グレイスさんはお怒りです
「実際は力ずくという手段も残されていますので、完全にグレイスさんに主導権がある訳ではないんですが」
「……ずっとその話題を避けてたのは、それが理由ですか?」
「いえいえとんでもない。そもそも私もグレイスさんもそれどころではなかったでしょう?王子の来訪は私にだって予想外でしたし、その後グレイスさんが寝込むことになるなんて思ってませんでしたよ」
「それで、話をする機会を逃していたと」
「いえ。状況が変わって、貴女の処遇をどうするか考え直す必要があるのは事実です」
どういうことなんだろう。
「エルラントにとって、この侵攻には大義名分が必要でした」
「大義名分って、ローレリアからの不当な圧力に抗して、ではないんですか?」
「それ自体はあくまでエルラントの都合ですから。ローレリアの国民にはそれでは納得しない人も多くいますし、それに、カルディアもですね」
「カルディアが?」
「一応、ローレリアとカルディアは友好国ですから。それでなくても自領に隣接する国に何かあれば、警戒するのは当然でしょう」
「じゃあ、カルディアが攻めてくる可能性も」
「今カルディアはそれどころではありません」
「……ローレリアが、軍を進めているから」
「友好国であるカルディアに、侵略を仕掛けたローレリア首脳の責は重いでしょうね。10万の兵の動員は国民の支持を得てはいませんでしたし、国の財政にも大きく負担を掛けています。さらに言えば、働き盛りの男性を徴兵していますから、国内の労働力が不足し始めています。もう派兵からひと月になりますしね。弊害は起こり始めている訳です」
「カルディアへ進んだ軍って、今どうなっているんですか?」
「国境で小競り合いはしていますが、まだ本格的な戦争にはなっていません。このままいけば遠からずローレリアは軍を退くことになるでしょう」
淡々と説明を続けるデリック。ひと月も経っていて、戦争が始まっていない?
「そもそも継戦能力がないんですよ。補給線を絶っていますから食料も不足している筈ですし、元々戦う意欲の低い兵の寄せ集めですから、戦いが長期化すれば厭戦感が露呈します。今は逃亡者も増えて少しずつ瓦解している筈ですよ。ローレリア軍は短期の侵攻を目的としてましたから、目論見が崩れれば脆いものです」
「補給が滞れば、すぐ気付くんじゃないんですか?」
「説明が必要ですか?」
うわ。そこも?
「補給の途絶、王都と軍を行き来する使者、軍の中で不安を煽る兵、進撃も撤退も選択できぬようその場に縛り付け、ローレリア軍が疲弊する状況を作るのに掛かったのがひと月という訳です。ですがそろそろ引き揚げて欲しい頃ですね。無駄に命が失われる前に」
「どれだけ、腹黒いんですか」
「こんな手に引っ掛かる方が悪いんですよ。今回のローレリアの派兵は明らかな失策です。カルディアとの力の差は明らかで、計画自体も杜撰。人も金も浪費して得るものが何もなければ、国力を無為に減じた王の責任は大きいですよね」
なるほど。今回のエルラントの手口が少し分かってきた。
「ここからが本題でして。エルラントの大義名分は、民を苦しめた王族たち一部の人間を打倒し、その支配から解き放つことです。ですから国の支配権を押さえるだけでなく、暴政を行った王族を捕えて、民の前でその責を問わねばなりません」
「大義名分や体裁はどうあれ、侵略に変わりはないでしょう」
「ローレリアの国民とカルディアの支持があれば、状況は大いに異なります。国内は勿論、カルディアにしても望まぬ戦争です。エルラントの介入で回避できるなら歓迎とは言わぬまでも、支持はしてくれるでしょう。現在のカルディア王家は穏健派だと聞いていますし」
「カルディアが介入してくる可能性は?」
「皆無ではありませんが、ほとんどないと言っていいと思います。今言った通り、現カルディア王家が戦争に消極的であること、カルディアが介入してくる大義名分がエルラントに比べて乏しいこと、現在のローレリア国民の大勢が現状を支持していること、当のローレリアが自国への侵攻を図っていて、助ける義理がないことなど、他にも打った手はありますし、よほど特別な事情でもない限り、あちらから手を出してくる可能性は低いと言えます。となれば、私達が最も優先すべきは、戦争責任者の身柄を押さえてその責を問い、世間に王家の悪行を知らしめることです」
黒い。黒すぎる。
「非常に不本意そうですね」
「聞きたくない話を聞かされて喜ぶ人はいません。第一、なんでそんな重要な話を私に打ち明けるんですか。何度も言いますが、ただの子爵の娘には荷が重すぎます」
「もうその逃げ道はありません。舞台に上がって頂く以上、脚本を説明するのは必要なことですから」
それで、内幕を私に話したのかこの人は。
「誰が舞台に上がりたいって言いましたか!」
「貴女が望まなくても、上がって欲しい人間はいるのです」
「そんなの知りませんよ!」
「力ずくは避けたいと、そう申したでしょう」
「言葉で脅せば結果は同じです!何が違うって言うんですか!」
「上がって、頂けませんか」
「……なんで、よりにもよって、私なんですか」
「……脚本家が、貴女を主演に選んでしまいましたから」
「脚本家って、あなたですか」
「私と、王と、二人の王子です」
ばしゃ。
「勝手なことを言うな!」
私が飲んでいた、グラスの中身を目の前の男にぶちまける。
デリックは身じろぎもせず、全身で中身を受け止めた。
どうせ水だ。大したことはない。
「お怒りは御尤も。ですが聞いては頂けませんか」
「お断りです!」
立ち上がって、部屋を出て行く私。
デリックは、何も言わず私が出て行くのを見送った。
少し気を許したらこうだ。胡散臭いなんてもんじゃない。あの人は黒だ。真っ黒だ。結局、私のこの状況はほとんどエルラントの連中に作られたようなものじゃないか。
どいつもこいつも私をなんだと思ってるんだ!
ずかずか廊下を歩いて玄関まで行くと、数人の使用人が私を止めようと扉の前に立ち塞がる。
「あ、あの、グレイス様」
私がその子達に目を向けたら、黙って道を開けた。あなた達に怒ってる訳じゃないけど、今はちょっと勘弁して欲しい。
そのまま扉を押し開けて、久しぶりの表に出る。
「え?こんな所でどうしたグレイスさん」
いい所に、良い的が来た。
「右手!」
「は?」
「右手!上げて!」
「あ、ああ」
「手え開いて!」
「こ、こうか?」
ぱあああああああああん!!!!
「い、いってええええ!!」
ざまあみろ、王子!




