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Adventurer J/隣国への転移  作者: 澁谷晴
第九章 蒼穹漂流譚
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第六話 虚ろなる騎士

 まず、試しに先輩はいくつか簡単な魔術を使ってみた。時間と空間が安定していない状態で、かなり減衰するようだったけど、どうにか使うことはできた。

 彼女は屍術のほかに、素材や作品を収納するため空間魔法にも長けていた。一体のアンデッド――死霊を鎧に憑依させた、リビングアーマーと呼ばれる個体を異空間から呼び出してみせた。


『よし、なんとかいけますね! チェレステさん、今からこの子が当面の護衛となります。大船に乗った気でいてくださいね!』


 そいつは二メートルを超える巨漢の騎士だ。大剣と分厚い盾を手にした物々しい姿は、この浅い階層には場違いに思えたけど確かに心強い。偽装の術がかけられているらしく、アンデッド特有の穢れたマナは感じられない。よほどのことがない限り、正体は露見しないように思えた。まあ何かあればまた収納してもらい、俺はたまたま出会って同行してただけど弁明すれば問題ないだろう。


「大助かりだよ先輩、ところでこいつの名前は?」


『この子は〈ホロウ〉と呼んでいます』


 からっぽだからホロウか、分かりやすくて実にいい。生前の名前は先輩も本人も、とっくに覚えてないのだろう。


「今日はとりあえず、この階層で実力を確かめてみよう」


 しばらく進むと数体のゴブリンに出くわした。俺は気配を消し、ホロウに向かわせる。

 重厚な鎧にも関わらず、騎士は驚くほど素早い――風生まれほどじゃないけど。そして容赦がない。ゴブリンどもは反撃する暇もなく、大剣の一振りで壁の染みと化した。


「おお、さすがに強いね、先輩」


『もちろんです! 何しろ一分隊の魂が全部入ってますからね!』


 その分隊は先輩が手をかけたのか? 問いを察したように彼女は笑って、


『ああ、違いますよチェレステさん! 彼らは魔物によって死んだのです。ハイドラ討伐のために出向き、返り討ちに遭って。だからわたしが蘇らせて、復讐を成し遂げたのです! あのハイドラはいい素材でした。ああ、今もホロウはハイドラへの怨念が消えていないようで、相手にしたらたぶん普段以上の力を出せるはずですよ! なかなか遭遇することはないでしょうけどね』


 ハイドラは猛毒と多くの首を持つ蛇だ。だけどその猛毒も、ホロウを蝕むことはないだろう。戦うっていうなら俺はもちろん、遠く離れた場所で応援してるけど。


 頼もしい味方だけど、俺はホロウの失敗に気づいた。ゴブリンどもの死体はめちゃくちゃで、素材は獲得できそうになかった。それを指摘すると先輩は、


『おっと、確かにそうですね! 分かりました、もう少し繊細な動きを心がけましょう』


 その言葉通り次に遭遇したゴブリンは、首を綺麗に切断され、まだ人道的? な最期を迎えた。

 

 俺も収納の空間魔法は多少使えるけど、容量は大きめの鞄くらいだ。既に薬品や食料でほぼ埋まってるので、死体は先輩に保存してもらうことにする。

 魔物から獲得できる素材に加え、やつらの体内には魔石がある。魔力器官で形成される、結晶化したマナだ。ゴブリンのそれは小さいけど、今日だけで一週間ぶんの宿代と食費にはなりそうだ。


 あとは身分証が作れるくらいの金が溜まれば、俺も正面からジェイとともに入場できる。


   ■


 俺は街に戻り、近くの冒険者ギルドで素材を売り払った。そこは店内の雰囲気がどことなく〈酔いどれ騎士〉に似ており、盗賊ギルドの息がかかった、ならず者の溜まり場じみた場所だった。コペクが話を通してくれてて俺は歓迎されたけど、一見の新米冒険者なんかが迷い込んだ日には、有り金を奪われて叩き出されそうだ。


 先輩は、自分は行方不明だということのままにしておいたほうがいいだろう、と判断した。〈時の檻〉について報告しなくていいのかと俺は聞いたけど、あれは存在自体は周知のもので、だけど対処法が極めて少ないのでほぼ誰も気にしないか、忘れているそうだ。対処法と言っても、時術士に高い金を払ってごく低い確率で発生するこの罠への対抗策を施すか――しかもそう長持ちはしない魔術らしい――自決用の毒でも仕込んでおくくらいだ。


 先輩は多くのエルフがそうするみたいに、ずっと〈落葉(リーフリター)〉という通り名を使っていたそうだ。本名はこの街の誰も知らない。

 俺も彼女も、かなりの幸運に恵まれたのだ。そうでなければ俺は延々小銭を稼ぎ続け、先輩はあの牢獄で朽ちていただろう。これは運命と時を司る神、カイルナーヴァの思し召しだろうか。俺と先輩はこの神に対し短い祈りを捧げた。


 宿に行き部屋を取っていると、ジェイが帰ってきた。当然彼女は先輩のことは知らないし、ホロウは先輩が空間内に収納してある。俺がスリか借金でもして宿代を捻出したのではないか、と冗談めかして言ってきた。


 俺は親切な人とパーティを組んでうまいことやったんだ、と説明する。


「本当か? そんな人物がいるなら、それは確かに相当、親切だろうな。ちょこまかと動き回るか隠れるしか能のない風生まれに、手を貸してくれるとは」


 俺は言い返そうとしたけど、ほぼその通りだ。確かに俺はケチな弱者だ、だけど今は心強い味方がいる。

 いずれジェイが驚愕するのを見るのが楽しみだ。


   ■


 俺は〈酔いどれ騎士〉亭や鐘壊し横丁を含む柄の悪い一帯〈骨刀街(ボーンブレイド・ロウ)〉に出入りしながら、盗賊ギルドの下働きをたまにこなしつつ、迷宮探査を進めた。


 コペクはこの地区を担当する支部の若頭(アンダーボス)で、ふらふらとしているようで仕事はきっちりこなしてるらしく、顔も利いた。 

 盗賊ギルドの性質は街ごと、地区ごとでだいぶ異なる。単にならず者たちが集まっただけだったり、信念を持つ義賊的なやつらだったり、貧民救済のためにやむなく法を犯す善人たちだったり、当局と癒着しおおっぴらに地域を支配してたり。あるいはアンブライアの暗殺者みたいに、姿を現さずに君臨してたりする。


 骨刀街の盗賊ギルドは、ファロのやくざ者たちを多少穏やかにした感じだった。みかじめ料を取りながら用心棒や外部から来た悪党へ「対処」するといった裏の仕事をこなす。他には密輸や偽装書類の作成、不正に入手した希少な装備やポーションの取引、盗品売買、娼館経営などだ。迷宮開拓時代が始まり、物も人手も不足してる。大儲けするチャンスだけど、コペクは王様のように裏社会を支配するのではなく、細くてもいいから長く儲けたいようだった。彼の上には当然、骨刀街のギルド支部長がいるのだけど、そのさらに上の元締めはどうも、街の一番上に住んでるお偉方と繋がってるか、下手をすると彼らそのものらしかった。


 迷宮の一層と二層をおおかた回り終わった。ホロウはやはり強く、攻撃をひとつも受けなかった。もちろんこの浅い階層にはゴブリンや小さい(レッサー)ウーズ、吸血コウモリくらいしか出やしないので、並みの冒険者でも楽勝だけど。


 そうしてようやく、俺は割引価格で偽装の身分証を手に入れることができた。といっても偽りは日付だけ。そいつを使ってある日ジェイとともに正面から入ると、前に門前払いした門衛が俺を覚えており、「お前か。ようやく更新料を払ったんだな?」と言ってきた。俺はああ、まあね、とか何とか言って足を踏み入れた。


「さてチェレステ、入ったはいいがここは既に危険地帯だ。お前のような初心者の小僧はまず上級者の動きをよく観察しながら、迷宮の雰囲気に慣れることが第一なのだ。得意の隠密でそこらの物陰に潜みながらついてくるがいい」


 ジェイは妙に先輩風を吹かす。彼女は屍術士や吸血鬼みたく見た目以上の年齢じゃないだろうし、間違いなく俺のほうが年上なわけで、しかも冒険者としても俺が先輩だ。それにジェイには見えないけどすぐ隣には偉大な大先輩もいる。なんとも滑稽だけど、確かにジェイの武器、雷の魔剣――〈閃滅(フラッシング)〉という銘らしい。列に並んでるとき散々逸話を聞かされた――あれは強力だ。


『自信たっぷりですねジェイさん! しばらくホロウにはお休みしてもらって、実力を拝見しましょうか!』


「ああ、ちょっとでもヤバくなったらすぐ助けてやってよ先輩」


 俺は小声で先輩とやりとりしながら、ジェイに続いて脇道へと降りていく。

 ジェイは五層まで到達したらしいけど、今日は俺もいるので二・三層辺りで様子を見るということだった。


 まずゴブリンの群れが到来。逃げてきた冒険者がそいつを俺らに押し付け、そのまま出て行った。ろくでもないやつだけど、ありふれた手段だ。迷宮内じゃ自衛が当然で、すべては自己責任だ。中には同業者を襲撃する冒険者もいるし、追いはぎだってときには現れる。魔物だけじゃなくそいつらにも警戒しなければいけない。力のないやつは容赦なく死ぬ、いかにもなカルドランド的要素が迷宮には凝縮されてる。


 俺はもちろん姿を消したままで、ジェイの戦いを観察した。


 無論ホロウには及ばないけど、彼女は素早いし、立ち回りがうまい。取り囲まれることもなく、雷でゴブリンたちを翻弄し、一匹ずつ数を減らしてく。この辺の階層なら助けは必要なさそうだった。


 戦いが終わると俺は姿を現して拍手を送った。ジェイは当然だと言わんばかりの表情で手際よく、ゴブリンどもから魔石を取り出してる。


『ジェイさんはなかなか強いですね! 人間にしてはかなり魔力量も高いですし、あの魔剣の使い方もうまいです。余計な減衰なしに魔力を無駄なく流していますし、身体強化の魔術の使い方も上級者です。半ば無意識的に、力の必要な行動の瞬間、筋肉に一瞬だけ術を使用していますね』


「ずっとかけたままのほうが話が早いんじゃないの?」


『慣れた使い手なら、永続的に高い効果の魔術を使うより効率は良いですよ、息をするように使える訓練をしたのなら、ですが。それと彼女の切り札はあの短剣だけじゃありませんね! たぶん〈背嚢〉にいくつか魔法具というか呪具が収納されていますよ』


 俺には何も感じられないけど、空間魔法の使い手である先輩には、亜空間内のマナも多少なり感知できるらしい。


 なるほど、ジェイが口だけじゃないらしいということか。だけど俺も先輩やジェイに任せっきりというわけにはいかない。

 俺は物陰に潜む、毒吐きトカゲを見つけると、そいつにこっそりと忍び寄り、首をナイフで一突きした。こいつと戦いになれば、毒を浴びる恐れがある。相手が気づく前に始末するのが一番だ。もちろんジェイは毒への備えはしてるだろうけど。


 俺が敵を倒したらしいと気づいて、ジェイは少しだけ笑った。単純に感謝か、「少しはやるな」と思ったからか、あるいは自分に比べてお前は不意打ちくらいしかできないだろう、という嘲りか。たぶん最後のが正解かな。

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