episode.2 Neo Wright Flyer
一年前・・・2072年4月
入学式から3日が経ち新生活に加え本格的に始まったその日
慣れない授業の疲れもあり早々に下校したい気持ちもあったが、呼ばれるがままに校舎裏の旧体育館の入り口に来た。
「部活なんて入る気はないよ。私は永洞先生に、」
「大丈夫、うちは部活じゃないし それに結局君は来てくれた」
千花を半ば無理やり連れて来た『彼』は古びた鍵で扉を解錠した。
重い金属が引き摺られる独特の音と共に埃臭い空気が中から漏れた。
中には高窓から差し込むスポットライトのような光によって千花よりもやや大きな高さの機械が居た。
3つのタイヤによって床から腰の高さほど浮いたボディから生える双翼
「飛行機?」
「そう、ネオ・ライトフライヤー号」
グライダーより大きく、胴の先端部にはコックピット、体育館に収まらないためかボディと分離した巨大な翼、以前社会科見学で見た博物館にあったものと似ている。
「最初の飛行士、ライト兄弟が作った人類初の飛行機ライトフライヤー号。これに感銘を受けて現代風にアレンジしたものがネオ・ライトフライヤー号さ」
彼の口調と目の前のそれのディティールからそれがレプリカや模型などではなく、実際に飛べるかは分からないが本物を作ろうとしていることがわかる。
「キミ、退屈そうだね?」
昼休みのことだ
他のクラスメート達とは違い1人何をする訳でもなく校門のベンチでランチをとっていた千花に彼は突然話しかけてきた。
金髪に近い茶髪に着崩した制服
彼の第一印象は田舎の不良だった。
面倒くさい人に話しかけられた。この場は適当に流そう。
「そうでも無いですよ。風に当たりながら空見るのが好きなので」
その場の思いつきの言葉ではあったが、あながち嘘でもないと自分でも感じる。
「なら空を見に行かない?」
新手のナンパ?上級生だろうか? でも彼はまるで小学生の、しかも低学年の子供のようなキラキラした目で千花に続けた。
「ごめんなさい 私は,,,」
「ボクは鳥のように空を飛ぶんだ。旧体育館は分かるかな?」
旧体育館、統廃合で使われなくなった建物は地域住民に開かれた公共の体育館として使用していたはずだが高齢化と管理の問題で数年前から使われていない。使われなくなった備品やイベントなどの大道具の物置になっていると聞く。
つまり人通りの少ない場所だ。
千花の中で『彼』を要注意人物のリストに入れた。
そんな千花の様子感じ取ったのか『彼』はわかりやすく悲しそうな表情でその場を後にした。
彼が去った後、しばらくの間ボーッと空を見上げた。
雲ひとつない春先には珍しい空、数羽の鳶が羽を大きく広げたままカイトのように浮かんでいる。
「鳥のように空を飛ぶ,,,ね」
この退屈な鳥籠のような街から本当に飛び出せるなら悪くはないかもしれない。
この国トップレベルの高校生でもない限り心が踊ることは無いだろう。
そしてそのような人物がこの町にいれば自分が知らないわけが無い。
どうせシューティングゲーム部とか良くて科学部、パラグライダー部などがあるならそれはそれで魅力的だが、こんな田舎にそのようなものは期待していない。
昼休みの後簡単な掃除の時間が終わると4限目の現代文が始まる。
と言っても今日はガイダンスと聞いている。
チャイムの10秒ほど前にプリントの山をもって入ってきた若手の教諭
細身の輪郭が強調されるショートボブにやや派手な赤いブラウス。
国語科教諭、永洞綾は急かせかとプリントを回すように先頭座席の生徒に指示した。
ガイダンスを最短で終わらせるとこの半期で学ぶことを30分でまとめて説明した。
若いながらもわかり易い。
そして何より一語一句の言い回しが伝わりやすい言葉を選んでいる。
退屈な一日の中でこの授業の時間があっという間に過ぎていった。
「それじゃあ宿題だけど…次回教科書44ページまで進めたいから音読をしておくように、読めない漢字が無いようにしておいて」
授業終了のチャイムと同時に綾は一区切りつけその日の授業が終わった。
放課後、特に理由もなく教室に残り一人読書をしていると窓から差し込む木漏れ日を反射する教卓の下の何かに気が付いた。
ペンダント…?
そこには翼をあしらった小さな赤いアクセサリーが落ちていた。
翼の付け根部からはチェーンがつながれネックレスのようになっている。
持ち主が永洞綾であると感じたのはそうであってほしいと思ったからか、それともこんなものを持っていそうな人と考えた時の消去法か、
とにかく綾に渡そうとそれを取り職員室へと向かったが、職員室へと続く廊下の窓からちょうど綾が歩いているのが見えた。
「先生」
声をかけるが気が付かない。
仕方なく綾を追いかけ、そうこうしているうちに気がついたら旧体育館前へと着てきてしまっていた。
「ありがとう!探していたの、えっと,,,春風,,,千花ちゃん,,,だったよね」
ペンダントはやはり綾の物だった。
思った以上に嬉しそうに受け取り両手で優しく包み込んだその様子を見ていると、そのペンダントが唯のアクセサリーではないことは想像出来る。
渡すものも渡して教室へ帰ろうと脚先を変えた時
「やっぱり来てくれたんだね」
やはり昼間の『彼』がそこにいた。
「何なに?春風ちゃんと知り合いなの?」
「昼にボーっと空を見上げててね、声をかけた」
ぼーっとしていたから声をかけた? 表情ひとつ変えずにサラリと大人に言うとはなんてチャラ男だ。
「で、スカウトされて春風ちゃん来たって訳だ」
僅かにからかうように千花に振った綾に、千花もやや感情的に返した。
「違いますっ、本当に偶然先生を追っていたらたまたま」
って馬鹿らしい、何ムキになって返したのよ私
「ナルホドね、まぁ折角来たのだし何かの縁よ、特に予定ないなら彼の相棒見ていったら」
相手が綾じゃ無ければ適当に予定をでっち上げていただろうが、何故かこの時首を縦に降ってしまっていた。
こうして千花は『彼』のネオ・ライトフライヤー号プロジェクトを目撃した。
『彼』は胴体から伸びるコードをサードアイのコネクタに差し込み床に転がっていたキーボードを手に取り何かしらの作業を始める。
来てくれたはいいもののあとはご自由にどうぞと言わんばかりの態度に少し不満もあったが千花の好奇心は既に掻き立てられていた。
「これ、まさか飛ぶの?」
瑠璃見には滑走路もなければ航空関係の企業や工場すら無いはずだ、
一体これをどうやって造ったのだろう?
彼は目線だけ向けた。
「言ったよ、僕は飛ぶって。この子は12号機めさ」
サードアイのツルをタップするジェスチャーに合わせ千花もデバイスをかけると近距離のプライベート通信によるシェアリングの許可を求めるウィンドウが開いた。
『彼』をチラと見ると軽く頷くのを見て『許可』を押した。
空間全体に『彼』と同じウィンドウが広がりそれとは別にいくつかのホログラムも表示された。
「これが7歳の時に造った初号機さ」
目の前に表示されるそれは胴が掌に収まる程の大きさの玩具のグライダーで、貼り付けられている空間タグには2056年1月2日の日付とネオ・ライトフライヤー号の名前が刻まれている。
ほかのホログラムにも2号機、3号機とタグ付けされており日付と号数を重ねる毎にその大きさは人が乗れるような大きさ、フォルムは航空力学的に滑らかな曲線を描くようになっていた。
これを『彼』が?
周りに散らばるドキュメントには設計データと共に所々大破した写真がある。
翼が折れたもの、発泡スチロールだろうか外装が崩れたもの、中には炎上しているものまで
「どう?カイ君の壮大なプロジェクトは?」
言葉を失うとはまさにこの事だろうか?綾の言葉にしばらくの間答えられずただ『彼』の生み出したであろう作品に見とれていた。
「カイ,,,さん?」
そういえば自己紹介ずらされていなかった。もっとも千花の方も名乗ってはいないが、
態度で悟ったのか綾は『彼』に目をやりやれやれとわずかに肩を落として紹介した。
「カイ・ローレンス君、あなた同じ今年1年生よ」




