第十五話 残火隊
「あのバルガスという冒険者? もちろん倒せるに決まっているだろう。なぜならおれの方が強いから。圧倒的に」
酒場でトニーを見かけたのでバルガスに勝てるか聞いたらこの答え。
「では彼が呪術を使うということもご存知なのですか?」先輩がそう聞くと、トニーは当然だ、という顔をして、
「あの程度の小技など、エルフの熟達者に比べれば児戯にも等しい。ましてやおれが相手となれば、やつが何かする前に即死させることが可能だ」
相変わらず自信過剰な男だ。そんなトニーに先輩が、エンバーヴェイルではどの傭兵隊に所属していたのかと聞く。
「おれがいたのは〈残火隊〉だ。六歳でおれは単独、帝国から南へ渡り、そこで二十年間戦いに明け暮れた。今思えば帝国に残るべきだったのだ。なぜなら人生とは、上や隣を見てもしかたがない。下だけを見て、そいつらが這いずり回るのを楽しむことが幸福の秘訣だとおれは知らなかった」
なんという発言か。俺は呆れるけど、先輩はなにやら真剣な顔をしてる。
「先輩、〈残火隊〉っていうのは?」
「エンバーヴェイルの〈本営〉に配備された部隊ですね! そこは勇者ルシウスが〈魔物雇い〉を倒した地点で、呪いが最も強力な場所と言われています」
「そうだ。毎日のように馬鹿でかい怪物が虚空から現れて、延々そいつらを倒し、化け物がいない時は延々訓練をさせられる、化け物を相手にするのと変わらんようなものをな。それが戦神エギラへの奉仕だと誰もが信じ、死後の楽園で饗宴とさらなる闘争にありつくため戦っていた。馬鹿げていると思うだろう? だがおれも、その場所で戦い、鍛え、血を流すことが最強への道、栄光への道と信じていたのだ」
「そこに出る化け物っていうのは、バルガスが倒した二つ頭のミノタウロスみたいなやつ?」
俺がそう言うと、トニーは鼻で笑った。
「あんなのは雑魚だ。本営に出る怪物どもが鯨とするなら、メダカみたいなものだ」
本営、っていうのは司令部ってことだろ? そんな危ない場所をなんで選んだんだ? 俺がそう言うと、答えたのは先輩だ。
「〈残り火〉ルシウスがそれを望んだからでしょうね! 彼は南方の他の国々と違い、王として君臨するのではなく、傭兵たちの頭として戦い続けることを選んだのです。そうすることで、傭兵たちが自分を長と認めるだろうと踏んだのか、あるいはただ、強敵と戦いたかっただけかも知れませんね!」
「彼の末裔を見るに、後者だろうな。やつらはただ戦いがあればいいと思っている。『生きるために戦い、戦うために生きる』、そして手段を選ぶことはない。だからこそあの呪いが消えでもしたら、やつらがどこで戦争を始めるか分かったものではない。この国へ来るかもな、やつらがおれのように正しい幸福を見出すとは思えん。ここを新たな戦場へ変えてしまうやも知れんな」
アグアセロが言っていたのと同じ展望をトニーも口にする。そんなことになったら俺は、今度は帝国にでも逃げるか。
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トニーがほらを吹いていたのではないかと疑った俺は、黒い鎧の傭兵たちに真偽を確かめることにした。帝国人がエンバーヴェイルへ移り、最も危険な領域で戦い続けたというのがどうも信じがたかったからだ。しかも六歳で傭兵としての修行を開始したという。現地人ならば何の不思議もないけど、今から二十年前だと、もう帝国では冒険者なんてほぼいないし、魔物すらろくに出ない環境だ。そこで安寧に暮らすべき少年が南方の危険区域へ赴くなんてあり得るだろうか?
「帝国からエンバーヴェイルへ移って傭兵になったやつ? しかも〈残火隊〉入りした野郎だと?」酒場で呑んでた傭兵隊の長は怪訝な顔で俺の質問にそう返した。そんなのはいない、と答えるのだろうか。
「そんなのは長いエンバーヴェイルの歴史でも、十人くらいしか居やしないさ。ラエルのエルフどもならともかく、帝国のやつなんかが生き延びられるはずがねえ。最近も、馬鹿な帝国人が見物に来てみすみす犬死にしたって話さ。いたとしたら例外中の例外だ」
「じゃあ例えば六歳くらいで南へ渡ったやつなんかは?」
隊長はさらに妙な顔となり、酒をごくりと飲み干してから、
「何だお前、〈稲光〉のことを言ってんのか?」
「つまり本当ってこと? 帝国から来て傭兵になったっていうのは」
「オレは会ったことはないがな、やつは天才、いや、化け物だ。まさしく例外だよ」
その少年は切創海を渡る貿易船へ密航し、単独で半島を横断してエンバーヴェイルまで到達したらしい。
傭兵たちに彼が訴えたのは、戦うための場所を求めているという、深い渇望だった。
彼は幼少期から異常な武の才能を発揮したが、魔物か何かのように恐れられ、帝国を追われるようにして南方へたどり着いたのだそうだ。
彼が屠った魔物は皆、見た目は傷ひとつなく、心臓や脳だけが破壊されていたのだそうだ。
少年は卓越した空間魔法の使い手だった。
奇しくも、エンバーヴェイルの古い傭兵の技にも、空間を越えて剣を振るう流派が存在した。彼が強者たちと肩を並べて戦うのにはそれほど時間がかからなかったが、その表情は常に虚ろだった。
なぜなら、彼は戦の女神、エギラの信徒ではなかったからだ。戦いの中で死ぬことが幸福と考え、死後も終わらない闘争に身を置くことになんの疑問も抱かない戦士たちとは、彼は相容れることがなかったのだ。
「話を聞く限り、その傭兵が使う技術っていうのはそこまで凄そうに思えないけど」
「そうか? だがやつの戦いっぷりはすさまじいもんさ。詳しくは知らんが、山みたいな巨獣と真っ向からやり合って、傷ひとつ無かったって話だ。あるときは竜を、見えない馬鹿でかい剣で斬ったみたく真っ二つにしたとかいう話もある。もっとも、そのくらいできなきゃ〈残火隊〉に入れねえだろうし、生き延びることなんざできるはずがないからな」
ともかく、トニーは地元でも賞賛されるほどの名手らしい。今は堕落した放浪者だけど。今後何か街でやばい事態が発生したら、先輩とトニーがいる場所に行けば安全だということは覚えておこう。
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次の日、トニーが骨刀街の方に行きたがったので案内してやった。物乞い、盗人、ごろつき、そういうやつらを見て優越感を感じたいらしい。俺はひとつ思いついて、〈酔いどれ騎士〉亭に彼を導いた。
「なんだチェレステ、その野郎は誰だい。入団希望者?」フリービィがそんなことを言う。
「違うよ、マグはいる?」
この盗賊ギルドで最強なのはたぶん彼女だ、トニーを検分し、実力を判断してもらおう。
上階にいたマグはすぐに来た。褐色の肌と象牙色の髪を持つコルニスタン人、そして耳は猫のそれのように変形し、口からは牙が覗く。獣人、獣の力を宿した超人だ。
「マグ。チェレステがそこの兄さんを見て欲しいって言ってんだけど、どうだい?」
フリービィがそう言うと、マグは顔を顰めた。
「いやはっきり分かんないけど、すげえ強いんじゃないですかね、この人誰?」
「ほう、おれの実力の片鱗を理解できるとは大したものだ。おれは〈稲光〉ことアントニー・トルーマン、元エンバーヴェイル傭兵だ。格下のやつらを嘲笑うためにこの地へやって来た。今のところは、それを妨げる相手は現れないな」
「マグ、こいつと立ち会ったりとかしない?」俺がそう言うと慌てて彼女は首を振る。
「無茶言わないで欲しいですわ、あたしじゃエンバーヴェイル人の相手なんて無理だから」
「ええ? あんたは獣人の腕自慢じゃないの」
「いやいや、向こうの人々はさ、日常的に化け物とやり合ってるんですわ。チェレステ、あたしとあんた、いやあんたとバルガスの差も、なんてこの人から見たらないも同然ですから」
そこでカウンターに腰掛けて酒を飲んでたコペクが口を開く。
「なるほど、なら少々物騒な仕事がある、そいつを試してみるか、〈稲光〉?」




