#4-6
シックな佇まいの飲食店が並ぶ黒丸通りは、雰囲気とは裏腹に騒然としていた。通行人たちは皆、不安げな面持ちで一軒の店を眺めていた。
「うわああああ!?」
店から悲鳴が聞こえ、開け放たれたドアから大量のハトが飛び出す。まただ。
「あいつはあそこか……!」
天空と石住は野次馬たちをかき分け、店へ駆けつけた。そこはカウンター席だけの趣あるバーで、中には数人の男が居た。
「来週また来るからよ。それまでに用意しておけ」
「ま、待ってください! みかじめなら犬渕組に払ってるって言ったじゃないですか!」
ベストを着た店主らしき白髪の男が、黒いズボンを履いた男の足に縋りつく。
「しつけぇぞ。出さねぇんだったら、お宅の酒はこっちで処分しとくからな」
「そんな無茶苦茶な……!」
裾にしがみついた店主を、男は文字通り足蹴にする。背中越しだが、彼らの身なりはハシボソの住人よりも綺麗で、首や耳にアクセサリーを付けている者もいる。
「あなたたち、この店に何の用ですか」
「ご、剛ちゃん……!」
そこへ石住が割って入ると、男たちが一斉に振り返り、世界の終わりのような表情をしていた店主がぱっと顔を明るくした。
「あぁん? なんだお前、こいつの知り合いか」
男の一人がガンを飛ばす。口調こそ雷破に似ているが、格好つけたようなツーブロックのせいで彼ほどの凄みはなかった。
「石住さん居ました、あいつが西宮です」
天空は西宮を小さく指差し、石住に耳打ちした。ベージュのコートを羽織ってフードも被っているが、下の格好は励起態のままで、手には帽子を握っていた。彼の方も天空に気づいたのか、フードを引っ張って目深に被った。
「ここは僕の行きつけでしてね。あなた方に入り口を塞がれては入れないんですが」
石住は店を占拠する集団へ言い放った。
「悪いな兄ちゃん、ご覧の通りこの店の酒は全部切らしててよ。今日の営業はできねぇんだ」
上背のある紺のスーツを着た男が、親指でカウンターの奥を示した。普通なら酒瓶がいっぱいに並んでいるであろうはずのそこには、一本も残っていなかった。明らかに西宮の仕業だろう。
「失礼ですが、あなたはどちら様で? オーナーはそこの彼のはずですが」
「今日からこの通りはうちが仕切ることになったんでな、挨拶回りしてたんだ」
「おかしいですね。あなたたちが付けてるのは龍王会の代紋です。しかし、黒丸通りはとっくに龍王会の縄張りのはずでは?」
紺スーツの男が言うと、石住は鼻で笑った。龍王会、名前と風貌からして暴力団か。
「おいおい、態度に気をつけろよ? 俺たちがどこのもんかわかってんなら、舐めた口は利かない方がいいぜ」
見上げてくるツーブロックの青年を、石住は薄笑いのまま見下ろす。
「剛ちゃん! こいつら長森組だ! 長森組の奴らが……ぐはッ!?」
「うっせぇぞコラ!」
声を上げた店主の顔面を、メンバーの一人が爪先で蹴飛ばした。すると石住は、吊り上げた唇の端を元に戻した。
「堅気に手を出すのに何の躊躇もなしですか。お里が知れますね」
立ち塞がる青年を押しのけ、スーツの男に近寄った。
「天下の龍王会の代紋を背負っている割には、ずいぶんと程度が低い」
「あぁ?」
睨めつけるスーツの男。石住は動じない。
「簡単に暴力を振るうような極道は二流だ。真の強者は安易に牙を剥くことはしない。切っ先を覗かせるだけで、相手を従わせられるからです。自分の実力を相手も理解しているからこそ、それが通用する。迂闊に牙を剥くのは、自分に自信が無いことの裏返しです。弱いと思っているから、臆病だから誰彼構わず殴りかかる。そうすることでしか力を誇示できない。他者を従わせられない」
彼は汗の一滴も垂らさずに述べ、ダイヤの指輪を嵌めた左手を掲げた。
「酒を返すと約束してください。そうすれば、あなたたちは見逃しましょう」
「ほぉ……優男のくせにいい度胸してんじゃねぇか」
火花を飛ばし合う両者。天空はドアの縁から固唾を呑む。
スーツの男が胸倉へ手を伸ばす。瞬時にはたく石住。顔面狙いのパンチすら、片手で受け止める。
「わかりますか? 三下に振るう拳は無いと言っているんですよ」
「野郎……!!!」
「お、思い出した! 兄貴、こいつ石住ですよ! あの天狗とか呼ばれてる超能力者の!」
歯を食いしばる男に、白いワイシャツを着た小太りの子分が言った。荒くれ者にも有名なのは本当のようだ。
「天狗……そうか、梁太の大天狗か!」
兄貴と呼ばれた男は突然笑うと、腕を下ろした。
「要するにてめぇを潰せば、梁太のシマもまるまる頂けるってこったなぁ!」
「えぇ!? 兄貴、まさかやり合う気ですか!?」
「ったりめぇだろうが! こいつは今まで散々、龍王会を邪魔してコケにしてきたんだ! ここでぶっ殺しゃあ、長森組の株も上がるってもんよ!」
「でも、あいつはあの石住っすよ!? 俺たちが束になったところで勝てっこなんか――」
「うっせぇ! 数は俺らの方が多いんだ! それにこっちには切り札があんだろが!」
そう言って兄貴分は西宮の腕を引っ掴み、店の外へ投げるように突き出した。玄関の陰に隠れていた天空は、強引に外へ出された彼と目が合った。その生真面目そうな顔色は、ひどく思い詰めているように映った。しかし、続いて四人のヤクザたちがぞろぞろ出てきたので、仔細まで読み取るまではできなかった。
「こいつはなかなか使える奴でな。いくら大天狗様でも、敵うなんて思うなよ」
路上の真ん中にヤクザたちが出ると、野次馬たちはそそくさ退散していった。各々が肩や首を回して準備を始める中、白シャツの男だけは心配そうに仲間をきょろきょろ見ており、西宮は彼らの後ろで佇んでいた。
「やれやれ、喧嘩を売る相手も見極められないとは。長森組は評判以上ですね」
石住は戸口で大きなため息をついたが、そういう割には結構煽っていなかったか。
「なんか、思ったより大事になってません?」
「みたいですね。東濃さん、君は先に帰ってください。あとは僕がやります」
「……つれないこと言いますね」
「極道が絡んでいる手前、これ以上関わるのは危険です。どんな目に遭うかわかりませんよ」
彼が言っているのは、この戦いに参加すると負けるという意味ではない。自分に手を貸せば、天空も連中の餌食になりかねないと言っているのだ。反社の蜘蛛の巣にかかれば、容易く逃れる術はない。
「嫌です。知り合いを見捨てて一人で逃げるなんて、格好悪いじゃないですか」
屈強な男が数人。ただの少女でしかなかった頃の天空では、一目散に逃げるしかなかっただろう。しかし今は金色の鍵があった。皮肉なことにこの贈り物は、自分自身がどれだけ疎んでいても、立ち向かう勇気を与えてくれるのだった。
「あいにく、僕はあなたの手を借りるほどやわではありませんので」
「ここまで来てやめたくないってだけです」
西宮を警察に引き渡し、事件を解決することだけが天空の目的だ。ヤクザに興味はないが、彼らが西宮の仲間なら、戦うべき敵だ。
「ひょっとして、連れの女も超能力者か? 面白れぇ……おい! 女は生かして後の楽しみに取っとけ! 石住のガキは殺して玄水川に沈めたらァ!」
兄貴分は懐から短刀を抜き、発破をかけた。
「行くぞおめぇら! 天狗の鼻っ柱、へし折ってやれ!!!」
合図に合わせ、 ヤクザたちがにじり寄ってくる。天空と石住が意識を集中させると、二人のメモラビリアは瞬時に反応し、円環と格子を展開する。ワンピースはローブに、作務衣は法衣に。
「オラァッ!」
変身を終えると同時に開戦。天空は圈、石住は徒手空拳で応じる。
天空の対戦相手は二人、ツーブロックと白シャツだ。前者は外見通り勢いに乗り、気後れがちだった後者もしっかり参加している。
ツーブロックが浴びせるラッシュを、天空は両輪で塞ぐ。喧嘩慣れした男の力が円盤越しにひしひしと伝わるが、励起態の天空にはそれを凌ぐパワーに満ちている。守りが崩れるわけはなかった。
連撃を止め下がるツーブロック。ここで攻め――。
「フンッ!」
――られない。
ガードを解いた瞬間、白シャツの張り手。とっさに防ぐも、入れ違い様の一撃はさらに重く、振動が左輪から腕に伝わる。
右輪で反撃のブローを繰り出すものの、敵が退いて空振る。その踏み出した左脚を、ツーブロックは逃さない。
「ッ!」
スカートから出たふくらはぎを蹴られ、意識が下に向く。右方から手刀。体側を曲げて回避し、距離を取る。
ハシボソの住人やフレンジーとは違う。むやみやたらに突っ込んでくるのではなく、きちんと間合いを取ってくる。その上で連携し、数を活かして隙なく攻める。思っていたよりも強い。
ゆっくり後ずさりつつ石住の状況を確認する。彼は店主を蹴った角刈りの男と、兄貴分に勝負を挑まれている。
「死に晒せぇッ!」
短刀の突きを、石住は横に逸れて流す。角刈りのパンチは右手で受け止め、そのままねじって引き倒す。さらなる兄貴分の追撃は、法衣に包まれた左脚を上げて蹴飛ばす。
「トロいですねぇ」
能力を使わず、身一つであしらう石住。かなり余裕がありそうだ。こちらも負けていられない。
技術と経験はあちらが上だが、攻撃力や体力はこちらが上のはずだ。
「オラオラどうした嬢ちゃん? 来ねぇなら、またこっちからやっちまうぞ!」
またもや仕掛けたのはツーブロック。ファイティングポーズから踏み込み、広いスペースを詰める右ストレート。天空は左輪で防御――せず。
「うっ!?」
圈の内側に腕をくぐらせ、肘に引っ掛けた。
引き抜かれるより前に、輪を斜め上に引っ張る。
「それっ!」
「ぐぼォッ!?」
動きを封じつつ、右輪を顔面に叩きつける。熱を帯びた切っ先が、彼の頬から鼻にかけて跡を残す。
ツーブロックが吹っ飛ばされると、白シャツ男が両腕で組みつこうとする。右半身を捻って避けるとともに、天空は左足を軸に後ろを向き、
「うおらっ!」
背中を晒した彼へ圈を振り下ろす、が。
キイィィインッ
不快な高音。危険を察知し、天空は腰を落とす。
案の定、立て看板が横から飛んでくる。やり過ごせた――わけもなく、Uターンして戻ってくる。
看板を殴って粉砕すると、復帰したツーブロックがまた拳を打ってくる。動きは緩いが、今度は角材が飛来し。
「オラッ!」
それをキャッチした彼は、振り向き様にスイングしてくる。
危なくのけ反るものの、相手は構わず乱暴に振りまくる。勢いに押されてつい下がるも、その背に空飛ぶ植木鉢が迫る。
「このっ!」
同じ手は食わない。輪で鉢を砕き割る。
片や石住は、火球を出して飛んでくる物体を破壊していた。それでも、飛んでくる物体に気をつけつつ二人に対処するのは困難なようで、有効打を与えられない。
なおも飛び交う障害物に防戦一方の中、天空と石住は自然と背中合わせになった。後ろは壁。じりじり迫る四人のヤクザの後ろで、西宮はこちらを見据えている。
「西宮の能力、ユウロピウムでしたか。思っていたより面倒な力だ」
「どうします? 西宮の攻撃は必中です。飛んでくる物を壊しながら他の四人と戦うなんてきついですよ」
「ですが物を壊しても、破片を出せば西宮の手数が増えることになる。狭い路地でそれは避けたいですね」
「……これを破るにはやっぱり、こっちも連携するしか!」
まずい戦況でも、天空は諦めていなかった。林と共闘したときのように、互いの力を合わせれば勝ち目はあるはずだと。
「いえ、その必要はありません」
「……は?」
ずっこけそうになる天空。そこは「よし、頑張りましょう」とか言うところのはずではないか。
「西宮さえなんとかすれば、この戦いには勝てます。そして、すでに手は打ちました。そろそろ効いてくる頃合いです」
石住は涼やかに言う。彼の頭には勝算があるようだが、こっちにはまるでわからい。何を考えているのかと、天空が思うと、
(ん?)
足元に感じる熱気と、鼻をくすぐる焦げ臭さ。天空は眉をひそめる。ヤクザらも異臭に気づき、辺りを見回す。
「見ろ、火事だ!」
立ち昇り出す白い煙。いつの間にやら、地面のあちこちに黒い物体が転がっていた。小さく赤い炎を出して燃えるそれらは、炭だった。
「馬鹿言え! そんな程度で火事になるわけねぇだろうが! おい西宮、気ぃ抜いてんじゃねぇぞッ!」
兄貴分にせっつかれ、西宮は帽子から三羽のハトを出す。また攻撃してくる気だ。
地面のガラクタを目指し飛ぶ鳥たち。天空は身構える。
一羽のハトが、植木鉢の破片にぶつかる――はずが。
「……あれ?」
耳障りな高音は鳴らず、破片はじっとしたまま動かない。何も起きない。
「何やってんだ! さっさと攻撃しやがれ!」
またも怒鳴られた彼は、もう一度ハトを召喚する。
颯爽と羽ばたき目標へ向かうハトたち。しかし彼らは、途中で跡形もなく消えてしまう。何羽飛ばしても、どこへ飛ばしても一緒だ。煙に差しかかると体が透け始めて、やがて薄まるように赤い靄となって消滅する。
「何?」
取り乱す西宮。ヤクザたちも混乱し、立ち止まっている。
「西宮の技が、使えなくなってる?」
有利な状況ではあるが、天空にも理由がまったくわからず、逆に動揺していた。
「光ですよ」
全員がおろおろする中、口を開いたのは石住だった。
「西宮さん。あなたの力は元々、単に光を放つだけの能力だったそうですね。それがハトを操り、物を動かす能力に成長したのだと。しかしたとえ成長したとしても、能力の根幹は変わらないはず。だから思ったんです。あなたが出しているのは本物のハトではなく、光のハトではないかと」
「光のハト?」
微妙に赤みがかっていたり、青みがかっていたりする西宮のハト。それが光だと?
思い返してみれば、西宮のハトを武器で追い払おうとしたき、空を切っているかのようにまったく手応えが無かった。それは実体ではなく、光だったから。
「ユウロピウムは照明や、光に反応する素材に使われる元素です。であれば当然、能力も光にまつわるものになるでしょう。そして光は、煙の中で散乱する性質がある。光の塊であるあなたのハトは、煙の中では形を維持できずバラバラになる。僕が生み出しておいた炭で煙が充満したこの空間では、あなたの能力は封じられるということです」
彼が述べている間に、煙は通りを広く覆っていく。徐々に景色が薄れ、数メートル先の敵さえ視認できなくなる。
「馬鹿な!? 俺の力が、たかが煙だけで!?」
石住は眼鏡を外すと、どこからか出した布切れでレンズを拭く。五人もの敵など、取るに足らない存在だとでも言いたげに。
冴える人だ。彼はきっと、警察署で天空が説明した時点で西宮の弱点を見抜いていた。だからこそ戦いの合間に炭を生み出しておくことで、敵の能力を封じる布石を打っていた。おそらくは火球――燃える炭を発射して西宮の攻撃を粉砕するついでに、地面に炭を残しておいたのだろう。
炭にはいろいろな種類がある。当然、煙が出やすい品種だってあるだろう。炭素の廻元者である石住であれば、そういう特徴を持つ炭を現出させることも、煙を出す量を調整することさえも可能なはずだ。それだけではない。彼が炭を配置しているのは、道端に生えている雑草のそばだ。炭の火を草に燃え移らせれば、より多くの煙を出せる。確実に西宮を完封するために、そこまで気を回していたのだ。
「おいおい! 俺らが居るってことを忘れてんじゃねぇのか!?」
角刈りが喚くと、霧の中から四人が再突撃してくる。石住は何の予備動作も無く宙に火球を生み出し、
「――ぐぼっ!?」
手元から目を離さぬまま角刈りと白シャツを玉砕する。
天空もツーブロックと兄貴分に仕掛けられるが、すでに彼らには慣れてきていた。兄貴分の短刀には輪を引っ掛けて弾き、脇から来たツーブロックは適当に蹴って追い返す。援護射撃が無いのなら、もう遅れを取りはしない。
「剛ちゃん、受け取れ!」
バーの方から小さなボトルが放り投げられ、眼鏡をしまった石住がキャッチする。
「店の奥に一本残ってたんだ! ぶちかましてやれ!」
石住は蓋を開けると、口をつけて一気にあおる。喉奥へぐび、ぐびと注がれる黄金の液体。嗜んでいるというレベルではない呑みっぷりだ。
「マスターの声にお応えして、さっさと片をつけましょうか」
瓶の半分ほどを一気呑みし、手の甲で唇を拭う。途端その人肌が――指先から首、頭に至るまでが、赤白く熱を帯びた。
「わ――」
息を呑んだ、直後。
「ぎゃあッ!?」
光の残像が奔り、捉え切れない速度で敵を屠る。
「ぐえぇ!」
一二、三四とまとめてダウンする男ら。彼らにも天空にも、殴った瞬間など認識できなかった。
天空は羽虫のように、煙中に灯った光に近寄った。そこでは石住が、酒瓶を片手に最後の標的へにじり寄っていた。
「なっ、舐めるな!」
たじろぎつつ西宮は、鞄から葉書を出してナイフに変えた。刃先を突きつけ牽制しても、石住は止まらず。
「あなたはご自分の力の性質をきちんと把握していなかった。それが敗因です」
左拳を握り、秒で踏み込み。
「フッッ!」
熱光の一発。
「ァ――」
心窩へ貰った西宮は、ぐうの音も出せず路面へ墜ちる。
髪は焔みたく揺らめき、黒いはずの眼は白飛びして、服の隙間からは西宮の鳥よりも強い光が漏れる。さながら石住自身が燃えているような――いや、実際に燃えているのだ。アルコールという燃料をくべられ、体内から重い唸りを発する彼は、一つの律動する内燃機関だ。
「ッハアっ! うっ、はッ、ハアッ!」
呼吸を乱して這いずる西宮。相貌には色濃い恐怖が映っている。そんな彼に石住は迫っていく。
テリトリーを侵す者たちを、たった一発で慄かせる力。町で評判の青年が隠し持つ頭脳と、恐ろしい火の牙。梁太の大天狗の威光が、まざまざと示されている。
(これ……私、要る?)
たしかに最初から彼だけで十分だったかもしれない。
「ま、待てッ! 見逃してくれッ!」
「盗んだ物をすべて返してください」
西宮は仰向けになって情けを乞うものの、石住は非情だった。天空も無論、許す気はなかった。煮るなり焼くなりする趣味はなくても、再三にわたって横暴を働いた盗人を誰が目こぼしするだろう。
「頼む! ここで捕まったら、姉貴が!」
彼が大声で喚くと、石住を包む白熱が冷めた。
「無駄口叩いてんじゃねぇ! 撤退、撤退だ!」
起き上がったヤクザたちが、通りの向こうへ蜘蛛の子散らしたように逃げ去った。石住は彼らを咎めようとはせず、西宮だけを凝視していた。
「…………っ!」
「あっ、待ちなさいよ!」
しばし硬直していた西宮も、背を向けて駆け出した。とっくに煙は晴れていたが、一撃でのされて戦意喪失したようだ。
「逃がしてよかったんですか?」
天空は少しだけ追おうとして、まったく動こうとしない石住に言った。
「行方なら、じきに三船さんが割り出してくれます。それより気になるのは、長森組と彼の関係です」
「どうして暴力団と一緒に居たか、ですか?」
追跡を諦めて変身を解く。コスプレチックな衣装がただの白いワンピースに戻っていく。
「ええ。ただの万引き事件だと思っていたら、予想外のものに当たってしまったようです」




