第十九話 潜入者
「先輩、あの人なんかこっちを見てたけど大丈夫なのかな?」
「問題はありませんよ! わたしの正体が露見したわけではありませんから。もしそうなら既に何らかの魔術によって補足されているはずですからね!」
確かに、俺は特に何も感じない――もっとも彼らがその気になれば、術の行使を隠蔽することなどたやすいだろう。
騎士たちは街の上層部へ向かった。雇い主と打ち合わせをするのだろう。
「もし、彼らが屍術士を発見したらどうなる?」
「即刻処刑でしょうね! 見せしめとして晒し首になるはずです!」
果たしてこんな場所でのんびりしていていいのだろうか? 先輩は強いだろうけど、やつらもイーネを倒した怪物と軽くやり合えるほどの実力者だ。なにしろあの騎士団の本拠地であるカルドランド王都は、局地的にエンバーヴェイルやアシュワンド並みに強者が集う土地だ。デレク大王の仲間の子孫や、彼らに師事するために訪れた強力な冒険者が建国以来研鑽し続け、現在では世界中でも最強の戦士たちが揃ってる。
俺は不安だったけど先輩が大丈夫だと何度も言うものだから、そのまま寝た。
夜中、俺は不意に目覚めた。目を開くと眼前にあの女騎士が立っており危うく声を出すところだった。
「落ち着け、私は君の敵ではない。ディヌイアルの味方だ」
俺はどうにか悲鳴を抑え、彼女が先輩の本名を呼んだことに気づいた。
「もっともこの部屋には既に静寂の術をかけてあるので、君が絶叫したとて他の客の眠りを妨げることはない、しかしみっともないからな、大の大人が――君はもう成人しているのだろ――無様に怯えるのは」
「チェレステさん、彼女はわたしと同郷の方ですよ! わたしにだけ〈合図〉を送って頂いて、すぐに気づきました」
すると、この騎士が先輩の言っていた内通者なのだろうか?
「いかにも、そうだ。我が名は――表向きの名だが――デイム・パトリシア・バーディ、王都キングスホールドより来たりしダガスのしもべ、太陽の剣。そして私はこう見えて人間ではない」
「パトリシアさんは人間に化けた魔物なんですよ! 驚きですよね」
人間に化ける――シェイプシフターってやつか?
「〈伊達者〉ではない、私は〈グリムの右腕〉――〈オーガ・ディスガイザー〉というやつだ。心臓を食らった相手の魂魄を模倣する。この女は見た目は良く腕もいいがあまりうまくはなかったがな」
とんでもないことを告白する騎士。本当か? 確かにオーガの一種にそういうのがいるって話は聞いたことがある。だけど、俺をからかってるだけじゃないのか? 少なくとも俺には、人間にしか感じられない。
外界では間違いなく狩られる魔物も、〈暗黒街〉は受け入れるわけか。
「それにしてもディヌイアル、この風生まれに明かして本当に良かったのか?」
「チェレステさんはわたしの命の恩人ですから!」
「そうかい、まあ、他者に伝えることは叶わぬから私は構わないがな」
一体なぜ? 俺をここで始末するってことか?
「いいや? 我ら〈暗黒街〉の民は故郷の秘密を明かすことを封じられた魔術、あるいは呪いと呼ぶべきものを背負っているが、それは伝染性のものだ。君は我らの秘密を明かそうとしても、できんよ。我々は限られた例外に対しそうすることはできるが、君は無理だ」
もちろん俺は、もとよりバラすつもりなんてない。それにしても、魔物が聖騎士隊に入ってるなんて、バレないもんなのか?
「暗黒街のこの手法は、もう何世紀もバレてない。なぜならやつら、我が同胞たる騎士たちはアホだからな。魔物と戦うのだけはうまいが、詐欺師にとってはカモだ。いわゆる脳髄まで筋肉でできてるってやつだな。加えて私への疑惑などを周辺の者から取り除くように魔術的・心理的に仕向けているし、無論、偽装は十全、我らの歴史の見せ所というわけだ。さて、ここに来たのはディヌイアル、むろん〈更新〉のためだ。手を出せ」
先輩と騎士――パティは手のひらを合わせ、何事かを行ってる。マナのやりとりをしてるようだ。 先輩が説明してくれたところによれば、暗黒街から送られてきた最新情報を共有してるらしい。本拠地への行き方や聖騎士たちの行動予定、あるいは、暗黒街で最近生まれた新たな技術を先輩に送ったのだという。
「『埋もれし光が、汝とともにあらんことを』。ではよい夢を、同志ディヌイアル、そして空色の眼の友よ」
そう言い終わると、いきなりパティは消失した。分身か。あいつは騎士の格好をしてたけど、本質はコペクたちに近いな。こそこそする密偵だ、だけど堂々としてる。
「意外に思われるかもしれませんが」先輩が言った。「〈暗黒街〉はその名とは裏腹にダガスが主神なのですよ」
あの神は全ての不明瞭な場所を照らし出す、真理の追求者という面もあるそうだ。その真理ってやつがどれほどおぞましくても暗黒街の住民は気にはしない。
■
青銅門前のギルドでジェイがひどく忌々しげな顔をしてた。俺には理由が分かった。
「ジェイ、どうやらあの騎士たちの活躍が面白くないようだね。いや、あの女騎士がか」
「黙らっしゃい。あいつらはカネに目が眩み彷徨う無礼な乱入者、私のような慎ましい者とは相容れぬのだ。やつらはグランクローシェのダガス教会を金儲け主義と非難するが、私からすればやつらも同類なのだ」
「だけどさ、あの騎士は顔も実力も雰囲気もジェイより上って感じだよ。それで仲間の数と財布の中身まで負けてたんじゃ……」
「黙れといっただろう! だがやつらに怪物の発生源を解明し、それを除くなどできようはずもない。〈黄泉還り〉やバルガスでもできなかったのだからな」
「その二人は他にも仕事があるし、本格的に着手しなかっただけでやろうと思えばできたんじゃないの」
「だとしてもあのパトリシアという女にできるとは限らぬだろう」
しかし、それから程なくして黎明隊は双頭ミノタウロスの発生点を特定し、浄化することに成功。かくして無事、灰煌銀へのルートを確保し、ブリガンズヘイヴンはさらに潤った。外国からの隊商やドヴェルの加工業者、一攫千金を狙うさらなる冒険者たちが集結。しかもパティはあっという間にバルガスや〈黄泉還り〉並みの英雄という扱いになり、(たぶん無許可の)写真が販売されるというところまで至った。
「どうするよジェイ、あんたも写真を売り出してみるか」
「馬鹿を言え。あのような下品な女の人気などまやかし、作られた虚構だ。あいつは腹の奥底では汚いことを考えている悪党に決まっている! そう、やつの正体は魔物のようなワルなのだ!」
「ような」というか魔物そのものらしいけど。そんなことを話してるとトニーが出現し、不敵に薄く笑った。
「実にいい。そうでなくては。成功者への妬み嫉み、まことに好ましいよ」
「貴様は――チェレステとつるんでいる南方人だな! 私があの女を妬んでいるだと? 寝言を」
「嫉妬は悪いことではない」トニーはジェイの言葉には答えずに言った。「怒り、嫉妬、憎しみ、すべて有用だ。自らの体を動かす原動力となる。だがあなたはもう少し、上ではなく下を見ることを覚えたほうがいいかも知れんな。肩の力を抜くべきだ」
そんなことを言ってこの男はさっさと出て行った。
「ふざけたことを。下を見るだと? そんなことをして何になると言うのだ。停滞を招くだけではないか」
ごもっともだ。
「こうなれば私も手柄を立て、あの女に一泡吹かせてやろうではないか」
「ジェイ、焦りは禁物だろ。冒険者の初歩だよ、危険は避けるってのは」
「分かっているとも。何も冒険とは迷宮の深層のみで行われるものではないのだ。私は街で手柄を立ててくれよう」
具体的にはどうするつもりなんだ?
「これほどまでに冒険者が流入しつつある現在、そこらの通りや酒場で揉め事がいくらでも発生しているだろう。それらを私が華麗に仲裁し、市井の評価を上げるなどたやすいことだ」
何かややこしくなりそうな気がするな。
ジェイは俺の心配をよそにどかどかと外へ出て行った。
その夜、彼女の狙ったとおり酒場で冒険者の集団が、取り分を巡って刃傷沙汰になりかけたらしい。
そこでジェイは仲裁に入ったのだが、冒険者たちは説得に応じずコトは酒場全体を巻き込んでの乱闘に発展、さらにジェイが雷の魔剣を振りかざし店の従業員を含む多くの関係者を昏倒させ、さらに店の内装までぶっ壊したというので、やはり彼女は仲裁などせず迷宮に大人しく潜ってるべきと明らかになった。




