FILE 02 団地にて
「暑っ……」
「本当に暑いデスネ……」
現場のマンション団地へ到着し、車から降りてマンションへ向かう為に2人は歩いているが、暑い。
9月とは思えない程に暑い。
「……ここデスカ?」
「うん。パトカーも止まってるし、ここだ」
時間にして数分でしかないが、もう日陰に入りたいルシア。
やっと入り口が見えてきてルシアはそう聞いて飯酒盃は答える。
周辺を見回すとマンションのド真ん前に噴水付きの公園? 広場があり、本来であれば子供達が親の見守りで遊ぶ場所なんだろうが、今は通行人も少ない。
無理もない。2件も転落死亡事件が起きて警察が来てるのだ。
「すんません。厚生労働省の特殊感染症監理課の者です」
マンションの入り口に居る警察に事情を話して現場責任者を呼んでもらう。
ちょっと待っててください。と呼びに行ってる間、再び真ん前の噴水と広場を見る。
「閑古鳥ならぬカラスが鳴いてる……」
「カンコ鳥……ってどんな鳥なんデスカ?」
「えっ。いきなり言われると……」
等と会話するが、本当に誰も居ないので、広場には噴水の水を突いてるカラスぐらいしかいない。
厚生労働省の人間としては、子供が水浴びしてる場所にカラスが2・3羽たむろって噴水のオブジェの一番高い所を登ったりしてる光景に思う所もあるが、まぁ今は人居ないし暑いし……と思いつつスマホで「閑古鳥 どんな鳥」と検索してしまう飯酒盃。
「閑古鳥の鳥はカッコウという鳥であるとされ、その語源は中国の伝説の皇帝が、自身の政治に不満があれば叩くように設置した太鼓が、使われずに苔むして鳥が住み着いた事から来ている。とされています」
そう言ってうんちくを語りながら近づく初老間際の刑事が現れる。
「五十木さん、貴方でしたか。どうも」
「お久しぶりですね。飯酒盃さん。おや、そちらの赤毛の美人の方は?」
2人は面識があるらしく、挨拶を行うが、ルシアの存在に気が付いた。
「成程。アメリカのCDCから……申し遅れました。私、捜査一課の五十木 京谷と申します、50の木と書いて五十木です。飯酒盃さんとは以前に色々と一緒に仕事をした仲でしてね」
ルシアの自己紹介を聞いた五十木は自己紹介を行い、名刺を渡す。
「ああ。五十木さんとは都内の怪死や不審な死亡事件の際に割とよく一緒に合う仲でね……」
五十木の言葉を不本意そうに肯定する飯酒盃。
「そうだったのデスネ。名刺ありがとうございマス」
五十木の名刺を受け取るルシア。
「あれ、今日は沢口さん居ないんですか。いつも居るのに……」
飯酒盃はいつも五十木の傍にいるもう一人の刑事が居ない事に気が付く。
「サワグチ?」
「ええ。同じく捜査一課で沢口秀樹という部下が居るのですが、現在丹衣ちゃん遺族の事情聴取中でしてね。席を外しております」
残念そうに言う五十木。
「しかし……捜査一課の、しかも五十木さんが出て来るとは流石に予想外でした。その……今回は流石に練馬区の警察署の管轄かと」
挨拶も一通り終わり、それにしても。と飯酒盃は切り出す。
「ええ、元々は所轄で扱っていた案件だったのですがねぇ」
意外そうに尋ねた飯酒盃に五十木はそう答える。
「同様の事案が立て続けに起きたもので現在は捜査一課の管轄になっております。それにお渡しした資料の通り被害者が2名とも高熱を発症していた形跡がありましてね」
「40度近くの熱があったと聞きマス」
ルシアが相槌をうつ。
「ええ。それで貴方がた特監の存在を知っていたものですから、今回も協力を要請したというわけです」
そう説明する五十木。
「成程……しかし毎度毎度、上司は外部に協力を仰ぐ事にいい顔をしなかったのでは?」
「まぁ。お恥ずかしい事にその通りではあるのですが、まぁ生い先短い私ですのでねぇ。そういう意味で私達に回された面もありますし。何分警視庁での私の役割は【こういう系担当】ですので……」
飯酒盃の問いにそう小声ではにかんで答える五十木。
「ははっ……」
そう釣られて苦笑する飯酒盃。警視庁の闇を垣間見た気がする。
「あの。それで死亡した2人についてデスガ……」
本題に入るルシア。
「現在2件目の通川丹衣ちゃんの家族に今沢口くんが事情聴取を行っておりましてね。何分、状況が状況ですので時間が掛かっているのですが。それでも1件目の市月始くんと共通している事が判明しました」
こほんと咳払いして捜査状況を伝える五十木。
「共通した事……?」
「はい、2人とも、家族達が医者に観てもらう為に整理券を取りに行っていた際に鉄塔へ登って屋上床面へ転落した。という事です」
そう告げる五十木の表情は暗い。
「……幾らか質問いいですか」
「はい、何なりと」
顎に手を当ててしばし考えていた飯酒盃が質問を行う。
「高熱が出たのに何故すぐ医者に行かなかったのか? というのと、高熱が出る前の行動と、後は……現場の屋上って見れますか?」
「ふむ。それについては、屋上に行きながら答えましょうか」
飯酒盃の質問に、そう答える五十木。
こうして屋上へ向かう3人。
「通川丹衣ちゃんの事情聴取がまだ終わってはいないので、市月始くんの事になるのですが、死亡する事件の前日の昼間に、学校で高熱が出て早退をしました。理由は熱中症としてです。
その後行きつけの医者へ行きましたが、診断は熱中症として処理され、何も処方されずに家で安静にするも夜になっても熱が下がらなかった為、市販の薬を使用して、明日朝一番に受診しに行こうと整理券を取りに行っていた矢先に事件が起こった。という事です」
エレベーター内で、そしてエレベーターで最上階まで行き、屋上への階段を上っている時に説明を行う五十木。
「……その市販の薬というのは」
「これです。頭痛に効く奴です」
そう言って五十木はスマホで撮った画像を見せる。普遍的な頭痛に効く風邪薬である。
「頭痛……そういや眼が痛いって言っていましたね」
「ええ、喉の痛みも咳もないとも」
五十木はそう付け加える。
「さて、ここが屋上です」
階段を上ると扉があり、扉を抜けるとそこはマンションの屋上。通信アンテナなどの鉄塔や空調関係の機械などがある程度で普遍的な光景であった。
「ふむ……事件当時、扉に施錠は?」
飯酒盃は周辺を見回すと同時にそう尋ねる。
「不思議だったのデス。何故小学生の子供が屋上に行けたノカ……」
ルシアもそう付け加える。
「事件当時、扉には施錠はなされていませんでした。始くんのマンションを含む、この団地一帯の屋上は誰でもいつでも屋上へ行ける状態でした」
「……安全や防犯的に問題では?」
「それはそうなんですがね。昔は施錠していたという話なのですが、今は防災の関係上やはり開けておいた方がいいという話になったようです。荒川近いですから屋上を避難場所として開放しているようです」
五十木はやれやれとため息をつきながら説明する。
荒川や隅田川は東京湾と繋がっており、もし津波が来たらここまで津波が押し寄せてくる危険があるとして、マンションの地震訓練時に屋上に避難できるように解放しているのだと、ルシアの為に五十木は捕捉を行う。
「成程ね……で、これが始くんが鉄塔に登って落下して倒れていた床……ね」
飯酒盃がそう言って立つのは、まだまだ調査が続き、せわしなく鑑識官が動き、いかにも事件現場と言える落下したであろう床。そして登ったであろう鉄塔。
床にはへこみと思われる傷や、血痕の跡があり、生々しい。
「や、ここは二件目の丹衣ちゃんの落下場所であり、始くんの現場はあちらの棟の鉄塔ですよ」
「え、マジ?」
今までずっと一件目の市月始の話をしていた為に飯酒盃は見事に間違ってしまった。
――あほぉう。あほぉう
追い打ちを掛けるように屋上の隅にたむろしているカラス達がそう呑気そうに鳴いた。
瞬間、ルシアや五十木のみならず一連のやり取りを聞いていた一部の鑑識官達が堪える為にちょっと震えたり咳払いをしたりした。
「えっと。その。それで。あー。鉄塔には丹衣ちゃんの指紋があったんですか? ちなみに鉄塔へのフェンスって鍵ってされてました?」
気を取り直して飯酒盃は五十木に尋ねる。
「はい、鉄塔へのフェンスの扉は簡単に開くタイプの施錠があり、子供でも簡単に行けるようになっていたようです。錠や鉄塔にも丹衣ちゃんの指紋や手形があるので、侵入して鉄塔へ登ったのは確実です」
五十木は鉄塔を見上げてそう答える。
「ふむ……それで頭から逝ってしまったと」
飯酒盃も鉄塔を見上げながら言う。
案外高い。ここから頭から屋上床面に落ちてしまえば子供でなくとも命の危険があるだろう。
「はい、残念ながら……発見時はまだ息はあって会話が出来た。との事ですが……」
五十木はそう残念そうに答える。
「しかし……一体何故……?」
ルシアはそう顎に手を当てて考える。
「明らかに異常行動だな……ん?」
飯酒盃は煙草を取り出し口にくわえるが、ふと目線を空調機の隅に目をやるとネズミの死骸が落ちていた。
「うぉ。またネズミの死骸があるな……」
「え、本当デスカ?」
ルシアは興味本位でそれを探し出す。
「アッ。本当ですネ……片目が潰れてマス……」
仕事上、こういうのは慣れているがそれでもグロイのはきつい物がある。
「また。というのは?」
五十木は尋ねる。
「いやね。ウチの所の屋上にもなんかこういう風に目が潰れたネズミの死体がありまして……」
「ふぅむ。妙な偶然ですねぇ」
飯酒盃の言葉に五十木はそう頷く。
「あ、ここに居たか。 五十木警部!遺族からの聞き取り終わりました!」
そこに若い刑事がやってくる。
「おや、沢口君。相変わらず声が大きいですね。カラスが逃げてしまいますよ」
そのように言う五十木。彼こそが沢口秀樹らしい。
「すみません。あっ、飯酒盃さんも来てましたか。丁度よかった。あれ!?なんか外国の方が」
「どうも沢口刑事サン。私ルシアと申しマス」
こうしてルシアと沢口は挨拶を行った。
「いやぁ。飯酒盃さんとはこの前の渋谷の変死事件の時からお世話になって……」
自己紹介から何故か飯酒盃さんトークに移行してしまった沢口とルシアの会話であった。
「あー沢口くん。そろそろその辺で」
「ああ。それで事情聴取はどうなったんだ?」
話が脱線してるのを見兼ねた五十木と飯酒盃。
「はい。通川丹衣ちゃんの遺族からの事情聴取の結果なんですがね。やっぱり1件目の市月始くんと同じ共通点が2つありました。五十木さんの見立て通りでしたよ」
「やはり私の見立て通りだったようですね」
沢口の言葉にやはり。とつぶやく五十木。
「と、言うと?」
「私達も貴方がた特監と長い付き合いですからね。知りたい情報をピックアップしておいたのですよ」
「成程……それでその情報とは?」
飯酒盃の言葉に沢口は手をあげて答えた。
「はい。2人の共通点ですが、高熱が出る前日に2人ともマンション前の噴水で遊んでいたという事と、高熱が出ている時、2人ともしきりに外に出たいとか部屋を明るくして。という訴えがあったんです」
「……明るく」
煙草を持つ飯酒盃の動きが止まり、呟く。
「明るくシテ? どういう事デスカ? 詳しくお願いシマス」
違和感を感じ、聞き返すルシア。
沢口のもたらした情報で、飯酒盃とルシアの眼の色が変わる。飯酒盃も違和感を感じたのだ。
「はい。遺族の方々に何か不審というか、違和感のある行動はあったかと尋ねた所、両名とも電気を点けて欲しいと訴えがあったんです。電気を全開にしてくれって」
「……」
黙って聞くルシアと飯酒盃。
「結局両名ともその夜は明かりを点けっぱなしにして夜を過ごしたそうです」
「……成程」
「そうデスカ……」
沢口の言葉にそう返事を行い、2人とも考えに耽る。
「……どうやら貴方がたの仕事の手助けになれたようですねぇ」
その様子に、いい仕事しましたと言った雰囲気を出す五十木。
「ですが……」
ルシアは顎に手を当てて考える。
「やはり水か……9月入っても暑いからな……」
飯酒盃は煙草に火をつけて縁越しに下にある噴水を見下ろす。
「え、何か分かったんですか?」
沢口はそう意味深な態度をしだす2人に不安がる。
「まぁ。まだ仮説なんですが」
そう煙草を吹かす飯酒盃。
「……噴水の水の菌か何かで高熱が出て脳炎症を起こした。可能性が高い」
「そうでしょうか。それだけだと鉄塔には登らないと思いマス」
飯酒盃の仮説に異を唱えるルシア。
「……高熱による錯乱はある」
負けずに答える飯酒盃。
「確か昔、インフルエンザのタミフルって薬を飲んだら異常行動するって話があったけどあれって結局タミフルが悪いんじゃないんでしたっけ??」
「はい。あれはタミフルが悪いのではなく、タミフルを飲まざるを得ない状況。つまりインフルエンザによって高熱が出たから異常行動をしたというのが事実でした」
飯酒盃とルシアの会話に、沢口は五十木に尋ねるように言い、五十木もそれに答える。
「……いずれにせよ。噴水の水を調べる必要があるし、自分達も遺族の方々から話を聞きたいのだが、可能ですか、五十木警部」
「ええ。遺族の方次第ですが、取り次ぎましょう。こちらへ」
飯酒盃は携帯灰皿で煙草を消して、五十木警部に誘われるままに跡を追う。
ルシア、沢口とそれに続き、屋上には何人かの鑑識官達を残して誰も居なくなった。
――あほぉう。あほぉう。
屋上に、カラス達の鳴き声が木霊する。
続く。




