外伝(小坂 霞の潜伏) 第3話 霞と呉服店
いよいよ初仕事!
俺は、影子の分身で、コードネーム霞から、成り行きで小坂 霞と名乗っている。ひょんなことから千代さんのスナックの2階に住まわせてもらうことになり、さらに短期だけど仕事まですることになった。
その千代さんに連れられて、商工会議所の支部長さんにギルドカード(商用)を発行してもらうことになり、ひとりでに身分証を入手してしまったのだ。そこからは、スマホの契約などもして、現代を生きるのに必要な住所と電話番号を確保した。怪しい身分だなぁと思う。
え、いつものことだって? それもそうだった。
そんな事を考えている場所は、古い呉服店の給湯室だ。
「霞ちゃん、2番のテーブルにこのお茶を運んで!」
お茶汲みはお茶汲みなんだけど、相手が違うと思いながら、俺はにっこりと微笑んで重厚な木のお盆を受け取った。このお茶汲みの相手なのだが、引越しと同時に行っている大処分セールの商談が優先だったというところだ。
裏で店舗の引越しはもちろんやっているのだが、その人たちへのお茶は段ボールに詰め込んだペットボトルの山だった。
ここの旦那さんがお客さんの応対しているテーブルにお茶を運ぶ。旦那さんは、50代くらいのハキハキしたおじさんだ。声が大きい。
「ありがとう、霞ちゃん」
大きな声でお礼を言われる。毎回、名前まで呼ばなくてもいいじゃないかと思う。
「新しく入った子? えらい別嬪さんやな。もしかして、坊ちゃんの彼女さんとか?」
旦那さんと同い年くらいの着物の女性が、俺の頭から足先まで観察してくる。今朝からこのやりとりを何度もやっているので、割と慣れた。
「いやいや、商工会にお願いしていたお手伝いの子ですよ。器量良しですし、よく働くから息子の嫁になってくれてたらなとも思いますね。ハハハ」
まぁ、この調子だ。ちなみに坊ちゃんという人は、多分、笹木よりも年上。この分身が、19歳設定になったから15歳以上は上だろう。結構な歳の差だな。
「そうなんか。あんたは決まった人いはるん? おらんのやったら、武田さんのところの次男さんと同じ年頃やね。ちょっと紹介しよか?」
「増田さん、まぁまぁ、彼女、千代さんのところの子なんで」
「え、あ、そうなん? ほんなら、この辺でやめとこか」
千代さんの一言で話が終わってしまう。俺は、にこりと笑ってお茶を置くと、その場を去った。何やら商談というよりは、坊ちゃんの結婚観の話になっていた。
「そりゃ、あかんわ…」
そんな声がお客さんから聞こえてくるが、聞いていないことにして俺は給湯室にもどっていった。すると、先ほどお茶をいれてくれた人が、話しかけてくる。
「お疲れ様。何か言われたでしょ? どうせ可愛いとか結婚だとか、そんな話をされたんでしょう。若い子みると、すーぐ、そういうこと言ってくるのよね。そういうの結婚するまで続くのよ。私もそうだったから分かる。でも、まぁ、あなたは短期だから大丈夫ね」
「そうなんですか。でも、みなさん、優しくしてくださってるので問題ないです」
そう答えると、「平気ならいいわ」と彼女は別の仕事に移って行った。若いってだけで大変だな。そう思ったが、笹木自身も早く結婚しないのかと母からは追求されているので他人事ではない。いや、俺は影子の分身だし、笹木のことが他人事レベルまで落ちてるな。
その時、上の階から若い男性が降りてきた。汗だくになっていて、シャツが張り付いている。
「えっと君はお茶くみの、誰か手があいてないかな? 上階にある金庫を運び出すんだけど、重すぎて手がほしいんだ」
俺は店の方の状況を気配で感じ取ると、空いている人員はいない。先ほどの女性は表の作業の手伝いに出てしまっているようだし、戦力になるとは思えない。
「あの、私でよければ手伝いますよ」
「え? 君が? そんなに華奢な感じなのに大丈夫?」
決して華奢ではないが、手足は細い。今の世界、レベルがあがって筋力が上がったとしても筋肉量が増えるといった変化はない。特にアバターについては、ジェシーを除いて体格以上のパワーを発揮する。この辺は、レベルやステータスが身体能力だけじゃなく魔力への依存があるということだろうか。
「力は強い方なので、お手伝いできます」
「んー、だめなら、別の人呼んでくるか。分かった、手伝ってもらってもいい?」
そして、3階の倉庫に向かう。そこには年代物の金庫が置いてある。腰くらいまでの高さの黒く重厚な金属の塊だ。霞と同じくらいの歳の男の子が俺を見て嬉しそうな顔をした後、何か気づいたようで怪訝な表情に変わる。感情が読みやすいなこの子。
霞は可愛らしいので喜んだが、力仕事のヘルプとして来たと察してがっかりしたんだろう。分かるよ分かる。
「え、まっちゃん、この女の子しかいなかったの?」
「他の人は客相手だよ。まったく、引っ越しと同時にやるとか、おじさん無計画すぎだよな。新規開店セールの日程まで決めちゃってるとか言ってたけど、業者頼めって思うよ」
「で、どうする? さすがに3人じゃきついよな。これ。台車に乗っけるだけだけど、結構あるぞ」
いや、霞なら余裕で持てる。でも、目立つのは困るけど、役に立ちたいな。ちょっとたきつけるか。
「私、力は強い方なので、一緒に持てませんか?」
可愛く力こぶを作ってみる。男性2人とも、表情が緩む。
「じゃあ、試してみるか。腰だけ気をつけて無理なら、置いとこう」
まっちゃんと呼ばれた男性が金庫の横にかがむ。
「よーじ、おまえ、そっちな。えーと、名前は何でしたっけ?」
「霞です」
「かすみちゃんか、えっと、俺たちの間で、こっち側を支えて。なんとか俺たちが持ち上げるから、ふらついたときにちょっと支えるだけでいいから」
そう言って、金庫の出っ張り部分を指さしてくれる。
「じゃあ、いっせーので、で持ち上げるから。足に落とさないように気をつけてよ」
そして、まっちゃんの掛け声で呼吸を合わせる。すこーし力を込めてみる。すると、金庫がすんなりと持ち上がった。
「おっ、意外と軽いぞ。なんだ、床に張り付いてた感じか?」
そして、あっさりと台車に乗せることができた。これ、台車の耐荷重はギリギリのラインだな。
「まっちゃん、かわいい子の前だから張り切ってるでしょ」
「それはおまえだろ? さっきはびくともしなかったぞ」
2人は汗を拭いながら、笑い合っている。
「私が力が強いんですよ?」
俺がおどけた感じに言うと2人は笑う。
「アハハ、そうだね。かすみちゃんのおかげだね」
「そういうことにしておくよ。ありがと、あとは重いものないから、もどってもらっていいよ」
2人は楽しげだ。
「また何かあったら言ってくださいね」
そう言うと、まっちゃんが少し視線をそらしながら口を開く。
「えっと…かすみちゃんってさ、千代さんのとこの子なんだよね?」
「はい。千代さんにお世話になってます」
「何かあったらさ、頼ってくれよ。俺たちこの近所に住んでるし、地元の連中とも仲がいいからさ」
影子の分身なので悪意は感知可能だ。そういったものを感じない。それなら、暇つぶしに付き合ってもらうのもいいかもしれない。
「じゃあ、短期のバイトみたいなものってこのあたりないですか? ずっとは居られないと思うので、少しお仕事ができるくらいがいいんですが」
その言葉に思案する2人。悩ませてしまったかと少し後悔していると、すぐに思いついたみたいだ。
「澤山のとこって、お産があるとかで臨時のバイトさがしてなかったっけ」
「あー、カフェね。でも、カフェで勤めるのって大丈夫なのかい?」
そう聞かれるが、霞が誰かに顔バレするようなことはない。しかし、千代さんのところに身を寄せる訳あり女子としては、どう返答するのがいいだろうか。そうだ。
「お化粧で多少は雰囲気かえられますから、大丈夫ですよ」
「さすが女の子だね。じゃあ、連絡先を教えてよ。紹介したいからさ」
こうして次の働き口が見つかったのだった。階下に降りるときに、男性2人の会話が聞こえる。
「まっちゃんのナンパを生で見たわ。さすがだわー」
「おい、俺は、ミミちゃん一筋だから、変なこというんじゃねー」
「じゃあ、俺がアタックしてみるかな。めっちゃ清楚系じゃん。俺、めちゃタイプ」
そんな軽口を聞き流した後、お茶くみミッションをクリアしたのだった。
訳あり女子の霞がどうなっていくか、ご期待ください。




