謎の部屋
「狭いけど、なんとかいけるかな」
小さなランタンで暗い隙間を照らしながら、ルキはゆっくりと隙間の中を進んでいた。
しばらく進んだところで、若干の刺激臭が鼻を突く。
「……なんだろ、火薬の臭いかな……?」
こんな場所で火薬の臭いがするのは妙だ。
勘違いかも知れないと、何度も臭いをかいで記憶の中を検索したが、やはり思い浮かぶは火薬の臭い。
まず思い浮かんだのは、最近多発している爆発事件。
あれは魔力管の故障が原因だと勝手に想像していたが、もしかしたら真相は別にあるのかも知れない。
火薬の臭いは進めば進むほど濃くなっていく。
そして少し広い空間が現れた。
「どうやらここで行き止まりみたいだ」
ランタンの灯りに浮かんできたのは、真っ黒な壁だった。
「これって、連結橋のドームなのかな」
連結橋は全体がドームに覆われている。これがドームの一部である可能性は高い。
「ちぇ、もしかしたら車窓があるかなって期待したのに。つまらないなぁ」
コンコンと壁を叩いてみても、音はほとんど返ってこない。よほど分厚い壁なのだろう。
この壁はただのドームの一部。特に面白いこともない。
ルキはがっかりしながら来た道を引き返そうとした。
「あれ……?」
ランタンの灯りに照らされて、壁を叩いた手が写る。その手は、なんと真っ黒に染まっていた。
「うわぁ! 真っ黒だ!」
手を匂ってみると、煤の匂いがした。
そうだ。鼻は麻痺してしまったけど、ここは火薬の臭いに包まれていた。
「まさか、あの壁を壊そうとしていた人がいた……!?」
一体何のために? ノア号の破壊が目的? それとも別の何かがあそこにある?
ルキはもう一度黒い壁に手を当てて、何かあるか探ってみた。
すると壁の中央に、小さな穴を見つけた。
「……これ、鍵穴だ。もしかしてここは金庫なのかな」
ここが金庫だとすれば、火薬の臭いや煤も説明できる。
誰かがこの場所を発見し、爆破して内部を見てやろうと考えたわけだ。
「何か文字が掘ってある。……えっと……『ノアの鍵』の主を待つ……? 一体どういう意味だろう……?」
その意味はまったく理解できなかったが、この鍵穴と文字は、ここに何かあることの証明でもあった。
「鍵かぁ……。……ん? 鍵?」
自宅や職場には鍵はないため、ルキが持っているのは、さっきアユラから貰ったこの鍵だけ。
アユラは言っていた。
――『この鍵には秘密がある。必ずお前の力になってくれる』と。
「ハハハ、まさかね」
ルキは半信半疑に笑いながら、鍵穴に鍵を挿してみた。
「――――あれ……?」
鍵は鍵穴とぴったり一致し、くるっと回すとカチリと音がした。
――その瞬間、真っ黒だった壁が、神々しく輝き始めたのだ。
「な、なんなの、これ……!?」
黒い壁の真ん中に一筋の光の線が入り、壁は音もなく開いていった。
――●〇●〇●〇――
「……な、なにが起きたんだ……?」
扉が開き切ると、光は消えていく。
眩んだ目は少しずつ暗闇に慣れていくが、それと反比例するように、目の前で起きた事象に、ルキの頭は混乱していった。
「壁の中に部屋がある……?」
目が完全に闇に慣れたところで、ルキは部屋の中の様子を伺った。
おそるおそる室内へ侵入し、周囲を確認したが、そこには見たこともないような装置が大量に置かれていた。
「な、なんだこれ……!?」
壁の至る所に、黄緑色の線が伸び、淡く青色に光る箱もある。
魔巧技師見習いとして数々のデバイスを目にしてきたルキだが、ここにあるものすべてが初めて見るものであった。
「アイレスギアの技術じゃない……。ここはフォルドニアとの連結橋だから、フォルドニアの技術なのかな……?」
そんな独り言を述べたが、頭の中では違うと分かっていた。
可能性があるとすれば研究の国メルキトロンの技術だが、それもどうもしっくりこない。
壁の緑色に光る線は、すべて中央に置かれた台座へと向かっていた。
青く光る装置も、それを中心に配置されているようだった。
ルキは恐る恐る中央の台座へ向かい、覗き込んだ。
「あれ? これ、魔力回路かな?」
台座の上は、複雑な魔力回路が剝き出しになっていた。
そこで気づいたのは、この回路が破損していることだった。
「いくつか線がないし、魔力漏れもあるなぁ。部品も足りないし……えっと、僕の持っている部品で代用できるかな」
工具一式は常に持ち歩いているので、修復作業は可能だ。
しかし、この部屋の設備はルキの知らない技術ばかり。
修復なんて出来ないんじゃないかと内心思いながらも、ドライバーと熱ごてを取り出して修復を始めてみた。
「……ここの部品はガラスチップで代用できるな。ここはリングスリーブをはめて……」
確かに知らない組み合わせの回路だ。でも何故かルキには、この回路の修復が簡単に思えていた。
「ここを繋いであげて――できた……!」
最後の線をガラス線で繋ぐ。
すると壁の緑色の光る線が、台座に向かって走り始めた。
そして――。
「だ、台座が開いた!?」
魔力の供給を受けた台座は、パカッと開いて中を露呈したのだった。
何が出てきたのだろうと、ワクワクしながら台座を覗く。
「また鍵穴がある」
台座の上には何もなく、文字もない。ただ小さな鍵穴が一つあるだけだった。
この部屋の入り口を開いたこの鍵なら、この鍵穴にも合うかも知れない。
「ど、どうしようかな……?」
ルキは少しだけ躊躇したが、やはり好奇心には勝てず、台座の鍵穴に鍵を差して、意を決して回してみた。
――その瞬間。
「うわぁ!?」
瞼を閉じてもまだ眩しいほどの強い光が、台座から放たれた。
ルキは恐怖で、思わず身体を丸める。
――『ほほう、こんな小僧が我が主になるとはな』
「……声?」
台座の光は、すぐに収束した。
ルキは目を開けて部屋を一通り見まわしてみるが、台座に集まった光が消えていること以外は、入った時と変わりない。
身体の方も異常はない。耳も正常に音が聞こえている。
変な幻聴が聞こえたと思ったが、きっと気のせいだろう。
内心ホッとして、小さく深呼吸した。
「あ、そうだ。忘れずに抜いておかないと」
光を失った台座から鍵を抜く。
しかしその鍵だけは、元通りとはなっていなかった。
「鍵が光ってる!?」
引き抜いた鍵は、うっすらと光り輝いている。当然アユラからもらった時には光ってなどいなかった。
「な、なんなんだ、この鍵……? もしかしてデバイスだったのかな……?」
台座から魔力を供給されて光っているのか。なんにせよ、この台座影響であることは間違いない。
とはいえ鍵は光るだけ。何か害を及ぼす訳では無い。
「まぁ、いいか。それにしても、この部屋はなんなんだろう……?」
何故ノア号にこんな部屋が存在するのか。誰が何の目的のために作ったものなのだろうか。
当然考えても答えが出るはずはないが、少なくともこの部屋には何か秘密があるはず。それも価値のある秘密だ。
何者かが火薬を使ってまで部屋に侵入しようと試みているほどだ。余程重要な秘密なのだろう。
つまりルキは今、このノア号に隠された秘密に触れてしまったというわけだ。
「親方に相談してみよう」
部屋や鍵について、アユラなら何か知っているかもしてない。
今後のことも含め、一度アユラに相談しようと決めたルキは、ひとまず連絡橋へ戻ることにした。




