デバイス専門の修理工房【あかさび屋】
――ノア号 27号車 技術の国アイレスギア【G-34席】地区。
赤錆に染った壁と使われなくなった配管パイプで囲まれた、薄暗くて寂れた席区の一角に、乱雑に立てかけられた【あかさび屋】と書かれた看板がある。
今にも倒れてしまいそうな看板のすぐ隣には、それ以上に崩れそうなほど風化した小屋が建っていた。
「いつも思うけど、よく倒れないよなぁ」
錆でギギギと軋む扉を開けて、ルキは小屋の中へ入る。このボロ小屋がルキの職場だ。
「おはよう、親方!」
「ああ、おはよ」
部屋の奥から、ぶっきらぼうな挨拶と共に、一人の女性が現れた。
「親方、新聞は読んだ?」
「読んだよ。まーた乗車賃が上がるんだってねぇ」
「それと爆発もね」
「ああ、それもあったな。どっちにしても嫌な話ばっかりだ」
彼女の名前はアユラ。この掘っ建て小屋の主にして、ルキの雇用主でもある。
アユラは面倒くさそうにボリボリ頭と腹をかくと、パイプタバコを咥えて、ぷぅーっと煙を吐き出した。
「ああ、もう親方ってば。まだ若いんだからさ、もう少し上品にしたらどうなの?」
「うるせーよ」
身内贔屓でもなんでもなく、アユラは美しい女性だとルキは思っている。
顔立ちは整い、瞳は深い碧色。燃えるような真っ赤な髪をポニーテールでまとめており、美女と呼ぶ相応しい素材を持ち合わせている。
ただ残念なことに、態度と恰好がみすぼらしい。
手に握るは工具、格好は油まみれの作業服。言葉遣いは乱暴だし、仕草だってとても上品とは言い難い。
「せっかくの美人なのに、もったいないよ?」
「まだ言うか。それより値上げのこと、みんなの反応はどうだった?」
「みんな口々に文句を言ってた」
「だろうねぇ。いや、まったく困ったもんさ。私たち貧乏人からでなく、VIPクラスの連中から搾り取ればいいのにさ」
「やっぱり親方もそう思うの?」
「他に誰か言っていたのか?」
「うん。この新聞をくれた優しいおじさんも、悪態つきながら同じこと言ってた」
ルキは手に持っていたクシャクシャになった新聞をアユラに渡す。
「ちっ、おっさんと同じ意見を言っちまったか。もう私も歳だね」
「親方はまだ32でしょ。若いよ」
「バカだねぇ。こんな油まみれの三十路女なんて、娘盛りはとっくに過ぎてるっての」
「そんなことないと思うけどなぁ……綺麗なのに……」
「社交辞令はいらないよ」
アユラは新聞の一面に目を通すと、今一度嘆息した。
「でも、仕方ない文句だね。乗車賃の値上げは三年連続だから」
アユラは、またもぷぅーっとタバコを吹かせると、工具箱からドライバーを取り出した。
「あれ? 新しい依頼?」
「ああ。今朝は色んな国から修復依頼が届いてね。午後からは修復依頼も入っているし、今日は忙しくなるよ。さっさと着替えて手伝いな」
「うん!」
――●〇●〇●〇――
ルキは愛用のエプロンを着用して作業場へと戻り、ドライバーを手に取った。
「そっちの懐中時計のネジが壊れている。新しいネジに付け替えときな」
「わかった」
アユラとルキの職業は、魔巧技師と呼ばれる技術者だ。
動力源に魔力を用いている道具――『デバイス』の製作・整備・修復を生業としている。
この【あかさび屋】は、先端政府公認の魔巧技師であるアユラが経営する、デバイス専門の工房なのだ。
「親方、この懐中時計には蓋がないよ?」
「そりゃノア号の車掌用の懐中時計だからね。昔から車掌や運転手が持つ懐中には蓋がないのさ」
「そうなの? どうして?」
「すぐに時間を確認するためさ。ま、人類がノア号に乗る前の仕様が未だに残っているだけさ。今となってはあまり意味のない理由だね」
「そうなんだ。すると、この懐中時計は先端政府からの依頼?」
「そういうこった」
――先端政府とは、ノア号にある五つの国を束ねる存在であり、もっともノア号の運行に関わる最高権力機関のことだ。
各車両の車掌も、この先端政府によって派遣されている。
「そっちのデバイスは……あ、車外竜拘束用のデバイスだよね!? 僕にも見せてよ!」
「お前は時計の修理に集中しな」
「いいじゃない! 調査の国製のデバイスなんてあまり見られないんだから! ……あ! もしかしてあっちのはデバイスは研究の国製!? うわっ! 食料の国製や燃料の国製のデバイスまで! うわあ、感動だあ……!」
「仕方ない子だね、まったく」
様々な国のデバイスを前に、ルキの目はこれでもかというほど輝いていた。アユラはやれやれと苦笑しながらタバコを吸った。
ノア号には五つの国がある。トリスレギオンとはその中の一つで、『調査の国』と呼ばれている。
終末の竜が生み出した汽車外の生物『車外竜』と戦ったり、汽車内外を調査したりするのに長けた国だ。
他にも研究の国メルキトロン、食料の国フォルドニア、燃料の国ウーライツといった、ノア号の運行に必要な役割を担う国がある。
ちなみにルキ達が暮らしているのは技術の国アイレスギア。ノア号で発生した故障を修復する役割を任されている国である。
「わかったよ、時計は後でいいから先にこっちを手伝いな」
「はーい。拘束用デバイスの修復だよね」
「そうだ。数が多いし、ちと厄介な修復になりそうなんでね」
そう言いながらも、アユラは慣れた手つきでデバイスを分解していく。
テキパキと効率よく分解していくその様は実に見事で、見ていて気持ちがいいほどだ。
「さて、どこが悪いのか……ああ、内部の回路が焼き切れているじゃないか。無茶な使い方しやがって。ルキ、ガラスチップ」
「何色?」
「そうだねぇ……青で十分かな」
「はい」
「あんがと。これを少し溶かして……よし、動き始めた。修復完了だ」
言葉遣いも見た目もガサツなアユラだが、ドライバーを握らせればアイレスギア最高と評されるほどの技術を持つ先端政府公認の魔巧技師だ。特に魔力回路の修復については神がかり的だった。
先端政府公認の魔巧技師だなんて、アイレイスギアに数人ほどしかいない。
ゆえに【あかさび屋】は、こんな寂れた場所に店を構えているというのにも関わらず、アユラの腕を頼って依頼はひっきりなしだ。
「さて、次」
「ねぇ、親方。僕もいくつか見ていい?」
「ああ、いいよ。そうだ、ルキ。競争しないか?」
「競争? なんの?」
「次の一つをどっちが先に修復できるか。私に勝ったら、仕事を一つ任せてあげる」
「本当!? やったぁ!」
「こら、あまりはしゃがない!」
アユラは依頼品の一つをルキに任せた。
正式な依頼品を任せるということは、ルキの腕を信頼している証拠だ。
それを理解しているルキは、嬉しくてつい大きい声を出してしまう。
「じゃあ行くよ。準備はいいかい?」
「うん!」
「よーい……始め!」
掛け声と共に、二人は手際よくデバイスを分解し始めたのだった。




