一足先の勝利の美酒
「ごめんねー仕事終わんなくて争奪戦初日に間に合わせられなくてね。うわ、何その表情普通に傷つくから止めてよ」
「てっきりサっさんが忘れてすっぽかしているのか、普通に忙しくて来れないかのどっちかなって考えていただけですよ。会うのは何か月ぶりでしたっけ」
「記憶が正しければ半年ぐらいかなぁ…ちょくちょく連絡は送っているしあんま変わらないでしょ」
商業国家ファークトの大きめの酒場で背後から声を掛けられ振り向くと年中無休で息抜きの言葉を知らないお偉いさんがそこにいた。軽い言葉を交わして隣の席に座るとカウンター先にいるスタッフに注文をしていた。
「それにしてもここにいる人達物好きだよねぇ…ちょっと値は張るけど海の向こうからやってきた『アルチャー』の素晴らしい技術のお陰もあってこういう所で争奪戦の現状を勝手に見られるのは凄いと思うよ」
「魔法道具『多視点共有装置:俯瞰型』…【固定視線】の応用を永続的に魔力回路に埋め込んだ上に【同調】で受信型の方に落とし込むのにかなり苦労しましたがこんな風に活用できた訳ですし…」
「ポトッルが普通にそういう細かい作業に向いているのは知ってて任せてたことだから自信持ちなよ」
サっさんが開けた空間で稼働している受信型に目線を向けるがその周りで争奪戦で起きている戦闘を見て盛り上がっている観客たちを見ながら頼んでいた飲み物片手に笑っていた。平然に話しているが賢者の石との契約の穴を見つけて物は試しとしてやってみた訳だが、結構好評だったりする。昨日は自分も他の事で忙しくて見れなかったが普通に賭け事しているみたいだったし資金調達に困ったらこういう事をしてみるのも悪くないって学べたのもいい気づきにもなっている部分もある。
『アルチャー』は何かと資金繰りに頭を悩ます事があったりする、特にお偉いさんの依頼を優先的に行うにあたって貯蓄はかなり残しているが当初の半分も使い切ってしまったからここで腹の足しになるくらい集まればいいかなとは考えていたが、その倍以上の利益を昨日の夕方時点で叩き込んでいるのだ。
「え、本業疎かにしてない?大丈夫なの?」
「貴方には一番言われたくないです。前言われましたよ『そっちに逃げていないか』って」
「いやぁ…あの時はかなり根詰まっていたし、息抜きは必要じゃん?それよりも聞いた話だけど争奪戦二日目…面倒そうじゃん」
上手い事話をすり替えられたが気にしないでおこう、二日目へと日付が進んだ直後賢者の石は挑戦者全員に新たなる試練を課したのだ。『個だけが強かろうと共に戦う仲間との団結力は如何なるものか』と声明を上げた後賢者の石が創り出した結界魔法の類の魔法で創り出した商業国家ファークトの各地各地に普通じゃ有り得ない文面でしか知り得ないような魔物が放たれた。
酒場で盛り上がっている面々は何も感じていないだろうが、草原地帯にいる筈のない死累人の軍隊が近くで歩き回っている人間目掛けて進軍し続けている光景も山岳地帯に群がる岩を纏う鳥もまた、真下で蠢く存在を駆逐せんと空を飛んでおり、荒野には個として成り立つ巨体で地を踏み締めながら歩き続ける魔物はただそれが己の使命であるかのように振舞っていたりと【仮初の命】という代物を与えたというがこれは見世物としては最高の物だろうが実際は地獄絵図しかないだろう。
「うわーこれ酷いねぇ…考えただけでも一種の魔物が仕掛けた戦争に近いね」
「映っていない所にもこんな特異的な魔物が現れているみたいですね、全くもって趣味が悪いというか…どこまで戦い抜けるかの判断材料とかですかね?」
「賢者の石と誓約している人間が一日目で大量虐殺しているのみれば所持者同士で殴り合って貰う方が争奪戦としての話を進められるから簡単だろうけど一筋縄ではいかないから代替策としてああいう淵源の魔物が必要なんだろうね」
「賢者の石の所持者がそれ倒したら全くの意味をなさないけどそれもそれで面白いからいいと思うけど一端の強者が多いから難しいだろうね」
挑戦者と賢者の石の所持者との圧倒的な力の差を埋める為に倒せば何かしらの恩恵を授けられるのはかなり考えられている。でもサっさんの言うギミックが途方もないくらいに化け物が多いからオルフィット達大丈夫かなぁ…多方面の仕事放棄してでも参加しておくべきだったか?でも一応グリエさんがいるからそこまで心配しなくても良かったりするのか?
考えるだけでも選択を間違えたのではないだろうかと頭を悩ますが隣に座っていたサっさんが心配ないからと肩に手を置いて励ましてくれたがそれでも何かしてあげられたのではないかと考え込んでしまう。
「ポトッル君の悪い癖が滲み出てるけど、そろそろ腹括ったほうが身のためだよ。これから自分の手に届かない所で何があっても根気強く曲がらない意志を持たないと体は生きていろうと心が死ぬよ」
「分かっています、もう誰かを失うのは散々ですから」
胸ポケットから取り出した星空を閉じ込めたような綺麗な本の栞を見つめながら絶対に忘れる事のない苦い記憶を噛み締めつつもポツリと言葉を吐く。そんな声は後ろでさっきよりも騒ぎ始めた観客に掻き消されるが隣で聞こえていたサっさんだけは何も言わずにグラスに入っていた酒を飲み干すと体を横にして再び笑い合っている観客を見て微笑んでいた。
「辛気臭いが感傷に浸れるくらい平和なのものだね、ゆっくり争奪戦の顛末でも見てようか。そのために大っ嫌いな仕事前倒しで片づけて来たんだし」
「労酒として奢りますよ、珍しい事ですし」
「若干馬鹿にされていることに関してはよく分からないけど…労いじゃなくて君の後輩オルフィット君たちの気持ち早めの祝杯でも呑もうか」
頷くよりも先にマスターに頼んでいたのを見たが上っ面ではそんな綺麗な言葉を飾った所で美味しいお酒が飲みたいだけなのは見え見えなんだよな、ウキウキでマスターに酒を注文している姿を見て何だかさっきまでのが一気に吹っ切れてしまった。椅子にもたれかかりながら【亜空間】から一つの魔法道具を取り出す。
「君だけの魔法道具出してどうしたの?」
「何でもないですよ、見たり触ったりすると心が落ち着くだけですよ」
「それよりほら超一品の『蛇抜』だよ?!これ喉越しが良くてさぁ!」
「聞いてますけど酔うと貴方面倒なんで一杯だけですよ」
大声で文句を言ってくるがカウンターに置いといた正方形の魔法道具に手を置いて魔力を流しゆっくりと呼吸をすると自分から広がる魔力の結界を一瞬にして構築し目標を始末するだけに最低限の攻撃を仕向けるように準備し放つ。
「この魔力の感じ…心配性なのは分かるけど相手にしちゃ駄目だよ?」
「貴方はいいかもしれませんが私にはかなり面倒事になるんですよ」
魔法道具から手を離して魔力の供給を切って再び【亜空間】の中に入れていつの間にかグラスの中にお酒を注いでいた姿を見て呆れたが今だけ元気そうな姿見れるだけまだマシか…なんて考えながらこれからの争奪戦の行く末を見守るしかないか
◆
「ジェバルさん、もう少しで目的地のパードリトー塔周辺に入ります」
「とても綺麗な景観だってのに誰かにずっと追われ続けられるってのは本当に嫌だってのに…」
「全員生き延びているんですから…今はいいじゃないですか。それよりも真夜中に告げられた賢者の石の言葉の方が私たちにかなり首を絞めるようなことですから」
気の休まらない争奪戦の中自分たちは誰も安全地帯に行かずに二日目まで生き残るという密かな目標を達成して喜んでいたのも束の間の事、自分とウェールは『忠義』から他の皆は賢者の石が創り出したと思われる魔力を介して無機質な音声による通告のようなものが伝えられた。要約するのであれば「争奪戦を生き残るためなら団結してでも襲い来る魔物の退治できるよね?」という興味本位だけで実行する事じゃないっていう話だけならいい
これだけならまだ許せたが…『討伐した魔物の力の一端を譲渡させる』この言葉を聞いた瞬間普通に何言っているのか分からなかったが数分も経てばどんなに恐ろしい事なのかが分かった途端背筋が凍ったのは分かり切ったことだろう。魔物の素材を利用して造られた武器が生み出す力がどれだけ強力かを身に染みて分かっている。
特にあの桜鉑蟷螂から造り出された変光星とかが一番いい例だが蟷螂共の事を考えると自ずと頭が痛くなるのは何故だろう、一匹売り捌くだけで豪遊できる程の金が手に入るというのに気になった魔法道具を吟味している内に溶けているんだ、ただお買い物しただけだっていうのにどうしてくれるんだ
しかも『忠義』に魔力感知をさせれば至る所に蟷螂以上の魔力を持っている化け物しかいないみたいだし…今自分たちがしなければならない事は出来る限りその特殊な魔物を討伐するのが一番だと皆と話し合って戦っている訳であって当てずっぽうだがその魔物がいるのではないかと憶測で来たここはバードリトー塔、景観とてつもなく綺麗で商業国家の観光地に近いこの場所なんだが…目的地に向かえば向かうほどとんでもなく重々しい魔力を感じている。
「主、そのバードリトー塔の事なんですが…」
「魔力感知で分かった…塔周辺全域が魔物に占領されているな」
「マディーちゃん、これ結構ヤバいかも…というかこの感じ淵源…?」
人の気配がその魔物のせいなのかどうかさえ分からない程の魔力密度で邪魔されているが…何が影響を与えているのか不思議に思っていたがそんな疑問はすぐに晴れたのだ、海底都市にあった塔を思い出すような塔の天辺や側面に真っ白な繭が見えた瞬間悟った。魔力密度の理由はこの繭から生まれた魔物の発している魔力って事か…
『あれは魂喰蟻、名前の通り人の魂…というのは大袈裟ですが魔力を吸い着く存在ですね』
『淵源で一際暴れていた魔物の一種だ、一日あれば全て喰い尽くす位の狂暴さを兼ね備えているから十分気をつけろ。普通でそこら辺にいる魔物とは全くもって違うぞ』
「それでも他の挑戦者に倒れる位だったらこちらが刈り取るぞ!」
自らを鼓舞する為に賢者の石から大量の魔力を全て変光星に入れ込み準備を始める。近辺の建物に入った途端空気が変わったのを感じた。馬車が引いて鳴る音と自分の手元でメラメラと燃えている変光星の空気を焼く音だけが聞こえた瞬間背後からとんでもない轟音が聞こえた。
建物を破壊しながら飛び込んでくる魂喰蟻の姿が馬車にいる養分を吸い取ろうと襲い掛かろうと前肢を伸ばすが振り切った変光星による斬撃により焼き切られると激昂したのかキー!と甲高い声なのか分からないが奇声を発すると周りから同じように轟音が聞こえ始めた。馬車からゆっくりと降りて再び蟷螂を連想させるような巨体を見つめながらも変光星に絶えず魔力を流し込み準備を続ける。
「お前と二人だけとは珍しいな…」
「そう?ウェールも呼んだ方がよかった?」
「いらん」
「それじゃあそっちはそっちでもう一匹の魔物の討伐よろしくね」
「了解です、ご無事で!」
オルフィットからの言葉を後に馬車は動き出し他の目的地へと馬を走らせてこの場から立ち去っていくと同時にそれまで痛みで動いていなかった魂喰蟻が再び動き始めたと思ったがビックリした事に断ち切った筈の前肢が再生されており地面に突き刺すようにして叩きつけてきた攻撃を避け変光星で頭を断ち切ると力無く倒れるが先程呼び寄せられた蟻たちが今か今かと躙り寄ってきていた。
「まずは、あの塔にいるデカい奴の始末よりも周りにいる蟻の駆除からだな」
「途中でへばるなよ、ジェバル」
「応とも」




