第十一話 腑分け
六層、豪華な装飾の宝箱があり、いかにも怪しい。どこぞの冒険者がそれを開けようとして、罠が仕掛けられているのではないかと検分を行っていた。するとそいつは勝手に開き、突如体を「裏返らせた」。裏側は粘液に塗れたぶよぶよとした肉塊である。無数の牙のある口で、冒険者の顔面に噛み付いてきたのだ。
ジェイが助けに入ろうとしたところで、先に別の人物がその〈擬態者〉を蹴り飛ばした。
恐ろしく長身の騎士、それは先輩の操るリビングアーマー、〈ホロウ〉だった。
魔物を駆除してから、俺はジェイに、彼が知り合いのつわものであると紹介した。とても無口だけど会話は念話で行えると説明し、先輩が、野太い男のものに変えた音無き声を俺やジェイの脳内に送るという器用な魔術を使い、やりとりをした。
「この小生意気な小僧のどこに守ってやりたいという思いを誘発させる要因を見出したのだ?」ジェイはそういった失礼な質問をホロウ(先輩)にした。
『彼の目だ。デイム・クレメンタイン、そなたは気づいておらぬのかね? こやつの双眸は間違いなく神の祝福を受けておるよ。そう、そなたが崇めし天空の神のな』
ジェイは愕然とした顔になり、呻いた。
『何を馬鹿な、とお思いか? 考えてもみよ、尋常の風生まれの眼は、こやつのごとき空色をしておらなんだ。拙者も遍歴の騎士として各地を放浪したが、このような澄んだ色の目にはお目にかかったことがない』
先輩はそう言うけど結構いる。チェレステって呼び名の冒険者もファロには俺以外に数人いたし。適当なことを言って、俺の扱いを向上させようという作戦だろうか。
「あるいはそうなのかもしれません、ホロウ殿。しかしながら、我が神が祝福しようと、私は自分でそうと思わない限り、誰かを無条件に認めることなどありません」
多少考えてからジェイはそう言った。
『賢明な考えだ。だがデイム・クレメンタインよ、チェレステが並みの風生まれ――否、並みの冒険者よりも慎重で思慮深く良識的であるということを、貴公も既に理解しておいでではないのかな』
果たしてそうだろうか?
「ええ、少なくとも、薄汚い盗賊ではないようです」
ジェイはそう答えたけど俺は、半ば盗賊ギルドの構成員だ。まあばれなきゃ大丈夫か。
■
賞金稼ぎギルド。保安官や地元の有力者、あるいは個人がなけなしの金を出してかけた賞金のために動くやつら。実際のところこいつらは、賞金稼ぎっていうより探偵みたいなものだった。冒険者が兼任してる場合も多い。なにしろ犯人が迷宮や、魔物のうろつく都市の外へ逃げることもある。
彼らは盗賊ギルドとも繋がりがあるようだった。盗賊たちから情報を引き出したり、場合によっては盗賊側が金を掴ませてお目溢しを願ったりする。
早朝、顔だけ出して茶でもいただこうと賞金稼ぎギルドへ行くと、縫合者のエルフ、イーネがいた。
「おや、チェレステ君ではありませんか。聞きましたよ、この前の吸血事件の犯人を言い当てたそうですな」
「俺より先にこのギルドの人らが動いてたけどね」
「それは残念、後一歩早ければ彼らを出し抜くこともできたかも知れませんな」
俺が自分でそういう危険な戦闘を繰り広げることはないけど。
「そういえばあなたはどっか外国から来たわけ?」俺はなんとなくそう聞いた。彼は南方半島、コルニスタン寄りの地域の訛りがあるように思えたからだ。
「ええ、わたくしはアンブライア出身です。数はそう多くはないですが、あの国にもエルフはいるのですよ。不死殺しイスハークの協力者にエルフの呪術士がいましてね、その末裔を名乗ってはいますが、事実かは分かりませんな。まあそれはわたくしの生前の話で、今はもう帝国出身と申したほうがよいかも知れません、一度死んで蘇りましたからな」
イーネは冒険公社の社員だったそうだ。公社員の多くは現在では帝国を出て、イーネのように王国各地で冒険者をやっているらしい。かつては歳を取ることはなかったけど、今はもう違うそうだ。いずれはそのすべてが死に、今度こそ蘇ることはない。先輩のような屍術士の手にかからなければ。
あなたは屍術を何処で学んだのか、と俺はイーネに尋ねた。
「わたくしの技はアンブライアのものというより、エンバーヴェイル流ですな。ご存知のようにあの国は戦いのためにすべてを活用する国でして、人体改造にもまったく抵抗がないときている。おまけに――彼らの信ずる戦神の教義のためですが――死にかけだろうと死んだ後だろうと休息などないと考えておりまして屍術さえふんだんに用いられております。その技術や理念は南方半島じゅうに飛び火して、いたずらに戦闘が長引く羽目になりましたが、長い戦乱を経て培われた秘儀は恐るべき重厚さです。わたくしはエンバーヴェイルより流れてきた冒険者に師事し、芸術的なまでの死体細工を学んだというわけですな」
先輩と同じくイーネも、肉体を弄っているようだった。少なくとも、生身の冒険者には遅れをとらないような強化がなされているらしい。マナのほかにも多くの栄養を採取しなければならず、その金を体を張って稼がなければならないそうだ。
「それで、こっちのギルドで何か仕事を受けようっていうわけ?」
「ええ、割高なものが多いですからな。冒険者の中には魔物は攻撃できるが人族を殺傷するのは嫌だという方が少なくはない。頭を使う推理や策謀がまどろっこしいという人も。わたくしはどちらも、あまり抵抗がないのでね」
そこでイーネに、受付係の髭面の男が話しかけてきた。
「おや、縫合者の旦那と、そっちの小僧はスリーピィ・エディと話してたやつだな」
吸血事件の折にここにいた、フュプナの司祭がそういう名前らしい、あと俺は小僧ではないけど、舐められてたほうが有利な場合も多いので、大抵は否定しないようにしていた。
「盗賊退治の依頼が出てるぜ、手が空いてればひとつ受けてみるかい、旦那?」
「もちろんですとも、獲物はどんなやつですかな?」
髭面の男は手配書を見せた。眼帯をしたエルフと、頬に傷があるいかつい人間だ。
名前は〈一つ目レナーデ〉と〈風見鶏のカート〉、街の外の荒野に潜んでいて、時折街道沿いで追い剥ぎを行う悪党二人だ。
もともとモーンブルワーク近郊にいたらしいが、最近こっちの景気がいいってわけで、迷惑にもこちらへ移ってきたらしい。
「チェレステ君、もしよければ同行してくれませんかな? 報酬はもちろん山分けということで。無論危険は伴いますが」
「俺は必要ないんじゃないの、あなた一人でもこの程度――」
「君には、我が作品が活躍するさまを見ていて欲しい。分かっていますとも、我らは日陰者、暗がりをうろついているのがお似合いだとね。しかし、それでも自らが作り上げた至高の作品を、衆目へ晒したいという欲求は避けがたい。もし君がわたくしと同じ屍術士ならば、そうだ、と首肯していただけるのでしょうが」
先輩をちらりと見るが、彼女は自分はそうでもない、と言った。先輩はたぶん、自分と作品の実力が十全であると、誰の評価がなくとも確信しているのだろう。秘密主義の〈暗黒街〉出身だからかもしれない。
俺は、先輩もいることだしイーネとともに盗賊追跡へ向かうことにした。もちろん危なくなったらすぐに逃げるつもりだ。
ターゲット二人が目撃されているおおよその場所は教えてもらえたけど、はっきりした場所の手がかりが欲しいところだ。俺は盗賊ギルドへ寄り、情報を集めることにした。
調達屋のシュミットが、それらしい二人組にポーションを売り、古い装備を買い取ったらしい。幸い、そのとき受け取ったボロい手甲がまだ手元にあった。
イーネは一匹の獣を呼び出し、その臭いを嗅がせた。そいつは小型犬のような姿はしてたけど、全身に縫い目が走り、皮膚は緑色だった。
「先日、〈黄金の血〉の冒険者が黒ワシを追跡して討伐したらしいですが」イーネは言った。「我が軍用犬も負けてはいない。標的がどれほど離れていても、見事追い詰めてみせましょう」
俺とイーネは臭いを追跡する〈軍用犬〉を追いかけて街を出た。俺はともかく、このエルフの縫合者は存外足が速く、息がなかなか乱れない。脚の筋肉と心肺機能を弄っているのだろう。それに加えて、復活した公社員は生前よりも身体能力が上がっているらしい。戦闘になってもきっと俺は安全だろうけど、盗賊二人だけではなく魔物も襲ってくるかもしれない。俺はかなり早い段階で、隠密の術を使った。
「賊どもは案外、近くにいるようですな」街道をしばらく行って、イーネは犬の反応を見ながらそう言った。そいつの反応がしばらくすると変わったように見えた。俺には意味は分からなかったけど、イーネと先輩には理解できたようだった。
「先を越されたようですな、これは」
『たぶん戦闘が発生していますね、血の香りがします!』
俺の目にも、ずっと向こうのほうに動き回る集団と飛び散る血の赤色が見えて、鉄みたいな臭いもかすかに感じた。
最初は別の賞金稼ぎに盗賊たちがやられてるのかと思ったら、魔物だ。直立する獣、コボルトの群れだった。しかし俺の知ってるのより、二倍近くサイズがでかい。この国の濃いマナで変異したものらしかった。
〈風見鶏〉のほうは片腕がなかった。ぶっ倒れて血まみれで、もう死んでるか間もなくかだ。〈一つ目〉はだいぶ気丈に戦ってる、なにせわき腹にナイフが刺さってるのに魔術を使ってる。コボルト二、三匹が焼け焦げたり、首を切られて死んでるので、盗賊二人は割と抵抗したらしい、だけど〈一つ目〉は残ってたほうの目に先の尖った木の棒を突き刺されてついに倒れた。
でかいコボルトたちは四匹ほど残ってて、すぐにイーネのほうへ向かってきた。俺は彼から離れ、草むらの中に飛び込んで臭いを消す術を重ねてかけた。
彼の軍用犬は弾丸のように跳躍し、最初に一匹の喉笛を噛み切った。そいつが倒れ、地面に到達する前に別の作品が呼び出されてた。
そいつはコボルトどもよりもさらに大きく、分厚く、恐ろしかった。オーガをベースにこしらえたもののようで、他の作品と同じく全身、特に頭部に集中して縫い目が走ってる。何より異質なのは、そいつの手足だ。どちらも透き通っていて粘液状、ウーズの体によく似ている。腰から下はほぼ原型がなくどろどろと蠢き、しかし重たい肉体をしっかりと支えているようだ。
いったい、どのようにしてウーズの柔らかい体と、がっしりとしたオーガの筋肉を「縫合」したのだろう。
俺がそんなことを考えているうちに、オーガは動いていた――いや、体は移動させずに、両腕だけを振るったのだ。早すぎて俺の目には見えなかったけど、どうやらどちらの腕も、何かをしてコボルトの頭を切断したらしく、ごとりと二匹の頭部が地に落ち、体もあとに続いて倒れた。
最後の一匹はイーネ自らが片付けた。これもまた、早すぎてよく見えはしなかった。彼が一歩踏み出すと、たちどころにコボルトの体が真っ二つになった。倒れた衝撃で、そいつの両手、両足、首、上半身と下半身がさらに分かたれる。
イーネが手に持っていたのは、赤く光る短剣だった。作品を作る際にも、あれで腑分けをするのだろうか。しかし彼は、このコボルトの肉体にはあまり興味がないらしく、魔石だけを取り出し、賞金首二人の亡骸を亜空間に収納すると、姿を隠したままの俺のほうを見て「さて、終わったことですし帰りましょうか」とだけ告げた。
俺は分け前をもらうことができたけど、むしろ本来は彼にこっちが見料を支払うべきだったのだろう。そして俺は、きっと先輩も戦いとなれば、イーネと同じか彼以上に強いのだろうと思った。彼女は、この恐るべき縫合者を、それこそ出し物でも見ている観客のように、笑顔と拍手で賞賛していたのだから。




