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オルファン・ソース  作者: 肩口鰯
エンジェルス・コンフリクト
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27/34

#4-3

 ハトは途中で留まることなく、まっすぐ北東の方向へ飛んでいった。さすがに追いつけはしなかったが、建物の中へ舞い降りる姿は見えた。ただ、そこは天空にとって苦々しい記憶のある場所だった。


 梁太商店街から数百メートルも離れていない、バラックと廃屋、そして荒くれ者がひしめく裏路地『ハシボソ』。この町に迷い込んだ日、うっかり踏み入ってひどい目に遭いかけた。今は能力を使えるとはいえ、さすがに二度も正面から入りたくはなかった。


 天空は住人の目を避け、表通りの路地から迂回し、空いていた窓枠から目的の建物へ侵入した。工事途中で放棄されたらしい二階建ての木造建築で、幸いにも人の気配は無かった。

 一階にそれらしい手がかりは無く、天空は二階に上がった。天井は吹き抜け状態で、外壁は一部しか完成しておらず、梁が剥き出しだったが、それ以上に気になるものがあった。


 高級感のある金色の装飾が施された、黒くて小さな置時計。それがどうしてか、床の真ん中にぽつんと置かれていたのだ。


 時計を手に取って確かめる。埃も傷も付いていないぴかぴかの新品で、今の時刻である午後二時過ぎを正常に示している。天面に値札シールが貼ってあるので、あの時計店の売り物だろう。それがここ、ハトが降り立った最上階にあるということは、あのハトが運んできたということか? しかし、ハトは何も持っていなかったはずだ。どんなトリックを使ったのだろう。


(いや、そんなことより)


 この時計が盗品だとすれば、誰かが取りに来るはずだ。フレンジーか他の何かかはわからないが、待ち伏せすれば犯人がわかる。


 天空は時計を元の位置に戻すと、壁際に放置されたドラム缶の陰に隠れた。


 じっと息を潜める。カチ、カチと、時計が時を刻む音だけが聞こえる廃墟に、やがて足音が加わる。

 果たして誰が来るのか。天空は固唾を呑んだ。


 そして、階段を上ってきた人物を見たとき、天空は目を見張った。

 重い足取りでやって来たのは、頭に笠を被った男だ。詰襟の服は軍服のような色合いで、肩にはがま口鞄を掛け、脚絆(きゃはん)を付けている。外界であれば異質な風貌だが、この町ではよく見かける郵便配達員の格好だ。


「上手くいった……」


 男は部屋の中央にある置時計を拾い、そう言った。


「自分のところへ持って来させるだけじゃない。遠くの場所まで物を運べる……この力さえあれば、鉛筆だろうが車だろうが何だって盗める。もしかしたら、金だって全部……」


 なにやら興奮気味に独りごちる男。台詞からして犯人には違いないようだが、正気を失っている様子はない。もしや犯人はフレンジーではなく、廻元者なのか?


 そうであれば、天空が犯人を捕まえる理由はなかった。(はな)から五万円のチャンスなど無かったのだ。犯人を見つけたことを警察に通報して、あとは任せるのが一般市民として正しい行いなのだろう。


 しかし。


「そこまでよ!」


 天空はドラム缶の陰から飛び出した。すでに自分は、万引き犯を捜し出すと阿理沙に宣言していた。言い出した以上、金が貰えないからといってやめるのは格好が悪いし、嫌だった。


「げっ!? なんだお前!?」


「あなたが万引き事件の犯人ね! さっさとお縄につきなさい!」


 天空は右の人差し指を突きつけた。いきなり物陰から現れた彼女に、丸顔の配達員は目まで丸くして狼狽えた。


「くっ、くそっ! ここで捕まるわけにはいかないんだよッ!」


 男が背を向けたので、すかさず天空も追いかける。

 階段を駆け下り、部屋を突っ切って窓から出ると、迷わず表通りへ行く。男は郵便ポストの脇に停めてある自転車に乗り込み、天空を振り切ろうとするが。


「逃がすかあッ!」


「うおおっ!?」


 漕ぎ出したところに、大きく走り幅跳びした天空が飛びつく。

 ガッシャーン! と自転車は盛大に倒れ、二人はそのままもみくちゃになる。通行人らが驚く中、男は取り押さえようとする天空の腕から逃れる。


「しつこいぞ!」


 彼は街路を右へ左へ曲がりくねって撒こうとするが、天空も追跡を緩めない。一度転ばせたことで、両者の距離はだいぶ詰まっている。

 能力を使えるようになってから、以前より体力が増していた。相手がいくら配達員でも、絶対に捕まえられる自信が天空にはあった。


 追走劇の末、男はさっきとは別の廃墟に逃げ込んだ。ハシボソの中では大きめのビルで、壁面には焦げ跡が広がっていた。中は廃材やドラム缶、工具類が散乱していた。物静かだが、犯人は確かにここへ入ったはずだ。


 耳をそばだてつつ、室内を捜す。焼失を免れた机の下、瓦礫の裏などを順に確認していくが、男は見つからない。ならばと、壁に貼り付けられた養生シートをめくってみると――。




 ヒュンッ




「――あぶなっ!?」


「チッ!」


 後ろからの不意打ちをかわし、身を翻す。長い角材を握る配達員は、しきりに振り回して殴ろうとするが、動作が緩慢で天空には当たらない。


 安全圏まで退いたところで、天空はポケットへ手を入れた。そして鍵を取り出して、思い出してしまった。迷いを。

 この鍵がウランのメモラビリアだと知ってから、まだ一度も励起態になっていない。そうせざるを得ない場面が無かったからだ。しかしいざ、戦わなければならないときが来たら。フレンジーと戦うならまだ仕方ないかもしれないが――。


「うおおおお!」


 逡巡する天空の額を、男は待ったなしで叩き割ろうとする。腕を交差させ、直撃を防ぐ。

 相手は間違いなく廻元者だ。変身されたら生身で太刀打(たちう)ちできるとは思えない。だが応戦せずに退却すれば、犯人を見逃すことになる。

 背に腹は代えられない。


「うぅ!?」


 天空が意識を集中させると、右手の中で鍵が熱を持つ。虚空から現れた熱風と円環に、男がたじろぐのも束の間。天空の真っ白なワンピースは、天使の如き装いへ変化する。

 背中の片翼が開き、消え去る様は、天空の目には見えない。


「お、お前、超能力者だったのか! 俺をどうする気だ!?」


「決まってるでしょ。とっ捕まえて警察に突き出す! さあ、両手を上げて膝をついて!」

 励起態となった天空は、配達員にそう指図した。素直に従ってくれるなら戦わなくて済むが、そう簡単にいかないのはわかり切っていた。


「……ちょうどよかった。俺の力でどこまでやり合えるか、試してみたかったんだ」


 男は眉根を寄せると、角材を捨て、がま口鞄から手持ちランプのような物を取り出した。星の装飾が施された四角いケースは黒色で、三日月形に象られた窓は赤く、中には螺旋型の電球がセットされていた。


(メモラビリア……!)


 男がランプを体の前に掲げると、その中から赤い光が放たれ、全身がおどろおどろしい真っ赤な砂嵐のビジョンに覆われる。空中に投影されるのは、「Eu」の二文字。

 やがてブラウン管テレビが映像を映し出すようにノイズが晴れていき、彼の励起態が披露される。町の古めかしい制服は、襟の開いた青い制服に。笠はつば付き帽、鞄はサッチェルバッグに。現代的な配達員の服装。それは力を振るうための姿、戦うための姿だ。やはりこうなるか。


「そう、やる気ってこと……だったら、もう仕方ないか」


 開いた両手に、天空は愛用の圈を呼び出した。すでに引き返せる段階ではなかった。


「悪いけど、腕づくでもあなたを捕まえるッ!」


 姿勢を下げ、天空は踏み出す。胸に生まれた熱が大腿部に瞬発力を与える。今の天空は、もう普通の人間ではない。

 右肩を狙ったブロー。圈の先端がもろに当たり、男の顔は苦悶に歪む。が、それだけで音を上げるほど廻元者はやわではない。廻元者の身体能力――体力、耐久力、再生力は、常人よりも優れている。牛越に教わったのではない、経験則だ。

 左拳で放った二撃目は右腕で塞がれ、続く三発目で腹を打つ。と同時に、床の角材を蹴られてフォームが崩れる。間合いが広がったところで、男は急に帽子を脱いだ。


「出てこい!」


 何かに呼びかける男。すると帽子の中から、赤みを帯びたハトが飛び出してくる。


「これ、商店街に居たのと同じ……!」


 ハトは天空の脇を抜け、後方へ飛んでいく。向かっていく先は壁際、立てかけられた木の板。このまま行けばぶつかる――と思ったら、




 キイィィインッ




 という不気味な音とともに、ハトの体が板に吸い込まれ、板が宙に浮き上がった。


「うえぇっ!?」


 突然猛スピードで飛んでくる板。頭を反らしてなんとか避けると、男は飛んできた板を右手でキャッチした。物を引き寄せる能力か。

 さっさと片を付けるべく、天空は再び速攻を掛ける。

 駆け出し様に放った横殴りに、男は板を盾にする。直撃し、割られる板。二羽目のハトが帽子より出でる。もうアッパーカットを構えていた天空は、その行き先に気づかない。


「――ヴッ!?」


 落ちた板の破片が浮き、天空の鳩尾(みぞおち)を穿つ。男は木片を振り、その隙を狙う。

 胸の痛みと鼻っ面を掠める攻撃に、天空は後退を余儀なくされる。それでも攻勢を掛けようと踏み込むと、三羽目のハトが帽子から飛び立つ。

 まっすぐ向かってくる赤いハトを、天空は右の圈で振り払おうとする――が、手応えは空気のようで。




 キイィィインッ




 ハトを吸収した圈の刃先に、黒い線が滲み出る。まるでバーコードを印字するように。


「あっ!? ちょちょちょっ、私の武器!」


 とてつもない力に引かれ、勝手に手を離れる輪。男は木片を捨てると、引き寄せられてきたそれを掴み取った。


「お返しだ」


 男は帽子を被り直し、鞄から葉書を三枚取り出し、ダーツの矢へ変化させた。


「くれてやるッ!」


 三つの矢を高く放り投げると、彼は帽子を取ってハトを三羽呼び出す。自由落下する矢はハトを吸収すると、突然空中で静止し、一斉にこちらへ発進した。

 高速飛行する鋭利な針に、天空は右へ走って躱すが。


「うっ!?」


 突き刺さる痛みに悶え、右肩に手を回す。刺さっている。避けたはずの矢が、背中に刺さっている。


「なんでこうなったかわからないって感じか。俺の力が、ただの念力だと思ってるんだろ。だが厳密には違う。俺が持っているのは、物を()()()能力だ」


 片膝立ちになる天空に、配達員の男は語り掛ける。


「っ、はぁ……?」


投函(とうかん)した葉書が、必ず相手の住所へ届くのと一緒だ。俺が出すハトは、物に当たると送り先の住所を()()する。そして印字された物は、その()()へ自動で届くのさ。必ず、確実に、間違いなく。だから俺が配達する物は、きちんと送り先へ着く。つまり、俺の攻撃は絶対に狙いを外さないってことだ」


 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)という様子で、ご丁寧に説明してくれる男。要するに、ハトを当てた物を指定した場所へ動かせるということか。そして送り先には、場所だけでなく人も指定できる。一度逸れたダーツの矢が命中したのは、送り先に天空自身を指定されたからだろう。面倒だ。


「まだまだ行くぞ」


 今度はあちらから仕掛けてきた。数羽のハトを出しながら迫ってきた男は、右に持った輪で天空の顔を狙った。

 天空は立ち、左の輪で受け止める。火花を出し、押し合う刃先。続く蹴りは、体を横にし流す。殴打。防御。格闘の間に、あの不快な高音が部屋のあちこちから聞こえる。それは、総攻撃のサイン。


 横から飛んでくる瓦礫を、一瞬姿勢を下げて避ける。戻り際のパンチは首を倒して躱す。斜め前から椅子。

 後ろに逸れる。と、真後ろから机。


 床を転がり、起き、直撃を免れた――はずが。


「言っただろ! 攻撃は必ず当たる!」


 あらぬ方へ行った机は、急にこちらへターンしてくる。




「しまっ――」




 それに気を取られた彼女は、背後から飛来するドラム缶に対処できなかった。




 ゴッ




 景色が白黒に反転する。床に突っ伏した天空に、上から無慈悲な追撃が加わる。


「グボッ」


 背を潰し、押さえつける机。




「ほらな。俺の攻撃は絶対に外れない」


 動けなくなった天空に、男はゆったりと歩み寄ってきた。

 天空は歯を食いしばり見上げる。背中に机が載っていては起き上がることはできない。


「悪いが、俺にはやることがある。ここで黙って潰されてろ」


 そう言って、男は帽子からハトの群れを飛ばした。室内を金切り声が席巻した後、天空は無数のガラクタに埋もれていった。






 ほどなくして。


「ふんっ……よっ、と!」


 眼前のガラクタが取り払われ、視界が開ける。


「えっ、東濃さん?」


 そこには、黒縁の眼鏡をかけた青年が居た。


「ども……」


 ガラクタの山から天空を発掘したのは、石住剛。以前、世話になったりならなかったりした炭素の廻元者。


「こんな所で何をしてるんですか?」


 彼は眉をしかめた。面倒なことになったと言いたそうに。


「あの、その前にこれ、どかしてくれませんか……」


 こうして、天空は救出された。






 ビルを後にした男は、自転車を置いてがむしゃらに逃げ続けた。


「はあっ……」


 ようやく足を休めたのは、梁太から遠く離れたどこかの小路だった。


 あの女はガラクタに閉じ込めたとはいえ、息の根を止めたわけではない。いずれ、自分の行方を捜し始めるはずだ。脚力には自信があったが、あいつのフィジカルも凄まじかった。あまり速そうには思えなかったが、あれも廻元者に特有の身体能力なのだろうか。


 それよりも、配達が終わっていない状態で逃げてしまったことが気にかかった。鞄を開くと、未配達の郵便物がまだいくつもあった。上司に知られたら大目玉を食らってしまう。




 いや、考えるだけ無駄なことだ。




 事が露見し、顔も知られた以上、職場に戻る択はない。ほとぼりが冷めるまで身を潜めるしかないだろう。


 されど、男は悲観していなかった。俺にはこのランプがある。


 初めて力が芽生えたときは、いったい何の役に立つかと途方に暮れたものだ。もし神様が同情してくれているなら、こんなものよりも金をくれと幾度となく願った。


 それが間違いだったとわかったのは、つい数週間前。さして面白くもなかった能力は急速に成長を遂げ、どんな物だろうと、どこへでも送り届ける力に生まれ変わった。頭を使えばいくらでも応用が利く力だ。重労働の割に金払いの悪い仕事ともおさらばできる。今やユウロピウムの力は、散々な男の人生で唯一、天からの授かり物と呼ぶに相応しい代物となったのだ。




 今日は暗闇に堕ちる日ではない。むしろ、この先の人生は明るい光に満ち溢れている。これからはひもじい思いをすることも、暴力に怯えることも決してない。俺も、彼女も――。




「仕事サボって何やってんだ?」


 そのとき後頭部を殴られて、男は倒れた。

 意識が途切れる一瞬、脳裏に焼きついたのは、龍の尾が描かれた銀色のバッジだった。

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