第十三話 瞬きの刃
先輩はホロウを呼び出すのかと思えば、別の「作品」を連れて来た。それはメイドの格好をしたドヴェルの女性だった。見た目は死んでようには思えない、もちろんドヴェルの女性ってことは大量の髪で体をほとんど覆ってるので生きてても死んでても、自分で歩いてる限り区別は付かない。
「彼女はわたしの護衛兼給仕、ミス・キャンドルライトです! あなたには彼女が適任でしょう!」
「誰だろうとかまわん。なぜなら、誰が相手でもおれが勝つからな」
なるほど、ホロウが相手ではトニーの攻撃は通らないし、興ざめだろう。それに下手をすれば彼を殺してしまうかもしれない。ミス・キャンドルライトはきっと見た目より強いんだろうし、手加減もできそうだ。
賞金稼ぎギルドの裏手で戦うことになったけど、そこは人通りは少ないものの往来に面した空き地で、近くのバーで飲んでた酔っ払い、そこらのベンチでチェスを指してた暇人たち、通りすがりの冒険者などが興味本位で見に来た。
エンバーヴェイルの戦士とドヴェルの給仕は向かい合い、互いに木剣を構えた。
「また雨が降り始めそうだ」
そんな声がしたので見ると、屋根の上に例の少年、アグアセロが腰掛けてる。
「またか、もしかして俺に会うたびにそう言うつもりなのか?」
ファロにいたころ、食堂で会うたびに俺が食ってるメニューにけちをつけ、「それは体に悪い、食べたら死ぬ」と言ってくる爺さんがいた。あのじじいの言ってる通りなら、俺はとっくに中毒死か餓死であの世行きだ。この少年もそういった手合いかもしれない。
「僕が雨を降らせてるのじゃない。僕も君も豪雨によって何も見えなくなってる、さまよい人の一人に過ぎないのだから」
「漂流者なのは否定しないけど晴れの日だってあるはずだよ」
そんなことを言ってると、戦いが始まった。
最初に動いたのはキャンドルライトだった。トニーへ向け前へ跳び、木剣を振り下ろすがそれは何かに弾かれた。結構な力で、彼女は後ろへ押し戻された。
「剣ですね」先輩がそう言う。「やはりあなたは、空間魔法の使い手! エンバーヴェイルに古くから、そうした魔法剣術があると聞いています。自分は動かずに鞘の中の切っ先を『飛ばす』技ですね!」
「その通りだ、我が流派は最小の魔術、最小の動きで敵を屠る、長き戦いのための技。何時間でも何日でもいい。何十、何百人が相手でもいい。それでもおれが勝つ」
キャンドルライトは剣を構えたまま、じりじりとトニーへにじり寄る。次に動いたのは彼のほうだった。
「幻尖流――〈不動〉」
キャンドルライトは木剣を落としていた。指がいくつか、妙な方向へ曲がっている。
「勝負あり、か? その手では――」
次の瞬間、ぼきり、と何かが折れる音がした。
観客、そして俺は一瞬、トニーが非情にもキャンドルライトへ追撃を放ち、その骨を砕いたのかと思えた。
そうではなかったと、石畳に響いた音で皆が気づいた。トニーが持っていた木剣の先端部が折れていたのだ。
いつしかキャンドルライトの、折れたはずの指は既に元通りとなり、半ば開いた形で握られていた。
どうやら、トニーが空間を繋げ、さらなる攻撃を放とうとした瞬間、それを掴み、さらにへし折ってしまったらしい。
攻撃も迎撃も、目にも留まらぬ、どころではなく、起こったことすら俺たちが気づけない早さ。
「やるな……認めよう、貴女は只者ではない。もちろん互いに手加減はしていたのだろうが、それでもだ。既に治ってしまったようだが、今後のために取っておくといい」
トニーはポーションの小瓶を放り投げ、キャンドルライトはそれを折れていた方の手で受け取った。もちろん彼女には必要のないものだ。
観客たちはあっさりとした、あまり見ごたえのない決闘に白けたらしく、おのおのの場所へ戻っていった。実力者同士の戦いというのは、傍から見てると何がなんだか分からないうちに終わってしまうものだから。
ミス・キャンドルライトの動きは、改造された死体なのだから人間離れしてて当然だ。だけどトニーも、自分で言っているほどかは分からないけど、それなりの使い手らしい。
■
俺はその後、先輩とともに冒険者ギルドへ来ていた。薄汚い〈藁山通り支部〉のほうだ。なにやら普段より人が多いように見える。
盗賊ギルドにも顔を出してる、盗人なんだか冒険者なんだか分からないやつらと話をした。迷宮でなにやら発見があったらしい。
「おー、チェレステ、大変なことになったぜ」
「ああ、なんか強い魔物が出たらしいね、そのせいで?」
「それもだけど下のほうで灰煌銀の鉱脈が見つかったんだ」
それが何か俺は知らなかったけど、先輩が説明をしてくれた――強度と加工しやすさ、魔力の伝導率などがすべて既存の金属よりも高い、極めて優れた素材らしい。時折迷宮で発見されては、極めて高い値段がついていたそうだ。最近、迷宮の深部で発見されることが多く、このたびここブリガンズヘイヴンでも見つかった。ゴールド・ラッシュさながらの好景気が始まるかもしれない。
「だけどただでさえ下層は危険な上、例の怪物がうろついてる。こいつは厄介だぜ」
「どのくらい下なわけ?」
「ざっと百、いやもっと降りないとな。ほとんど魔界で、悪魔も出るって話だ。今までこの街で一番深く潜ってたのは、〈黄泉還りのエッカルト〉って上級冒険者だが、このニュースで王都のやつらがこっちに流れてくるかもしれねえ」
王都キングスホールドには、カルドランドで最も深く、最も危険で、最も魅力的な迷宮があるらしい。王城の地下深くに広がる〈デレクの玉座〉という場所だ。強い冒険者は常軌を逸したやつらが多いけど、迷宮潜りはその傾向が強く、〈魔界住まい〉と呼ばれる最上位の連中はなんと迷宮から出ることなく戦いを続けているらしい。魔物や財宝で自給自足の生活だ。
特級冒険者〈静寂のセーレ〉率いる冒険者ギルド〈魔界支部〉。〈魔界生まれのフレキ〉。〈悪魔狩りのカルマ〉。黎明隊の精鋭、カルラ・アンブローズ。そして悪名高い〈既決囚人隊〉。他にも名の知れない強者たちが王都の地底に潜んでる。
「彼らはほとんど人族と思わないほうがいいですね! 迷宮に生息する怪物みたいなものですよ」
俺の知らない冒険者たちの名前を聞いて先輩がそう言った。
「そいつらは先輩よりも強い?」
「わたし単独ならたぶん勝てないですね! 変な搦め手から攻めたり、作品を総動員しないなら無理でしょうね。わたしは実戦経験が乏しいので!」
それほど強いというなら、迷宮の深部は彼らに任せて、俺は浅いところをうろちょろするに留めておこう。
そういえばジェイはどれくらいの階層まで達したのか。あまり深く潜ろうものなら、イーネの二の舞となりかねない。持ち前の正義や使命感やらで暴走しないかがいささか不安だ。
俺はジェイの様子を見るために、青銅門前の冒険者ギルドへ移動した。
やって来たところ、帝国の研究者たちと黒い鎧の傭兵たちが食事していた。リーダーである片眼鏡の男は確か、ワイマンとかいう名前だったはずだ。彼はフィッシュ・アンド・チップスに大量のケチャップをかけている。
「おや、君か。迷宮は今や大騒ぎだ。面倒なものだ」
「ジェイを知らない? こっちの支部によく顔を出してたはずだけど」
「ああ、あの〈浮雲〉の騎士かね? またぞろ迷宮で大騒ぎしているのではないかな」
大騒ぎ? まあ確かに、この前は金属片ひとつで散々わめいてたな。
「この前、ゾンビか何かを倒した冒険者に駆け寄って、浄化しなければ危険だ、などと大声を出しているのを見かけたよ。確かにアンデッドを倒したのなら、その場と戦った者、使用した武器を浄化するのは正しい。しかし、しなかったからといってあの程度の低級個体では、何の弊害も出まい。いささか彼女は、神経質なほうだな」
確かにジェイは呪いに対して過敏だ。職業病だろうか? 他の〈浮雲〉連中も、あんな感じなのだろうか?
だけど言い換えれば慎重ってことだし、迷宮に入る際に謎の怪物について注意喚起が行われてるだろう。それにジェイは、イーネほど下へ潜ってるわけじゃないはずだ。たぶん大丈夫だろうし、死んだのなら誰かが回収し、葬儀を行い、荼毘に付されるだけだ。




