第十話 血啜りの手口
この世界には自ら吸血鬼となる物好きが数知れない。強力な身体能力、特に夜間のマナ取り込み能力の強化、研ぎ澄まされた五感、不老。冒険者や傭兵にとっては魅力的な力だ。高位の吸血鬼になればなるほど弱点も増えるが、それらへの対策はいくらでもあるし、格の低い吸血鬼になるよう「調整」することもできる。
彼らは歯形を登録して、吸血衝動を抑制する薬を服用する義務を負い、善良な市民であると誓えば市民権を獲得でき、無償で人造血液が支給される。
しかし、中には未登録で欲望のままに血を求める悪党も存在する。彼らはソルフォールを追放された罪人の通称を転用した〈血啜り〉と呼ばれ、多くの場合賞金がかけられる。
此度の呪術士にも懸賞金がかけられ、賞金稼ぎギルドが冒険者の協力のもと捜査に乗り出しているようだ。
「また厄介ごとか。くそったれが、吸血鬼の地位を低下させてくれるなんて」〈酔いどれ騎士〉亭で若頭のコペクが苛立ちながらそう言った。自棄酒とばかりに昼間から飲んでる。
「また〈黄金の血〉を雇い入れれば一発じゃないのかい、ほら、あのナイル・レンフィールドを」
フリービィがその名を出したとたんコペクは盛大にむせた。
「やめろ! あいつの名前を出すんじゃない! 寿命が縮むだろう!」
そのナイルという男は、〈鐘守〉と同じクランに所属する冒険者で、同族である吸血鬼の血のみを飲むらしい。彼は数多くの吸血鬼を屠り続け、今では王国全土の吸血鬼がその名を聞いただけで震え上がるほどだ。
「いいか、お前たちは吸血鬼でもないし、あの男を直接見たわけでもないだろうから分からないだろうけど、あれは凝縮された〈死〉なんだよ。レッデンサイズを前にしたグリフィンなら、オレの気持ちがよく分かるだろう。確かにあいつが来たら一発でその悪党は見つかり、翌朝には干物みたいになってるだろうさ。だけど〈黄金の血〉は高い報酬を要求する。当局はオレと同じく吝嗇だから、支払いを拒むだろう」
ここみたいな最近できた迷宮都市は、基本的に治安が悪いようだった。犯罪の捜査には地区ごとの事務所に置かれた保安官と、冒険者や流れ者でもなれる保安官代理、自警団、賞金稼ぎギルドが当たっている。軍は主に都市に接近する魔物への対処と迷宮管理が仕事で、暴動でも発生すれば動くだろうけど、窃盗や喧嘩なんかには目もくれない。各団体内で揉め事があれば、基本的にその一員がかたをつける。犯人が野放しになったり、まんまと街の外に逃げおおせることも少なくなかった。
『チェレステさん、わたしにいい考えがありますよ!』
と先輩が宿の部屋で俺に言った。彼女はようやく、一日に数分は完全に姿を取り戻すことができるようになっていた。
『被害者の遺体に触れることができれば、記憶を覗けるかも知れません! そうすれば犯人を探し出せますよ』
なかなかいいアイデアだ。しかし、先輩が思いつくということは、当局もすでに試してるんじゃないだろうか。そう指摘すると、先輩がさも当然のように、自分ほどの熟達者が保安官や賞金稼ぎたちの中にいるはずがないと断言した。まあ、そうなのだろう。
というわけで、保安官事務所へ向かった。いざとなれば死体安置所へ忍び込むつもりだったけど、被害者の知り合いなので最後に顔を見ておきたいと言うと、すんなり案内してくれた。スミサースと名乗った保安官は、事件が多くて手が回らないとやたら愚痴っぽい。
「各国からバカどもが集まってきてバカなことばっかりやるわけさ。今はもう、ほとんど賞金稼ぎギルドに丸投げしてるわけよ。給料を三倍はもらわないとやってらんないわけ。あんたらお気楽な冒険者はいいよな、俺もとっとと転職したくてね。まったくバカどもは全員くたばっちまえばいいのにさ……」
知り合いが無残に殺されたという体で来た俺にする話なのか。
「じゃあ勝手に見てってくれ、そのお知り合いとやらを」
安置所に着くとスミサースはとっとと帰っていった。なんという体たらくだろう。俺が犯人で、死体に残された証拠を隠滅しようと企んでるかもしれないのに。まあ今回は好都合だ。安置所は地下で、なんらかの魔法具が用いられてるらしく、温度はだいぶ低く保たれてる。
「おやあ? 誰あんた? ここに寝かせてるのはタダで持ってっていいわけじゃないのよねぇ」
声がしたので見ると、ものすごく不健康そうな、黒い法衣の女性がいた。訛りからするとグランクローシェ人らしい。
「あんたは? 俺と同じで被害者の知り合い?」
「あたくしはフレデリーク、監察医兼葬儀人。冥府の神カハルジャに仕えるもんよ。で? どの死体が欲しいのかしら? 安くしとくわよ」
両手を広げ、へらへらと笑いながらその人物は職務に似合わないことをのたまった。
「俺は被害者の知り合いだと言ったはずだよ。いつもそんな、魚屋みたいな調子で横流ししてるのか?」
「お代をいただけるならねぇ。燃やされて埋められるくらいなら、有効活用してもらったほうがいいに決まってるでしょお」
『まったく同感です! 死体は宝ですからね!』
先輩はそう言うけど、俺にとっては死体は死体、物言わぬ肉の塊ってだけ。
特に怪しまれてないようなので、素直に殺人の捜査を行ってる冒険者だと明かした。
「なんだ、最初っからそう言えばいいのにぃ。あんたみたいなのは何人か来たわ、そういう方からはお小遣いを頂戴してるのよねぇ」
俺は小銭をいくらか握らせる。グランクローシェ人は皆そうだ。あの国は物価が異様に安い。だけどそれは表記上の話で、実際にはその倍の心づけや手数料、賄賂を支払わなくてはいけない。何をするにも、特によそ者はそうだけど、手の込んだ「挨拶」が必要な奇怪な国だ。コペクよりもずっと〈守銭奴〉の名がお似合いだ。
「はい、確かに。じゃあご覧いただくけど、あんまり面白いものじゃないわよぉ」
空間魔法のかかった保管庫から引っ張り出された死体袋を開けると被害者の男が、その干からびた顔に未だ深い恐怖を貼り付けたまま姿を現した。首筋には確かに噛み傷。
「こっちでも色々と調べたのだけど、分からないことばっかりなのよねぇ。犯人を調べようと彼の魂を呼び戻してみたのだけど」
さらりとフレデリークが言った。カハルジャの聖職者にはかなりの割合で屍術士が混じっているという。そうでなくても、その真似事くらいはたやすいということか。
「記憶がぐちゃぐちゃでだめだったわねぇ。ものすごい恐怖で半ばイカれちゃってて」
そもそも、死者の記憶は安らかな最期だったとしても少なからず変質、欠落しているものだ。それに加え、何があったか知らないけど強い恐怖で死の瞬間、被害者の精神はずたずたに引き裂かれたらしい。
「被害者はどんなやつだったんだ?」
「彼はこの前真っ二つになったエルフと同じで、傭兵を雇って迷宮探索をさせてた雇い主ねぇ。だけど彼、いろいろと黒い噂があるのよ」
どうやらこの男は、商売敵を蹴落とすために、迷宮内で闇討ちのようなこともしていたようなのだ。だけどそれは噂に留まっており、何の咎めもなく彼は悠々と過ごしてた、この事件は復讐かもしれない。
殺害の一週間ほど前に、まず呪術が彼を襲ったという。すぐさま彼は聖職者を雇い解呪を施し、邸宅の周囲と自室、さらには自分の体にまで呪い除けの護符を施した。もちろん護衛も多数配備。しかし、毎朝起きると再び呪いに冒され、日を追うごとに彼は弱り、怯えていった。死んだ夜も、寝室内にまで護衛が何人もいたのにもかかわらず、気づくともうミイラのようになり、恐怖の表情を浮かべて死んでいたらしい。
さて、どうなっているのか……先輩はなにやら考え込んでる。
『ポイントは侵入経路ですね、そして感染経路。呪術には色々なやりかたがあります。今回は、感染呪術が用いられたと考えるのが自然でしょうね! 本人の爪とか髪とか、体の一部を触媒にして呪いをかけるのです』
なら密室だろうと護衛がいようと関係ないわけか。
『いえ、それでも彼のようにがちがちに対策していたら難しいです。たぶん、彼の雇った聖職者も感染呪術の線を疑ったはずですし、肉体そのものを清めて、触媒との絆を断つ、という処置を施したでしょうから。さらに吸血、これが謎ですね! 姿を消して入ってもさすがに気づかれそうなものですし……そして最期に感じたというとてつもない恐怖』
寝てる間に死んだってことは、何かとんでもない悪夢でも見たんだろうか。
『なるほど、そういうことですか!』いきなり先輩が言った。『感染呪術で合っていますね、たぶん。彼の無防備な一部を呪術で冒した、しかし、髪や爪、他の肉体のどの部分でもなかったのです』
先輩は、夢です、と言った。
『犯人は被害者の夢を通じて呪いと恐怖を与え、夢の中で血を吸い尽くしたのです!』
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犯人は街の中にすら侵入していなかった。ブリガンズヘイヴンの周囲に広がる森の中に潜んでいた、フュプナ信徒の吸血鬼だった。こいつは他者をやたら見下し協調性がないために、被害者の男からクビを言い渡され、逆恨みして犯行に臨んだらしい。
フュプナは眠りの女神だ。上位の信奉者になるほど、彼らは夢の中で自由に、そして危険になれる。他者の夢を攻撃し、そのダメージを眠れる肉体に移し変えることも可能になるらしかった。
俺は先輩の推理を、犯人を追っていた賞金稼ぎギルドの連中へ伝えたけど、やつらは既に目星を付けており、討伐へ出発したあとだった。だけど独力で犯人の情報を推理した俺(先輩)を賞金稼ぎたちは多少なり評価してくれたらしく、暇なときに来れば簡単な仕事を手伝ってもらうかもしれない、とのことだった。盗賊ギルドとかけもちなんであんまり顔は出さないだろうけど。
賞金稼ぎギルドに協力してた、フュプナの司祭がスミサースと同じく愚痴をさんざん俺にぶちまけた。
俺には理解しがたいことだけど、フュプナの信者は皆、この世界が作り物、虚無だという事実に「目覚めた」やつららしい。だから眠りと夢に救いを求めるのだけど、信徒の中には「どうせ虚構なら何をしてもいいだろう」と考える冒涜者が発生してしまうそうだ。こいつらは〈魘さる者〉と呼ばれ、フュプナの面汚し、最優先の討伐対象だという。
司祭は長い愚痴の終わりに、俺(先輩)の慧眼を褒め称え、眠れないときは言ってくれれば安らかな眠りを与えよう、と申し出た。俺はまた適当な返事をしてその場を後にした。少しの間なら、眠れず起きてる夜があってもいい、なにより俺にとってはこの世界が現実だ、寝てようと起きてようと。




