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オルファン・ソース  作者: 肩口鰯
エンジェルス・コンフリクト
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25/34

#4-1

『いつまでも あると思うな 親と金』


 ことわざなのか、誰かが作った川柳なのか、そんな格言がある。


 ここ数年間、叔母の(すね)をかじって生きてきた東濃(ひがしの)天空(あまぞら)は、金に困ることは無かった。さすがに何でもかんでもねだれば買ってくれたというほど幼くも、厚かましくもなかったが、食費や光熱費、携帯料金は払ってもらえていたし、時たま学校帰りにコンビニで菓子パンを買えるくらいには余裕があった。

 しかし、それは一ヶ月ほど前までの話。今や彼女は、頼れる叔母も居なければ職にもあぶれた、ただの貧乏女でしか無かった。


「オ゛ァ……あ、あぁ……ア゜……」


 壊れかけの革財布の中身を(あらた)めて、天空はナマコのようにのたうち回りたくなった。一円玉が二枚、十円玉が六枚、五百円玉が一枚。これが、東濃天空のポケットマネーだ。

 対するは、陳列棚の白い湯呑み。三百円という値段は、天空の財産に致命傷を与えるには十分だった。


「どうされましたか」

「うひゃっ!?」


 いきなり耳元で言われ、天空は悲鳴を上げた。気配も無しに後ろから現れたのは、頭に灰色のバンダナを付けた少女。


「初めて来店された方ですね。何かお求めですか」


 抑揚のない、しかしはきはきとした口調で喋る彼女は、この高砂(たかさご)商店という場所で店番をしている子だった。見た目は中学生くらいで、髪は二つ結び。ニット地の白い服にハーフパンツを履いて、黒いエプロンを被っている。


「あー、お求めというか、お財布と相談してて」


「相談? 財布が喋るのですか?」


「えっ?」


 にこりともせずに言うものだから、天空はつい噴き出しそうになってしまった。


「……? よくわかりませんが、ごゆっくりどうぞ」


 挙動不審になる天空にきょとんとすると、店番はすぐそばの商品棚とにらめっこを始めた。なんとなく、天空は反対側の棚を眺めてみることにした。

 店中に狭しと並ぶのは、精巧に作られた彩り鮮やか――というわけでもない、ごく普通の食器や花瓶だ。値段は安いものから高いものまで様々で、特にガラスの食器や花瓶などはそこそこ高額なものの、目玉が飛び出るほどではない。普通なら。

 こんな些細な生活用品でさえ、今の天空には高望みだった。


 決して豪遊したとか浪費したとかいうわけではなかった。新生活を始める上で、出費がかさむのは致し方ないことだった。

 特に困ったのは衣類や生理用品の類だ。町内でも一応出回ってはいるものの、着け心地の良いものとなると外界の製品を買わざるを得ない。ただ、そういった品は町ではかなり割高になる。「外」なら三枚組みで九百円の肌着が、この町では四倍以上の値になるのだ。

 それに家賃や日々の食費を加えると、豊かな暮らしなどとても送れない。早く次の収入源を見つけないと来月分の家賃が払えず、遠からずまちばり荘から叩き出されてしまうだろう。そのレベルで天空は追いつめられていた。

 脳内に思い浮かぶのは、自室の箪笥(たんす)に隠した封筒のことだ。中身は、二万五千円の貯金。


(いやいやいや!)


 頭を激しく振る天空。あれに手をつけることだけは駄目だ、絶対に。

 貯めているのは、外界行きの列車の運賃だ。三十万を支払って町の審査を受け、許可が下りなければ外界へ帰ることはできない。乗れるのは最短で三ヶ月後の十二月。審査をパスできるかという問題はあるが、まずはなにより三十万を捻出することが目標だ。

 しかし、前職を辞めてから一週間が経っても、次の仕事には巡り合えていない。外界に居た頃のように、あてもなく求人に応募しては落ちる日々の繰り返しだった。しかしだからといって、ぐでぐでと落ち込むことは許されない。生きるか死ぬかが懸かっているのだから。


「はぁ……」


 ここに立ち寄るべきではなかった。建物の外観に惹かれて入ってみたけれど、素寒貧(すかんぴん)なのにお邪魔するなどただの冷やかしだし、余計なことに時間を使うのなら職探しに充てる方がいい。本日は晴天、絶好の就活日和である。


 そう、気持ちを切り替えて退店しようとすると、


「待ってください」


 店番の少女に呼び止められ、天空は外に出かけたところで止まった。棚と棚の間に立つ彼女は相変わらず感情を読み取りづらかったが、視線はこちらを捉えて外さなかった。


「身体検査をします。触ってもいいですか」


「は、はい……?」


 小さな体が放つ重たいオーラに気圧(けお)され、天空は頷いてしまった。

 細い両手で耳の後ろ、脇から腰、ポケットと順番に触られる。なんだかくすぐったい。


「ふむ、失礼します」


「うおおおおおちょちょちょちょちょっと!?」


 いきなりワンピースのスカートに潜り込まれ、天空は慌てて後ずさった。


「なっ、何すんの!?」


「申し訳ありません。どうやらわたしの勘違いだったようです」


 少女は両手を重ね、斜め四十五度の角度で綺麗に頭を下げた。


「勘違い?」


「はい。先程、店の商品の個数を確認していたところ、花瓶が一つだけ無くなっていることに気づきました。それで万引きを疑い、あなたに身体検査をしたのです。結果は白でしたが」


「ああ、それで棚をじっと見てたんだ」


 スカートの中に花瓶をどうやって隠せと。


「はい。しかし、許せません」


 彼女は重ねた手を固く丸め、ぷるぷると全身を震わせた。


「非常に怒りを覚えます。このわたしの前で堂々と窃盗を働いたこと、そして、それに気づけなかったわたし。断じて許し難いです。今すぐ犯人を探し出し、裁きを受けさせなくては」


「ま……まあまあ落ち着いて。気のせいだったりはしない?」


「絶対にありえません。来店者と売れた商品の個数はすべて把握しています。もし無くなるとすれば誰かが盗むかですが、わたしは常に目を光らせています。今まで一度も見逃したことはありません。このわたしが居る限り、高砂商店から商品を盗むことなど不可能です。だというのに、いとも容易く掻いくぐられてしまった。忌々しくて仕方がありません」


 静かに炎を燃やす店番。相当悔しいようだ。


「おーい、阿理沙(ありさ)ちゃん!」


 そこへ、黄色いエプロンを着けた小太りの若い男がやって来る。エプロンには「照井(てるい)スポーツ」と刺繍されている。


「照井さん、なにかご用ですか」


「ご用もなにも、素っ頓狂な声がしたからどうしたのかと思って。……あ、まさか、お宅もやられた?」

 阿理沙と呼ばれた少女はこくりと頷いた。


「いーや参ったね、高砂さんとこも盗まれるなんて。あと生き残ってるのは何軒かなあ」


「生き残りって、まさか他のお店でも万引きが?」


 肩をすくめる照井に、天空は訊いた。


「ん、ああ。しばらく前から、この商店街でしょっちゅう売り物が盗まれるようになったんですよ。よっぽどの手練れなのか、誰も盗られる場面を目撃できずに、気がついたら物が消えているんです。立て続けに起きてるから、みんな気をつけてるんですけど、どれだけ目を光らせていてもやっぱり盗られてしまう」


「大変ですね……」


「もー本当にそうですよ。近頃は物狂(ものぐる)いの件もあるし、二人とも気をつけてくださいね」

 と、照井は自分の店へ戻っていった。






「そらちゃん、あなたにお客さんよ」


 まちばり荘に帰るなり、大家の播磨(はりま)に居間から手招きされた。


 はて、誰だろう。わざわざ自分を訪ねに来るような知り合いは、外界は元より町にも居ないはずだ。三船(みふね)だったら彼女もそう言うだろう。


「あっ、おはようございます!」


 訝りながら居間に入ると、食卓に座る客人が声を掛けてきた。あまり背の高くない、額を出したボブヘアーの若者で、一見しただけでは男とも女とも判別できなかった。


「どちらの方ですか?」


「はじめまして。わたくし、樫屋(かしや)第一研究所から参りました、小田切(おだぎり)と申します」


 小田切は起立し、丁寧に会釈しながら両手で名刺を差し出した。そこには『樫屋第一研究所 研究員 小田切夏陽(なつひ)』と記されているが、ダークグレーのスーツ姿は科学者というよりビジネスマンぽかった。


「科学者さん……が、何の用ですか?」


「はい。先週、金留(かなどめ)に出没したフレンジーの件と、天空さんが持ってらっしゃる力の――」


「あーストップストップ! 播磨さん、少し二人にしてもらえませんか?」


「えっ? そ、そう」


 会話を遮り、播磨を廊下に押しやった。三船の言いつけがある手前、超能力絡みの話を彼女に聞かれるわけにはいかなかった。


「すいません。で、あらためてご用件は」


「あっはい。フレンジーの件とですね、天空さんが持っていらっしゃる力、いわゆる超能力について、研究所の方で詳しく検査させていただけないかと」


「……検査、ですか?」


 自分が持っている力。町に迷い込んだあの日、少女に受け取った「鍵」が授けてくれた、戦うための力。持っているという表現が適切かはわからないが、ともかくそれのおかげで、天空はこれまで窮地を乗り越えてきた。


「我々は、廻元者(かいげんしゃ)がもつ特殊な力を調査、分析し、その詳細な性質や機序を解き明かす研究に取り組んでいます。それでぜひ、天空さんにもご協力をお願いしたく馳せ参じました」


 研究所という単語は、前にもどこかでちらっと耳にしたことがあった気がする。結構格式高い場所らしいとも。


「待ってください、どうして私が力を持ってるって知ってるんですか。警察と町の偉い人たち以外は知らないはずじゃ」


「うちは行政の管理下にある公的な機関です。東濃さんの諸々の事情については、三船さんを通してすべて把握しています。というか今回お尋ねしたのも、警保局から報告が来たからでして。遅かれ早かれこちらには訪問する予定でした」


 気になった点を突っ込んでみると、小田切ははぐらかさずに答えてくれた。三船が噛んでいるなら安心、ではあるか?


「私を調べて、いったいどうするつもりなんです」


 肩に力を入れたまま、天空は質問を重ねた。まだこの人物を信頼するのは早い気がした。


「そう怖がらないでください、いかがわしいことはしませんよ。ただ、能力に目覚めた廻元者は、研究所で検査等を受けて、届け出を行うことが条例で推奨されているんです。刑事事件に巻き込まれたり、雇用主から不当な扱いを受けた場合などに、行政が間に入って対応できるようにするためです。それに知りたいと思いませんか、ご自身の力のことを」


 興味を惹くような言い方に、天空は口に手を当てた。


「自分に宿るのが、何の元素の力か。どんなことができるのか。周囲の環境や生物にどのような変化をもたらすか。きっとまだ、すべてを理解されているわけではないはず。でも、力の性質を解き明かすことができれば、東濃さんが適切に力と付き合って生きていく一助になると思うんです。ですのでどうか、調べさせてもらえませんか?」


 あくまで下手に出る小田切は、悪意があるようには感じられない。彼(と、ひとまず呼ぼう)にも都合や思惑があるのだろうが、力について調べてくれるというのは、悪い話ではないように思える。超能力についてのあれこれが聞けたり、あの少女のことが何かわかったりするかもしれない。


「わかりました。検査、受けます」


 天空は結局、ほとんど二つ返事で了承した。届け出とやらをすれば、いざ働き出してトラブルになったときにも助けになりそうだし、好奇心も幾ばくかあった。


「ありがとうございます! じゃ、行きましょ!」


 小田切はぱっと華やぐように笑い、急かしてきた。


「今からですか?」


「もちろんですよ。みんな準備して待ってますから! ささ!」

 例の鍵と寂しい財布を持ったまま、天空は研究所へ出発した。






 研究所があるのは、北部の栄路(えいじ)という地区だ。四車線分はあるかという路面の両脇には、梁太商店街のものよりもさらに高い、六階建てや七階建てクラスのビルが林立している。行政機関や高級住宅、学校や百貨店が集うこの地区は、名実ともに町の中心である。

 高いビルが並ぶ商業区を過ぎると、街路樹が囲う広大な敷地が正面に見えてきた。


「着きました。ここです」


 小田切は守衛に挨拶をして敷地に入り、天空もそれに続いた。

 敷地内は、綺麗に整えられた前庭の芝生を曲がりくねったアスファルトの通路が貫いていた。その先に待ち受けるのは、大小さまざまな白壁の施設群。形も大きさも違う建物が敷地内に点在している光景は、団地というか、一種の現代美術のようにも映った。

 敷地の奥に来ると、一際強い存在感を放つ大きな棟が現れた。


「すっごい立派な建物ですね……」


 壮観さに、天空は思わず息を呑む。色は絹のように真っ白だが、質素で機能的な他の建屋と違い、バロック式の外壁はゴテゴテとして凹凸が激しい。下の方の壁は色落ちしてくすんでいるものの、むしろそれが威厳を強調しているように感じられる。流線形に波打つ屋根をいくつものコーベル付きの円柱が支え、さらに柱の間を飾り窓が並ぶ。中央に据えられた入り口は、華美に装飾されたひさしを頂く二本の柱に挟まれ、招いた者を別世界へ誘う(いざな)かのように奥まっている。


「本棟です。転移前に建てられた、この町で一番古い建物ですよ」


 小田切は慣れた感じで入り口へ吸い込まれていき、天空も意を決して入館した。


 外観と同じく内部も煌びやかなのかと思ったが、意外にもそんなことはなかった。年季の入った廊下や階段を通っていると、学校に通っていた頃を思い出した。そこは真面目な研究施設ということか。

 三階に上がった二人は、南西側の突き当たりにある『一号研究室』と記された部屋に入った。


「お疲れ様です。東濃さんをお連れしました」


 ノックもせずに入室する小田切。部屋中の視線がこちらへ集まる。


「お、お邪魔します」


 天空の挨拶に「どうも」「おはようございます」と、にこやかな返事が返る。彼らは席でなにやら種類を書いたり、紙束を抱えたまま棚を漁ったりしていた。揃って白衣は着ておらず、ブラウスやワイシャツといったゆったりとした服装だった。


「やあやあ、樫屋研究所へようこそ!」


 その中でも、とりわけラフな半袖の人物が部屋の最奥から歩んできた。立派な口髭を蓄えた、浅黒く日焼けした初老の男だった。


「はじめまして。ボクは牛越(うしごえ)(わたる)、廻元者の研究をしている。会えて嬉しいよ!」


「ど、どうも。東濃です」


 握手を求められて応じると、牛越はなかなか強い力で握り返してきた。


「こら、そんなにぐいぐい行ったら戸惑っちゃいますって」


「あーすまんすまん。つい」


「え、所長さんなんですか?」


 面食らう天空。研究所の所長というと落ち着き払っていて風格がありそうなものだが、この人は花柄の赤いアロハシャツに真っ白なズボンで決めていた。靴に至ってはビーチサンダルで、ラボよりも浜辺の方が似合っていた。


「そうなんですよ。この人、この(なり)で所長なんです。信じられませんよねぇ」


「おいおい失礼だなあ夏陽。サイエンティストが遊び心を忘れちゃアおしまいよ。それをラボのみんなに伝えるために、ボクはこんな格好をしてるんだ」


「所長は遊び過ぎなんです。っていうか、ここでその呼び方はやめてくださいって言ってるじゃないですか」


 自分の子供に接するようなフランクさで話す牛越に、小田切はまんざらでもなさそうだった。ただの上司と部下にしてはずいぶん親しげだ。


「あの、検査っていうのは」


 ペースに置いて行かれそうになり、天空はおずおず申し出た。


「おっとそうだった。検査って言っても、頭開いて脳みそ引きずり出したりとか、そういうんじゃないから安心してね。ただ、どんな力が使えるのかを見させてもらったりするだけだから。一応確認だけど、『メモラビリア』は持ってきてるよね」


「メモラビリア……?」


 さっそく耳慣れないワードが飛び出した。


「能力を使うときに必要な小物のことです。力を使えるようになったとき、何か奇妙な物体が手元に生まれませんでしたか?」


 小田切に問われる。力を使うときに要るものといえば、あれしかない。


「多分、これですよね」


 天空はワンピースのポケットから、金色の鍵を出して見せた。


「そうそう。廻元者は、力を使いたいときに持っていなければならないアイテムがあるんだ。僕たち研究者は、それを『メモラビリア』と呼んでいる。英語で『記念品』とか『思い出の品』とかを意味する」


 と、牛越。科学用語にしては詩的な表現だ。




 ――思い出の品よ。あなたにとっての、ね。




 そういえばあの日、長髪の少女はそう告げて鍵を渡してきた。思い出――鍵にまつわる思い出などあったか?


「記念って、何を記念してるんですか」


 そこに少女の目的を紐解くヒントが隠されているような気がしたので、天空は訊いてみた。彼女の素性を調べるどころではないほど、とにかく生活で手一杯な状況だが、情報を集めるくらいはしておきたかった。


「いい質問だね。それは廻元者が頭に――」


「所長、その話ってすっごく長くなるじゃないですか。みんな待ってますから、テストが終わってからにしてください」


「えぇー、仕方ないなぁ」

 小田切に彼の肩を揺すられ、牛越はしゅんとした。心なしか、彼の髭もしょぼくれた気がした。

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