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Adventurer J/隣国への転移  作者: 澁谷晴
第九章 蒼穹漂流譚
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第十七話 葬儀

「チェレステ、今日はお前の行動を一日監視させてもらうぞ」


 ある朝、ジェイがそんなことを言い出した。彼女は今、迷宮の三十層辺りを探索しており、数日前には呪われた武器を発見したとかで絶好調なはず、いったいどういうつもりなのか。


「俺の素行に首を突っ込むっていうのか? いったいなんでまた」


「お前もだが、あのリーフリターという、あのようないたいけな少女がこの街に蔓延る悪徳に毒されてはならん。私が目を光らせる必要があるのだ」


 先輩は俺やジェイより年上で経験も豊富、手駒もいくらでもある。それにいたいけな少女どころか強力な屍術士だ。とはいえジェイが空回りするさまを見るのはなかなか楽しいものだ。トニーの気持ちも多少なり分かる気がするってものだ。


 俺と先輩は無難に、青銅門前のギルドへ赴き、何か簡単な依頼をこなすことにした。もちろん後ろからジェイが着いてきてこちらをじろじろと見ている。


 こっちのギルドは藁山通りのほうと違い、受付嬢がまともに挨拶や返事をするし、天井がヤニで黄色くなってないし、床の上にネズミやゴキブリの死骸が転がっているということもない。明らかに竜塵(ドラゴンダスト)をキメている目つきのヤバい冒険者もいないし、最後に風呂に入ってから最低でも一ヶ月は経過してるとみられるおっさんが、親しげに肩に手を回して酒代を無心してきたりもない。藁山通りは骨刀街に程近いのでそのような有様で、さらに骨刀街から地下に降りた〈ドブ底(ガター)〉と呼ばれる地区にあるギルドだと、今列挙した特色が二~三倍ほど上乗せされてる。


 俺は顔見知りの冒険者の中でも印象のよさそうなやつにだけ挨拶をして、ジェイに自分が健全な冒険者だとアピールした。ダガスの聖騎士である〈堅物〉のバート、病気の妹へ仕送りをするために田舎から出てきた〈赤羽根拾い〉のベニー、見た目だけは清純・才色兼備な魔術士(実際は男をたらしこんで金を吐き出させることで生活費に当てている)〈徴税人〉ベレンガリアなどだ。


 次に俺は依頼の貼り出されてる掲示板の前へ行き、手ごろなものを検分する。ゴブリンの肝を何個とか、特定の薬草を何束とか、そういう収集系のやつにしようと思ったところ、保安官事務所の検死医、フレデリークの依頼があるのに気づいた。


 冒険者の葬儀を行うのでその護衛。報酬はあまり高くはない。危険度は低いとある。俺は先輩に尋ねる。


「この葬儀って、街からそんなに離れるわけじゃないんでしょ?」


「そうですね! たぶん魔物からの護衛と思いますが、書かれている通り安全な依頼だと思いますよ! もし危険な魔物が出現しても、周囲には兵士がいますからチェレステさんは戦う必要もありませんし!」


 そしていざとなれば、もちろん先輩が守ってくれるはずだ。


「魔物っていうのは死肉を漁りに来るやつら?」


「はい、きっと蟲系の魔物だと思いますよ。新鮮な死肉の臭いで引き寄せられますからね。チェレステさんは射撃の術は使えますよね?」


「使えるけど、石つぶてを投げつけるくらいの威力だよ」


「この辺りの蟲ならそれで十分やっつけられますよ!」


 よし、これを受けることにしよう。俺は貼り紙を剥がして、受付にこれから依頼者の所へ赴く旨を伝えた。


   ■


 死体安置所へ降りた俺たちをフレデリークは死体とともに出迎えてくれた。死化粧を済ませたそれは俺より十歳ほど年上の風生まれだった。


「あらあら、ご苦労さんねぇ、チェレステ。そっちの子と騎士さんはお仲間かしら?」


「まあそんなもんさ、騎士のほうはただの付き添いだけど」


「チェレステ、この方とはどういった知り合いだ?」


 俺はざっくりと、以前起こった吸血鬼による殺人事件の捜査の際に協力してもらったのだと説明する。


「ああ、あの忌むべき事件か。私も独自に動いてはいたが、賊と一戦交えるには至らなかった。私がやつと対峙したなら、一秒もたたずにあの世行きだったのだが」


 俺はジェイの言葉を聞き流し、フレデリークと仕事の詳細を打ち合わせる。


「まあ、ギルドに安い報酬で依頼してるって時点で分かると思うけれど、この人はそう裕福じゃない身分よ。そこらの路地で酒瓶片手にお亡くなりだったわねぇ、無一文で。盗まれたのか、もとからなかったのかは知らないけれど。名前も分からないから仮に〈そよ風(ブリーズ)〉って付けておいたわ。検分したところ外傷とか魔術による攻撃の痕跡はなし、肝臓がそうとうイカれてたからそのせいねぇ」


 ブリーズ、か。王国の風生まれにはよくいる名前だ。


「当然身内を呼ぶのも無理だし、知り合いも見つからないから参列者は我々だけね。聖印からフュプナ信徒ということだけは分かったので、その司祭は呼んであるわ」


 なら、酒によって眠りながら死んだっていうのは、悪くない最期だったのだろうか。どちらかというとコース(酩酊の神)の信者っぽい死に様だけど。


「さっそく今から彼を運び出して下に降りましょう。こういうとき風生まれは軽くて小さくていいわねぇ、人夫を雇う必要もないし。それじゃあ今から任務開始よ、よろしくお願いねぇ」


 俺たちは保安官事務所のガレージで霊柩車に乗り、街の外周の坂を下りていく。


「そういえば魔物ってどういうやつが出るんだ? 蟲型のが死肉漁りに来るって聞いてたけど」俺は助手席で、運転するフレデリークにそう聞いた。


「そういうことねぇ、ハイエナ蝿っていうでかいのが主に来るわねぇ、でかいって言ってもグレープフルーツくらいだけど、鬱陶しいのよねぇ、臭い汁を出すし。あとたまに弱めの死霊が来て、死体に取り付こうとしたりするわ」


「だけどあんたならそのくらい、どうにでもなるんじゃないの?」


「あたくしは火葬っていう大事なお仕事があるから戦闘はできないわぁ、当然でしょう」


 何事もなく街の下の森へ入り、川沿いの火葬場へ車は止まった。


 火葬場といっても簡素なもので、石造りの床と、薪を保管しておく小屋があるだけだった。

 一人の男が待っていた。女ドヴェルみたいなぼさぼさの長い髪と色眼鏡、こいつには見覚えがある。賞金稼ぎギルドにいたフュプナの司祭、スリーピィ・エディと呼ばれてたやつだ。


「ああ、君が護衛なのかい? 不幸なる我が同胞の死を悼んでくれたまえ」


 フレデリークは薪を組んで、ブリーズを寝かせた。エディは睡蓮の花を死体の周りに並べてゆく。俺は一応いつでも抜けるようにナイフに手を沿え、蟲が飛んでこないか周囲を警戒する。


 俺にとっては葬式っていうのは馴染みがないものだった――基本的に風生まれにはそういう風習がない。大部分は旅の途中に倒れ、そうでなくても野原に死体は晒され、鳥獣の餌となる――強いていうならそれが葬儀だ。


 火葬が始まる直前、ハイエナ蝿が三匹ほど飛来した。羽音がうるさくてすぐに分かった。


「悪しきものどもが襲来だ! 分かっているだろうなチェレステ、これは、お前の任務だ! 私は手を出すことはまかりならん! 見事、冒険者としての矜持にかけて、やつらを打ち滅ぼし義務を果たしてみせよ!」


 その羽音よりもやかましくジェイが叫んだ。フレデリークは怪訝そうな顔でこの聖騎士を見やる。

 しかし、蝿どもはある程度俺たちに近づいた所で突然動きを止め、地面に落下した。先輩が束縛の術を手早く使ったのだ。ありがたい。俺はナイフを手に、蝿どもに近づき腹を刺していく。


「おい、そのやり口は何だ! 正々堂々とおのが力のみで――」


 ジェイの価値観がいまいち分からない、仲間に助けてもらうのが許せないのだろうか? いや、とりあえず思ったのと違ってるから言ってるだけだろう、たぶん俺が蝿たちに翻弄されたところで雷の魔法剣でも使って駆除し、得意顔で「お前もまだまだだな!」とか言いたかったんだろう。


「まあまあジェイさん、安全が第一ですから」


 と、先輩がうるさい騎士をなだめてる間に俺は闖入者たちを始末し終わった。

 

「では司祭様、死者に最後の祈りを」


 フレデリークに言われるが、エディは直立不動のまま沈黙している。


「どうしました、司祭様?」


 彼女が近づき、しばらく語りかけた後でエディが立ったまま眠っていることが判明し、耳を引っ張ったり色眼鏡を外して目蓋をこじ開けたりしたけど目覚めず、祈り無きまま火が点けられた。


 死体が焼ける臭いにつられてか、その後ブリーズが燃え尽きるまで四匹ほどのハイエナ蝿が来襲し、すべて先輩の手を借りて俺が駆除した。ジェイは不満げな顔だったけど、もう何も言わなかった。


 遺骨をフレデリークが浄化し、アンデッドとならないようにした上で川へ撒いて、この見ず知らずの同族の葬儀は終了した。エディはそれでも起きないので霊柩車に死体よろしく積んで、保安官事務所に寝かせておくことになった。後日こいつは、あれが正式なフュプナの葬儀だとのたまった――参列者全員で眠り、夢の中で故人を見送るのだと。葬式のマナーなんて欠片も知らない俺としても受け入れがたい話だった。


 そうして俺の任務は完了した。ジェイは機嫌が悪いままだったけど、盗賊ギルドへ出入りしてると知られなくてまだ良かったと言える。


 俺がどこかでのたれ死んだときも、ブリーズのように葬られるのだろうか。先輩はたぶん参列してくれるのだろう。自分が死んだあとのことなんてどうでもいいけど、葬儀中に立ったまま眠る司祭だけはごめんこうむりたい。

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