第十六話 迷宮の標
物騒な仕事、なんて言うから討ち入りか何かと思えば、コペクは俺たちを地下へ導いた。そして、前に俺が使ってた迷宮への秘密通路へ誘う。
「迷宮の中で何かするってわけ? 誰かを事故に見せかけて消すとか」
「馬鹿を言うんじゃない、それは暗殺者の仕事で盗賊ギルドの領分じゃない。こっちだ」
先頭を歩いてたコペクはおもむろに壁に手を当てる。
「ここに入るには合図が必要だ。特定のリズムで魔力を流すと――」
壁の一部が動き、口を開ける。隠し通路というわけか。
「宝物庫だ。カネやお宝、重要度の高い魔法具なんかが保管してある。トニーといったか、あんたには今から魔物と戦ってもらう」
俺はそれを聞いて、宝箱に化けた〈擬態者〉を連想したけど、コペクは否定する。
「あんなのはマグにぶん殴らせれば終わりだよ、さてここだ」
重たい鉄の扉を開き、広めの部屋に俺たちは入った。まるで牢獄だ。そこには禍々しいものがあった。魔封の札がいくつも貼られた鉛の箱だ。
「ちょっとでも魔力がこいつに染み込んだら厄介なことになるからな」
コペクは箱を開き、中身を見せてくれた。
それは汚れた、一抱えほどもある石の剣だった。
「これは魔法具? 特に何も感じないけど」
「それはまだ活性化してないからだ。一定の魔力を流せばこいつは脈動を始め、恐るべき変化を周囲にもたらす。これは迷宮を外に引っ張り出すための標だ」
コペクが話したところによれば、これはここ数十年、各地の迷宮でときどき見つかる代物らしい。いったん活性化したなら周辺は迷宮と同じく濃いマナが漂い、魔物が生まれ続け、時には魔法具も自然に生成されるのだという。
「こいつは王都の迷宮で最初に発見された。向こうの冒険者は、こいつを使って迷宮に転移する方法を模索してるようだ」
「迷宮に転移ですか、興味深いですね!」
先輩がそう言うとコペクはひどく驚いた。
「うわっ、なんだ嬢ちゃん!? いつからそこにいたんだ?」
「ずっとチェレステさんの後ろにいましたよ。わたしはえー……前にちょっとした魔法の罠を踏んでしまって、その後遺症でたまに存在が曖昧になってしまうんです!」
「なんだって? そいつはいい、もし君が良ければ我がギルドへ……」
「勧誘はあとにして、物騒な仕事とやらについて詳しく教えてくれ」腕組みをし、〈標〉を見下ろしてたトニーがそう言った。
「ああ、こりゃ失礼、とにかく、嬢ちゃんは知ってるようだが普通、転移魔法で迷宮に入ったり、逆に迷宮から出たりってのはなかなか難しいんだ。迷宮は魔力が濃い上に流れが妙だ。強い風とか蜃気楼越しに狙撃しようって感じだな。だから相当な熟達者じゃなきゃ、転移魔法はご法度だ。狙ったのより深い階層へ行ってしまうか、最悪壁とか床、あるいは魔物や他の冒険者と混じってしまうからだ。だが、どういう理屈かはオレも知らないが、この標を外に置いとけば、迷宮内からそこへ跳んで脱出できるし、逆にこいつのある場所から、迷宮内の対応した階層へ跳ぶこともできるわけだ」
対応した階層?
「ああ、この〈標〉は発見された階層に対応してる。こいつの場合は、ブリガンズヘイヴン十五層で見つかったんで、その辺りに相応しい魔物や財宝が生み出され、しかるべき転移魔法をこいつの傍で使えば、十五層へ跳ぶことができるってわけだな」
「それで、おれに何をして欲しいわけだ?」
「今からこいつが正常に動くかテストをしたい。魔物を出現させて、そいつが本物と同じかどうか検証する。さらには倒した後で消えないかどうか、体の構造も本物と同じかどうか、それを確かめたい」
「なるほど、街にいながら魔物の素材を回収できるってわけか」
そう言って、俺はその剣呑さに顔を顰めた。
「だけど、それって危険じゃないの? 街に魔物が侵入する、いや、させるってわけだろ?」
「だからこの安全な部屋と腕自慢を用意したんじゃないか」
「そうだけど、いや、これが十五階層ならまだ安全なほうかもしれないけど、例えば二百階層とかに対応した〈標〉があって、それとは知らずに冒険者が持ち帰って、それで活性化したら――」
「あるいは、何者かが効果を知った上で、滅ぼすべき街に秘密裏に設置したのなら、これは立派な侵略兵器だな。仕舞いには新たな迷宮がひとつ生まれるだろう」
俺の言葉を引き継いでトニーもそう言った。コペクは神妙な顔をしてみせる。
「うむ、だからオレも、こいつを長い間手元に置いておくつもりはないよ。性能を確かめたら信頼できる筋に流す。だからとっととやろうじゃないか」
俺は巻き込まれないように、先輩とともに部屋の隅へ移動した。コペクが標に魔力を流すと、その周囲が妙なマナに染まった。確かにそれは迷宮内の濃厚なそれに感じられた。
「先輩、わかってると思うけど」
「もちろんです! チェレステさんはわたしが守りますのでご心配なく!」
持つべきものは頼れる先輩だ。
やがて、標のすぐ近くで不気味な映像が始まった。空中から肉と骨の欠片が出現し、やがて内臓も形成され始めた。それらが集まり、生物の姿をとっていく。どうやらこれは、レッサーオーガというやつだ。馬鹿力はすごいけど、頭はそれほど良くはない。簡単なフェイントや目くらましで対処可能な魔物だ。
オーガは目覚めるなり、いきなりトニーへ殴りかかった。彼は笑ってる。
「赤子と同じだな、弱者が暴れるのは実に安心で滑稽だ」
もちろん剣を抜いてすらいない。恐らくミス・キャンドルライトとの決闘で使ったのと同じ技を用いたのだろう、レッサーオーガはばたりと倒れ、たぶん即死。あの〈不動〉という技は、鞘の中の剣の切っ先を、相手の体内に出現させ傷つけるのだ。致命的な箇所、脳幹とか、心臓とかを狙ったんだろう。これだけで並みの人間は対処できない。どんな防具でも防ぐことは不可能だ。トニーが魔法を使うタイミングで、体の位置をずらすしかないけど一瞬でも止まればおしまいだろうし、先に脚を狙って動きを封じればいいだけの話だ。
コペクは拍手を贈り、標に封魔の術と札を使って稼動を停止させた。
「お見事だ、よし、魔石があるかどうか見てみるか」
オーガの体に手を当て、たぶん透視の術か何かを使って、体内を検分する。
「問題ないな。内臓のつくりも本物と変わりないようだ。これで帝国のやつらも満足するだろう」
「帝国? もしかして、ワイマンっていう研究者に売るつもり?」
「いいや、学者先生とは別の相手さ。エネルギー省のお役人だ」
国家主導で迷宮を作り出し、魔物を駆り続けるつもりなのだろうか。彼らのことだ、毎回倒すのは面倒だとか言って、毒で満たされた部屋とか、空中に標を吊るして落下死する仕掛けとか、さもなきゃ自動的に落ちてくるギロチンとかを用意するんじゃないだろうか。
「それにしてもコペクさん、部外者のわたしたちにこんな危ないものを見せたり、買い手のことを喋って大丈夫なんですか?」
先輩がもっともなことを指摘する。コペクはもちろん大丈夫だ、と答える。
「そうさ、なぜならあたしが〈処置〉を行うからね」
そんな声が聞こえたので見ると、ひとりのエルフがいた。
黒い大羽がついた帽子と、同じ羽がいくつも付いた外套を纏ってる。あれは黒孔雀のものだろうか、この人も盗賊だろうに目立つ格好だ。
「あたしは闇見のレナーデ、この支部の頭さね」
レナーデ、女エルフによくある名前だ。事実この前も同じ名前の盗賊をイーネが仕留めた。
だけど先輩は違った反応を見せた。
「まさかご本人じゃないですよね? 若すぎますし、吸血鬼でもなさそうですからね!」
「そうさお嬢さん、ましてや屍術で蘇ったわけでもないよ」先輩の素性を知ってか知らずか、〈闇見〉はそう言ってのけた。「あたしは二代目なのさ、あんたの知ってる人の、ね」
誰のこと? と俺は先輩に尋ねる。
「闇見のレナーデというのは、昔この国にいた冒険者クラン、〈硝子の月の不正規連隊〉の最後の頭目だった人物です! 最初はまっとうなクランだったみたいですが、なぜか徐々に裏社会の用心棒として動き始めたみたいですね!」
「ああ、なにせあの初代首領はハルミナの加護を受けた人間だからね。あんたたちにもたっぷりと聞かせてあげたいよ。アルスポートの盗賊との抗争。〈ローギルの影〉の支配者を巡る戦い。〈錆色銀貨〉が盗んだ竜呼びの笛の奪還。そして我が師匠最期の戦い。ただ恐ろしく長いからまたの機会にしとこう。さて、コペクも含めあんたたちには今からある術を受けてもらう。記憶を一部消して、そのひどく厄介な代物とは無縁の人生を歩んでもらうのさ。そっちの御仁はたぶん抵抗しようと思えばできるだろうけど……どうするかい?」
「おれは別に構わない。あなたがいくら凄腕の盗人だろうと、おれから真に大切なものを掠め取ることはできないのだからな」
謎の自信だな、俺は確かにこんな危険なものについては忘れたい。やっちゃってよ、と俺は〈闇見〉に言った。
たぶん俺たちは上の酒場でマグを困らせて、安い酒でも呷ってたことになるんだろう。標のことをジェイが知ったら大変だろうな。果たしてどれほど大騒ぎするか――そのときもこの、記憶すら盗むエルフにご活躍願おう。




