第3話 メモリー
2063年
神田響は瑠璃見の町を一望できる峠の展望台に備え付けられた東屋で煙草を吹かしていた。
少しばかり肌寒いが、生まれてからずっと都会暮らしの身とっては悪くはない。
時間が経つにつれ町あかりが一つ、またひとつと消えていきそれらが星空の光へ変わっていった。
そろそろホテルに戻ると決めていた時間だが、時間の流れに身を任せ風に当たるのも悪くは無い。
その静寂の中で突如電子音が響いた。 普段なら最小設定にしているコールサインのそれは町を走るトラックのクラクションのように耳障りだ。
『デバイス展開』
周囲を見渡し人がいないことを確認してから頭の中で唱えるとスマートアイが起動し瑠璃見にオーバーレイされるようにウィンドウが開いた。
「あんたから話しかけてくるとは珍しいな二尉」
『今私が話しかけてきたら邪魔かしら』
通話の相手が答える。
時差があるのかそれとも画像背景なのか、女の後ろには青空が広がって、すらりと整えられたストレートの髪が襟の階級章にかぶるようになびいている。
女、立山美弓は響の仲間であり、上官である。
『ターゲットに接触したらしいわね。』
「ああ」
『で、首尾は?』
「メモリーを渡した。奴らの出方をみたい、1週間の時間を与えた。」
響は簡単が報告すると立山は手に持っていたなにか飲み物を口にして考える間を置いてから返す。
『奴らも彼女を監視しているのでしょ? 大丈夫なのかしら?』
「彼らは基本使われているだけの狐。俺と対象との接触は見られていたとしても直接手を出せず、せいぜい上に報告して指示を仰ぐ側でしょ。」
彼らと言うのはこの件に関わるもうひとつの組織、基本は事なかれ主義ではあるが、こちらからことを起こしたからには動きはあるかもしれない。
「わかったわ。一応増援を向かわせます。明日の夕方にはつくはずよ。最優先事項は引き続きユビキタスコアの所在、その関係者よ。頼むわ」
「了解」
通信の終わりを意味するジェスチャーに短く答礼をした後立山との回線が切れた。
ウィンドウが閉じると星空ほどの疎らな灯りの瑠璃見の静寂が戻ってきた。
「使うことがなければそれに越したことはないが」
スーツの内ポケットにマウントしている拳銃に手を当てそっとそのセーフティを外す。
この地にはこんな物騒なものは似合わない。
神田は吸い殻を携帯灰皿に収めその場を後にした。
翌日 昼過ぎ
千花は旧体育館を閉じる扉の鍵を開けた。
昨夜の予定では朝イチで来るはずだったが、寝坊したのだ。
おかげで昼休みに終らせるはずの5現目の課題を授業中に内職するという罪悪感を抱えることとなったが、鍵を借りに行く際にその場にいた綾も来てくれることになったので結果オーライというものだろう。
「ここで飛行機作っていたのでしょ?」
「…そうです。」
病室で目覚めてから綾と二人でここへ来るのは初めてだ。
ややさび付いた扉に力を入れて開けると、『彼』に案内され入ったあの時と同じ埃臭い空気が漏れ出てきた。
もしかしたら…の想いはいつも叶うことはなく、ネオ・スターフライヤー号が鎮座していた空間にはかつての備品が山のように積まれている。
もう慣れた。いや違う、もしかしたら自分でもあの時間は夢だったのではないか?と思ってしまっているのかもしれない。
それが逆に胸を締め付けてくる。だからこそ神田が言ったことが気になり、なんとしてもメモリーの中身を確認せずにはいられない。
もう一度胸ポケットの中に収めたUSBメモリーを確認して旧体育館へ入る。
「で、何を探しに来たんだっけ?」
「昔のパソコンってどこにありますか?ここにありますよね?」
「ああ、そうだったね!たぶん視聴覚室の備品だから教官室じゃないかしら?」
リサイクルショップのような空間を進み体育教官室のドアを開けた。
探していた昔のパソコンはそこにあった。
段ボールのような本体から伸びたコードがやや大きめのモニターがつながれている。
良かった、見た目では動く状態で保存されているようだ。
ちかくのコンセントにプラグを差し込み、電源ボタンを押すと低い唸り声のような駆動音が響き、3分経ってやっとログイン画面が表示された。
「一昔前のパソコンは重い大きい、遅いの三大Oだったのよね」
果たして27歳の綾が言うのもどうなのかとは思いながらも、その技術進化には驚いた。確かにスマートアイやテレビで見るパソコンとは大きさも違いすぎる。でも逆に違和感がある。
「さすがに十年くらいで小型化しすぎじゃないですか?」
「国語科教師にそれを聞くの?あれでしょ、昔は一つ一つがそれぞれの独立したコンピュータだったけど、今は町自体が一つの巨大なコンピュータを形成していて、私たちのパソコンって呼ぶものそれはそこから返されたデータを表示するだけの表示機、だから小さくなったって」
綾はエッヘンと自慢げに腰に手をやって説明した。だが、普段の授業の説明とはやや雰囲気が違う、専門外とかそんなのではないこれは…
「それどこの情報です?」
「…東京の知り合いの…ね」
綾は千花から目線を外し明後日の方向を見て答えた。その様子に千花は確信を得た。
「彼氏ですね」
確か綾の遠距離恋愛中の相手は工学部だか理学部だか、とにかく理系だった。その人物から聞いたことなのだろう。
「違うわよ」
言葉では否定していても顔が肯定している。それくらいわかりやすかった。真っ赤になった綾をからかおうとしているうちにログイン画面が進み、デスクトップ画面が表示された。
一呼吸付き胸ポケットから神田のUSBメモリーを取り出し、段ボールの側面にあるハードポイントに差し込んだ。
メモリーが認識されやがてウィンドウが開く。
「公安局諜報第2科 …に関する事件の報告書 なんなのこれ?」
横からのぞき込む綾が文章のタイトルを声にした。だが、肝心な部分が読めない。
タイトルだけではなく内部も半分が文字化けしており、それが単語を指していることから文書の黒塗りと同じ保護処理だということに気が付く。
「千花ちゃん、これは…何?スパイごっことかだよね?」
「……」
キーボードのスクロールで読めない文章を飛ばし、進めていくと気になる文章を見つけた。
それを声にしながら読みながら、背筋が凍り付くのを感じた。
「○○は現在、瑠璃見町の一般高校生春風千花が保有していると考えられる。春風千花は2062年美綴琴音が起こした事故の被害者であり、おそらくこの事故自体は偶発的に発生したと思われるがこれを隠蔽するために荒木紘一博士と共謀、もしくは博士を脅迫し協力体制を作り春風千花を使用し○○の試験を行ったと思われる。博士はその後不審死を遂げていることから、唯一の○○は春風千花が保有することとなったと考えられる。」




