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Adventurer J/隣国への転移  作者: 澁谷晴
第九章 蒼穹漂流譚
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第十八話 秘匿された素性

 アグアセロは定期的に俺の前に現れた。彼についてはよく分からない。なんとなく魔女の力を持つ男――〈稀者〉である以上に、普通の人間ではない気がした。これは完全に勘だけど、奥底に何か恐ろしいものが潜んでるって感じだ。ジェイと同じく呪具を――それもとてつもなく強力なやつを、隠し持ってたりするんだろうか。


 彼は本人がそう言ってるだけか実際に見えてるのか、近い未来に起こる出来事を予知できるらしい、彼にとって世界は常に雨が降ってる状態で、その様子は〈欠片〉を持つものが周囲にどれだけいるか、そいつがどんな目に会うか、で変わってくる模様。たぶんアグアセロにも好みがあって、その好みの雨音、雨脚、雨雲の具合を調整したいがために、〈欠片〉保持者である俺に接触してきたのではないかと俺は考えていた。


 トニーは妙だとアグアセロは言う、彼の周囲だけは雨が止んでおり、しかし時折上空に雷が鳴り、青白く光るのだという――それは本人の二つ名から連想しただけの光景じゃないかと俺は思った――アグアセロは雷はあまり好きではないようだった。


 先輩は俺の周囲の雨をやや弱める力があるらしい。それを本人に言うと、「わたしの名前は〈静寂なる夕暮れ〉という意味なのでそのせいかもしれませんね!」とのコメント。アグアセロの胡散臭い発言を完全に信じたわけじゃないけど、どんなに強い雨でも先輩とその作品たちが守ってくれるなら不安じゃなかった。


 ジェイはどうなのかと聞いたら、よく分からない、と言われた。確かに俺にもよく分からない。ただ彼女は運命とかに翻弄されるタイプじゃない気がする。運命ってやつ自体も匙を投げそうな感じだ、ああいうタイプのほうが長生きするのかも知れない。


   ■


 トニーには〈日替わり定食〉と本人が呼ぶ妙な風習があった。ギルドの前に椅子を置いて腰掛け、食事をしながら道ゆく人々、ギルドへ出入りする人々を眺めるのだ。


 もちろん、彼らが自分以下の実力しかない者であるという現実について優越感・安心感を抱くためだ。


「見ろチェレステ、あの男。あれほど大きな剣など持って、筋肉は確かに多少あるが、おれなら腕ごと吹き飛ばせる」


「あのエルフ、魔力はそこそこだ。しかし魔力器への神経を切断すればそれで終わりというだけの話だ」


「あれは我が同郷の人間だな。なかなかだが、おれに傷ひとつ負わせることすらかなわんだろう」


 ホットドッグを齧りながらトニーはそんなことを時折俺に呟いた。実に悪趣味だ。だけどこいつ以外のやつも基本的にはこんなものだろう。とかく冒険者というやつは。実力が伴ってるぶんトニーはマシ、いやタチが悪いのか?


「あのさトニー、毎日ろくに働いてる様子がないけどどうやって暮らしてるわけ?」


「チェレステ、おれは金持ちなのだ。なぜならエンバーヴェイルで二十年間、最も危険な場所で働き続けたからな」


 その貯金で生活してるってことか。確かにトニーの着てる服は高そうだ、王国入りする前にグランクローシェかどこかで仕立てたものだろう。


「だけどそんな簡単に抜けられるもんなの?」


「難しくはない。抜けたいと考えるエンバーヴェイル人があまりいないというだけだ。財産の多くを没収されたがな。それでもまだ使い切れぬ金が銀行に預けてあるし、なくなったとて、おれの腕を持ってすればたちどころに札束の山が築かれよう」


 そのとき、屋台を引くエルフが通りかかった。滋養が付くとかいう、まずそうなジュースを売ってるらしい。トニーは手を振って呼びかける。


「おい、あんた、また会ったな」


「ゲーッ! やっぱり効いてなかったのかい!?」


 慌ててそのエルフはこちらにやって来た。どうにも地味な感じの女性だ。トニーの知り合いか?


「いいや、この前話したことはきれいに忘れている。だがあなたがあそこの一員だってことは覚えているぞ」


「あんた、体自体に抗魔の術がかかってるのかい? いいや、そういう体質ってだけか? マナの巡りがどうも妙じゃないか」


「エンバーヴェイル傭兵は少なからずそうだ。おれは生まれる前の処置は受けられなかったが、入隊した日から薬液の風呂に入れられた、竜火樹の実の絞り汁に漬かった方がマシなやつにな。エルフの魔術は特に効きづらい体だ。だがあなたの秘密は明かさないから安心してくれ」


「そうしておくれよ、まあいざとなれば自分でどうにかするさ」


 そのエルフはトニーにジュースを薦めたが、彼は素っ気無く断った。


「今のはどういうこと?」


「まずそうだったからな」


「そうじゃなくて、あのエルフと何かあったのかと聞いたんだよ」


「さあ、忘れたな」


   ■


 この前散々騒がれた灰煌銀(グレイグリント)の鉱脈だったが、そう簡単にはいかないようだった。そもそも場所が深いし、定期的に双頭ミノタウロスが周囲に湧き出るらしい。バルガスや〈黄泉還り〉が何度か討伐に当たったが、きりがなかった。


 そこでようやく、王都から遠征部隊が到着した。そいつらは〈黎明隊〉というダガスの聖騎士団で、つまりジェイと同じような存在だ。〈浮雲〉が呪具の回収に心血を注ぐのに対し、黎明隊は魔物や吸血鬼、人狼、そして屍術士といった魔をもって人に害をなすものを滅ぼすのが任務だという。


 俺は先輩とともに、中腹の宿屋からそいつらの行軍を見ていた。騎士たちが着てるのはバルガスのものと同じく見た目を重視した、俺からすると古臭い鎧に見えた。もちろん付呪によって強度と魔術への耐性は確保できてるのだろう。


「あいつらはジェイと同じく、神に仕えるための使命とかいってわざわざ来たのかな?」


「いえ、もちろんこの街の統治者に雇われて来たのでしょうね!」先輩がそう答えた。


「それじゃ実質、傭兵団っていうか冒険者みたいなものなんだ?」


「そんな感じですね、受けるのは彼らの教義に合致する依頼に限るでしょうが。〈黎明隊〉は昔から融通が利きませんから!」


 やつらは先輩の故郷である〈暗黒街(アンダーワールド)〉の古くからの宿敵だ。しかし何百年かかっても彼らは、その所在を明らかにするどころか、出身者を捕らえることすらロクにできていないらしい。〈暗黒街〉は〈黎明隊〉内部に密偵を潜り込ませているからだ。それに加えて、なぜか定期的にダガスの聖騎士から〈暗黒街〉へ移り住む者が出続けているという。敵対する組織が手に染めてる数々のタブーを知るうちに、それに魅了されミイラ取りがミイラに、ってとこか。先輩はさぞ面白そうに、〈暗黒街〉に最初に移り住んだ者がダガス教会の高僧であったという説すら教えてくれた。


「つまり、彼らが先輩が屍術士であったりとか、〈暗黒街〉出身者だと気づくことはまずないと?」


「不可能でしょうね! 常に彼らの捜査のための最新技術は把握し続けています! 泥棒と錠前屋みたいな関係ですね!」


 行軍の先頭に立つのは、ジェイの上位互換って感じの凛々しい女騎士だった。そいつが宿の前の通りに差し掛かったとき、先輩が息を呑んだ。


 その騎士は間違いなく、こちらを――俺の隣にいる、エルフの屍術士を見つめていた。

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