FILE 03 翌日へ
「……大変だったな」
「……大変でしタネ」
夕方。特監への帰路へ着く車内にて、飯酒盃とルシアはそう言い合う。
あの後、通川丹衣ちゃんの家族と事情聴取を行ったが、特に収穫はなかった。
聞かされたのは丹衣ちゃんの日頃の様子といった、亡くなった今お互いに辛い話になった。
丹衣ちゃんの場合、高熱は深夜帯に出た為に救急車を呼ぶべきか迷ったが、救急車を安易に呼んでは迷惑が掛かるとして朝一番に行けばよいと判断してしまったとの事だ。
やるせない。
原因がまだ何かは全く不明であり、例え原因が分かったからと言って救急車を呼んで搬送されていれば必ず助かるという訳でもない。
だが、後悔だけは残る。
その後、市月始くんの家族との話は明日にして、今日の所は噴水の水を採集して引き上げようという話になった。
「……とりあえず、情報を纏めよう」
丁度、赤信号で停止した際に、飯酒盃はそう切り出す。
「まぁ……簡潔に言えば、死んだ被害者二名は共通してマンションの広場の噴水で水浴びをした翌日に高熱が出て、その翌日に家族が医者に診せようとした際に、マンション屋上の鉄塔へ登り、マンション屋上床に落下して重体になり、その後死亡した。という話なのだが」
飯酒盃はとりあえず今まで得た情報を繋げる。
ルシアは黙って聞いている。その眼鏡には外のビル街の風景が映されている。
「……ここまでなら、多分原因は噴水の水に含まれていたであろうアメーバかウイルス。ネグレリア感染症かエンテロウイルス感染症か……まぁとにかく淡水性アメーバかウイルス……の可能性はある」
飯酒盃はそう具体的な感染症をあげる。
「しかし、症状が違いマス。特に亡くなった2人の主症状は高熱で、吐き気や頭痛は目立ってないデス」
そうなのだ、ネグレリア感染症やらエンテロウイルス感染症は必ず頭痛やら吐き気を催すものなのだ。
それに。とルシアは続ける。
「眼痛の訴えと光と高所に執着する症状が特質的デス」
「そうだよな……それに関しては俺も気になった」
そう言って信号が青になった為に車を発進させる飯酒盃。
この仕事をやってから先ほどの病状に当たるケースが幾らかあった。
だが、今回は今までと違う何かを感じていた。
高熱による異常行動はない話ではないが、それでも鉄塔という共通の高所に登り、光に執着するような症状は初めてのケースである。
つまり、飯酒盃が挙げた病気だと眼痛と高所と光に執着する症状に説明ができないのだ。
「……それで、現時点での容疑者は?」
前を向いたまま尋ねる飯酒盃。
「まだ不明ですが……寄生虫かと。それも新種の」
「へぇ……その心は?」
ルシアの答えに興味を抱く飯酒盃。
「特性が行動操作型寄生虫に似ているんです」
「おう、また難しい言葉を……あれか。ハリガネムシとかそういうの?」
「そうデスネ。方向としては近いデスネ。行動操作型寄生虫とはつまり、宿主の行動を変えて自分に有利な環境へ向かわせる生物の事ですノデ」
ルシアの説明に、片手で頭を掻く飯酒盃。
「そうなると……明日は始君の家族の話を聞くのと、土壌や水質調査に加えて虫や鼠や鳥を捕まえる必要があるな」
やれやれ大変だな。と憂いる飯酒盃。
「しかし、そうでもしないと原因が究明出来まセン」
「そうだな。全くもってその通り……で、だ」
ルシアの言葉にそう頷いて、話を切り出す飯酒盃。
「とりあえず特監に帰ったら噴水の水を調べる手続きとか、教えるわ」
「ハイ!お願いしマス!」
こうして、二人を乗せた車は夕方のハイウェイを走っていった。
☆ ☆
「はい。飯酒盃、ルシア戻りましたー」
特殊感染症監理課のオフィスへ戻った飯酒盃とルシア。
しかし、そこには課長の姿はない。
「あ、お疲れ様です」
そこに居たのは若い女性の方だった。いかにも事務方という容貌である。
「国村さん。お疲れ様です」
挨拶を行う飯酒盃。
「えっと、国村サン? はじめまして。ルシアと申しマス。確か会ってなかった筈ナノデ……」
「あれ、そうだっけ。はじめまして。ルシアさん。国村佐奈と申します」
そういえば奥に籠ってて面と向かって挨拶してなかったなと思い出して、挨拶を行う国村。
「えっと、課長と佐藤さんは?」
松下課長と佐藤の姿を見えなかったので国松に尋ねる飯酒盃
「課長はなんか会議の呼び出しくらって出てますし、佐藤さんはもう上がりました」
「そうか……例のマンションの噴水の水を調べて欲しかったんだけどな……」
「あー、それなら明日ですね。私が出しときますよ」
国村はそう言って飯酒盃が取り出した水の入った容器を一時保管場所に置く。
「アノ。松下課長が行っている会議というノハ?」
ルシアは尋ねる。
「んー。確か今都内で流行ってる高熱に対しての会議」
「都内で流行ってる高熱って、またコロナや感染性の胃腸炎だの、ヘルパンギーナとかの夏風邪なんじゃないのか?」
国村の言葉に反応する飯酒盃。
「それがなんか、眼痛の訴えがある謎の高熱病が流行ってるらしくてさー。ウチが調べる事になるとかならないとか」
国村の言葉に2人は反応する。
「眼痛の訴え……」
否応なく二人はそう呟いてしまう。
始君と丹衣ちゃんの高熱も眼痛の訴えがあるのだ。
「そういや、二人が担当してる件も眼痛の訴えがある高熱だったよね。関連性があるのかな?」
「どうだろう……もし関連性があるとすると、そうなると死人が少なすぎる気がする」
そんな国村に対して、真面目な顔で考える飯酒盃。
「もし仮に都内全体に始君と丹衣ちゃんが掛かった高熱が蔓延しているとすると、異常行動を行う小児がもっと多くなる筈デスから多分違うのではないでしょうカ」
「あるいは……これからもっと増えるとか?」
ルシアの言葉に懸念を言う飯酒盃。
「単に被害者が子供で免疫が低くて死ぬような行動をするってだけで、単なる高熱なだけかも知れないじゃん」
「それは……まぁそうなんだが」
その言葉に頭をかく飯酒盃。
「とにかく……2人が掛かった病気と原因を特定しないとだ」
「わかりマシタ」
「んじゃ、本来の水質調査の手続きとか教えるね」
飯酒盃はそう言ってルシアに手続きのやり方を教えたのである。
その後、一通り事務手続きのやり方や明日の準備を教えると、時間も良い時間になったので、そのまま帰宅となった。
幸い、お互い独身寮なので明日は飯酒盃が車を回して向かいに行き、直で向かうという計画となった。
『荷物を荷解かないと……シャワーも浴びとかないと……』
部屋の中。そう母国語で詰まれた段ボールを見つめながら、カップラーメンを食べながら呟くルシアであった。
【……今日、政府は厚生労働省幹部らと都内における病院と診療所の稼働状況および流行している疾病についての報告会議を開き、その中で夏風邪によく似た高熱を引き起こす新しい疾病が流行の兆しを見せている事が分かり、近く関連する機関で調査を行う事を決定しました……】
カップラーメンを食べ終わった彼女が荷解きや明日の準備を行う中、テレビのニュースはそう告げていた。
☆ ☆
起床から朝食、その後の身支度を行い、飯酒盃が運転する厚生労働省の車で再び昨日と同じマンションへ向かう。朝方なので気温の方はそこまで高くはないがいい天気である。
「昨日は寝れた?」
「ええ、荷解きと準備で大変でシタガ……」
車内でそんな感じの話をする。
「昨日の都内で流行ってる高熱の件、やっぱりうちで調べる事になったけど、今の所まだこの調査してていいってさ」
飯酒盃は今朝松下課長から聞かされたことを言う。
「うーん。都内で起きている高熱と2人の高熱は同じものなのでショウカ?」
「今日色々調べてそこんとこはっきり出来たらいいんだけど……」
と、そんな事を言ってマンションへ向かう2人であった。
「ん……なんだ? 事故?」
異変に気が付いたのは飯酒盃。
「どうしまシタ?」
尋ねるルシア。
「いや、なんか。パトカー多くない?」
「……そうデスネ? 何かあったんでショウカ?」
マンションの駐車場に停めた二人がそう言い合っていると、ふいに飯酒盃のスマホが鳴る。
「あれ。五十木さんからじゃん」
相手を確認して出る飯酒盃。
はい、飯酒盃です。と出て、しばらくの会話。
「えっ!? またマンションで転落者!? 今度は成人の女性が!?」
ふいに、木に留まっていたカラスが飛び立つ―――
続く。
お読みいただきありがとうございます。
次話は3日後の4月2日ごろを予定しています。




