第二十四話 「埋もれし光が、汝とともにあらんことを」
復活したジェイの風体はひどい有様だった、黒い髪と左目は明確に〈呪われ〉であると示しているし、血色も吸血鬼さながらに青白い。先輩は彼女に、死ぬ前のことをどれほど覚えているかと尋ねた。
「細かいところは覚えてねえ、私が天空神の騎士だったとか、この街でいろいろと馬鹿げた目に合ったのは記憶してるが、それより前は――ああクソ、頭が痛えな、おまけに視界になにか影みてえなのが踊ってる、控えめにいって最悪ってやつだ」
ジェイの口調は粗野な帝国人のように様変わりしていた。いや、こちらがもともとの彼女の素なのか? ジェイも帝国人だし、騎士になる際に訛りを矯正したのかもしれない。俺たちが普段、帝国訛りと呼んでるのはノヴィレグナの労働者階級や冒険者たちが用いるもので、決して高貴なものじゃないからだ。
あるいは、恐怖と呪い、死によって魂魄が歪み、新たに生み出された人格なのだろうか。
先輩はジェイの見てる幻覚と頭痛は、時間経過で消えるかも知れないが、もしかすると永遠にそのままかもしれないと告げた。
「かまわねえさ、私は生き返っただけで満足さ。〈暗黒街〉の屍術士の手なんて借りて、たぶん神様にゃ見放されちまっただろうけど、今となっちゃあんまし気にもならねえから」
「ジェイさん、ひとつ確かなのは、このままここにいるのはまずいということです。こちらで偽装して、あなたは死んだままであると工作するつもりですが」先輩はフレデリークのいる別室のほうを一瞥し、言う。「危険な魔法具を預かる〈浮雲〉はきっと、逃亡防止の術を仕込んであるはずですよね? いえ、あなたの精神にそれがかかっているとしても、一度死んだことで無効化されたはずですが問題は、アズルヘルムの方で、天空神への〈きずな〉が途絶えたことを察知する魔法具が用意されているのではないか、という点です。〈黎明隊〉にはそういった慣習があります――入隊の際に血でサインする契約書、彼らの場合はそれです」
「ああ、悪いけどそれも覚えてねえな、だけどあったとしても不思議じゃない、ガタガタ震えながら醜く息絶えた挙句に、こうして屍術士の手で蘇った――まあ多分、火あぶりだろうさ」
「彼らはあなたに審問官を差し向けるでしょう――処刑人、殺し屋、そう言い換えてもいい刺客を」
下手をすればアンブライアなんかの暗殺者に「外部委託」を行ってるかもしれない。ジェイは一刻も早く街を出る必要がある。
「せっかく拾った命だ、むざむざ捨てるわけにゃいかねえんで、私はトンズラするとしよう。短い間だけど世話になったな、先輩、そしてチェレステ」
俺はジェイと握手をする。彼女の手はまさに死人のように冷たい。
「ジェイさん、もしあなたが良ければ、わたしの〈作品〉を護衛につけましょう。今やわたしはあなたの親も同然なのですから」
先輩は亜空間からドヴェルの不死者、ミス・キャンドルライトを呼び出す。メイドの衣装ではなく、旅装を纏っていた。
「ありがたい話だけど護衛なんて――いや、違ぇな、私が狂える亡者となり、人に危害を加えそうになったとき、処理するためか? 先輩、お心遣いに感謝する」
「ええ、ジェイさん、あなたにはわたしの本名を教えておきましょう。我が名はディヌイアル・ネド・カルヒムラド。ラエルよりの追放者の裔。偉大なる屍術士ジークの高弟。死を覆すもの。あなたの無事を祈っています」
「ああ、ありがとう、先輩」
先輩はジェイに、黒い宝石のついたアミュレットを渡した。そして何事かを耳打ちする。
「今の言葉を忘れないでいてください、そして東へ、どこまでも東へ向かってください。そうすれば――」
「悪名高き〈地下街〉がお待ちかねか。楽しそうな逃避行になりそうじゃないか。そろそろ行くよ、もうじき夜が明ける。あんたらも長生きしてくれよ、恩人たちよ。じゃあ行こうか、相棒」
ジェイは物言わぬキャンドルライトへそう言うと、黒く染まった鎧を脱ぎ捨て、地上へ向けて走り出した。これからフレデリークに頼んでこの鎧を、ジェイと背格好の似た死体に着せて、荼毘に付す。彼女が死んだことにして少しでも追跡をかく乱しようという策だけど、本当にジェイは死んだのかもしれない。騎士としての彼女は。
夜明けの死体置き場から飛び出し、彼女はこの開拓時代に生きる新たな冒険者の一人として生まれ変わった。俺としては、彼女の行く先に良い風が吹くことを祈るばかりだ。
■
ジェイはまだ太陽の昇っていない、しかし白み始めた東の空がうっすらと照らす街を進んでいく。これから宿に行き、ここに来る際に乗っていたボロ車で出発する――足がつかないように、早めに乗り捨てる必要があるが。
「雨は止んだ、だけどきっとまた降り出すだろう」屋根の上から声がした。ジェイが見上げると、大きな帽子と貫頭衣を纏った少年がいた。
「チェレステは正しい答えを選んだのかどうか、僕は分からないけど、あなたの気に入る方向へ世界は進んでいくのだろう」
「あいつの知り合いかい? 生憎気に入ってるわけじゃねえけどさ、なにしろ今も影がチラついてて中々にご機嫌な調子さ」
「選別だ、少しは旅人らしくなる」少年は屋根から飛び降りてジェイに近づき、帽子と貫頭衣、さらに銃を――〈竜騎兵〉と呼ばれる古びた騎兵用魔法小銃を渡した。
「ずっと昔に、あなたと同じ名前の冒険者が持っていたものさ。彼女が行くところはいつも雨が降っていた。あなたが雨雲を越えることができるか分からないけれど、彼女もあなたも、じっと冷たい雨の中で立ち尽くし待ち続けるタイプじゃないはずさ」
「もちろんさ、知らない少年よ。ありがたくもらっとくよ」
帽子と貫頭衣を纏って〈竜騎兵〉を背負い、走り出したジェイの背中に少年が言った。「アディオス、ミス・ジェイ」
■
中腹の宿に着いたジェイとキャンドルライトは車に乗り、走り出す。
「キャンドルライト、って言ったか? いささか長ったるいな、キャンディって呼ばしてもらうけどいいかい?」
助手席の相棒は無言で頷いた。
「よしきた、キャンディ、新たな門出だ。死ぬまでせいぜい生きさせてもらうさ」
「いやはや、なんとも妙な台詞だな、不死者よ」
後部座席で声がした。ジェイは反射的に〈竜騎兵〉に手をやった。
「良い反応だ、だけど私は敵じゃないよデイム――じゃないな、もう貴女は騎士ではないのだからね」
後ろにいたのは、かつてのジェイが目の敵にしていた女騎士、パティだった。
「誰だいあんた? この車はタクシーじゃねえんだけど」
「私のことは覚えていないのか、もしかすると同士になるかも知れない仲なのに。ディヌイアルから今さっき連絡が入って、早起きして来たのだ。〈暗黒街〉に入るのは大変だろうが、もし入った暁には君を受け入れるだろう。私からも贈り物だ」
パティは眼帯をジェイに手渡した。
「その目は目立つ、隠すといい。気休めかも知れないが偽装の術もかかっているからね。向こうには知らせておく、近づけば貴女にはそこだと分かるはずだ。では『埋もれし光が、汝とともにあらんことを』」
言い終わると女騎士は、煙のように消えた。
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街の外の平原に黎明の光が差し込んだ。呪われたほうの目を塞いでも、空の一部に影が差し、どんよりと曇っているように見える。巨大な人型の影が地平線のあたりで揺らめいた。ジェイはまるで、まったく違う世界に迷い込んだようだ、と思った。死んでまた生まれ変わったかのように。
新しい旅の始まりだ。どこまで行けるか分からないけど少なくとも今は、まだ生きている、たぶん。
一度だけ、夜明けの光を浴びる迷宮都市を振り返り、不死者の旅人は走り去った。
第九章 完――第十章に続く




