#4-2
テストは屋外の実験場で行われた。
白衣や保護眼鏡を身に着けた職員に見守られる中、天空は自分の能力を実演してみせた。リング型の武器を生み出すこと、リングから光の刃を飛ばすこと、そして以前フレンジーを仕留めた、弓と砲弾を生み出すことの三つだ。
弓を使ってみせたときは、あまりの轟音に全員が――天空自身も――戦慄した。砲弾も施設外の森の中まで飛んでいって行方知れずになってしまったが、牛越は大興奮だった。彼はファンキーだが教養もあるようで、リング型の武器が「圈」という名前を持つことを教えてくれた。……こんなもの、自分は馴染みもないのに、何故生み出せるのだろう?
化学分析室に移動した後、牛越は黒板の前で廻元者のことを説明してくれた。
「まず東濃くん。そもそも、廻元者が何を操っているかを知っているかい」
天空が授業を受ける傍らで、職員たちが天空の武器を調べていた。分解したり、何かの薬品をパーツに垂らしたりしているが、どんな意味があるのかは天空にはさっぱり理解できなかった。
「元素でしたっけ」
「正解。元素、すなわち水素や炭素、鉄や金といった化学元素のことだ。廻元者は何もないところに物を生み出したり、科学現象を引き起こしたりする力を持つ。ただし一人の廻元者につき、操れる元素は一つだけだ」
この世の物体を形作る小さな粒である原子。その種類を元素と呼ぶ、という解釈で合っていただろうか。ここまでは以前、石住が説明くれたことと同じだ。
「廻元者が初めて能力に目覚めたとき、メモラビリアという力の断片が生まれる。メモラビリアと廻元者は、いわば『鍵』と『鍵穴』の関係でね。『鍵』が無ければ廻元者は力を解放することができないし、『鍵穴』が無ければメモラビリアは無意味だ。メモラビリアはある意味、安全装置の役割を果たしているわけだな」
文字通り、あの金色の鍵が無ければ、自分は力を使うことができない。
「メモラビリアは人によって色や形が異なるが、その見た目にはあるものが反映されている。東濃くん、君は能力を使っているとき、奇妙な映像が見えたことは無いかい?」
「映像って、そんなの…………あ」
この間、フレンジーと戦っていたとき。天空が強く意識を集中させると、一瞬だけ戦車のイメージが頭に流れ込んだ。その直後、手元に巨大な弓が現出したのだっけ。
「あ、あります! 頭の中にぶわーって、変な景色が見えたような」
「そう、それは『ログ』という。廻元者が脳内に宿している特殊な記憶だ。それは廻元者自身の記憶ではなく、『元素の記憶』――その元素にまつわる、人類が経験したありとあらゆる出来事や事物が刻まれたメモリーだ。はじめは封印されているが、何かのきっかけでそれを想起したとき、廻元者は能力に目覚めるんだ」
「記憶ぅ……?」
超能力の研究所に出向いておいて思うのも妙だが、なんだかスピリチュアルな展開になってきた。
「元素の歴史、と言い換えてもいいね。廻元者の能力には、本人の潜在意識や深層心理がログから感じ取った、いろいろな印象が反映されている。いわばログの内容を疑似的に『再現』しているんだよ」
牛越は続ける。
「たとえば石住剛くん、彼は炭素のログをもっている。炭素は炭や黒鉛、ダイヤモンドといったさまざまな形で人間に利用されてきた。だから彼は、炭やダイヤモンド、炭素繊維といったものを創り出すことができる」
彼は話した内容を板書にまとめていく。元素の記憶から再現する――雷破の電気も、林の毒矢も、彼らが元素に対して潜在的に抱いているイメージが具現化したものということか。
「要するに、自分が元素に対して思ったり考えたりしたこと次第で、いろんな技が使えるってことですか? それって何でもありになっちゃうんじゃ」
「何でもあり、ってわけじゃあないよ。あくまで能力の基になるのは元素の記憶だ。その元素と実際に関わりのある物事でなければ、再現することはできない。裏を返せば、その元素に関係してさえいれば、廻元者本人の発想や腕次第で能力が発達していくということでもあるけどネ」
能力の発達。逢坂との戦いで弓矢を生み出せたのは、固い防御を貫ける力が欲しいと自分が願い、ログがそれに応えてくれたからということか。
掴みどころがないけれど、要するに「記憶」が力の源という理解でいいのだろう。するとメモラビリアは、元素の記憶を象徴した「記念品」というわけか。あのときの少女の言葉の意味が、少しだけわかった。
「ログのイメージは、廻元者が変身した姿、『励起態』にも表現されている。つまり、今の君の格好だな」
指を差されで、天空は自分の服に目をやった。テストはとっくに終わっているが、天空は牛越の指示で変身を維持したままだった。変身を解いてしまうと、天空が生み出した武器が消滅し、分析ができなくなってしまうからだ。
「君の励起態、服の色や円形の模様、ブレスレットやベルトが特徴的だネ。まるで天使か巫女のようだ。もしかすると君の深層心理が、元素の記憶から輪や天使のイメージを掬い取ったのかもしれないね」
「天使? 私がですか?」
天空は苦笑した。我ながら天使だなんて柄ではなかった。
「うん。君が変身するときね、背中の左側からぶわーって、白い翼が一枚広がるんだよ。自分じゃ見えないだろうけど」
そういえばハシボソで暴漢に襲われたとき、鍵の力で背中に翼が生えたことがあった。自分の心が、元素の記憶から翼のイメージを選び取った? ――いや、だとすると変だ。
「牛越さん。メモラビリアは、廻元者が力に目覚めたときに生まれるんでしたよね。でも、私は違います。あの鍵は、他人から渡されたものなんです。変な言い方ですけど、私って本物の廻元者なんでしょうか」
天空は口に出した。
「うむ。警保局から送られてきた君の証言記録には、たしかにそう書いてあったね。で、町を彷徨っている内に能力が使えるようになったと。いやね、実はボクらもそこを不可解に思っているんだ。ごく普通の人間が、他人にメモラビリアを渡されて能力に目覚めた。そんな事例は今まで一度も確認されていない。ついでに言うと、外界の人間が廻元者になったケースもゼロだ」
牛越は髪をわしゃわしゃ掻いた。
「繰り返すが、メモラビリアは廻元者の力の断片だ。本人以外がそれを使っても、励起態になることはできない。ごく微弱な能力を使える者が稀にいる程度だ。しかし君は、他人のメモラビリアで励起態になれるほどのパワーを発揮している。それだけメモラビリアに秘められた力が強いのか、それとも君自身の才能か。いずれにせよ、理由は不明だ」
これではっきりした。やはりこの力は自分のものではなく、メモラビリアが与えてくれているものだったのだ。
「君が他の廻元者と違う点はもう一つある。励起態に変身するとき、廻元者の身体の前に元素記号が浮かび上がる。炭素の廻元者なら『C』、水素なら『H』という具合にね。それを見れば、その人が何の元素のログを宿し、何の元素の力を使えるかが容易に判断できる。だが君が変身するとき、元素記号は浮かび上がらなかった。つまり現状、君が与えられた力は正体不明ということだね」
「え、それじゃあ確かめようがないじゃないですか」
天空の言葉に、牛越は「ちっちっちっ」と指を振った。
「ボクのチームを舐めちゃあいけないよ。君が生み出した武器を構成している成分を分析すれば、それくらいは簡単に調べがつく」
彼が言うと、長らく別室で作業していた小田切がちょうど部屋に入ってきた。
「みなさーん、結果出ましたー!」
「おー、お疲れさん」
瞳をきらきらさせる小田切は、牛越のもとへ駆け寄る。
「円盤の持ち手を分解して、中の部品を調べてみたら、とんでもないものを検出したんですよ。これが力の正体で間違いないかと」
「ほほぉ。何を見つけた」
問われると、小田切は真面目くさった表情になると、こう告げた。
「聞いて驚かないでください――――ウランです」
ゾワリ、と、天空の背に冷や汗が噴き出た。
「あの円盤の仕組みですが、持ち手の中に内臓されたウラン化合物の熱からエネルギーを得て、刃先を発熱させるようです。一種の原子力電池ですね」
「ウラン、ということは、弓から発射するのは劣化ウラン弾ってところか。どおりであんなに派手だったわけだ」
「放射線防護服を着たのなんて久しぶりでしたよ。もう緊張してへとへとです! ……って、東濃さん、どうしたんですか?」
うつむき加減の天空の顔を、小田切は覗いてくる。
「ああいや。なんか、そんな危ないものの力を、人に向けていたんだなーって思って……」
ウラン。科学のことなど知らない天空でも、聞いたことがある物質だ。何万もの命を奪った、恐ろしい兵器の爆薬として。
「そういうことか。ま、安心したまえ。さっきのテストでは、高線量の放射線をばら撒くような能力は無かった。圈から刃のようなものを飛ばす技も、放射線を検出する計器には引っかからなかった。推測だが、おそらく君は実際に放射線を出しているのではなく、ウランの記憶に秘められた強いエネルギーのイメージを再現しているのだろう。それを人体に向けても、放射線による影響を与えるとは考えにくい。ま、怪我はするだろうけどね」
「深刻に考えなくていいんですよ。力を使えること自体がいけないわけじゃないですから。もし気になるようであれば、私たちでメモラビリアを預かることもできますよ。そうしている方も少なからずいます」
小田切の提案に、天空はブレスレットをはめた自分の両手首を見た。
この町に来てから、天空は幾度も命の危機を経験した。その度に、少女がくれたメモラビリアが自分を救ってくれた。フレンジーを倒して、正気を失った人を元に戻すこともできた。だが今、初めてその力を忌む気持ちが芽生えた。たとえ生きるためでも、誰かを助けるためでも、この力を振るうのは正しいことなのだろうか。
それだけではない。自分は一度、身を守るためとはいえ、能力を持たない普通の人に力を向けた。そして外界へ密航するために、三船にも同じようにした。それがどれだけ恐ろしいことだったのか。この力を、自分が持っている資格はあるのか?
「……あの、私が持ってるメモラビリアの、本来の持ち主ってわかりませんか?」
天空は問いかけた。半分は不安から、半分は期待からだった。
「私のメモラビリアは人から渡されたものです。ということは、元々の持ち主が別にいるってことですよね。あの日、私を町に引きずり込んだ女の子は、私にやってほしいことがあるって言ったんです。もしかしたら、メモラビリアの持ち主を探すことが『やってほしいこと』なんじゃないかと思うんです」
それが本当ならば何故、あの少女は自分で探そうとせず、わざわざ天空を呼び寄せて頼んだのだろう。あるいは少女自身がウランの廻元者で、自分に力を託したという可能性もある。しかしいずれにしろ、持ち主を探れば少女の謎に近づけそうな予感がする。
自分にこの力をくれた理由を知らなければならないと、天空はより強く感じた。
「持ち主か。たしかに気になるね」
顎を撫でる牛越。
「わかりました。後で記録を確認して、当てはまりそうな人を探してみます。いいですよね、所長」
「ああ、構わないよ」
小田切の提案に、牛越は神妙な面持ちで応じた。「ありがとうございます」と天空は礼を言った。
「さて。勉強はここまでにして、次はこの間のフレンジーのことについて、インタビューさせてもらうよ」
牛越が話を切り替える。テストや説明の時間が長かったから忘れていたが、そういえばそれもあったか。
「と、その前にこれを渡しておこうか。どうぞ」
牛越は白衣の内ポケットから小さい封筒を出し、天空に渡した。封は開いたままで、表面には何も書いていなかった。
「えっ!?」
開け口から中を覗いてみて、天空は自分の目を疑った。すぐさま中身を引き出した。
金。間違いない、金だ。それも五枚。一万円札が、五枚も。
「どっ、どどど、どっ、どどっ、どうし、て…………?」
全身をわなわなと震わせて見上げる天空に、牛越はこう問いかける。
「君、お金稼ぎに興味ある?」




