第八話 鐘守、レッデンサイズ
俺は新聞を読んでた、そこらのゴミ箱で拾ったやつだ。場所は朝早くの、〈酔いどれ騎士〉亭だ。真っ二つになったシティエルフ――グレイハートというらしい――あの指揮官のあと、彼の怨念に引っ張られたかのように冒険者の徒党が中層で死んだ。一区画が崩落し押しつぶされてしまったそうだ。
最近のニュースとしては、〈白い影〉なる幽霊の出現だ。普通は夜中の墓地に出るものってイメージがあるけど、この幽霊は昼間だろうと雑踏の中だろうと現れるという。しかもこの骨刀街や、〈鐘壊し横丁〉、迷宮の上層が主な出現場所らしく、俺は、これ先輩じゃないの? と思って本人に指摘した。
『うーん、かもしれないですね! 最近ようやくわたしのマナの流れが正常に戻ってきてる感じがするので、時間的・空間的に安定しつつあるのでしょう! それで時折姿が現れてるわけですね。喜ばしいことですけど、余計な騒ぎを起こしてダガスの聖騎士や祓魔士などが来ても困りますから、多くの人がいる場所では透明化の術を使ったほうが良さそうですね!』
確かに、幽霊ではないと分かっても、その正体が高位の屍術士と判明すれば大変だ。
『いえ、わたしは単に彼らに無駄足を踏ませるのが困ると思っただけですよ? アンデッドや悪霊も増加しているはずなので、彼らは邪悪なそれらの相手で手一杯でしょうから、幽霊騒ぎなんかで手間をかけるのは気が引けますし。もっとも、もしばれてもわたしは別にどうということはありませんけどね!』
確かに先輩は俺も知らない危険な手勢を、亜空間の中にいろいろと収納しているだろうから、そいつらを総動員すれば強行突破どころか、追っ手を全滅させることもできるだろう。というか〈ホロウ〉単体でも大抵の相手は一ひねりだろうし、先輩自身も体を自己改造してる強者だ。しかも下手に刺客を差し向ければ返り討ちどころではなく、その死体が手駒に加わってしまう。屍術士の恐ろしさはそこだ。だから、ずっと昔からダガス教会は〈暗黒街〉を滅ぼそうとその所在を探し続けているけど、未だに発見の糸口すらつかめてない。
そのうちフリービィや獣人の用心棒マグ、横流し担当の交渉役シュミットなどが出勤してきた。俺はもう冒険者ギルドよりむしろ、盗賊連中と顔見知りだ。大抵新しい地に足を踏み入れたら自然とそうなる。盗賊たちは下手な冒険者よりも、その地域の情報に詳しい場合が多い。自分の倫理観が許し、多少なり盗賊どもに一目置かれる自信があるなら、盗賊ギルドへ足を運ぶのも悪くない選択だ。もちろん彼らが自分らの利益にならないと踏めば追い出されるか、最悪機嫌を損ね、ぼこぼこにされて路地裏に捨てられるのが落ちだけど。
やがて若頭のコペクが、そこらの屋台で買ったらしいサンドイッチを齧りながらやって来た。
「皆おはようさん、今朝も吸血鬼にとっては忌々しい快晴だな。さて今日はお客さんが来る。といっても仕事がらみじゃなくてオレの旧友ってだけなので気楽にしてくれていい、ただもちろん、出した紅茶や茶菓子にゴキブリだのアブラムシがトッピングされてるなんてのは論外だけどな。会ったことのあるやつもいるだろうけど、〈黄金の血〉のレッデンサイズ、あのベンシックがここいらの仕事を受けたそうで、ついでに顔を見せに来るという」
「〈鐘守〉かい、ってこたぁ、例のクソ忌々しい〈黒ワシ〉の命日がとうとう来るってわけかね」フリービィがそう言った。
「血はやっこさんのもん、肉はどうなる?」
帝国人、シュミットが言うと猫の獣人、マグが
「そりゃあお偉方の口に入るでしょう。あたしも一遍食ってみたいもんだ」
「街道で結構な被害が出てたはずだ、当局も重い腰を上げたわけか」
煙草を吹かしながら年嵩の〈錠前屋〉ジェームズが言った。俺はコペクに、〈鐘守〉ってやつのことを尋ねる。
「やつは水底の民の冒険者で、吸血鬼だ。オレとは昔なじみでね。っていうのは、オレを吸血鬼にしたのはやつの同僚なのさ。〈黄金の血〉については知ってるか、チェレステ? 吸血鬼の冒険者だけが入れるクランだ。そいつらは一種類の対象の血しか飲まないんだ。あの愛すべきトカゲ男は鐘壊しが標的だ。仲間には他にも、眠ってるやつだとか、殺人鬼だとか、それで他とどう味が違うのかオレには分からんけど、色んな嗜好の吸血鬼がいる――ああ、吸血鬼の血しか吸わないやつもいたな。世にも恐ろしい同族狩りだ……で、その中に盗っ人の血だけを狙うエルフがいて、そいつがオレの、まあ、お袋ってわけだ」
コペクはこの街に来る前、まだ人間だったころ、ダガーピークで名高いかのクラン本拠地へ無謀にも忍び込んだ。コイン一枚でも掠め取れば、箔がつくだろうと思っての愚行だったけど、あえなく捕まり、彼が血の嗜好に合致してる複数の団員に血を吸われ、貧血でふらついて判断力が鈍ったためか、エルフの吸血鬼に同族にしてくれと頼んだそうだ。
そこらの引き込み屋に金ずくで依頼したのかと俺は思ってたけど、それを聞いたコペクは「チェレステ、オレの名前を忘れたか? そこいらの引き込み屋のおざなりな仕事に大金なんて払うもんかよ」と笑いながら言った。「吸血鬼っていうのは、〈親〉しだいで力が変わってくるわけだ。〈格〉は大して関係ない、こう、心の問題さ。夜の闇みたいな静寂なる心を、人間だったころの俺はたまらなく渇望してね。今思えばぶざまな失敗をどうにかして忘れたかっただけさ」
果たして女はコペクの血を致死量ぎりぎりまで飲んでから、申し出を承諾した。
■
その男は昼前に現れた。背は高く、鱗は黒に近い灰色だ。目つきは鋭く、その赤い瞳は爬虫類というより、彼の標的たる猛禽を思わせた。
変異したマナで狂った黒いグリフィンは、数時間以内に仕留められるだろう、と彼は断言する。何しろこの男は五キロ以内のグリフィンの匂いを感じ取ることができ、現在怒ってるか落ち着いてるか、オスかメスか、空腹か満腹か、ってところまで識別可能だという。
コペクは、マリスは相変わらずの調子か? と尋ねた。それが、彼の血を吸った、盗賊専門のエルフの名前なんだろう。〈鐘守〉はもちろんだ、と答え、彼女が先日盗賊団とやりあった大捕物の様子を詳細に話してくれた。
「あんたの名前、えーっと、〈鈍色の大鎌〉っていうのはどういう意味?」
彼は右側の腰に黒ずんだ刃の剣を帯びてて、鎌は持ってないみたいだったので俺はそう聞いた。
「おれの生まれたシャーディアにある、岩の名前だ……おれたちの種族は、幼少期にとった行動や、身体的特徴、生まれたときに起こった現象……あるいは、その集落のシャーマンが、見た幻視に基づいて付けるのだ……」〈鐘守〉は低い声で囁くように話す。「自分では覚えていないがおれは、その岩の近くによく佇んでいたそうだ……かつておれの部族の戦士が、その場所で鍛錬を行っていた……それで、おれも戦士になるのだと周囲の人間は考え――彼らの予想とは、多少違う形だろうが――実際にそうなったわけだな……」
俺は昔から気になっていたことを彼に尋ねることにした。水底の民は皆左利きだという噂だ。事実、〈鐘守〉は左利きだ。
「結論から言えば……ある意味正しい。もちろん、おれたちの中にも右利きはいる。ただ、戦士となるのであれば……左利きのほうが望ましいと考えられており、矯正するのだ……おれは生まれつき左が利き腕だがな。理由は、我が種族に伝わる神話だ……竜の神ヴィロックスが、自らの血を与え、地を這うトカゲに力を齎したのだという。滴らせた竜血を、トカゲは左前足で踏みしめたのだ……そこから心臓へ竜の炎が流れ、宿ったのだと信じられている」
〈鐘守〉は左手の手袋を外し、手の甲に彫られた赤い、炎を模した刺青を見せてくれた。
「……これが戦士の証、とされている。左胸にも同じようなしるしが施されているが……真実はおそらく、大昔、おれたちの先祖の中に、左利きの英雄が偶々何人かいた、といったところだろう。それが時を経て、ヴィロックスへの信仰に取り込まれた形、だろうな……」
彼はごく冷静な意見を述べ、他にも初対面の俺の無遠慮な問いに丁寧に答えてくれた。
ヴィロックスの信者は鱗のついた生き物を殺しても食べてもいけないらしい。しかし、本国ならいざしらず、王国へ出てきたベンシックは、できるだけ食べないようにする、程度に留まっているらしい。
〈鐘守〉が最初にグリフィンの血を飲んだのは、その名を付けられて数年経過したころで、幼い彼は熱病に倒れ、生死をさまよったらしい。
滋養を付けるために、行商人から買ったグリフィンの血を飲ませたところ、たちどころに回復した。熱に浮かされ朦朧とした意識の中、彼は強大なグリフィンの幻視を見たという。その一体を探し、勝利して血を飲むために、彼は冒険を続けているのだそうだ。
それから彼はギルドの団員と話をして、では言ってくる、と外へ出て行った。俺は使い走りの仕事――いつものごとく隠密行動を要求されるやつだ――を終わらせて、そこらの立ち飲み屋で軽くひっかけて〈酔いどれ騎士〉へ戻った。既に〈鐘守〉はいて、これから依頼主に報告に行くところだ、と袋に入っていた首級を見せてくれた。
黒いグリフィンの頭は目を見開き、まだ生きてるかのようだったが、その傷口からは一滴の血も流れ落ちることはなかった。




