第十四話 上級冒険者バルガス
「また雨が降っている」
夕食を摂っていると目の前の席にアグアセロが突如出現し、そう言った。
「またか。お前はいったい何なんだ? 〈予言爺さん〉の仲間か?」
〈予言爺さん〉とはファロの冒険社内で囁かれる噂、都市伝説みたいなもので、意味ありげな話をしてすぐに消える魔人だ。その老人は未来に起こる、もしくはすでに起きている出来事をほのめかし、場合によっては何らかの行動を促す。普通の寓話なら、この爺さんの言葉に従ったがゆえに大金持ちや英雄になったり、従わなかったがために不幸な目にあったりするものだが、この爺さんの言うとおりにしてもしなくても、特に何も起こらない、少なくとも言われた本人にとってはそう感じられる。よく考えると、爺さんの言ってたことはこれを指してるのか? って出来事があったりなかったりする、そういうあいまいな予言者だ。
謎なのは、この爺さんが第一次災厄どころか、古代コルニスタンのころから目撃されてるってことだ。たぶん実際にそういう魔人がいるんだろう。彼らは歳をとらないし、自分でやりたいと決めた意味不明な行いをずっと続けてるから。
「彼に似ているところもあるし違うところもある」アグアセロは言った。「彼は種族そのものの目的に沿って動いてるけど、僕は個人的な信念にしたがって動いているのさ」
「相手が傘を忘れなくて済むように気を遣ってるってわけか?」
今現在、宿の外は晴れてて月がよく見える。
「どうして俺の前にばかり現れる? それともほかのやつのとこにも顔を出してるわけ?」
「君が〈欠片〉を持つものだからだよ」
「欠片? 何の欠片?」
「運命そのものの欠片さ、君はそれを集めるものと接触したはずだ」
そうだ、俺がこの時代に飛ばされる際に、ルキノ・レオーネが戦っていた魔物だ。
「あれはローギルがずっと昔に『蒔いて』おいた破滅の種さ。ローギルは混沌から世界を作り出したけど、壊すことも役割のひとつなんだ。だから、世界を滅ぼす手段をいくつも持ってる。もちろん神様でも全部望みどおりってわけじゃない。予想外の出来事もいくつもあるし、僕らが抵抗することもあるし、他の神様が阻止することだってある。なにしろあれは、混沌そのものさ。計画を立てて何かを実現するなんてのは、最も不得意なんだろう」
〈欠片集め〉はカイルナーヴァの敵だとジェイが言っていたのを思い出した。その魔物はいったい何をするために作られたんだ。
「世界を川に例えるなら、それはただ同じ方向へ流れてるんじゃなく、ときどき流れが強くなったり、流れる方角が変わったり、枝分かれしたりする。その流れを変えるのが、運命の欠片の所有者さ。もちろん悪い方向へ変わることもあるから、カイルナーヴァはそういう、悪い欠片を除外する〈使い〉を生み出した。君がもしそうなったら、あれが狩りに来る。そんなことはないと思うけど。いずれはルキノ・レオーネとあの〈狩人〉が遥か未来で、弱った〈欠片集め〉にとどめを刺すはずさ」
大変そうだけど、あまり自分には関係なさそうな話だ。アグアセロは似た話を続ける。
「もうじき南の国々は、カルドランドへ侵略してくるだろう。南ですべての力が消えかけてる。帝国はもうそうなっちゃったけど、〈上書き〉されてるんだ。別の世界に。問題はそのさらに先だけど――これは今の段階じゃ言うことはできない。言っても君は覚えてられないし、たぶん聞こえないだろうし」
「お前の言ってることが真実として、俺に何をして欲しい?」
「別になにも。ただ、道を踏み外すようなことはしないほうがいいって警告だよ。それが僕の役割だから」
「お前はサライドの冒険者なのか?」
「ああ、僕はサライド人さ。〈稀者〉の」
確かそれは、男で地脈と繋がる力――魔女の力を持って生まれたやつのことだ。向こうじゃかなり手厚く保護されてるらしいけど、なんでこんなところに? アグアセロは先がないからだと答える。
「サライドの地脈も、たぶんあと五十年持たないだろうね。他の国もそうだけど、一番焦ってるのはグランクローシェかな。あの国のトップは絶対に今の地位から転げ落ちたくないだろうし」
グランクローシェを支配するのは、建国の勇者の末裔たる王家と、十長老ってやつらだ。そいつらは勇者の仲間で、何かの力で不死になってまだ生き続けてる。
「〈鳴鐘者〉ベレンガリアは正しく勇者であった。だけど仲間たちは財宝と不死の御業に耽溺し、その欲が今のグランクローシェの礎となった。一度手にしたものは、あの国の民は絶対に手放したくないんだよ」
俺はほとんど夕食を食べ終え、最後にアグアセロに名前を尋ねることにした。
「僕の名前? ジェ――」
「戻っていたのか、チェレステ。妙なところをウロチョロしてたんじゃないだろうな」
そこで入ってきたのはジェイだった。やっぱり心配する必要なんてなかったようで、いつもの調子だ。
「ジェイ、分かってるだろ。俺は危ないところになんか行かないって」
「街が混乱してるときに、邪魔になるような行動は慎めよ」
小言を残して、さっさとジェイは自分の部屋へ上がって行った。
「ああ、それで名前は――」
俺がそう促すとアグアセロは少しだけ考え、
「いや、アグアセロ、でいいよ。自分に似合ってるし」
そう言って出て行った。どうしたんだろうか、まさかあいつもジェイって名前なのか。よくいる名前だし、かぶっても不思議はない。特に帝国人はジェームズとかジェイソンとかいう野郎が多いから、そう名乗るやつは少なくない。でもサライドの辺りじゃ、「ジェイ」って発音の名前とか単語はないはずだけど、まあよそのやつがそんな風に呼んだとかだろう。
■
迷宮に出た大怪物の討伐に、上級冒険者が差し向けられることとなった。話に聞いた〈黄泉還り〉ってやつかと思ったら、別のやつらしい。〈黄泉還り〉は最下層の探索に専念してもらうほうがいいし、本人もそれを望んでるらしい。
先輩が教えてくれたことだけど、魔界住まいのやつらはそこから出たくないのと同時に、出られないやつらが多いらしい。体が魔界の環境に適応してしまったために、逆に迷宮の上層や外では生きづらいそうだ。彼らはもはや体の構造も精神も人間ではないという。
討伐に向かったのはバルガスという、王国人の冒険者だった。俺は彼を野次馬根性丸出しで見に行った。似たような見物人が青銅門前のギルドに押しかけてる。彼は街の上層部に住んでいて、普段はお偉方の護衛かなんかをやってるらしい。迷宮内で手に負えない事態が発生したときにだけ呼び出され、それを鮮やかに解決する。半ば作られた英雄ってわけだ。
やがて現れたバルガスは、思ったより地味な男だった。年齢は三十手前、やや時代錯誤な白銀の鎧と赤いサーコートを纏っている。装備は目立つけど、本人は整った顔立ちながらこれといって特徴はない。マナも大して強力というわけでもないように感じられた。俺としてはトニーのほうがずっと特徴的に思える。
ギルドの支部長に挨拶を済ませて、回復薬をいくらか手にして彼は建物を出ようとする、そこで、数名の冒険者が絡んでいった。
どうやらバルガスの化けの皮を剥がしてやる、みたいなことを言ってるようだ。お偉いさんに取り入って実力もないのに英雄を気取ってる鼻持ちならぬ野郎、みたいなことも。そいつらは見た目はだいぶ屈強そうだ。
対するバルガスは、多少微笑んで、大事な仕事があるのでどいてくれ、と平坦な調子で言った。
これに激昂した暴漢の一人が殴りかかるが、拳を伸ばしきる前に下半身から崩れ落ちてしまう。何が起こったのか本人も、俺たち野次馬にも分からなかった。残りのやつらも、攻撃をしかけようとしてなぜか自分からぶっ倒れるという、不可解な結末を迎えた。バルガスは何食わぬ顔で迷宮へ向かっていく。
周囲の冒険者たちは、バルガスが前にも同じようなやりかたで、街なかに紛れた殺人鬼を倒すのを見たという。あるいは、城門のすぐ近くにまで迫ったトロールが、これまた勝手に倒れるのを目撃したと。
「ふふふ、わたしの目はごまかせませんよ!」俺の後ろで先輩がそう言った。「あれは紛れもなく、呪術ですね!」
俺にはしかし、まったく感知することができなかった。呪術はマナを穢す技術だ。あのどうしようもなく嫌な気配は、使えば隠すことなどできるはずがない。
「いえ、彼はトニーさんと同じく、ごく一瞬だけ、極めて微弱に使用しているのです。もっとも効果的な部位、おそらく体を動かす神経の要点に。マナの流れを狂わされ、その狂いが筋肉を一瞬麻痺させたのでしょうね。たぶん彼がその気になれば、永遠に。それに彼は、おそらく生まれついての才能なのでしょうが、敵意とか感情が他者に伝わりにくい性質を持っているように思われました。すなわち、攻撃を察知し防ぐのが、相手にとっては大変難しいわけですね!」
確かに、そこにいるだけでやたらと存在感を放ち、警戒されてしまうような人物っていうのはいる。バルガスはその逆ってわけか。詐欺師や盗賊なんかにはきっと必要な才能だろう。
「きっと彼は、わたしやトニーさんのように誰かに師事したのではなく、自然に、生まれ持ったセンスであの戦い方を獲得したのでしょうね」
その日の夕刻、バルガスはその化け物を倒し、ギルドへ帰還した。大怪物の正体は、見るもおぞましい、二つの頭を持つ巨大なミノタウロスだった。下層の濃いマナで変異したのだろう。きっとイーネは、こいつを素材として確保しようという欲に取り付かれたのだ。それが隙になってしまったのだろう。だけどバルガスは、イーネや、血への渇望からグリフィンを狩った〈鐘守り〉のような欲望もなく、かといってジェイのような使命感、正義感もなく、ただ淡々と倒したのだろう。賞賛する周囲の声とは無縁に、本人は勝利の美酒に酔うでもなく、無感動といっていい足取りだ、強者にありがちな、自分に見合った相手と戦えないという物足りなさなども感じていないようで、単に帰宅するといったふうに、もといた上層へ帰還していった。真に英雄にふさわしいのはたぶん、彼のような存在なのだ。




