適当な言葉を使うなぁ」
飯酒盃さんはそう呆れる様子で言う。
「例の寄生虫の正式な名前は、カラス眼線虫でしたっけ?」
そう言うのは佐藤さんだ。今回は佐藤さんも一緒である。
「まだ正式発表は控えていまスガ、論文にはそう記入しますノデ」
私は動画を見つつ、言う。
カラス眼線虫。通称鉄塔病。
それが今回の連続落下事件の……中央合同庁舎屋上やマンション屋上のネズミ、そして真理さんの遺体から発見された……犯人ともいえる病原体である寄生虫の名称である。
マンションの噴水や土壌、そして真理さんのプランターからもやはりこの寄生虫の卵が検出されており、噴水の使用は当面禁止。マンション団地全域に注意喚起が敷かれる事となっている。
しかし記者会見での発表はしない。当然だ。今回の会見はあくまでも『都内で急増している高熱病に関する注意喚起の為の厚生労働省の会見』であり、新種の寄生虫の発表会ではない。
それに今の情勢下で発表すれば、恐怖で混乱した市民たちの手でカラスやネズミの駆除を勝手にされてしまう可能性が予見される。
しっかりした手順で駆除されなければ関連商品の枯渇や思わぬ二次災害、そして必要以上の接触による感染拡大や生態系の破壊等に繋がる。
それだけは避けねばならない。
【この高熱病は感染症なのか、それとも寄生虫など別の要因なのか、見通しは立っているのでしょうか?】
動画の記者の一人がそのような事を尋ねた。
【えー。それにつきましては、病原体を含めた原因については現在分析中であり、特定の可能性に言及することは差し控えます。ただし、複数の環境要因ならびに動物由来の可能性も含めて調査を進めております】
松下課長はそのように返答する。
【埼玉や神奈川県においても同様の症状が広がっているのですが、関東全域に広がっている可能性はあるのでしょうか?】
別の記者が質問を行う。
【それに関しましては保健所医療局長の田成が説明します。えー。現時点では調査中でありますので断定は避けさせていただきますが、広域に感染が広がっておりますので、先ほど申されたように発熱や眼痛などの該当する症状が見られた際は無理をせず、早めに医療機関を受診していただきたいです】
そう松下課長の隣に座る保健所医療局長が、これまたのらりくらりと説明を行った。
……正直これで大丈夫なのかという気持ちもなくはないが、しかしながら事実として今調査中なのだから致し方ない。
なにせ今、その調査の為に私達トッカンは荒川上流の奥秩父まで来て、カラス眼線虫の起源を探る為に淡水性の貝や虫を採取しているのだ。
無論、トッカンのみならず関連する機関の職員達と一緒である。
「そういえば、結局あの団地はどうなるんですか?」
佐藤さんがそう尋ねる。
「まぁ当然のように噴水は使用停止。カラスや野鳥への餌やりや接触も禁止や控えるようにとの注意喚起、あとベランダでの家庭菜園も注意。鳥のフンへの清掃も徹底してまぁネズミ駆除の強化がなされているが……」
「いや、まぁそれもそうなんですが……」
飯酒盃さんの、やや説明口調な言葉に、いやそうじゃなくて。と佐藤さんは口にする。
「3人も死亡者が出た訳ではありませんか? 3人目は器物破損による不法侵入ではありますが、1人目2人目はまだ未成年……遺族の方々がマンション管理者に訴えるとかって……」
佐藤さんはそう今回の事件の顛末に当たる部分を尋ねる。
「それな。まぁ普通に起訴……じゃなくて提訴だっけか……をするんだが、遺族側も遺族側であんまり乗り気でもないらしくてな……これ五十木警部から聞いた話なんだけどね」
そう言って飯酒盃さんは語る。
いわく、遺族側も遺族側で落ち度はあるしそれに自覚的であり、マンション管理側も管理側で監視体制が不十分である事も反省的であるからして、なんらかの手打ち……つまり管理側の謝罪と見舞金・和解金に近い譲歩、屋上運用の根本的な見直しや安全管理の見直し等を条件に和解する動きがあるらしい。
我が国アメリカでは考えられない事だ。
「我が国ではこういう場合、徹底的に戦うのデスガ……」
「そこはまぁ。うん。お国柄というか……」
「遺族の方も遺族でそっとしておいて欲しいという感情も分かるのですよ。ルシアさん」
私の言葉に飯酒盃さんに佐藤さんが答える。そういう物なのですね。
「で、次は何が知りたい?」
飯酒盃さんはそう尋ねる。
「そうですね……まぁ大体わかっているのですが、結局この病気っていつから始まってどこまで広がってるんでしょうかね?」
「それは現在調査中……ってのは会見の話だが、まぁ広範囲かつ大分昔から……多分コロナ前から……ですよね。ルシアさん?」
佐藤さんからの質問に、飯酒盃さんはそう尋ねて来る。呼び捨てで良いと言ったのに結局さん付けが定着してしまった……。
「はい、そうデスネ。現在関東のみならず静岡や名古屋、大阪にも調査やデータの洗い出しをお願いしていますが、どうも同様の症状が何件か報告されており、特に東京のネズミのデータに関しまシテハ……」
そう言って私はファイルから書類を取り出す。
「まだ決定ではないのですが、東京23区内のネズミの疾患率が優に20%を超えていて、30%に届く試算もあるようデス」
私がそう言うと、飯酒盃さんと佐藤さんはタハーと言った感じに頭を抱える。
「それは……」
「コロナ前から拡がってんなぁコレ……」
2人はそう言い合う。
『それと、やはりカラスが最終宿主と見て間違いなく、眼窩周囲や視神経付近、副鼻腔等に集中しており、恐らくここで繁殖を行い、卵が涙液や鼻腔分泌物に混ざり嚥下し、排せつ物として外部に広がると思われます』
「ルシアさん、母国語が出てます」
「早口、早口」
「あ、スミマセン……」
興味深い生態の寄生虫に関して夢中になりすぎてつい早口で母国語が出てしまった……。
いけないとは思うんだけど、ついやってしまうんですよね、これ。
「つまり……ルシアの見立てでは、この奥秩父で育った寄生虫……カラス眼線虫が居るって事でいいんですね」
「飯酒盃さん、ちょっと強引すぎません?」
「黙っとけ」
飯酒盃さんはそう強引にまとめようとするが、まぁ大体そうである。
「ええ。この山こそがカラス眼線虫の故郷だと思いマス」
私はそう言い切った。
荒川上流であるこの山岳地帯・森林地帯・源流地帯こそが、今東京を騒がしているいわゆる鉄塔病の原因であるカラス眼線虫の故郷であると思われる。
私の推測では、最初は淡水性の貝や小魚、小型甲殻類にプランクトンが最初であり、そこから大いなる旅路により、カエルやトカゲ、雑食性の哺乳類やげっ歯類などに捕食された後に、カラスという『運命の人』に出会ったと思われる。
その旅路の道中に行動操作・捕食誘導能力や神経親和性を会得したのではないかとも考えている。
これにより、最終宿主のカラスをも行動操作を行い、高所への誘導を行っているのかも知れない。高所ならば卵入りフンが広範囲に広がりやすいからだ。
そして何よりも、広範囲に広がれば、アジア最大のメガロポリスと名高い東京は、まさに繁殖の聖地と言っても過言ではない。
2000年代に東京都は大規模なカラスの駆除に乗り出してその数は減ってはいるが、根絶できるものでもなく、カラスは一定数生存している。そして中間宿主ネズミに関しては説明が不要な程に繁殖している。
まさに東京は繁殖の聖地である。
しかし、そんな繁栄期を迎えた彼らにも盲点は存在する。人間だ。
この人間という生き物の体内での居心地は恐らく最悪であると思われ、それでいて高所誘導を行っても高く登り過ぎて転落死してしまうという、まさにデッドエンド宿主とも言え……。
「あの、ルシアさん?」
「アッハイ????」
飯酒盃さんの言葉に現実に戻される。
「そろそろ午後の探索をしましょう。午後は早めに切り上げる必要もあるので」
「す、すみませんデシタ。では午後からも頑張りまショウカ!」
佐藤さんの言葉にそう返事をする私。
ここは奥秩父に造った仮拠点。キャンプもどきの休憩所を設置し、お昼休憩を取っていたのだ。
「まぁ。なんだ。この病気、解熱剤や炎症を抑えるステロイドでどうにかなる病気ではあるけれど……」
飯酒盃さんはそう背伸びをしながらそう言う。
「結局……医療現場としては厄介な病気が増えただけ……ではあるんだよな……」
そうやれやれと言う飯酒盃さん。
飯酒盃さんの言う通り、確かにこのカラス眼線虫による高熱は解熱剤やステロイド系の炎症を抑える薬剤を使用すれば抑えられ、それにより活動を封じ込められるというデータは出ている。
だからと言って根本から解決できる話でもないのも現状である。
そういう意味では、医療現場の負担が増えた。と言えなくもない。
「大丈夫だと思いますヨ」
私は言う。
「日本は衛生的ですし医療体制が整っていマスシ」
「いや、それが最近微妙」
「飯酒盃さん。しっ」
私の言葉にそう飯酒盃さんが小言を言おうとするが佐藤さんに止められる。
「我が国よりも薬物中毒者が居ないし、そして何よりも日本はWHOを脱退していまセン!」
「あー……そうかぁ……?そうだなぁ……そうかもなぁ……」
私の自虐に対して飯酒盃さんはそう微妙な反応をして答える。
「ええ、どうにかなりマスヨ!」
そう笑顔で答え、私は休憩所を出る。
眼前には雄大な森林、そして綺麗な川。
きっと、この自然の中にカラス眼線虫がいるのだろう。
そんな確信が私にはある。
私には兄のような軍才も、姉のような宝石を見分ける才能もないけど、何故かこういう探し物は見つけやすい才能がある。気がする。
「さ!午後からも頑張りまショウ!」
「「オー」」
私の言葉に飯酒盃さん、佐藤さんが続く。
第一章 鉄塔病 完
☆ ☆
それから数月後……
秋も深まった頃のアメリカ、ロサンゼルスの某所にて……
『おい!!!子供がフェンスに登っているぞ!!!!!』
『なんでうちの子が!!!!??うちの子は高い熱で寝込んでいたのに!!??』
ロサンゼルス某所……そこはいかにも貧困層の建物が立ち並んでいる一角において、そのような騒ぎが起きていた……
人々は皆、フェンスによじ登る10才にも満たない児童に釘付けだ……
だから皆、気が付いていない……
裏路地の段ボールの裏に、目玉が食われたネズミの死骸に……
そして、児童がよじ登っている屋上のフェンスの建物の真下に、児童が使用していたと思われるスマホに……
そのひび割れたスマホにはこう検索歴があったと言う……
【高い所に行きたい】
瞬間、一角に悲鳴が木霊した。
第一章 鉄塔病 完
ちなみにアメリカさん、WHO抜けてるのでこういう疾病に関する情報共有も数か月遅れるそうですって。
なんでアメリカ、そんな追放物特有の追放側ムーブしてしまうん……????
とりあえず、今後の予定はまだ未定ですが、2話程おまけを考えています。




