第七話 真っ二つ
二層に降りると、さらに下から帰還する途中の冒険者が手傷を負っていた。既に止血は済んでるけど、腕にざっくりと切り傷があった。ジェイは親切にも治癒の術をかけてやった。
「どういう風の吹き回しかな。好みの男だったとか?」
俺が言うとジェイは鼻で笑い、
「私は聖騎士、人々を救うことが使命だ。〈浮雲〉の役割は呪具の回収のみではない。治癒や解呪、アンデッド退治、邪悪なる存在の封印。崇高な役割だ。そこいらのごろつき冒険者とは違うということだ」
そうかい、なら弱い俺はせいぜい助けてもらうとしよう。
俺はふと思いつき、側に立つ先輩に囁く、
「そういえば先輩は、回復魔法とか使える?」
『ええ、ジェイさんたち聖職が用いるようなものとは違いますけど。死んだ細胞を再構成する屍術の応用です。わたしが力を取り戻した暁には、四肢が千切れたくらいなら簡単に治せますよ! もう少ししたら収納してある魔術士の子も出せますし、例えお二人が死に掛けても、いえ死んでもわたしがいれば安心ですよ!』
先輩はそう言うけど、最高の屍術士といえど完全に死者を蘇らせることはできないはずだ。魂魄が一度でも体を離れれば人格も記憶も必ず損傷するからだ。とはいえ先輩はそれでもあまり気にしないだろうし、なんなら俺たちの肉体だけでも活用するのが最高の供養とでも考えているのかもしれない。
それにしても俺はともかく、ジェイは復活したとして、屍術を使われたなんて知ったら即自決しそうだけど……いや、ダガスに比べるとヒムの信徒はまだ寛容なのか? 呪具を活用してるくらいだし。ダガス信者にしても、差がかなり大きい。帝国のやつらはアンデッドや吸血鬼なんて全滅しろって思ってそうだけど、王国や南部じゃ屍術士に対しても顔を顰める程度だし、人によっては戦力として大歓迎だろう。グランクローシェなんかじゃ全面禁止と言いつつ裏じゃ使いまくってるし、アシュワンドやエンバーヴェイルじゃむしろいないと困る。
まあ、あとで本人に聞いてみよう。
「おいジェイ、さっきから何を独り言を言っているんだ? 集中しないと危険だと言ったはずだぞ」
「ああ、ちょっとした癖でね、思考を整理するための。気にしないでいい」
などとごまかして先へ進む。ここも出現する魔物はそう変わらない。ただ、いくらか罠が増え始めた。
迷宮というのは一説には、ダールの管理する魔界が現世と繋がり、一部混じりあった場所なのだという。罠や魔物は邪神ダールの悪意なのだろう。
少し先に火のマナを感じた。たぶん燃え上がる魔術の罠。俺はジェイに警告するけど、彼女も気づいてた。とはいえ戦闘もあるし、常に彼女が気づけるとは限らない。俺が警戒しておくべきだろう。
事前に罠に気づけば回避できるし、場合によってはこちらの任意で発動させ魔物を幻惑することもできる。集団で迷宮を探索する場合、誰かが集中して索敵や罠への対処を行うのが常だ。今回は俺がその役目を買って出たというわけ。
俺は小石を投げて罠を起動させ、床から火柱を吹き上がらせた。一回限りの罠だ、床と天井を焦がし、危険は消えた。ウーズに追われたときなんかは効果的な攻撃手段となるだろう。
この階層もなんてことないな、と思ってたら、ゴブリンの群れに遭遇し、そのうち杖を持っていた一体が魔術を用いた。普通、魔法を使う魔物はもっと下にいるはずだ。魔術自体は初歩の火術、ごく小さな火の玉を飛ばすものだった。俺は油の瓶をそいつに投げつける。これでビビって使えないだろ、と思ったらお構いなしに発動、群れは丸焦げ。予想とは違った展開だけど、勝利に違いはない。
「こんな浅い階層の魔物が魔法を使うのか」
「そうだ、迷宮が増え始めた頃からだ。それにともなって、魔物から取れる魔石のサイズも増した。マナの質が変化したためだろうと見られている」
「確かにこの国のマナは、なんていうか濃密だもんな」
「大気中のマナでさえそうだし、各地のマナ溜りには、さらに凝縮されてマナが留まっているのだという話だ、魔物の異常発生の要因だろう。そして迷宮は地脈――大地のマナの流れに生まれると言われるが、恐らくもう少し下へ降りれば、露骨にマナは増えていくはずだ。魔物の魔術もやつらの肉体そのものも、加速度的に強化されているだろう」
そうして、その日は三層まで降り、俺たちは危なげなく帰還することができた。
■
ジェイが利用している冒険者ギルドへ戻り、魔石や素材の売却をするというので俺も同行する。
こちらのギルド〈青銅門前支部〉は俺が顔を出してる〈藁山通り支部〉よりかは清潔で、揃っているのもまだ善良な市民という感じはした。
彼女が売却を行っている間、俺と先輩は帝国人の一団と出会った。彼らは魔導機械の研究者だと名乗った。
「君も知っているはずだろうが」白衣を着て、片眼鏡をかけたリーダーらしい男が話す。「現在、帝国のエーテルに変化が生じている」
「質が変わった、あるいは産出量が減少したとか?」
「その両方だ。この地のマナが濃さを増しつつあるのとは正反対だ。このままでは魔導機械の稼働率も下がろう」
「それってまずいんじゃないの?」
「当然、きわめてまずい事態だとも。なにしろ我が国は、四百年に渡ってエーテルとそれを動力とした魔導機械によって繁栄してきたのだからな。とはいえ対策は既に用意されている。魔石だ。当面はエーテルと魔石のハイブリッド式への移行が目標だな」
なるほど。魔石を手に入れるために出稼ぎにきたってことか。俺がそう口にすると、男は首を振る。
「我が国は広く、民は多い。夜を照らす明かり、街を走る数々の車。そして情報を伝える〈網〉。都市自体を動かすためには君らのように、ちまちまと魔物の腹をほじくり返しているようでは到底足らんのだ」
ならどうするっていうのだろうか? そう思う俺に男はある質問をした。
「君はフォアグラという珍味を知っているかね? 南方の高級食材さ。ガチョウに餌を与え続け、肝臓を肥大化させたものだ。あるいは真珠の養殖、もっと簡単な例では乳牛だな」
俺は男の言いたいことを理解した。魔物を飼育し、魔石を大量生産する計画か。
「そうだ。極めて濃い魔力溜り――迷宮の深部かあるいは地上に吹き出ている地点、そこを確保し、魔物を動けなくした上で飼育する。あとは最も魔石作成に適した種を、最も適した状況下に置くだけだ。現在はその見極めを行っているが、何ならこちらで品種改良し、魔石を効率的に作り上げる種を生み出してもいい、将来的にはそうなるだろう。ああ、最低でもこれほどの大きさが欲しいところだ」
男は大ぶりなスイカほどのサイズを手で示して見せた。
『興味深いですね! 濃厚なマナの元で生物がどういった変化を見せるか。そして品種改良ですか! エンバーヴェイルでは傭兵を実験台に、何世代も改良が行われてきたわけですが、次は帝国が生体改造の本場になるのかも知れませんね!』
俺にはいささかおぞましい話に思えたけど、先輩は嬉々としてそうコメントした。まあ研究者の皆さんは頑張って帝国民の生活を支えてくれ。
「ところで、さしあたって迷宮を調査してもらうため協力者を雇おうと考えているのだが」男はそう切り出した。「誰か心当たりはないだろうか? 腕に自信のある冒険者か傭兵の」
そう言われても俺はこの街で知り合いは盗賊たちしかいない。生憎知らない、と答えようとしたところで、ギルドに見覚えのあるシティエルフが入ってきた。街に入るときに遭遇した〈指揮官〉だ、もちろん黒い鎧のエンバーヴェイル人傭兵も一緒だ。俺は研究者の男にエルフを紹介した。どうやらあの指揮官はもともと帝国に住んでいたらしいので、話も通しやすいだろうと踏んだのだ。
さっそく研究者たちはシティエルフに話しかけ、交渉を始めた。
指揮官はしきりに自分の傭兵の強さと、己の指揮能力の高さなどを声高にアピールしている。ギルド内の冒険者たちも、研究者の一団も心なしかげんなりした顔に見えた。とはいえ、ジェイが戻って来たころには話が纏まったようだった。俺たちが建物を出ようとしたところで、傭兵の一人の言葉が聞こえた。
「ええ!? ハー……じゃないお頭、今回もついてくるつもりなんですかい? さすがに迷宮の下層へあんたが来るのは危険というか足手まといというか……」
それに対して指揮官は「当然、同行するに決まっているだろう! 我が故国の危機に座して待つなど……」と答えてるけど、さすがにヤバいんじゃないか。
と、思っていると二日後、案の定指揮官の男が死亡したらしいという噂を耳にした。下の方の階層で罠を踏んでしまい、壁から刃が飛び出たらしい。傭兵たちは瞬時に回避したが、指揮官は無残にも真っ二つになってしまったという。傭兵たちは「文字通りハーフエルフになっちまったな!」などと笑っていたそうだ。そうして彼らは帝国の研究者たちに継続して雇われることとなり、どうやらうまい具合に話は進んだようだ。俺は半分になった指揮官が安らかに眠れるように祈った。やはり自分の領分を弁えるのは大切だ。




