#4-4
「ほう。それでハシボソを調べている最中、東濃を発見したわけか」
栄路区、町警察本部の会議室。長机の席で、三船舞依は横髪をかき上げた。さりげない所作でさえ、彼女がすれば絵になった。
「驚きましたよ。ガラクタの山を調べたら人が出てくるんですから」
天空の隣に座す石住が言った。
石住剛は北秋沙では有名な人物だ。子供向けに習字教室を開く傍ら、梁太商店街や近隣住人の困り事を解決している。堅気の間のトラブルや、ごろつきとの交渉。しかも見た目に反してかなり強いらしく、暴力団さえ恐れ慄くので、付いたあだ名が「梁太の大天狗」。以前、雷破はそう話していた。
今回、彼は商店街の住人に相談され、天空と同じ万引き事件を追っていたらしい。そうしてハシボソに怪しい出入りがあることを突き止め、調査に向かったところで天空を見つけた、というのが事の次第だった。
「いきさつは大体わかった。で、東濃。どうしてお前は捜査の真似事をしていたんだ」
三船は机に肘をついて両手を組んだ。あの後、石住が電話で状況を知らせると、三船は詳しい話を聞きたいと二人を警察署に呼びつけたのだ。
「えぇっと、そのぉ……お金が欲しくってぇ……」
天空はおずおず答える。
「金?」
「商店街で万引き事件のことを聞いて、ひょっとしてフレンジーが絡んでるかもと思ったんです。もしそれが本当なら、倒して一攫千金のチャンスじゃないかって」
「ああなるほど、報奨金が目当てか。ということは、牛越さんたちに会ったんだな?」
「はい。一週間くらい前に」
正直に打ち明けると、三船は大きくため息をついた。
「よく聞け東濃。事件や事故の捜査は一般人がすることじゃない。素人が下手に首を突っ込めば、余計に面倒なことになりかねん」
「でも……でも、フレンジーの仕業だったかもしれないと思ったから、」
「物狂い絡みの案件だったとしてもだ。前にも言ったが、物狂いは本来警察だけで対応すべき問題だ。少しでも怪しいと思ったのなら、まずは通報しろ。私たちの与り知らぬところでお前が物狂いにやられたら、助けようがないだろう」
三船の正論に、「すみません……」と天空は縮こまった。
「お前もだ、石住。天狗だか何だか知らないが、犯罪捜査にまで手を出すのは感心しない。東濃共々、身を慎むことだな」
咎められ、石住は目を逸らした。反省しているのかどうかよくわからなかった。
「――と、言いたいところだが。今回の件、元はといえば、我々が最初に通報を受けた時点でまともに動かなかったせいでもある。いち警察官として、それは謝罪する。すまなかった」
打って変わって、三船は詫びた。つくづく真面目な人だと天空は思った。
「ところで犯人についてだが。さっき電話を貰った後、第一研究所に情報提供を要請した。小田切さんが聞き取りも兼ねてここに来る」
「情報提供って、何のです?」
と、天空。
「犯人のだよ。廻元者が犯人なら、研究所が持っている廻元者の情報と照らし合わせて特定できるかもしれない。奴が励起態へ変身するときに浮かんだ記号、電話で教えてくれただろう」
「……あー」
廻元者が変身する際、体の前に映し出される元素記号。それは、廻元者がどの元素のログを持っているかを示す証でもある。今回対峙した男の元素は「Eu」。その情報を、天空は石住を介して三船に伝えていた。
訊かれたときは何故必要なのかわからなかったが、研究所では廻元者の届け出、すなわち個人情報の提出を奨めている。元素記号さえわかれば、そこから素性を割り出すのは容易のはずだ。届け出が推奨されているのは、廻元者が犯罪を犯してもすぐに特定できるようにするため、なんて想像は邪推だろうか。
「失礼します。皆さん、お待たせしましたー」
間もなく部屋のドアがノックされ、小田切が入ってきた。彼は暑苦しい二列ボタンの黒いジャケットを着込み、ぴかぴかのビジネスバッグを抱えていた。
「ご足労いただきありがとうございます、小田切さん。どうぞ掛けてください。さっそくですが、本題に」
「東濃さんの情報をもとに名簿を調べたところ、該当者が見つかりました。名前は西宮洋、ユウロピウムの廻元者です」
促され、彼はバッグからクリップ留めの書類を出した。一番上には丸顔の少年の写真と、住所や経歴といった細かいプロフィールが載っていた。
「この写真、まだ幼いけど間違いありません。私が見たのは彼です」
天空が言った。仏頂面で正面を向く西宮は、いやに生真面目そうな印象で、盗みをするような人物にはあまり思えなかった。
「届け出を受けたときは十三歳。八年経った今は二十一歳ですね。それから情報が更新されていないので、現在の状況はわかりませんが」
小田切の言葉に、三船が「いや、」と返す。
「それはこっちで調べがついています。さっき秋沙郵便局に電話をして、今日の昼過ぎの配達担当者について訊ねました。そうしたら、そいつの名前も西宮でした。水曜日と木曜日の担当も彼だと」
「なら、郵便局に戻ってきたところを捕まえれば一件落着ですね!」
天空が言うと、石住は首を振る。
「いえ、そう上手くいかないでしょう。西宮はすでに、東濃さんに犯行を目撃されています。僕があなたを助けたことまでは知らないでしょうが、郵便局へ戻らずにどこかへ逃げる可能性が高いかと」
「同意見だ。もっとも私の能力を使えば、発見は時間の問題だがな」
三船は胸ポケットの万年筆を取り、くるりと一回転させる。
「前から思ってたんですけど、三船さんって人の居場所がわかる力を持ってるんですよね。どうやってるんですか?」
いまさらながら、天空は訊いてみる。
「指紋だよ。私は物に付いた指紋を検出して、それと同じ指紋を持った人間を捜せるんだ。郵便局で西宮が使っていた物を借りて調べれば、そこから相棒たちに本人を捜してもらえる」
「へぇー」
相棒たちというのは、彼女が操っていた妖精のことか。しかし、刑事が持つにはあまりにもずる過ぎる力な気がする。
「力といえば、西宮の能力がまだわかりませんね。彼の元素、ユウロピウムですか。いったいどんな能力なんですか、小田切さん」
石住に訊かれると、小田切は書類のクリップを外してペラペラとめくった。
「届け出書類によると……んー、ランプから赤い光を出す能力。青い光を出す能力。緑の光を出す能力。この三つですね」
「光というと光線ですか? 他の効果は」
「いいえ。単に特定の波長の光を放つ力、要は光の色を変えるだけの能力ですね。他には何も」
「なんですかそれ。私が体験したのと全然違いますよ」
彼の説明だと、西宮の能力は拍子抜けするほど弱いものだが、実際はそんなものではなかったはずだ。
「廻元者の能力は成長する余地があるものです。最初は弱くても、何かのきっかけで強力なものになる場合もあります。今の西宮洋は、どんな能力を使っていたんですか?」
小田切に問われ、天空は答える。
「手品みたいに帽子の中から赤いハトを飛ばすんです。で、ハトがぶつかった物は、自由に動かすことができる。引き寄せたり、人にぶつけたり、別の場所まで移動させたり。本人はたしか……『送り先の住所』を物に貼り付けて、その『住所』まで自動で届ける力、みたいに例えてました。あとは葉書を武器に変える力と、多分、物をハトの姿に変える力ですね」
「多分? なんだそれは」
「時計屋さんから西宮のハトが出てくるところを見たんです。そのハトを追いかけてハシボソの建物に入ったら、新品の時計を見つけて、後から西宮もやって来て。本人の口ぶりだと、あの時計は店から盗んだものです。これは予想なんですけど、西宮は店の商品をハトに変えて、遠くに飛ばすことで盗み取っていたんじゃないかと」
物を遠くに動かせる西宮の力と、ハシボソの建物の状況。察するに、物をハトに変えて、どこかへ飛ばすことで盗んでいたのだろう。花瓶だの時計だのがそのままの形で空を飛んでいたら、目立って仕方がない。
「届け出の情報とはまるで別ですね。やはり力が成長しているようです。郵便局員という職業に就いたことが、彼に何かしらの影響を及ぼしたのでしょうか……」
人差し指を唇に当て、小田切はむーと唸った。
「万引きをしていたのは、能力を試していたのかもしれませんね。増長して愉快犯になる廻元者はさして珍しくありませんから。被害が特定の曜日の時間に起きていたのも、配達中に犯行を重ねていたため。商店街では入り口を開けたままにしている店も多いですし、ハトも侵入しやすかったでしょう」
石住が眉をひそめた。彼は梁太の廻元者の事情にも詳しい。おそらく、これまでにも廻元者のトラブルを目にしてきたのだろう。
「よし、最低限の情報は集まったから、あとは特高警察で捜査をしよう。石住、東濃、協力感謝する」
「わかりました。では、ここでお暇しましょうか」
三船に言われると、石住はさっさと席を立った。
「もういいんですか? もしも犯人と戦うことになったら、手が足りないんじゃ」
自分の力は戦いに向いていないと、以前三船は言っていた。警察には他に廻元者がいないようだし、彼女たちだけで廻元者に対抗できるのだろうか。
「だから言っただろう、犯罪捜査に一般人の手は借りられん。今から小田切さんと話して、能力の対策を練ってから西宮のところへ行くつもりだ。それにお前は怪我したんだろう、さっさと帰って休んでおけ」
「はぁい」
さっき石住に応急処置をしてもらったが、背中には矢が刺さった傷があるし、ガラクタの下敷きになっていたせいで節々が痛い。素直に家で休もう。
「あ、待ってください東濃さん。この間頼まれてた、ウランの廻元者の件なんですけど」
石住と一緒に部屋から出ようとすると、小田切に呼び止められた。心臓が小さく跳ねた。
「……! 誰かわかったんですか!?」
「いいえ。研究所の記録には、ウランの廻元者の情報はありませんでした。名簿にも、過去の資料にもです」
だが、小田切は頭を振るだけだった。
「そうですか……」
「気を落とさないでください。届け出名簿に無くても、ウランの廻元者が存在しないと決まったわけではないですから。これから他の記録も確認して、手がかりが無いか調べておきます」
落胆した天空に、彼は慰めの言葉をかけた。
呼び鈴のボタンを押しても、音は鳴らない。当たり前だ、電気が止まっているのだから。
止められて数日が経っても、生活習慣はなかなか変わらないことを実感しつつ、西宮は立てつけの悪い開き戸を開けた。
「ただいま」
返事を期待せず呼びかけ、大人一人がぎりぎり座れるくらいの広さしかない玄関で靴を脱ぐ。
「あれ、おかえりなさい」
予想に反し、居間から智紘が顔を出した。シャワーを浴びたばかりなのか、腰ほどもある長髪が濡れていた。水道代はこの間払ったから、まだ二週間は使えるはずだった。
「帰ってくるの、いつもよりすごく早いね。それに、その格好は?」
彼女は細く白い両腕をこちらへ伸ばし、ころころとした声で西宮を迎え入れる。背丈は小学校上がりと勘違いしそうなほど低いが、その実は二つ年上の姉だ。
「急用ができたから早上がりした。またすぐに出てく」
ベージュの外套を脱がずに、西宮は智紘の手のひらに自分の手のひらを重ねてじゃれると、居間に入った。寝そべるだけの余裕しかない居間には古いソファーに食卓、食器棚があり、申し訳程度の台所が接続していた。これに寝室とバスルームを加えただけの面積が、西宮家のすべて。安かろう悪かろうで建てられた、公営団地の典型的な一室だった。
「……またあの人たちに呼び出されたの?」
「そんなんじゃない」
言いながらも、西宮は誤魔化す文句を思いつかなかった。それが姉の表情を曇らせた。
「それより、今日は歩けるんだな」
「うん。このパジャマを貰ってから、なんだか調子がいいの」
彼女は笑顔を作り、余っている袖をぎゅっと握った。フリルの付いた薄桃色のゆったりした寝間着は、小柄な彼女によく似合っていた。
ソファーに腰を掛け、窓を眺める。外の紅葉した木が揺れるのに合わせ、隙間から秋風が入り込む。
「洋」
部屋がますます冷え込み、西宮は配達鞄の中に手を入れた。中にあるのは手紙や葉書の束と、四角い置時計だった。
「最近パジャマとか靴とか、いろいろくれるよね。どうして?」
「理由なんてない。新しいの欲しがってだろ、姉さん」
智紘は一日の大半をベッドで過ごさざるを得ない。外に出る機会ももっぱら病院へ行くときに限られる。だからせめて、新品の服で気を紛らわせてほしかった。たまの外出でぴかぴかの履物に心を躍らせてほしかった。
「そうだけど、あなた、大丈夫なの?」
彼女が隣に寄り添ってきて、西宮は鞄の時計を取らずに手を抜いた。
「なにが」
「とぼけないで。何年あなたのお姉ちゃんやってると思ってるの。変なことくらい気づくよ」
「大丈夫だよ。給料が少し増えただけだ」
「嘘。あなた、何かしてるんじゃ――」
「何もしてない」
西宮の言葉は全部嘘だった。それでも嘘をつくしかなかった。この先もつき続けるつもりだった。彼女を守るために。
不安げに目尻を歪ませる智紘の頭を、西宮は軽く撫でて立ち上がった。
「どこ行くの」
彼女は己に出せる精一杯の大声で、玄関に戻る西宮に問うた。
「急用だって言っただろ」
西宮は革靴を履き直した。就職祝いに奮発して買った靴は、とっくによれてくたびれていた。
「もし洋に何かあったら、わたしもお父さんも耐えられない」
背後から震える声が聞こえても、振り返りはしなかった。後ろ髪を引かれる気がしたからだ。
「もうすぐ何もかも心配なくなる。帰るときには、うんと美味いリンゴでも買ってくる」
「洋!」
西宮はノブに手を掛け、外に出る。蝶番が嘆くように軋み、閉じていく。
「もういいのか?」
扉が完全に締め切ると、連れの一人が訊いてきた。四人もの同行者は皆、銀のバッジを衿に付けていた。
「ああ」
息を一つ吐き出して、西宮は彼らとともに去った。




