第二十二話 死者の騒乱
その後、下層部からほうほうの体で帰還した冒険者たちが、左腕のないエルフのアンデッドを目撃したと証言した。この、縫合者イーネの成れの果てと思われる存在は、穢れたマナを撒き散らし、数十人の犠牲が出た。迷宮内の魔物も巻き込まれ、黎明隊の騎士すらも何人か倒れたという。事態は予想以上に厄介で危険みたいだった。
イーネがこうなった原因は定かではないが、迷宮内において局地的に死者の蘇る、さながらアシュワンドのような呪われた区域が生まれることは珍しくない。未練を残して死んだイーネが起き上がり、強大なアンデッドとなった彼の影響でその後も呪いが加速したのかもしれないし、イーネが生前の技術をもっておぞましい蘇生と改造を繰り返してるのかもしれなかった。
生前の性格から言って、彼がそんなことをするとは思えないけど、死んで一度魂魄が体から離れたのなら、もう蘇っても同一人物ではない。どんな高位の屍術士でも――先輩や、その師匠の偉大なる大屍術士ジークだろうと、記憶も人格も歪めることなく復活させることはできない。悪意に満ち、生前親しかった者を殺害するほどに変貌することもあり得る。ましてや迷宮の呪いで偶発的に復活したのなら、どれほど狂っていてもおかしくはない。
いずれにしても、一刻も早く彼を討伐し、迷宮を浄化しなければならない。冒険者たちや黎明隊の騎士が復活し、さらにイーネが強化を施せば恐るべき軍勢が生まれるだろう。屍術士の恐ろしさはこれだ、作り上げた死者の兵士で倒した犠牲者を、手駒として復活させ無尽蔵に膨れ上がる。しかも彼らに休息は必要ないし、恐怖に足が竦むこともない。早期に食い止められなければ迷宮から街にあふれ出す恐れもあった。
迷宮内で戦い続ける騎士たちに〈黄泉還り〉が合流し、地上からもバルガスと、遠征隊の長パティを含む騎士たちが加勢に向かった。ドゥクスや他の実力者たち、そして軍の精鋭も降りていったけど、俺はもちろん街でことの成り行きを見守ることにした。ホロウの中に入ってもとても安全とは言えないからだ。俺に限らず、生半可な刺客を差し向けても、返り討ちに合っていたずらに敵勢力を増やすだけだ。
翌日、迷宮からの報告が入ったけど、内容は芳しくなかった。イーネが生前作り貯めていた〈作品〉たちを解き放ったのだ。中にはまだ若いが竜の姿もあったという。さらに、バルガスが彼に肉薄したものの、奇怪な技を受け、退くしかなかったという。
彼が手を振るうと、周囲の気温が急激に上昇し、五感が狂わされ、彼とアンデッドたちの無数の幻影が現れたという。この奇妙な幻術は抗いがたいものだった。彼の右手には、いつしか一振りの魔剣が握られていたそうだ。
「彼は確か公社員だったのですよね? 彼らの中には、自らの死因を力として発現させる者がいるそうです。昔、火竜に焼かれて死んだ冒険者が蘇った後、炎を纏う力に目覚め、それで竜を倒したという物語を聞いたことがあります」
先輩に言われて俺も思い出す――そうだ、イーネが言っていた、経緯は忘れたがコルニスタンで魔剣士に敗れて一度目の死を迎えたのだと、本人から聞いたことがある。それは東方の旱神スゥレの巫女に代々受け継がれる、燃える砂の力を持つ魔剣だという話だった。その剣によって討たれ、自分の一部となったその力を思い出した――あるいは新しく獲得した――のなら、極めて厄介だ。
街は灰煌銀発見に湧き立っていた雰囲気から一変、物々しい空気に包まれてる。迷宮への立ち入りが制限され、冒険者の中にはブリガンズヘイヴンを離れる者も出始めた。
そんな折、俺の前にまたアグアセロが現れ、意味深な警告をした。
「雨が強くなってきた。君はここから離れたほうがいいよ、間もなく良くない出来事が起こる。君だけじゃなく、君に近しい人にも。僕には何もできない」
もっと具体的に言って欲しいけど、それはできないらしい。俺は先輩と、街を出る考えについて話した。
「確かに今の状態は不安ですね! もはやイーネさんは明らかにわたしより上位の屍術士ですし、もし何かあったときにチェレステさんを守りきれるとも限りません! 分かりました、早めにこの街を出ましょう」
俺たちはそう決め、コペクに挨拶をしに行こうと骨刀街の方へ向かった。
その途中で彼とその部下たち、焦った様子の見知らぬエルフに遭遇した。
「ああコペク、今から会いに行こうと思ってたんだよ、実は俺たち――」
「そっちの話は後にして! ヤバいことになっちまったんだよ!」
俺の言葉を遮って、エルフの女性が言った。誰なんだ? 盗賊ギルドの一員か? 一度も見たことのない顔だ。
「時間がないんだ、思い出しな、あれのことを!」
彼女が俺と先輩の頭をつかんだかと思うと、俺は忘れてた記憶を取り戻した。レナーデ支部長、記憶を操作する術士、俺たちに〈迷宮の標〉を見せてくれた、そして機密を保持するためにこの記憶を俺たちから消し去った。
「思い出したかい、あの危険なしろものを! さっきからあれが街の中で活性化してる気配を感じるのさ。このタイミングでだ、嫌な予感がするじゃないか」
言われて俺と先輩も、どこかそう遠くない地点であの迷宮があふれ出たような気配を感じた。
「だけど、あれは信頼できる相手に売り渡したんじゃないの? その相手が地上で活性化させるような真似をしてるわけ?」
もしそうなら、この街に危害を加える意図のあるテロリストってことじゃないか。この前レナーデの指示で行われたようなデモンストレーションだったとしても、今下手に活性化させたなら、アンデッドどもが直に地上に出現しかねない。イーネは空間魔法に長けていたし、標を目掛けて転移してもおかしくはないのだ。
「封印が万全じゃなかったか、いや、もしかすると別の〈標〉かもしれない」コペクが顔をしかめて冷や汗をかいてる、白昼の日差しのせいじゃなさそうだ。「地下のアンデッドどもが何かをしてるのかも知れない、イーネってエルフがどこまで自我を残してるか知らないが、復活者ってのは悪意に歪んでても不思議じゃないからな。そして地上に出て大暴れしようと画策しているなら――いずれにしても、とっとと探し出してどこぞの馬鹿から奪い取り、再封印しなきゃまずい。お前らも手伝ってくれ」
「今から地上に残ってる黎明隊の騎士に知らせてくるよ、もっとも、もう気づいてるかもしんないけど!」レナーデも深刻な顔つきでそう言った。
「分かった、俺と先輩は青銅門のほうへ行ってみる」
俺たちは支部長たちと別れ、走り出した。先輩も〈標〉を探ってるけど、はっきりと位置を特定できなかった。何らかの妨害がなされてるようだ。
「先輩でもだめならたぶん無理だとおもうけど――一応あいつにも声をかけてみるよ、この時間なら店にいるはずだ」
俺はなぜか、まったく頼りにならないであろう、やかましい騎士の所へ向かうことにした。藁にもすがる気分。なぜなら、これがあいつの使命だからだ――危険な魔法具を見つけ、封じ、街を危機から救うことが。




