第二十三話 蘇りしもの
〈陽気な牡鹿〉亭に入ると、ジェイはいつもと同じ面白くなさそうな顔で働いてた、俺は近寄り、端的に告げる。
「ジェイ、緊急事態だ。迷宮と街を接続する危険な魔法具が野放しになってる。このままだと、迷宮からアンデッドが街に転移するかもしれない。何か探知が可能な方法があったら協力してほしいんだけど」
彼女の動きは早かった。着ていたエプロンを脱ぎ捨て、鎧を手早く着込み、鎖のついた菱形の青い宝石を手にして戻ってきた。
「お前はその魔法具について知っているのか、チェレステ?」
「ああ、前に見たことがある。それか、それと似た別のが誰かの手に落ちたとみられてる」
「ならばそれを思い浮かべろ、この〈探査の振り子〉はお前の記憶から手がかりを引き出す。それと類似性を持つマナを探知するのだ」
俺は〈酔いどれ騎士〉亭で見たあの〈標〉を思い浮かべた。振り子はある方向へ向かって浮かび上がる。
「確かに妙なマナを感じるな、追跡させよう。不届きものを私は許しはしない」
珍しくジェイが頼りになるところを見せてくれた。これが本職だから当然だ。犯人はやはり、イーネの手の者だろうか? もし戦闘となれば先輩の助力が必要だ、俺が確かめるように先輩を見ると、彼女は頷く。ジェイは足早に路地の中へ踏み込んでいった。
結論から言えば、そいつはすぐに見つかった。裏道の奥の廃屋。剥き出しの〈杭〉にマナを注ぎ込む、いかにも怪しいって感じのフードを深くかぶった人物だ。かすかに覗いた顔には縫い目が走ってる。
そいつ自身のマナは弱々しかった。イーネが周囲の目を欺くために、わざと弱めて〈加工〉したのだろうか。ジェイは雷の魔剣を抜いて犯人に詰め寄る。
「見つけたぞ、大人しくしろ! 貴様の計画もこれまでだ!」
そいつは観念したほうに両手を上げた、しかし、袖口から光るものが見えたのを、俺もジェイも見逃さなかった。
仕込んでいたのは隠し矢だろうか。だが、それが射出されるよりも、雷撃がそいつを貫くほうが早かった。
犯人は黒焦げとなり――威力を抑える余裕がなかったのか、成敗のつもりか、壁に大穴が穿たれてたけど――倒れた。ジェイは〈標〉に歩み寄る。
そのとき、妙な気配がした。盗賊ギルドの地下で魔物が発生したときと同じ感覚、迷宮との接続が確立したのだ。
次の瞬間、左手のないエルフがそこにいた。
先輩は俺に防護の術をかける――俺は彼女の命の恩人だ。だから、俺を優先するのは当然だったが――それで結末は決定的なものとなった。
ジェイが雷を放つ前に、イーネは穢れたマナを右手から剣のように振るい、それは彼女を貫いた。
そして次に、理性なき怪物と化した縫合者は俺を振り返り、一歩を踏み出そうとする。
しかし、彼はそれ以上進むことができなかった。俺は逃げようとしたし、先輩はさらなる魔術でイーネを封じようとしたけど、その必要もなかった。
彼の体に無数の亀裂が入っていた。そして、次の瞬間、まるで風に舞う砂のように粉々になっていた。
「〈幻尖流〉――〈乱風〉」
壁に開いた穴から、トニーが顔を出した。剣はいつものように、鞘に収まったままだった。だけど空間を繋げ、同時にいくつもの方向から降り注いだ斬撃が、イーネの肉体を切り裂いていた。まさしく、稲光のように一瞬で。恐るべき熟達の縫合者のアンデッドも、南の地で怪物を屠り続けたこの男の前では獲物に過ぎなかった。
「お前もだ、お前でも戦いにはならない。おれを楽しませる、もがき苦しむ弱者に過ぎなかった」
しかし、空中に死臭を凝縮したような嫌な臭いのマナがまだ残ってる。トニーは先輩を見つめ、彼女は頷き、そのときには既に浄化の術を使っていた。今度こそ完全な二度目の死を迎えたイーネが、最期の言葉を残すこともなく、そのまま彼の歪んだ魂魄は消え去った。
俺と先輩がジェイに駆け寄ると、彼女はまだ生きていたけど、助からないことは明らかだった。貫かれた左胸の傷口からは血ではなく穢れたマナが溢れ、それが鎧をどす黒く汚していた。
俺たちを認識してかせずか、ジェイはうめくように言った。「ああ……嫌だ、死にたくない……どうして、こんな……」
後悔の言葉とともに、この騎士は苦しみながら息絶えた。
■
〈標〉はやはり盗賊ギルドで確保していたものとは別のものだった。それはイーネが蘇った、深い階層と同調したもので、彼は街を攻撃するための脱出口として用いるつもりだったのだ。
幸い、死者は一人で済んだ。もしイーネにもっと準備をする時間を与えていたのなら、彼はアンデッドの軍勢と穢れたマナを撒き散らし、砂の魔剣で追っ手をかく乱しながら犠牲者を出し続けていただろう。そう考えれば、被害は軽くすんだと言える。
俺と先輩は話し合った結果、ある行動に出ることにした。
「いらっしゃい、またあなたなの? 今回は何用かしら?」
死体安置所、俺たちはフレデリークにある依頼をした。先輩が溜め込んでいた財宝の一部を与え、彼女に秘密を守らせた上で。
たぶん、ジェイは激怒することだろう。彼女が支えとしてきた使命も誇りも奪うことになる。しかし、それでも俺と先輩は、この勝手な救済を実行することにした。
先輩が処置を終え、その肉体が起き上がる。アシュワンドの呪縛者のように、髪の半分近くと左目は真っ黒く染まっている――それは染めることもできない、光をまったく反射しない深い闇色だ。
こちらを見てジェイはしばらく沈黙した――先輩は自分が蘇らせた相手が発狂して襲い掛かってきたときに、再び眠りにつかせるための魔術を準備してる。
無感情な顔でジェイは、最初に先輩と俺に、ありがとう、と言った。




