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Adventurer J/隣国への転移  作者: 澁谷晴
第九章 蒼穹漂流譚
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第二十一話 老将軍

 迷宮へ向かう道の途中は、祭りのように人々でごった返していた。冒険者が大半だけど、商人も数多い。今やこの都市は灰煌銀(グレイグリント)によって、多くの金が動いている。自由採掘権を持つのはこの街の統治者が認めた――彼らの息のかかった――業者だけだ。それ以外は多額の金を支払わなければならない。


 コペクが、いずれ世界を支配するのは国家ではなく企業の連中となるだろう、と言っていた。かつての帝国も、一時期そうなりかけたことがある。だけどそれはひどく歪なもので、結局瓦解したが現在のノヴィレグナは再びそちらへ向かおうとしてるらしい。


 迷宮へ入ると、人気のない場所へ移動し、先輩はホロウを出現させた。内部に俺が入ると、先輩はいくつもの術を重ねてかける。その間、数匹のゴブリンがやって来たけど先輩は軽く撃退した――火葬場の蝿と同じく、麻痺の術で一発だ。しかし、これは薬と同じで、あまりに大きな相手には効きづらい。上層の小物には有効だし、でかぶつだろうと四肢のひとつくらいなら潰せるだろうけど。


 迷宮に入る前に俺が鎧の内部に入っておけば話は早いけど、生物は空間魔法で収納できない。盗賊ギルドの地下から続く秘密の入り口は、でかいホロウじゃ通れないときて、こうする羽目になった。とはいえ先輩にとっては、第一階層なんて外とそう変わりない。


「完了です! これで竜の火に焼かれてもチェレステさんは、お日様の光くらいにしか感じませんよ! では行きましょうか」


 俺はホロウと視界を共有し、体験したことのないほど高い目線から迷宮を突き進んだ。冒険者たちは巨大な騎士を見てぎょっとしたように道を開ける。ゴブリンどもなんて、剣を振るう必要もない、拳一発で吹き飛んでくたばってしまう。


 なかなかいい気分だったけど、それも十層辺りから変わってくる。徐々に敵が強く、でかくなりはじめ、迫力、いや恐怖が増してきた。

 もちろんホロウが負けることはないが、血しぶきや肉片が飛び散るし、魔物どもの醜い形相が間近に迫り、そして引き裂かれる。確かに度胸は付くだろうけど、次第に吐き気がしてきた。


 俺は今までに体験したこともないほどのペースで迷宮を降り、三十層にまで到達した。

 

 そこで、敗走してきた冒険者の一団と遭遇したのだが、負傷者はひどいものだった。呪術を使われたらしい、傷跡からはおぞましい黒い煙のようなものが立ち上っている。それは穢れたマナだった。


「おうお前さんたち、ここから先は危険だ。見たこともないアンデッドどもが今日はやたらと多いぞ」


 白い髭をたくわえた、エルフの老人がそう言った。彼らの寿命は人間たちの三倍から四倍ほどあり、老化速度も相応に遅い。この外見ということは、三百歳は超えてるだろう。皺だらけではあったものの、そのエルフは隠居って感じじゃない。まさしく老兵って感じの鋭い目つきだ。


「黎明隊といったか、あやつらが相手をしておるが、数が多い上呪術を使ってきよる。なかなかに厄介だ。騎士どもはミスリルの鉱脈を汚されまいと防戦一方でな、応援が要ると至急伝えねばならん」


 〈ミスリル〉っていうのはエルフ語での、灰煌銀(グレイグリント)の呼び名らしい。


「ワシらと一緒に来るがいい、嬢ちゃんにそっちのでかぶつと、中のちび助よ」


 俺のことを看破されたようだ。先輩はそのアンデッドとやらを見たがったけど、ここは老人に続いて脱出することにした。


   ■


 老人は〈将軍(ドゥクス)〉と呼ばれていた。もともとラエルで〈北限の防人〉なる、エンバーヴェイル人からの防衛隊にいて、それなりの地位に就いてたらしい。


「ワシの爺さんも、そのまた爺さんも北の悪鬼どもと戦った。あやつらは人間ではない、といって魔物でもない。天災みたいなものじゃな」


 俺たちはアンデッドたちの発生を軍と冒険者ギルドへ報告した後、〈陽気な牡鹿〉亭でドゥクスと話していた。幸いジェイは今日はいないようだった。


「だけど、災厄のあとは国内に湧き続ける魔物との戦いで手一杯で、エンバーヴェイル人は他国には攻めないようになったんじゃないの?」


「あやつらが急に、それまでやってきた生業を捨てると思うか? 確かに魔物との戦いで勢いは落ちたが、依然ラエルには北方人が攻め続けていたのだ。やつらは邪悪なる業で肉体を変質させ、さらには呪術も屍術もためらわずに使う。時折、蘇生を繰り返しすぎたがために亡者となった人間が、同胞を喰らう地獄に見えることとなる」


「〈喊声平原の悲劇〉ですね! 屍術とは恐ろしいものです」先輩が平然とそう言ったのに対し、ドゥクスは口を開きかけたがやめ、話に戻った。


「すべてはやつらがエギラと呼ぶ邪神の賜物、おぞましきことよ」


 エギラは戦の女神だ、多くの場合は武装し、血のように真っ赤な翼を持つ姿とされる。死後も終わらない戦を楽園で続けるために、生のすべてを闘争で満たせと説くこの戦神は、なぜか慈悲深い母親のような笑顔でしばしば描かれる。


「そもそもエンバーヴェイルができる前から、あの場所はそんな感じだったわけ? いったい何で」


「あの地はかつて古代帝国の一部であったころ、我らエルフとの戦いを最後まで続けた場所だからだ。言い伝えによれば、やつらは人間の中でも異端であり、流罪を受け最前線へ送られたとも、自ら移り住んだとも言われておる。いずれにしても、あの地は狂人の末裔が住まう場所ということよ」


 さすがに長年、エンバーヴェイル人を間近で見続けてきた人物だけあって、憎悪の篭った口調だった。しかし、それだけではない何か愛着のようなものも俺は感じた。


「あなたはどうして、この街にいらっしゃったのですか?」


 先輩の問いにドゥクスは重々しく答える。


「さてな。ワシももう歳だ、いい加減戦いからは身を引こうと思ってはいたが、こうして冒険を続けておる。これも我ら防人の性(さが)かもしれぬ。北の悪鬼どもと戦い続けた結果、自らも悪鬼と成り果てたのやもな」


 確かに、昔からエンバーヴェイル側へ寝返るエルフというのが数多くいたらしい。暗黒街と戦い続けた結果、離反者が何人も出ている黎明隊の騎士にも似ている。誰もが宿敵には似てしまうのだろうか。


「ところで、あなたが遭遇したアンデッドとはどういったものだったのですか?」


 先輩が聞くと、ドゥクスはまた忌まわしげな顔となった。


「奇怪な悪霊と、手を加えられた死肉ゴーレムどもだな。悪霊はハーフエルフだ――文字通り、両断された姿のな」


 さすがに忘れるはずがない。グレイハート――傭兵の雇い主だった、あの軽率なエルフか。やつの死体は確かに傭兵たちが持ち帰り、浄化して荼毘に付したはずだ、だけどその怨念は、死に場所へこびりついて悪霊と化したのだろう。ひどい話だ。


「そして、そのゴーレムども――あやつらは明らかに、何者かが手を加えた形跡がある。そう、あれは〈縫い師〉というやつの業だろう、体中に乱雑な縫い目が走っておったよ」


 どうやら迷宮で死んだ、俺の知るもう一人のエルフもまだ動き続けてるらしい。

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