迷い
ルーファス王子は結構な量の仕事を貯め込んでいたらしい。
私が王宮に入ってすぐ、王子と顔を合わせる機会は少なくなった。好意的な意見が大半とはいえ、やはり侵略は侵略であって、少なからず反発するローレリアの民は存在する。そういった反エルラントの動きに対し、王子は弾圧ではなく懐柔策を採ってできるだけ武力の行使を避けるようにしているらしく、その対応に多くの時間を費やしている。
「王子も意外と考えているんですね」
「失礼なことを言うな。いくら戦うしか能がない私でも、無暗に剣を振りかざすようなことはしないぞ」
多忙な王子が、それでも何日に一度かは私との食事の時間を作っているのは本人曰く「気晴らし」とのことで、まあそれならと、出来るだけ王子の都合に合わせて食事を摂るのが最近の習慣になっている。王子から色々と話を引き出すのも目的ではあるけれど、この生真面目な王子を利用し過ぎるのも気が引けるので、当たり障りのない世間話に終始することが多い。それでも今この国で最も高い立場にいる王子の話は、私にとって十分すぎる情報源だった。
「軍を率いて攻め入りはしたが、この国を荒らしたい訳ではない。現王家の圧政から民を解放するのが私達の本来の目的であって、その私達が彼らを傷付けてしまっては本末転倒だろう」
「対外的な体裁を整えるための口実ではなかったのですか?」
「口実はそうであっても、約定は約定だ。違えれば民の信を失くす」
やはり生真面目にそう答える王子。
「ですが、交渉に思いの外手間取っていると聞きましたよ」
「そこが難しい所でなあ」
王子が嘆息する。
「身の安全と生活の保障をしたのは良いが、それで足下を見られてしまったかな。最近は要求が少しずつ多くなっていてね」
「どんな要求ですか?」
「前王家に奪われた土地や財産を返して欲しい。ここ数年で下落した物価に対する損益を補填しろ。一部の貴族の処断やら領地の割譲やら、まあそう言った請願だな」
「……少しばかり、強欲な気がしますが」
「どの位通ると思っているかは知らんが、言うのはただだからな。これまで押さえつけられてきたことに対する鬱屈も随分溜まっていたんだろう。それでも限度というものはあるが」
「要求を受け入れているんですか?」
「いや。いくつかの要求には応じたが、とても全部は対応しきれん。そもそも国自体が弱り切っていて経済の建て直しが急務だから、それが最優先だととりあえず留保している」
「ローレリアの経済状況って、そんなに良くないんですか」
「やはりカルディアへの派兵は大きいな」
10万人の派兵。武器や糧食だけでなく、色々なものを大きく消費する「戦争」は金食い虫だ。
「私からすれば無謀としか言いようのない派兵なのだが、王は何を考えていたのだろうな」
「そんなに無茶だったのですか」
「この国の現状がそう言っている」
「その現状というのは、私は伝え聞くだけですから」
あ、といった表情で気まずそうにする王子。
「……窮屈な思いをさせて、すまないと思っている」
「いえ、そんな意味で言ったんじゃないですよ。何と言いますか、領地でもここでも私は蚊帳の外ですから実感が湧き辛いというか。長く外界と遮断されていると世事に疎くもなりますし、今は王子だけが外との繋がりですし」
何故か顔を赤らめる王子。
「繋がり…。私、が?」
「王宮の人達は私の質問にほとんど答えてくれませんし、デリックさんも王子と同じように多忙のようで話す機会もありませんしね。私に言えないことがあるのは分かりますけど、もうちょっと話相手らしい話相手が欲しいです」
「……いや、それは私が相手をしよう。これまで通り」
「いやいやいや。王子はお忙しい身じゃないですか。私の相手をしている暇があったら……」
「大丈夫だ」
「何が大丈夫なんですか。さっきも交渉に手間取っているって」
「問題ない。そういうことであればこれまで以上に時間を作るようにしよう。それに」
「それに?」
左手をかざして、
「そろそろ練習も再開したい頃だろう?君の相手が務まるのはそうはいまい」
それを言われるとちょっと痛い。
本音を言うと、あの壁を見て以降、ちょっとだけ気分が萎えている。
別に情に絆された訳ではなくて、あの女々しさというか、子供っぽさを久しぶりに目の当たりにして、少し馬鹿馬鹿しくなっている。怒りの方向が逸れたというか、それどころじゃないことが多すぎて泣き言に構ってられないというか。
その当人は未だに消息を絶ったままだというし、あるいはこのまま行方知れずになる可能性も高い。そうなると私と会うこともないだろうし、当初の「リチャードに一発」という気持ちも、前ほどではなくなっている。
ただ、ルパートさんとの練習で、体を動かす事が少し楽しくなってはいたのでここで止めるのは勿体ない。それに、ルパートさんから教えて貰ったことを忘れてしまったら、ルパートさんはさぞやがっかりすることだろうなとも思うし、練習は続けたい。
相変わらず私は男の人に触るのも触られるのも苦手なままで、勢いで触ってしまった王子だけがほぼ唯一直接接触のできる相手でもある。その王子が多忙なのを言い訳にしていたりもして、要するに、やろうかやるまいか、中途半端にふらふらしているのが今の私なのである。そうとも知らず、
「鍛錬は一日休むと取り戻すのが大変だぞ?」
王子は親切にもそう言ってくれているが、ちょっと目標を見失いかけている今の私には、その優しさがちょっと重い。だから、
「王子だって、毎日私に付き合える訳ではないですよね」
「ま、まあ、それは何とか時間を作って……」
「あらぬ噂を立てられるのには慣れましたが、エルラントの王子まで誑かしたと言われるのは嫌ですよ。お忙しい身なのですから、今はそちらに注力して下さい。王子が暇になったらこちらからお願いしますから」
「……そう、か」
「これまで通り、色んな話を聞かせて頂くだけで充分です。それだけでも、私にとっては貴重なことですから」
「そうか。ではもっと色んな話を仕入れておくとしよう」
そう言ってにっこり笑う王子。その笑顔にルパートが重なって、少しだけ気持ちがざわついた。
ルパートさんは、今どうしているのだろう。
「王子」
「ん?何だ」
「両親とルパートさんの消息は、まだ分からないのでしょうか」
その質問に、苦虫を噛み潰したような顔で王子は答える。
「分からん。兄上だけならともかく、君の両親の足取りも追えんとはこちらも予想外だ。クリフが引き続き探しているが、新たな情報はないようだ」
「そうですか……」
「君としては、見つからない方が良いんじゃなかったのか」
「そうなんですけど、見つからないなら見つからないで、それも不安にはなります」
「取りあえず無事であることさえ確認できればな……。引き続き捜索は続ける。見つかれば、君に真っ先に伝えるようにしよう」
「ありがとう、ございます」
王子に礼を言いその話を終わらせようとした時、一人の男が飛び込んできた。
「将軍!ローレリア軍が崩壊しました!」
戦争が、終わる。




