笹木と休暇その1
忙しい笹木の休暇模様です。
俺は笹木小次郎。今日は、久々に地球側でゆっくりするかと思い、思い出深い高和港に来ている。高和港は、俺が不可抗力でダンジョンを攻略してしまったダンジョンがあった港だ。あの時は、強力な磁石で港の底から何か出ないかという動画を撮りに来たものだ。
そんな高和港だが、堤防は釣り客も多い名所となっている。おかげで、港近くの釣り具屋さんで釣り道具を借りることができることが分かり、手ぶらでやってきたのだ。少し、忙しくしすぎた事もあり、スローライフを感じたいという気持ちがあった。
他の俺は、色々と仕事を忙しくこなしているだろうが、一日くらいは、のんびりしていても良いだろう。
「しかし、釣れないなぁ」
俺は釣り糸を垂らして1時間後には、少し物足りなくなってきていた。探索者になったおかげか、なったせいか、なんというか刺激に対する耐性が上がってしまったようだ。スローライフを楽しめないのは良くないと思い、海面を見つめた。
「しかし、魚影なし」
俺自身にジェシーやアリス、影子みたいな優れた感知能力や、フラムのような驚異的な視力があるわけじゃない。しかし、レベルの高さのためか、魚の気配みたいなものを感じるようになっている。
「いや、魚を釣りに来たんだけど、魚を釣ることが目的じゃなかったはずだ。少しゆっくりしたいんだ」
俺は独り言を放つ。その時、電話がかかってきた。
「ん。母さんか」
そういえば、前フレイヤと一緒に会いに行ったきり、母には連絡を取っていない。母には、ダンジョン人の世界に行くことも言っていない。しかし、エバーヴェイルについての話はテレビで尽きないし、状況を聞いてこないことをいいことに放置していた。そんな、少しだけ後ろめたい気持ちを持ちながら電話をとった。
「もしもし」
「小次郎? 元気かい?」
特に怒っている感じはない。
「ああ、元気だよ。何かあった?」
「何かあった? じゃないわよ。あんたがエバーヴェイルの代表だって黙りながら、生活するのがどれだけ大変か分かるかい? ママ友たちにも黙ってるんだからね」
「ごめんごめん。今度、美味しい物贈るから…」
まぁ、口止め料みたいなものかな。
「分かったわ。お父さんには、お酒はダメよ。ご飯ものがいいわ」
「おっけー。じゃあ、何か買って送るよ」
俺がそう言うと、電話の向こうで大きいため息が聞こえる。
「家に顔出しなさいよ。ほら、フレイヤさんと一緒に。あんたたち、付き合ってるんでしょう? 付き合ってるわよね? あー、まさか、振られたりしてないわよね。あんたまさか、他の娘に手を出したり…」
「いやいや…」
電話の向こうで昼ドラが勝手に始まっている。その辺の話を振り返る。エバーヴェイルの代表だということが母にバレてフレイヤを連れて実家に行った際、フレイヤのペルソナを一人歩きさせたせいで、2人は付き合っていることになってしまったのだ。黒歴史を掘り返されたダメージで、俺2号がペルソナに主導権を握らせたのがまずかった。
愛している人とか、一緒に頑張るとか、なんか結婚するみたいな誤解を与えたのを思い出す。
「小説みたいに、ハーレム築こうなんて思わないことだからね。ちゃんとフレイヤさんと所帯持って、早く孫見せなさいよ?」
「分かったよ。でも、今忙しいんだよ。ダンジョン人の世界とのつながりを維持できるのが、俺のクランだけなんだ。今日も忙しいところを時間見つけて釣りに来たんだから」
必殺『忙しい』を繰り出す。
「クランの代表って経営者なんだから自分で時間つくれるでしょうに。そういうのが手腕なんじゃないのかい?」
痛いところを突かれる。
「まぁ、前見たドラマの受け売りだけど。あんたも体に気をつけなさいよ。あー、でも、回復のすごい子がいるのよね。メルちゃん。そうそう、それも聞きたかったのよ。若返りってあるんでしょ?」
「あー、すごい短時間だけどね。もしかして、若返りたいとか?」
「もちろん、興味はあるけど。ずっとじゃないんでしょ? まぁ、死ぬ間際に体験するくらいでいいわ」
死ぬ間際って…。
「じゃ、買い出し行くから、この辺りで切るわ。今度時間作って、フレイヤさんと一緒に来るのよ。クランの人たち引き連れてきてもいいから」
何だったんだろうか。要件らしい要件がなかったが、親からの電話ってそんなものかも知れない。今の家は田舎だけあって広めの庭もあるから、外でBBQなんかもいいかもなぁ。
そんなことを考えていると、俺に大きな影が掛かった。
「ジェシー!?」
さすがに本気のスニーキングだった。気配を感じず、2メートルほどの大男に後ろに立たれる恐怖。うん、普通の人なら堤防から落ちるぞ。
「電話していたから、静かに待っていた」
「いきなり、こんなところに来てどうしたんだ?」
「来月あるイベントの準備で、フレイヤとメル、そしてマナと話していたら、俺1号の話になってな。釣りにでも行ったんだろうと予測を付けたら、みんなで行こうということになってな。たまにはドライブがいいってことで、車で港に乗り付けた」
俺2号、4号、5号は、来月ダンジョン人側の料理イベントの企画に集まっていたようだ。一人になりたかったとか色々言いたいこともあるが、俺を追跡までして楽しみに来たんだ。一緒に楽しむか。
「釣りに来たのか?」
「いや、どうせ釣れてないだろうから、魚を買って俺が料理することになった。近くのギルド所有の宿泊施設が借りられることになっているから、そこで即席のパーティでもするぞ」
悲しいが、お見通しだね。俺のクーラーボックスには何も入っていない。
「あれ、ところで、そのフレイヤたちは?」
「港の売店で、魚とか食材を買ってる」
「それ、ジェシーの方がよかったんじゃないか?」
「いや、メルは目利きができるぞ。食べ物に対する意欲の賜物だな」
わかる気がする。俺4号のメル、本当に色んな店に食べに行ってたからな。名古屋駅近くにも市場があるし、よく通っていた。
「わかった。釣果は見ての通りだし、今日はパーティだな」
そして、俺は、ジェシーの後を歩いて堤防を後にした。なんか、誤解したのかもしれないが、ほかの釣り客が心配そうな目で見てくるのだった。
「大丈夫です。友達です」
そんなことを時々呟きながら漁港にある売店に着くと、華やかな一団がいた。サングラスをかけているが、オーラでエバーヴェイルと分かる一団だ。高和港が閑散としている時間で良かった。
「おいしそうなタコなの!」
両手にタコを抱えたメル。大丈夫か? 服に墨吐かれないか? 後ろのマナが不安そうに手をわなわなさせてるぞ。
「メルちゃん、かごに入れておこっか、ね? ね?」
「ほら、カツオにタイ、色々サービスしてもらえたわ」
フレイヤはかごに入れた山盛りの魚介類を見せてくる。メルがいるから、食べきれそうだな。
「海鮮バーべキューだな」
料理ができることが楽しみなのか、ジェシーの笑いが周囲に響いたのだった。
なんだか、続きが書けそうな感じなので、海鮮バーベキューを次はお届けします!




