第九話 縫合者
今日も今日とて、迷宮の上層をうろうろする。迷宮探索者の多くは、冒険者というより日雇い労働者だ。一攫千金を夢見て国内の寒村や外国からはるばるやって来たものの、大した実力もない、あるいはやる気がないといった小汚い人々は、薬草や他の冒険者が倒した魔物の残りを売ってその日暮らしの生活を送っている。風生まれはだいたいがそうなので、俺としては自然の情景に思えるけど、衛兵やちょっと金とか実力がある冒険者は侮蔑のまなざしを送り、嘲笑する。危険も多いし、怪我をしたり毒を受けても治療費を惜しんでそのままにして、後遺症が残ったり、最悪、骨刀街の路上で冷たくなったり、その挙句ドブネズミや蝿に集られ、回収屋に遺体を二束三文で売られたりする。
あるいは、盗賊どもの口車に乗せられて安い報酬で仕事を手伝わされるかもしくは自主的に、俺のように隠密の術を使えないのに白昼堂々、稚拙な盗みに手を染め、袋叩きに会うか豚箱行きか、奴隷扱い、屍術の材料や人体実験に売られるなどといった悲惨な最期を迎える。
そうでなくば、物乞いとなって、同業者の縄張りを荒らしたかどで袋叩き。
何をするにもこの国じゃ、力かコネか金が要る。だけど一番大事なのは自制心、己の実力を弁えること。そうじゃなきゃグレイハート、あのシティエルフのようにおだぶつだ。
五層、ジェイとともに降りたところ、彼女が珍妙な声を発する。原因には俺も気づいた。路の片隅に、黒ずんだ武具の欠片が落ちてる。死んだ魔物か冒険者が見につけてたものだろう。恨みを残して死んだらしく、ちょっとした呪いが宿ってるわけだ。
「チェレステ、近づくなよ! 呪具だ、絶対に手を触れるな。専門家たるこの私に任せるのだ」
「ああ、分かってるよ……だけどあれくらいならちょっと触ったくらいじゃ――」
「その油断が命取りなのだ! 風生まれはマナに親和性が高い。気軽に接近すれば呪詛がお前の魂魄の真髄にまでその根を張るだろう! いいか、ここは私が対処する」
なんとも大げさだ。ジェイはまず自分に抗呪の術をかける。手にかかった魔術と合わせて四重の防御というわけだ。そして欠片に近づき、封印の術を使用し、それを聖別されてるらしい油紙で包んで、さらに防護の術のかかった袋に慎重に仕舞った。
「これでまたひとつ、世界を浄化した。教皇聖下よ、我が神・天空の父たるヒムよ! 我が栄光をご照覧あれ! 蒼空に漂いし、あなたの〈浮雲〉は、自らの腕が穢れるのも恐れずに――」
舞台女優のようにポーズをつけながら独言するジェイを横目に俺は、先輩に対しあの金属片はそこまで危険なのか、と聞いた。
『いやー……チェレステさんの思っている通り、かなり可愛い代物ですよ! あれを核に悪霊を育てるにしても、相当こちらで魔力を注がないと立ち消えてしまうと思いますね! しばらく日を置けば自然に浄化されたでしょうし、仮に魔物が取り込んでも呪詛変異するどころか、そのまま排出されるだけでしょうね。でもジェイさんのように、自分の職務に誇りとやる気をもって臨むのはとても大切だと思いますよ!』
果たしてそうだろうか。道行く冒険者が変な目で、呆れたようにこの聖騎士を見ていた。
■
ジェイが上機嫌となる中、先に進むと曲がり角の向こうから鈴の音が聞こえてくる。聞き覚えのある音だった。あれは何らかの手段で従えたり召喚したりした魔物につける鈴、〈従魔の印〉の音色だ――簡単な術がかかっており、音を聞けば意識が引き寄せられて、それと分かる。鈴のついた魔物への攻撃は違法であり、逆に従魔が何か被害を出せば当然、管理者が責任を負う。
俺は偵察用の使い魔、小鳥か小動物を想像したが、曲がり角の向こうからぬっと姿を現したのは奇怪な存在だった。ゴブリンのようだったが、それにしては巨体だ。全身に縫い目が走っている。目は白く濁り、口からは涎を垂らしている。そして腕は四本あり、それぞれに武器を持っていた。
その後ろから姿を表したのはこれまた奇怪な人物だ。第一印象は死刑執行人か外科医、ローブの上から汚れたエプロンを着ており、顔は革のマスクで覆われてる――鳥の嘴のようなものがついた、奇妙な形だ。あれは確か、大昔の医者が使っていたものだ。あの嘴の部分に薬草を詰め、伝染病に感染するのを防いでいたらしい。
『おっと、わたしとご同業の方みたいですね!』先輩がそう口走る。その人物は〈縫合者〉であるらしかった。屍術士の中でも死体、ときには生体の改造に重きを置く人々だ。
「ご心配なく、こやつはわたくしの〈作品〉です、この迷宮で捕獲したゴブリンどもを弄くった。やはりその地で生まれた生物が、そこの探索には最も適しているのでね」
縫合者はマスク越しにくぐもった声でそう言った。
「なんとも忌まわしい業だ」ジェイは顔を顰めて、縫合者とその作品を見やった。「きちんと管理はゆきとどいているのだろうな? 暴走などということは――」
「あり得ないさ、お姉さん。わたくしの作品が狼藉を働くなどと。金ずくの傭兵などよりよっぽど信用できますよ」
『縫合糸はオーソドックスな巨人蜘蛛のものですね、四肢にはヘルハウンドの筋肉を使っているのではないでしょうか。しかもこれは……体液として吸血鬼の血を用いた――〈コースの死液〉ですか! かなりこだわりがあるようですね! しかもお金持ち!』
先輩はなにやらぶつぶつと評している。縫合者はそれなりの腕と資金を有している実力者らしい。
「おや……そこの風生まれのあなた……いや、あなたの近くから何やら馴染み深いマナを感じますな。気のせいでしょうか……あなたは屍術士には見えませんからな」
縫合者はどうやら先輩に気づいたらしい。しかし、その姿をはっきりと認識することはできないようだ。
「さてわたくしは、帰還するとしましょうか。いい素材が見つかるかと思ったら、やはりもっと下へ降らなくてはならないようだ。回収屋のほうを当たってみるとしましょう」
そう言って、彼とその〈作品〉は帰っていった。ジェイはむすっとした顔をしている。
「そんなに屍術士が気に入らない?」
「当然だろう、あれは冒涜、世界の理を冒す外道の業だ」
俺はちらりと先輩を見る。彼女は微笑みながら言った、
『いかにも屍術とは、世界の理を捻じ曲げる手段です。死という絶対の法に抗う、崇高な戦いとわたしは解釈しているのですけどね! わたしの体が元に戻っても、ジェイさんには秘匿しておきましょう』
そのほうがいいだろう。帝国本土の住民や聖職者、特にダガスの騎士などには明かさないほうがいいはずだ。南方だともう少し抵抗はないんだけど。
そのあと、少しばかりその階層を探索したけど、俺も徐々にこなれてきて、隠密しながらの襲撃で多少は戦力になり始めてきた。先輩もさりげなく、魔物に何かの術を使って動きを止めたりしている。それは〈苦痛〉と呼ばれる、その名の通り相手に痛みを感じさせる術だ。さらに上位のものは〈激痛〉と呼ばれる恐ろしいもので、拷問にも使用された、帝国では禁術指定されているものだ。先輩はこちらも使うことはできるらしいが、「非人道的」なので並みの魔物には使用しないということだ。
ジェイは武器を振り上げながら苦痛で動きを止めた魔物を、自分の迫力にひるんだのだろう、くらいにしか思っていないようだった。
その日、冒険者ギルドへ戻ったジェイは上機嫌だった。呪具が獲得できたからだ。
「なあジェイ、回収した呪具はどうするんだ? アズルヘルムまで持って帰るわけ?」
「いいや、私は〈浮雲〉、各地を巡り、邪悪を滅ぼし、呪具を回収することが使命だ。持ち帰るのは巡回騎士、〈恒風〉の役割だ」
雲の次は風か。
そいつらは陸路ではなく、空を巡る部隊らしい。多数のグリフィンライダーを擁する飛行戦艦が、この大陸をぐるりと一回りしているのだ。近くに来たとき〈浮雲〉連中は戦艦が立ち寄る街へ移り、その〈風〉たちに呪具を手渡すそうだ。
ジェイはさかんに、その戦艦と騎手たちの武勇――なんとかっていう有名な空賊をやっつけたとか、はぐれ竜を追い返したとか――をまくし立てる、ほとんど聞いてなかったけど、まあでも、その空飛ぶ戦艦とやらを俺も拝んでみたいものだ。
「おや、あなた方、またお会いしましたな。ご無事でなにより」
そう声をかけてきたのは、杯を手にした痩躯のエルフだった。素顔だったので最初は気づかなかったけど、彼はあの縫合者だった。イーネと名乗ったそいつの傍らには、当然だけど作品はいない。先輩と同じく、空間魔法で収納しているのだろう。多くの屍術士は作品を隠すすべを持っていなければならない。空間魔法に長けてはいないなら、金のある隊商のように〈役畜〉を――亜空間に収納する術を持った運び屋を――雇う必要がある。
「ときに、聞きましたかな、ミス……」
イーネはジェイの名が分からないようだったので俺が教えた。すると本人はたちどころに、
「違う! デイム・クレメンタイン・J・イースターブルック。私はデイム・クレメンタイン・J・イースターブルック、だ!」
ジェイはまた早口で述べる。名乗るならもっとゆっくり言ったほうがいいだろ。
「これはご丁寧に。さて騎士殿、先ほどある噂を聞きましてね。どうやらこの街に、狼藉を働くものが入り込んだそうで」
「ああ、そんなのはどこにでもいるだろう?」
「ええ、しかしこいつはあなたの敵ではありませんかね。迷宮で一山当てた男が、干からびた姿で首筋に噛み痕を残し、死体となって発見されたそうさ。しかも呪術で肉体を衰弱させられた痕跡があった。下手人はつまり――」
「吸血鬼か。それも呪術士の」
ジェイは義憤に燃えた表情でそう言った。




