第十二話 願い事
てっきり奥の部屋に案内されるかと思ったが、そうではなかった。
あまり大きくない部屋だ。
入って目につくのは大きな本棚だろう。
棚の中にはぎっしりと本が詰まっている。
部屋には椅子と机が置かれており、ソフィさんは部屋の奥側の椅子に座った。
僕も、向かい合うようにして座る。
「ここは、冒険者として初めて登録する際に、使われる部屋です。
見てもらうと分かりますが、本がたくさんあります。
これらを使って一般の人は勉強するのですが・・・
ナナシさんは記憶喪失ということでしたので基礎から覚えていただくことになります」
「これらすべてですか?」
ざっと見て数百冊ある。
しかも分厚い。
こんなの覚えられる気がしない。
「いえ。すべてではありませんよ。
ここにある本の多くは簡単なことなので、すでに覚えていることもあります。
そう言った場合はその分野は飛ばしていただいて構いません」
そうソフィさんは言った後でばつが悪そうな顔でこういった。
「ただ・・・ナナシさんは全部かもしれません」
「そうですよね」
僕自身記憶喪失で森をさまよっていたのだ。
自分でも納得してしまうのが悲しかった。
「ではナナシさんには試験を受けてもらいます」
「試験!?」
「いえ、本番ではありませんよ。言うなれば実力試験です」
「実力試験?」
「はい。最初に皆さんに行っていただきます。
すでに実力がある方がいる可能性がありますので、そういった方はすぐに本試験にいかれますね」
「僕の場合は、自分が分からないことを見つけるためですか?」
「はい。記憶喪失といっても覚えていることがあるかもしれません。
それに、ナナシさんも自分が何を覚えていて、何を忘れているのか一度整理した方がいいと思います」
「確かに・・・今までなんとなくで行動していましたが、知識がなくなったわけではないですね・・・」
思い返してみればそうだ。
実際、森を歩くときは太陽の位置を考えて、時刻や方向を確かめていたし、
火を起こすときも道具を使った。
知識が全くなければ、もっと試行錯誤するはずだ。
それをしなかったということは・・・
僕はすべてを丸ごと忘れてしまったわけではないということになる。
それにここで知識の整理をすることは、今後の僕の動き方に役に立つ。
「それでは試験を始めますがよろしいですか?」
「はい。おねがいします!」
僕の目の前に試験用紙、ペンが置かれる。
「制限時間は三十分です。それでは・・・はじめ」
開始と同時に試験用紙をめくる。
問題文の横に回答欄があり、そこに答えを書いていくようだ。
問題は全部で五十問。
ひとつづつ取り組んでいく。
「試験終了です。お疲れさまでした」
終了の一声で僕の緊張が一気に解ける。
「はぁ~~~」
「では採点いたします」
ソフィさんは慣れた手つきでペンを動かし、確認していく。
やがてソフィさんがペンを置いた。
少し緊張する。
僕は喉をごくりと鳴らした。
「結果は・・・三問正解です」
分かってはいたがやはりか。
というのも僕は試験中ずっと頭を悩ませていた。
答えが全く分からないのだ。
いくら考えても分からず、次の問題に言っても分からない。
そんなことの繰り返しで三十分が過ぎていた。
むしろ、何で三問正解したのか知りたい。
「見たところ・・・社会的知識が全くないようですね。全問不正解です」
率直な言い方が心に来る。
「ですが・・・科学的知識というか・・・生活知識は少しあるようですね」
「生活知識ですか?」
「はい。生活するうえで最低限必要な知識ですね。例えば、生肉を食べることは危険であるとか」
「確かにそれはわかりましたね・・・なんででしょう?」
「私では分かりませんが・・・記憶を失ってからも無意識に行ったということは考えられます」
「無意識?」
「はい。生活するうえで必要な知識は日常的に使いますので。
もしかしたら記憶を失った後も体が覚えていたのかもしれません」
「なるほど。それはすごいですね・・・」
ソフィさんが言ったことには説得力があった。
無意識による行動か・・・
それで今まで生きてこれたのならありがたい。
「逆に社会的知識はありませんね。例えば、この国の名前とか」
「はい。全く分かりませんでした」
必死にひねり出そうとしたのだが覚えてなければ分からない。
「ちなみにこの街『ソーバ』はマグノリア帝国の領土内にあります」
「マグノリア帝国?」
「その反応だと初めて聞くようですね」
「はい。今聞いてもなにも思い出せませんね」
全然ダメじゃないか。
国の名前を憶えていないなら、他のことも覚えていないだろう。
「じゃあ、僕は無意識に覚えていたこと以外は、すべて忘れているということですか?」
「はい。現状そうなりますね。もちろんこの試験だけでは判断できないのですが・・・」
「僕も他に覚えていることが何もないので、その認識であっているのではいかと思います」
「では試験の結果から考えると・・・ナナシさんは相当勉強しないといけないようです」
「ですよね・・・がんばります」
「頑張ってください」
じっと本棚を見つめる。
こんなに多くの本を読めるだろうか?
そうやって落ち込んでいる僕に気を使ったのかソフィさんが「ですが・・・」と話し始めた。
「私はむしろナナシさんは覚えているほうだと思っています」
「いや、ですが・・・ほとんど忘れてますよ?」
そういうとソフィさんはフッとほほ笑んでこう言った。
「私は最悪な場合を考えていたんですよ?」
「最悪な場合?」
「はい。試験が解けない場合です。物理的に」
「物理的?」
「文字が読めないことですよ」
「あ!!本当ですね!!」
「試験結果の受け答えを見ても問題文は読めているようでしたし」
「無意識で読んでました」
「文字の知識もあるようですね」
「そうですね。最悪の場合とは問題が読めないことですか」
「はい。その場合も考えて文字の勉強を視野に入れていましたが、その必要はなさそうで、安心しました」
ソフィさんはほっとした顔をする。
僕はその顔を見て安心した。
「あの子、結構大胆ですよね?」
突然ソフィさんが話し始めた。
あの子とはおそらくステラさんのことだろう。
「大胆というか・・・大雑把というか」
「ですが・・・男性と一緒にいるところを見たことはありませんでした」
だから・・・ステラが男の子を連れてきたときは驚きました。何事かと思って」
「そんなにですか?」
「はい。そうですよ。この街にいる冒険者は皆、あの子に注目してますから。
この街一番の冒険者にしてエルフともなれば・・・いろいろあります」
ソフィさんの言いたいことはなんとなくわかった。
きっとこれまでステラさんは僕には想像もできない苦難に立ち向かってきたのだろう。
「そんなあの子がナナシさんに親切にしているのを見て私は嬉しかったんです」
「でも、僕は・・・迷惑かけてばっかりで・・・」
「それでもですよ。あの子が楽しそうならそれが一番です。
ナナシさんはなぜ冒険者になりたいのですか?」
僕は少し考えてこう言った。
ステラさんには伝えていない理由を。
「ステラさんに憧れたからです」
もちろん僕の家族や友人探しのためなど理由はあるが今の僕にとってはそれらは一番の理由ではなかった。
少し恥ずかしくなって、うつむいてしまいそうになるが何とかこらえる。
それにソフィさんには正直な自分の気持ちを言うべきだと思った。
それを聞いてソフィさんは笑ってくれた。
「よかったです。あなたがいい人で」
「分かりませんよ。もしかしたら記憶を失う前は犯罪者だったかもしれませんし」
「私はギルドの受付ですよ?人を見る目はあります」
そう言うソフィさんには何とも言えない柔らかさがあった。
「一つ、頼みごとを聞いてくれませんか?」
「頼み事?」
「ステラと仲間になってくれませんか?」
仲間。
思えば森にいたとき、ステラさんは僕のことを仲間だといってくれた気がする。
だが、ソフィさんが言いたいことはそういうことではないだろう。
ステラさんと対等な立場にいる仲間。
ステラさんにとって信頼できる仲間。
きっとそういう仲間のことだ。
当然今の僕では無理だ。
知識も力もない僕では仲間にはなれない。
だが、いつかは・・・
「今の僕では全然だめですが・・・頑張ってみます」
「ありがとうございます。
ですが・・・そういう時はもっと堂々というものですよ」
どちらからとなく笑みがこぼれる。
部屋に光が差しこむ。
傾いた太陽の日差しが僕らを優しく照らしていた。




