第二十話 〈陽気な牡鹿〉亭の新顔
それから数日後、馴染みの冒険者たちがにやにやしながら、俺を昼飯に連れて行ってくれた。
なんと、この前ジェイがぶっ壊した酒屋〈陽気な牡鹿〉亭で彼女が働いていたのだ。どうやら店員を負傷させた穴埋めということらしい。給仕服のジェイにはすこぶる違和感があった。さらには結構な額の借金を背負ってしまったというから、焦りや名誉欲を抑えることの大切さを教えてくれるってものだ。
俺たちはジェイの雷撃で焼け焦げたテーブルに腰掛け、彼女を呼んだ。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか」
ジェイの台詞は棒読みで、笑顔は露骨に強張っている。
「やあお姉さん、お薦めとかってあります?」エルフの魔術士ブラッシュがそう尋ねると、
「どうせ貴様らの味覚では何を食おうが同じでございます、とっととお選び下さいませ」
と言い放つジェイ。我々は、いくら穴埋めとはいえこいつを雇い入れても店にとってマイナスじゃないかと戦慄した。
「なあジェイ、そんなんじゃ客足が遠のいてここが潰れちまうぞ。俺らでいくらかカンパしてやろうか? ここが閉店したら困るからよ、お前さんをとっとと解放してやらねえと」
帝国出身のドヴェル、ヴェイグがそんな親切なことを口走った。これにはジェイも感涙かと思いきや、
「余計なことをしなくていい、これは私に天空の父が課した試練なのだ。忍耐を学ぶ絶好の機会、奪われるわけにはいかぬ」
店側としては客足を奪われそうな状態なのだが。
「あんたがそう言うならしかたねえ、なら俺らはせめて、売り上げに貢献してやろうじゃねえか。ミストラル・エールを二杯とフロンティエラ風ピザを一枚、それから大食僧正のスープと――」
「お客様、もっとゆっくりおっしゃって頂かないと聞き取れませんので、一つずつどうぞ」
「ああ、ミストラル・エールが二杯と……」
そこでほかのテーブルのおっさんが「おう姉ちゃん、水くれや」
「今こっちの客の長ったるい注文を聞いてる最中だ、あとにしろ、それから『水くれや』ではなく『お冷を一杯いただけますか、店員さん』と言え」
「フロンティエラ風ピザを一枚……」
「待てヴェイグ、あの男が口を挟んだので最初からだ」
俺はさすがにジェイの無体な仕事っぷりに呆れて、何も注文せずに店を出た。
■
先輩は宿の部屋でベッドの上に腰掛け、ずっと瞑目していたが、しばらくして笑いながら喋りだした。
「すごいですね面白いですね! 色々と新情報、新技術が解禁されましたよ! もちろんチェレステさんには教えることができないものがほとんどですが」
パティから教わった情報か。前にコペクが、テレヴィジョンなる装置について話したことがある。あと百年くらいすれば、こういう感じで新しい情報が離れてても入ってくるようになるのだろうか。もちろん暗黒街の機密情報なんかは見ることができないだろうけど。いや、何かの弾みで、それが漏れたら? 世界中に映像と音声で流れたらもう回収は不可能だ。考えようによっては恐ろしい時代だ。
「それにしても、パティは黎明隊はアホだからバレないとか言ってたけど、本当に大丈夫なのかな? 色々隠蔽はしてるんだろうけど」
「もちろんパトリシアさん一人だけなら危ういかもしれませんね! だけどたぶん、他にも協力者がいるはずですよ! いざとなれば彼女を生け贄にして秘密を守る構えでしょう。というか、黎明隊とダガス教会の上層部にも我々の仲間が潜り込んでいるのではないでしょうか」
もしそうならば、パティは自主的に、ではなく、その上司に命じられて今の姿に変身したのかも知れない。故郷を守るためとはいえ、部下の心臓を魔物に食わせるとはおぞましい話だ。
「そういえば、シェイプシフターと〈グリムの右腕〉だっけ? それってどう違うの?」
「変身能力に関して言うなら大まかには同じですね! ただ、〈グリムの右腕〉、オーガ・ディスガイザーは同時に一人の姿と記憶、技術は模倣できますが、次の誰かになればそれ以前の個体の記憶は忘れてしまうそうです。一方、シェイプシフターの場合はずっと覚えていられると聞いたことはありますね!」
それじゃあ、もし長い間生きてるシェイプシフターがいたら、とんでもない強さになってるはずだ。
「どちらも個体数がそう多くはないので詳しくは分かりませんけどね、一度でいいからシェイプシフターの死体を手に入れてみたいものです! レアな魔物を手がけるのは全屍術士の夢ですよ!」
俺は興奮し始めた先輩をなだめつつ、ジェイのことを話した。
「ジェイさんはあまり接客に向いていないようですね。確かに困った状況です」
接客というか社会生活に向いてない気がする。
「とはいえ、仮にわたしがポケットマネーで救済しようとしても、彼女は受け入れないでしょう。社会経験と思って頑張ってもらうしかないですね! ご本人が言うとおり試練というわけです」
「客ともめてすぐクビになりそうだけどね」
「それよりチェレステさん、前から考えていたアイデアがあるのですが、試してみませんか? 安全に迷宮のさらに下まで行けるかもしれないテクニックです!」
先輩は嬉々としてその計画を話した。なんと、リビングアーマーであるホロウの内部に俺が入るというものだった。
「わたしはチェレステさんに長生きしていただきたいのです、そのためにはある程度危険を経験したほうがいいですからね! 風生まれの大半は無謀な冒険の果てに命を落とすと聞いています。もともとチェレステさんは慎重で思慮深いですから、少しの経験で対応力が増し、寿命がぐっと伸びるはずですよ!」
ホロウの強度は確かにかなりのものだろう。だけど炎に焼かれたりしたら大丈夫なのだろうか?
「ご心配なく! わたしが出発前に防護の魔法を重ねてかけますから! 重症を負ったとき、自動で回復する術も用意します! 万が一怪我をしてもわたしがすぐに治療しますし、よしんば死んだとしても――」
死体を蘇らせるのはやめてほしい、と俺は先輩に言った。死んだらそのまま死にっぱなしがいい。死肉をどうにかするのは構わないけど、魂魄は解放してやってほしい。
「そうですか? ならわたしが責任を持って最強のフレッシュゴーレムの一部にしてみせますよ!」
それもどうなのか……見ず知らずの誰かや魔物と同化して動き続ける。まあ俺の意識がないなら別にいいけど。




