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オルファン・ソース  作者: 肩口鰯
エンジェルス・コンフリクト
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31/34

#4-7

「西宮(ひろむ)と長森組の繋がりについて、手がかりはありませんか?」


 バーに設置された公衆電話で、石住は三船に状況を伝えていた。外界から入ってきたというかなり昔の黄色い電話機には、もちろんスピーカーなどという先端的な機能は搭載されていないので、天空はバーの椅子の上で手持ち無沙汰にしていた。


「お嬢さん、剛ちゃんの教え子かい?」


 マスターに話を振られた。彼の頬には、ヤクザに付けられた赤い蹴り跡がうっすら残っていた。


「いいえ。店主さんこそ、石住さんとはどういう」


「この辺であの子を知らない人間は居ないよ。ただ、彼が十八くらいのときかな、この辺りに入り浸ってた悪ガキ共をつまみ出してくれてね。話したのはそれが初めてだった」


 高校生時代の石住はどんな風貌だったのだろうか。今と変わらないのか、それとも案外ツッパっていたかもしれない。どちらにせよ、当時から有名人だったようだ。


「東濃さん、三船さんが」


 タイミング良く呼ばれて、天空は石住から受話器を受け取った。


「もしもし」


『東濃か。今度は長森組の奴らともやり合ったそうだが、怪我はないか』


 電話口の彼女は平板な声色だった。


「ええ。能力が使えるようになってから、体が頑丈になりましたから」


『無茶はするなよ。お前は昼間の戦いで負傷したんだからな』


「あれはもう平気ですよ。それより三船さん、用件は」


 促すと、三船は一段低いトーンで切り出す。


『もう一度、直接忠告しておこうと思ってな。石住にも言ったが、もうこの件には関わるな。バックに極道がいた以上、なおさらな』


「……三船さん、長森組っていったい何なんですか?」


『この町で最大規模のヤクザ組織、奥羽龍王会(おううりゅうおうかい)の傘下だ。組長以下、頭の足りん奴ばかりで馬鹿な真似をよくしでかすが、悪知恵だけはよく働くから、身内からも外からも大層評判が悪い』


 マスターによると夕方、黒丸通りにやって来た長森組は、みかじめ料の名目でいくつかの店から金を巻き上げようとしたらしい。断ると、金を払うまでの担保として、西宮の能力で商品や商売道具を奪っていった。天空と石住が見かけたハトの群れは二つ。つまり強奪されたのはここを含む二軒だけで、残りはやむなく支払ったということだ。


『長森組自体はちんけな組だが、親の龍王会は危険だ。命が惜しいなら、あそことまともに関わるんじゃない』


「そんなに心配しなくても大丈夫です。私には一応、メモラビリアがありますし」


 台詞の途中で天空は言い淀んだ。こんなものを頼りにすることに、一握の罪悪感が振り払えなかった。


『東濃。極道というのは、目的のためならどんな手段も(いと)わない奴らだ。平気で殺しもするし、無関係な人間も巻き込む。お前は自分だけが迷惑を(こうむ)るだけだと思っているかもしれんが、もしも彼らに目をつけられたら、狙われるのはお前だけじゃない。稲見や播磨さんもだ』


 刑事は叱るでも苛立つでもなく、思い至らないことを淡々と諭す。

 天空は前歯で唇を噛んだ。二人とも仲良しとは言えないし、共に過ごした時間はまだ短いけれど、世話になっている恩人だ。自分が事態にさらなる干渉をすれば、彼らにも危害が及ぶ危険性は否めない。雷破は廻元者だが、播磨は違う。気のいい中年女性でしかない彼女など、暴力団は屁とも思わないはずだ。


「それなら、あとは警察に任せていいんですね」


 天空が言うと、返答にはやや間があった。


『ああ。少し時間はかかるだろうが、必ず私がなんとかする。だからもう家に帰れ、いいな」


 通話はそこで切れた。急ぐような切り方が、天空には妙に引っかかった。


「三船さんによれば、警察はまだ長森組と西宮の関係性を掴めていないようです。個人的なことを話さない(たち)で、同僚もたいして彼のことを知らないんだとか」


 受話器を戻したところで、石住は言う。


「西宮、さっき姉貴がーとか言ってましたよね。まさか家族を人質に取られてるんじゃ」


「かもしれませんが、今は憶測の域を出ません。ひとまず僕は、この店のお酒を取り戻すことにします。ここで呑めなくなるのは死活問題ですから」


「勝手に動いていいんですか? 三船さんは警察に任せろって言ってましたけど」


「いや、そいつは頼りにならんね」


 口を挟んだのはマスターだった。


「警察には買収されたり、脅されたりして龍王会に丸め込まれてるのも多い。あいつらが動いてくれるかなんて、(はなは)だ怪しいもんさ」


「いやいや、三船さんに限ってそんなわけないですよ」


「僕も同感です。ただ彼女のいる特高警察課は本来、ヤクザを取り締まる部署ではありません。方々との調整があるでしょうし、早期解決は困難かと」


 あの妙な間はそういうことか。しかし、面倒になるとわかっても「なんとかする」ときっぱり言い切ったのだから、三船はどこまでも責任感の強い人だ。


「三船さんはともかく、警察自体があてにならない以上、こちらでどうにかした方が早く済みます。少々伝手を頼るとしましょう。東濃さんはどうしますか?」


「私は……今日は帰ろうと思います。あとはあなたと三船さんにお任せしますよ」


 石住には解決の算段がありそうだし、三船も動いている。自分が出しゃばらずとも、彼らなら大丈夫なはずだ。調査から降りたくない気持ちもあれど、それは天空のエゴでしかない。三船に警告されたように、むやみに深入りしてまちばり荘の二人を巻き込みたくなかった。


「懸命な判断だと思いますよ。ではマスター、行ってきます」


「悪いね剛ちゃん、お願いするよ」


 店を去る石住に、マスターは片手を胸の前に出す。ドアベルが軽やかな音を鳴らして、送り出す者を鼓舞する。


「嬢ちゃんもありがとうね。サイダーくらいなら残ってるけど、飲むかい」


「構わないでください。勝手にやったことですから」


 マスターの気遣いを、天空はやんわり断った。


「いいのかい? 君、なんだか浮かない顔してるけど」


「え?」


 まったく無自覚に、天空は自分の左頬に触れた。


「気持ちが晴れないって感じさ。何か飲んで、気分転換していきなよ。タダにしとくからさ」


「そんな、悪いですよ」


「いいんだよ。一杯やりつつ心の淀みを人に打ち明ける。バーってのはそういう場所でもあるんだ」


 そういえば、前にも誰かと似たようなやり取りをしたことがあった。そのときは結果的に酷い目に遭ったけれど、石住が懇意にしている人の誘いだからだろうか。天空に警戒心はなかった。


「話すだけでもいいですか?」


「もちろん」


 だから彼には、心を開くことができた。


「さっき長森組と戦ったとき、西宮……あ、超能力者の男のことが、やたらと頭に残ってて」


 酒の無いカウンターの端の席で、天空は語り始めた。


「石住さんに追い詰められて、必死に命乞いをする姿。ただ石住さんを怖がっているとか、自分の無事を心配しているとかじゃなくて、もっと深刻なものを恐れてるみたいでした。あの人が何に怯えていたのか、無性に気になってたまらないんです」


「なるほど。君はそれが、あの男の家族に関わることだと考えているわけだ」


「ええ。だけどそれを確かめようとすれば、きっとまた長森組とぶつかります。もしそうなったら、私の住んでるアパートの人たちにヤクザが手を出すかもしれない。それは嫌です。でもmし西宮が脅されたりして、長森組にむりやり従わせられているなら、放っておけないなって」


 長森組の構成員に直接訊く以外、西宮のことを調べる手立ては思いついていない。彼らが素直に答えてくれるわけがなかろう。


「何故そう思うんだい? 彼は犯罪者だろう。君を傷つけようともした」

 マスターは言った。被害者だから、西宮を案じる天空に憤っているというのではなく、単なる事実として淡々と述べていた。


「たしかにあの人は、自分の能力を使って商店街で万引きを繰り返してた人です。それは許せませんよ。……でもあの人、一度も笑ってないんですよ」


 ハシボソで対峙したときも、さっきの戦闘でも、西宮はずっと思い詰めた表情だった。自分の能力に溺れて調子に乗っているとか、盗みを楽しんでいるとかいう風でもなかった。小田切が持ってきた書類に写っていたような、生真面目な能面を被っていた。


 あの届け出書類が作られてから八年、あるいはそれよりもずっと前から、西宮洋は能面を被って生きてきたのか。


「好きであんな真似をやってるわけじゃないことくらい、表情でわかりました。生きるために誰かを踏みにじる。一歩間違えたら、私もそういう生き方をしていたかもしれないから。そう考えたらどうしても、体がうずうずして仕方ないんです」


 ――やっぱ、ただで手放すには惜しいか。


 初めてこの町に来た日、投げられた言葉だ。他人を生きるための養分としか思っていない人間に、天空は屈服するかもしれなかった。そうなれば自分もまた、誰かを食い物にして生きていただろう。


「でもだからって、お世話になってる人に迷惑はかけれないし。けどあの人も気になるし……はあぁぁぁ……」


 机に頭をつけた天空は、両足を揺らしながら深い深い息をついた。今日は悩んでばかりだった。


「何をそんなに悩むのさ。答えならはっきりしているじゃないか」


 そんな天空の苦悩を、マスターは一蹴した。


「そうですかねぇ」


「だって君は、剛ちゃんと同じ超能力者なんだよね。その力があれば、君の家の人もあのヤクザも、両方守れるだろう?」


 彼は簡単に言ってくれる。


「……人を蹴ったり殴ったりするなんて、気持ちのいいものじゃないですよ」


 厳密には廻元者ではないということも、力への葛藤も説明する気が起きず、天空は気持ちだけ吐露した。あのヤクザたちは全員、超能力など持っていなかった。言ってみれば天空がしたのは、弱いものいじめに似た行為だった。


 もちろん、天空は人をいじめて楽しんでいるつもりはなかった。今まで戦ってきたのも不可抗力だと。しかし、本当にそうだろうか。戦わずに目的を達する手段が他にあったのではないか。


「嬢ちゃんは優しいんだねえ。大事な人も悪党も、どっちも守りたいと思える人間はそう居ないよ。人を傷つけても知らんぷりなんて奴も多い。さっきのヤクザ共がいい例さ」


 マスターは棚からグラスを出すと、カウンター下を漁って氷の入った袋を引っ張り出した。


「暴力に反対する小説や映画はいくらでもある。争いは別の争いを生むだけ、力では何も解決しないなんてありきたりなメッセージは山ほど描かれてきた。それは陳腐な綺麗事だが、だからこそ大切な言葉だ。でなかったら使い古されたりなんてしない。人類が決して忘れてはいけない理想だよ」


 彼はトングを使い、不定形な氷の塊を三個、グラスに入れる。


「けどね、理想はあくまでも理想。悲しいことに現実はそう易々とはいかない。長森組みたいに、平気で他人に暴力を振るう人々は多い。そんな奴らを相手に、非暴力を貫き通して誇りある死を遂げた人もいる。でもそれが許されるのは、自分一人だけだ。嬢ちゃんは、自分の親兄弟や友達が酷い仕打ちを受けているときに、『抵抗するな』『やり返すな』なんて言葉をかけられるか?」


「そんなこと……言えるわけないじゃないですか。だって私、友達とか家族には生きてほしいですもん」


「だろう? 無抵抗主義は立派だが、それを他人にまで強要するのは愚かなことだ。それが許されてしまえば、社会は人を踏みにじることに躊躇(ちゅうちょ)のない人間ばかりが幅を利かせることになる。(はな)からルールを守る気のない連中に、いくらルールを守れ、人を傷つけてはいけないと道徳を説いたところで無駄なことだ。そんな人間を止めるには、暴力が必要になる」


 空気が跳ねる軽快な音がする。栓抜きで瓶の蓋を開けた店主は、グラスに中身を()いでいく。


「暴力にはいろいろな形がある。例えば法律も暴力の一つと言えるかもしれない。本来なら自由なはずの人間を縛りつけるんだからね、これほど乱暴なものはないよ。警察や軍隊も暴力装置と呼ばれるね。犯罪を取り締まったり、侵略者と戦ったりするのは、世の中を成り立たせるのに不可欠だ」


 頼んでもいないのに、サイダーの入ったグラスがテーブルに用意される。液中を炭酸の泡が盛んに上り、氷塊を揺らしている。


「何が言いたいかというと、暴力は必要悪だということさ。より巨大な、他者を踏みにじるという絶対悪を止めるために無くてはならないものとしてね。たしかに君はさっき、人を殴って痛めつけたけれど、それはこの通りを長森組から守るためだった。傷つけることは悪でも、守ることはそうじゃないはずだ」


「買い被りですよ。私は西宮を捕まえたかったのと、石住さんを置いて逃げたくなかっただけで。全部自分の都合です」


 黒丸通りから長森組を追い出せたのは結果論だ。天空には町を守るとかいった、高尚な志はない。


「それは剛ちゃんだって一緒だよ。あいつは人を助けても『自分がしたいと思ってしただけですから』なぁんて格好つけちゃってる。けど、私利私欲のために超能力で人を傷つける真似は絶対にしない。悪党との違いはそこだ。奪うためとか、傷つけるために力を使わないこと。君だって、それを心掛けてるんじゃないかねぇ。ま、会ったばかりの俺が言っても、説得力がないだろうけど」 


 この町には信じられないほど邪悪な人間が居る。彼らに比べれば、東濃天空は善人寄りの人間だろう。だが決して善人ではないと、天空は思う。道端のゴミを拾い集めることも、電車で老人に席を譲ることも、重い荷物を抱えた同級生を助けることもしてこなかった。叔母には舐めた口を利いていたし、父には甘えてばかりだった。自分には何かを成す力なんてないと、心の片隅で決め込んで、ぬるま湯に浸かっていた。


 ――あなたなら道を踏み外しはしない。僕はそう信じます。


 そんな自分を信じると、石住は言ってくれた。互いに互いをほとんど知らない間柄なのに、勝手な頼みごとをしたときもあったのに、信じると。


「多分君が足踏みしているのは、覚悟を持てていないからだと思う。暴力を振ることや、自分の目的のために、誰かに迷惑をかけることへの覚悟。その責任を負う覚悟があれば、先へ踏み出せるはずだよ」


「……あぁー……」


 以前吐いてしまった言葉を思い返し、天空は恥じた。責任感が無いのは自分の方だったのに。


 ――自分が納得できる生き方をするには、自分に合った道を見つけるしかない。お前にもそれを見つけてほしいって、父さんは思ってる。


 西宮を見捨てれば間違いなく後悔する。しかし彼を助ければ、まちばり荘の二人を危険に晒しかねない。

 どちらも避けるには、道を選ぶしかない。この先も力を使う道を。


 覚悟するしかないのだ。


 天空はグラスを取り、サイダーを口に含んだ。冷蔵庫に入れられていなかった液体はぬるく、氷だけが冷たかった。

 一口目を飲み込むと、今度は頭を上げてグラスの中身を一気に流し込んだ。甘みと一緒に微炭酸の泡が流入し、喉奥をつついた。


「キネマ街にからしん茶廊(さろう)って店がある。龍王会の組員がよく出入りしててね。長森組のことを訊くなら、そこがいいだろう」


 天空は空のグラスを置いた。


「ごちそうさまです。おかげで腹を括れました」


「おう、気分が晴れたならよかった。あ、そうそう」


 急ぎ退店しようとする天空に、マスターが呼びかける。


「今度はお金落としてちょうだいよ。酒が呑める年になったらさ」






 マスターの言葉通り、栄路区キネマ街の一角にからしん茶廊はあった。


「茶廊」といっても、中身は現代日本でいう喫茶店より風俗店に近い。この町の繁華街に巣食う典型的なカフェーの一つで、ドアの外にまで淫らな空気が漏れていたが、一日だけ働いたことがあったので、入店に抵抗はなかった。

 まだギリギリ夜が始まる前だというのに、タイル張りの上で乱痴気(らんちき)騒ぎが繰り広げられている。男たちが着飾った女給を侍らせている様は胃がむかついてくるが、なんのことはない。女たちも悲惨な生い立ちの持ち主だとか、騙されて働かせられているとかいうのも中にはいるが、ただ遊ぶ金欲しさで媚びへつらったり、夜の蝶に憧れてこの世界に飛び込んだりしているのも多い。過激な接待と引き換えに法外な額をせしめるなんてこともある。ここでは女も男も持ちつ持たれつなのだ。

 そんな場所は天空にとって、心地の良いものではなかった。


「いらっしゃいませ、お一人ですか?」


 若いボーイが案内に来る。薄手のワンピース一枚、ひとりだけでやって来た女に、彼は眉をひそめている。


「人を探してるんです。長森組の人、誰か来てませんか?」


「……失礼ですが、何の御用でしょうか」


 ボーイの眼差しが剣呑なものに変わる。ヤクザが出入りしているなら、ここ自体が暴力団の営む店だということも十分あり得るし、下手を打てばまた乱闘になるかもしれない。さっきの面子にまた出くわしたら意味のないことだが、ここは波風を立てないようにしよう。


「実は、彼氏のことで訊きたいことがあって。あの人最近、長森組のお兄さんと仲良くしてるみたいなんです。でも彼ったら、何をしてるのかさっぱり話してくれなくってぇ。でも、ここには龍王会の人がよく来てるっていうから、もしかしたら長森組の人とお話できるかなーって思ったんです」


 天空は意を決して、頭の軽い恋人風を装った。我ながら馬鹿馬鹿しいと思った。


「そうでしたか……でしたら、ご案内いたします」


 逡巡の後、ボーイは最奥のシートに天空を通した。真っ赤なビロードのソファーで、両脇に給仕を従えた丸刈りの男が居た。幸いにもさっきの四人とは違う人物だった。ボーイに(わけ)を話されると、彼は天空に向かいへ座るよう言った。


「やー初めまして。俺、久太郎(きゅうたろう)っていうの。そっちは?」


「えーっと、そらです」


 本名を知られるのが嫌でそう名乗る。偽名のつもりはない。播磨にはそう呼ばれているし。


「へぇーっ! 可愛いねぇそらちゃん! そこらの給仕なんかよりずっといいよ!」


「あはは……ありがとうございます」


 藍の法被にステテコ姿の久太郎はすっかりできあがっているようで、テーブルには空のグラスやジョッキがずらりと並んでいる。情報を聞き出すのは容易そうだ。


「で、君の彼氏がうちのもんとつるんでるって言うけど、そいつ何て名前なの? 俺ぁ若頭張ってるからさぁ! 知りたいことなぁんでも教えてあげるよぉ」


 大声を張る久太郎にヤクザの威厳はまるでなく、給仕の二人も酒臭い彼を迷惑そうにしていた。なんとなく、長森組の評判がわかった気がした。


「洋っていうんです。ご存知ですか?」


「ひろむぅ? ひろむ……ああーっ! 西宮洋! なぁにそらちゃん、あんな借金塗れの男と付き合ってんのォ!?」


「えっ? 借金あるんですか、彼」


「知らないのぉ? あれはねえ、三か月くらい前にうちで面倒見てる金貸しから借りたんだよ。たしか二十万くらいだったっけぇ。親父さんが倒れたとかでさぁ」


「嘘! 洋ったら、そんなの一回も話してくれなかったのに!」


 大げさに驚いてみせる。


「ほんとだよぉ。その前から西宮家には借金があってさぁ。西宮の姉が昔っから重い病気でねぇ、ろくに外も出れやしねぇんで、ずっと金が入り用なんだよ。合計で六百万……いや、うちの利子とかも入るから、ざっと六百五十万は背負ってるかな。気の毒だよねぇ、お袋さんが早くに死んだ上に、働きながら姉貴と親父の面倒見て、金も工面しなくっちゃあならないなんて……ま、俺らには関係ねぇけどさ!」


「そっかあ! だから一緒に居たんですね!」


 男は唾と一緒に笑い飛ばすと、 彼はワインボトルで喉を潤しておくびを上げた。天空は眉が曲がりそうになるのを(こら)えた。

 両者は債務者と債権者の関係というわけだ。すると、西宮が長森組に従っていた理由も大体察しがついてくる。家族を人質にされたか、返済の代わりに犯罪へ加担させられているか。


「ところが最近、ついに首が回らなくなった。いよいよもってモツ飛ばすしかなくなってきたとこで、今日、うちの(した)()共があいつとばったり会ってなぁ。そしたらあいつ、急に言い出したらしいんだ――――って」


「…………は?」


 しかし得てして、予想を微妙に裏切るのが現実というものだ。

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