FILE 05 かくして情報は集まりて
「ここが摺丘真理サンのお部屋。デスカ……」
「なんともまぁ……」
かくして飯酒盃、ルシアの2人は摺丘真理の部屋までやって来たのだが、入室すると否や、その異質さに面を食らってしまった。
入室してすぐにあるリビングにはテーブルがあり、テーブルの上にはノートパソコンが置かれている。
「電気スタンドが沢山ありますネ……」
「ええ。明らかに異質な光景です」
ルシアの言葉に五十木は頷きながら肯定する。
摺丘真理の部屋の異常性、それはリビングルームのカーテンは閉め切り、テーブルの上にパソコンの他に卓上電気スタンドが3個も置いてある光景であった。
確かに1人暮らしで病気を患っていた為か、ゴミ袋やらカップ麺やらのゴミがある等、その暮らしぶりはお世辞にも良い物ではないが、それにしてもその光景は異様であった。
「寝室にも同様のスタンドが4つ。どちらも我々警察が入室した時も点灯しておりました」
五十木はそのように説明を行う。
「電気スタンドはどれも最近購入したばかりでした」
沢口は補足するように言う。
「なるほど……確か、始くんと丹衣ちゃんも光に関する情報があったな……?」
「はい、明かりを点けて。という話でしたネ」
飯酒盃はそうルシアに尋ねるとルシアは答える。
「あ、それとですね」
沢口は思い出したように口を開く。
「購入歴を調べる過程で過去の検索履歴を見たのですがね……ちょっと見てもらった方が早いんで見て欲しいんですが……」
そう言って沢口はおもむろにテーブルの上にあるノートパソコンを開き、起動させる。
「いいんですか。勝手に操作して……」
「大丈夫です。捜査の一環かつ、現場責任者の私が許可しているのですから」
「それもそうか」
等と、飯酒盃と五十木がそう会話している間にさっさと起動を果たすノートパソコン。
起動時間の間にコーヒーを淹れて戻って来て、啜るぐらいは出来る程時間の掛かるオンボロノートパソコンではない。最近の速いノートパソコンである。
「これのですね……履歴なんですけどね……あれ、出ない。ちょっと待って……」
ポンポンと操作する沢口だが、トラブルが生じてちょっとグダる。
グダッた所で、ルシアはリビングルームや隣の寝室に見回す。
リビングは、まぁやや汚いと言った印象で、中身が詰まって縛られたゴミ袋やら食べ終わって詰まれたカップラーメン等、40度近い高熱が出してる病人が住んでいた部屋だと思えばまぁこんなものかと言った印象。
隣の寝室は畳であり、布団が敷かれたままであるが、やはりそこには卓上電気スタンドが4つも設置されている異様な空間となっている。
彼女は光を求めていた。というのは本当の事であるとされる。
「おっし、出た。えっとこれが発症時と思われる検索履歴です」
そうやってお出しされた検索履歴を飯酒盃は覗き込む。
「何々……【高熱 39度 下げ方】【夏風邪 解熱剤 使わない】【発熱 自然療法】【眼痛 高熱 原因】……まぁ普通だな」
飯酒盃はそう読み上げるが、自然派を自称するのならまぁ当然な検索ワードだな。と呟く。
「……【明るい場所に行きたい 病気】か」
しかし症状が悪化していくと、段々とそのような単語が増えてきている。
そして通販サイトで電気スタンドおよびたこ足配線用のコード等を購入した後ともなると、そのような単語が一気に増える。
「【屋上 行きたい】【高い場所に行きたい 病気】【あかるい高い場所】【ベランダ 明るい】【光に近づきたい】……こいつは」
飯酒盃はえらいもんを見てしまったと唸るように言う。
「これと連動するかのように、SNSには【屋上に鍵が掛かってても構わない。明るい場所にいく】という犯行予告めいたコメントを、真理さんは最後に残しています」
五十木はそう片手で頭を抱えるように言う。
いわば死者が残した苦しみの残滓ともいうべき物を見て、皆ちょっと思う所が出てしまったのだ。
「やはり……これは行動操作型寄生虫の類である可能性が高いデス」
そのような重い空気を壊すように、ルシアは言葉を発する。
「えっ。こんな行動をさせるような寄生虫がいるんですかっ」
沢口は驚くように言う。
「人間に、これ程までの行動誘導をさせる種類は確認されていませんので新種になりますガ」
「行動誘導させるだけなら、似たような虫はいるしな」
ルシアと飯酒盃はそう答える。
「あっ。そうか。なんかカタツムリに寄生する気持ち悪い虫とかいますもんね。名前なんだっけ」
思い当たる節がある沢口はそのままスマホで検索し始める。おい職務中だぞポリ公。
「それはロイコクロリディウムです」
ルシアは即答する。
「同じような行動操作型寄生虫はもっといます。宿主を次の宿主に食べさせるため、眼に集まる型もありマスシ」
続け様にルシアはそうスラスラと答える。
「成程……それらの活動により宿主は40度近くの高熱となり、眼痛の訴えが出て来る訳なのか」
飯酒盃はそう合点がいくように言う。
「恐らく、真理さんの遺体の眼球にはそのような寄生虫が集まっていると思われマス」
「まだ法医解剖の結果は出ておりませんが、確認いたしましょう」
ルシアの言葉にそう襟を正す五十木。
「えっと。待ってください。次の宿主って、何に寄生するんですか?」
沢口はそう疑問を口にする。
「次の宿主、というか最終的な宿主は恐らくカラスだと思われマス」
「カラス?」
「……成程。カラスか!」
ルシアの宣言にも似た言葉に、沢口と飯酒盃はそう口にする。飯酒盃の方は合点が行った感じである。
「無論まだ断言はできないのデスガ……」
「いや、かなりいい線だと思う」
ルシアの不安そうな言葉に飯酒盃はフォローを入れる。
「なんでカラスなんです?」
「沢口さんも見たでしょう。ここの手前にある噴水や屋上にやけにカラスがたむろしているのを」
まだ疑問が残る沢口に対して飯酒盃はそう指摘する。
「カラスのフンの中に寄生虫の卵が含まれており、それが噴水の水に入り、それで体内に侵入してしまったのですね」
説明を聞いていた五十木がそう纏める。
「はい。マンションや噴水の責任者に言ってすぐに噴水を停止して保健所に連絡して検査を行う必要があります」
「保健所に関しては貴方がたに任せますが、責任者に関しては私も同行しましょう」
飯酒盃の提示に、五十木はそう答える。
「でも……確かに始くんと丹衣ちゃんは噴水の水から感染したのは間違いなくても、この真理さんの件はどうなんですか? 噴水に近づいてもいないじゃないですか」
話が進んでいる中、沢口はそのような事を言う。
ちょっと俯くルシア。
「そこが問題なんだよな……確かに噴水は黒なのはほぼ確定だが、それだけだとこの真理さんの件は説明が出来ないんだよ……」
同じく頭を抱える飯酒盃。
「恐らくではあるんデスガ、そこのベランダに家庭菜園か、カラスが留まりやすい場所になっていると思うのデスガ……」
ルシアは自信なさそうに言う。
「成る程……確かに鑑識以外にカーテンはあまり開けていませんでした。沢口君。カーテンを開けてベランダを見てみましょう」
沢口にそう命令をする五十木。
了解しましたと沢口が近づき、果たしてカーテンを開けると、そこには……
「うおっ!?」
驚く沢口。
「おお。どうやら当たりの様ですネ」
ルシアが軽くガッツポーズをして言う。
そうなのだ。カーテンを開けるとそこには「なにみてんだコノヤロー」と言いたげなつぶらな瞳で訴えるカラスの姿があったのだ。
沢口は丁度そんなカラスと目を合わせていたのだ……。
「まさか丁度カラスが居て、目が合うなんて事ある?」
自分でも驚いてる沢口。
「これで欲しいピースが揃いましたね」
ニコリと笑顔を見せる五十木。
カラスはしばしこちらを見ていたが、飽きたのかなんなのか。どこぞへ飛び立っていく。
……立つ鳥、後を汚す。つまりフンをして飛び立っていく。
「……ご丁寧に家庭菜園的なプランターまであってまぁ」
カラスが居なくなったベランダをまじまじと見る飯酒盃。
そこには所どころに鳥の糞が付着していたとされる汚れがついている家庭菜園用プランターがある。
床にも今しがた落とした物を含めてもそこそこの鳥の糞が落ちている。
「プランターにはハーブや野菜……よくカラスに食われなかったな……まぁいずれにせよ。これでアリバイが崩された……って奴かな?」
飯酒盃はそう意地の悪い顔で五十木を見る。
「土や糞を回収して本当に仮説が合ってるかどうかを確かめる必要がアリマス」
ルシアはそう釘を刺すように言う。
「ここからは俺達厚生労働省の分野になってくるな……色々と」
あーめんどくせーとは言わないが、それでも嗚呼面倒だ…と言わんばかりの顔で言う飯酒盃。
「えっと、すみません。結局この病気? 虫? って治せるんですか? いや、治すというか、抗生剤とかで殺せるんですかね……?」
一区切りついてふうとため息をついてる飯酒盃に対して、素人質問ですみませんと言いたげに、そのような事を尋ねる沢口。
「寄生虫に抗生剤は効きませんヨ??」
何言ってんだコイツ。みたいな目で言うルシア。
「抗生剤じゃなくて抗寄生虫薬……いやもう駆虫薬だな。そいつを使えば虫自体は殺せるが……」
飯酒盃は助け船を出すかのように言うが、その言葉は歯切れの悪い。
「まだ断言はできませんガ、この寄生虫は殺さない方が良いデショウ」
ルシアは提唱する。
「え。なんでですか? 殺さない方が良いってどういう事ですか??」
本当にどういう事か分からない様子の沢口。
「寄生虫はな。殺すとその死骸や壊れた寄生虫から分泌された成分により免疫機能が過剰反応して酷くなる場合があるんだ。これを炎症と言う」
やれやれと説明をする飯酒盃。
「この場合、目に集まり、脳に対しても影響を及ぼしている可能性が高いので、たとえばアルベンダゾールやプラジカンテルと言った一般的な駆虫薬の使用は慎重になるべきデショウ」
「そうだな……迂闊に使うと失明したり脳に障害が残るかも知れない」
ルシアの言葉に飯酒盃は続く。
「この寄生虫が、熱が下がれば死んだり不活性化するタイプならいいんだがなぁ……」
「それには今後の研究調査が必要デス」
ぼりぼりと頭を掻く飯酒盃に、ルシアはそう告げる。
「つ、つまり……?」
ちょっと難しい会話についていけない沢口。
「つまり、とりあえず今は熱を下げる解熱剤で様子見るしかないって事だ」
「ええ……そんな……」
飯酒盃の言葉に残念と不安の様子が出る沢口。
「高い熱が出て目が痛くなって屋上に登らせるようにする寄生虫とか怖いんですが……それでその虫を殺しちゃ駄目とか怖すぎるんですが……」
「そう怖がる必要はないかも知れませんよ沢口君」
怖がる沢口に対して五十木は口を開く。
「この寄生虫がどこまで広がってるかは現時点では不明ですが、カラスが主な感染源であるならば、その規模は少なくとも都内中である可能性があります」
「やっぱ怖いじゃないですかやだー!」
五十木の言葉にやっぱり怖がる沢口。
「その割には、死亡事例が少なすぎると思うのですよ。いや、既に3名の命が失われていますが、それでもまだ3名とも言えます。少なくとも都内中で広がっているのにですよ?」
「な、なるほど……都内中で広がってた場合、もっとこの事件のような死亡事例が頻発しててもおかしくないんですね」
沢口の言葉に五十木は続ける。
「ええ。この病気は今の今まで熱中症や夏風邪だと思われて見過ごされていた。しかし現に屋上に登って死亡したという事例はこの3件のみ。つまり逆説的には熱中症や夏風邪の対処法で今までどうにかなっていた。とも考えられるんですよね。ルシア博士」
五十木はそのように話して最後にルシアを見る。
「はい、五十木警部。お見事デス」
笑顔で答えるルシア。
「ところで……そういえばあの川……荒川でしたカ? あの荒川の源流ないし上流はどこでしょウカ?」
しかし、そう尋ねだすルシア。
「ふむ、荒川なので、上流は埼玉県の西部の山間。秩父の奥深くの山ですが……それが何か?」
「あ、いえ。単にこの寄生虫はどこから来たのかが気になってしまイ……成る程。それナラ……」
たははと苦笑するルシアだが、すぐに思考を巡らせる。
「成る程。既に寄生虫の大元に興味を持たれるとは、寄生虫の専門家ならではの視点ですね」
五十木はそうニヤリとしてみせた。
「さて……まぁとりあえずこれから忙しくなりそう……ん? 課長から電話だ」
背伸びをしてやれやれと言ってる時に、課長から電話が掛かって来る。
ちょっと席外しますねと寝室の方へ向かう飯酒盃。
「警部。失礼します。1件目の市川始くんの事件の事で、始くんの両親との聴取の件についてなんですが」
入れ違うかのように女性警官がそう言って入って来る。
「あ。そういえば今日、市川始くんの両親に話を聞く予定でしタネ……」
そう言えばそうだったとルシアは小声で言う。
「両親が、こんな事態になってしまったのでキャンセルして欲しいと訴えが……ただ」
女性警官がそう自分でとったであろうメモを読み上げる。
「ただ?」
五十木は訪ね返す。
「ただ、思い出した事があって、噴水で遊んだ日に、なんでも始君、ネズミを捕まえて来て、これを飼う。とか言っていたと……」
「それはなんと豪胆な……」
警官の言葉に五十木は苦笑するように答える。
「目に糸くずのようなものが付いていて印象に残っていたそうです。日ごろから始君はハムスターを飼いたがっていたそうです……以上が始君の両親が伝えたかった事になります」
「わかりました。こんな状況ですからねぇ了解しました。協力感謝しますと伝えて下さい」
五十木はそう告げて、女性警官は下がる。
「と、いう事なので、聴取の件はキャンセルにさせて頂きましたが構いませんよね?」
「ええ、でも……今、ネズミを捕まえたと……」
キャンセルに関しては大丈夫であるものの、それよりもネズミを捕まえた方が大事な事であった。
「そのようですね……しかし今更感は否めませんね」
たった今推理を終えたばかりなので、今更出てきた情報感が否めないという様子の五十木。
「いえ、おかげで気になる点が埋まった思いデス」
ルシアが答えると、寝室の方から飯酒盃が出て来る。
「ルシアさん。やっぱり都内中でこの感染が広がってるみたいだ」
飯酒盃は割と深刻そうな声で言う。
「と、言いますト?」
「昨日うちの屋上にあったネズミの死骸、調べて見たら体内に糸みたいな寄生虫が居たらしくてさ。千代田区にも寄生虫に感染したネズミがいるって事は都内全域がヤバい事になってるから緊急でカラスやらネズミ捕まえて調べる必要が出てきた。俺達も戻ってこいってさ」
つまりめっちゃ忙しくなる。と飯酒盃は付け足す。
「うーん、まさに文字通り病の温床ですねぇ……」
五十木は笑い事ではないですね。と戒めるように呟く。
「と、言う事で五十木警部。俺達引き揚げますんで。あ、そういや市月くんの家族への聴取はキャンセルでお願いします」
そう言って飯酒盃は、もう知ってますと言う前にルシアを連れてそうそうと部屋を後にしてしまう。
「慌ただしい……」
沢口は呆れるように言う。
「沢口君。私達も忙しくなりますよ。事件性が薄れた分、報告書はむしろ面倒になりますよ」
五十木警部は俺達は俺達で忙しいんだぞと釘を刺すように言う。
かくして、謎の連続落下事件はこうして一応の決着がついたのである。
あとはお役所仕事をしまくり、各部署への説明を行うだけ……それが一番大変である……
続く。
お読みいただきありがとうございました。
コメント等ありましたら気軽にしてくれたら幸いでございます。
続きは3日後の4月8日頃を予定しています。
次回で今章は終了予定となります。




