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Adventurer J/隣国への転移  作者: 澁谷晴
第九章 蒼穹漂流譚
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第五話 屍術士ディヌイアル

 宿屋へ行くと、ジェイが夕飯を食べてた。門前払いとは無様だったな、と俺を見るなり言う。


「一方、私は大活躍だ。三層まで潜り、ゴブリンどもをぶった切り、痺れさせ、八面六臂とはまさにあのことだ。新米冒険者が私の鮮やかな戦いぶりを見て『さすが名高い〈浮雲〉の騎士は違いますね』なんて言ってきたんだぞ。お前にも聞かせてやりたかった。呪具を見つけ出す前に、この街に私の像が建つかも知れないな」


 この自惚れっぷりはどうなのか。冒険者にとって慢心は極めて危険だけど、まあ一度痛い目に遭えば分かるだろう。俺はしばらくこいつとは別行動だ。


 その日のうちに火術士(パイロマンサー)たちがウーズ溜りを焼き、封印がなされたらしい。俺はふと、あの場所で聞いた声のことを思い出した。もしかすると、隠し通路か何かがあるかもしれない。もう一度あの場所へ行ってみようと思った。


 その夜はコペクの温情で、〈酔いどれ騎士〉亭に泊めてもらうことができた。ベッドは汚く、誰かが酒を溢したらしく寝てるだけで酔っ払いそうな臭い。だけど野宿や車内泊に比べればまだましなはず。翌朝、俺は地下室から迷宮に潜り込んだ。夜目が利く種族でも、基本的に夜は迷宮に入り込むことはしない。魔物は夜におおむね凶暴化するし、迷宮が形を変える恐れもあるからだ。それに巻き込まれたら果てしなくヤバい下の階層や、出口のない部屋に閉じ込められるかもしれない。


 自分が付けた消えかけのマークを頼りにその場所までたどり着いた。付近の床や壁は焼け焦げてる。俺は塞がれた穴の辺りに来て、周囲を観察する。


 何もないか、と思ったところで、やはり声がした。かなり近い。若い女のものだ。

 ふと、空中にぼんやりと何かが一瞬だけ浮かんだ。白い影。亡霊か? とも思ったけど、マナを探っても何も感じない。


 しばらくするとまた一瞬、何かがちらつく。その刹那に感じたマナは、俺がこの時代に転移した際に浴びたものと同じような気配がした――もしかするとその場の「時間」がどうにかなっているのかもしれない。


 俺は――後から考えるとやや無謀だけど――次に影が浮かび上がったら試しに触れてみようと思い、タイミングを待ち、それに手を突っ込んだ。


 マナが飛び散り、眼前に誰かが出現した。いや、そいつは半透明で、体の一部分が消えたり現れたりしてる。俺は魔物かと思い、ナイフを手にしたけど、相手は笑いながら反響する妙な声で話しかけてきた。


『よし! よし、よし! やった! 脱出できた! 奇跡、奇跡です! 神々にそして貴方に感謝! 感謝感激!』


 抱擁しようと手を伸ばし、それが俺の体をすり抜けたのに気づいて、『ああー、まだだめか。いや、でも良かった! 囚われの身からさようなら!』と、歓喜するそいつはエルフだった。背は低いけど耳の尖り方からするとシティエルフってわけじゃなく、まだ幼いためらしかった。髪も皮膚も着ているローブも白一色だ。唯一、頭に被った花の冠だけが黒い。トランサルム人が自慢とする白い髪よりももっと白く、最初から色の存在しない世界で生まれたかのようだった。両目もごく薄い灰色だ。


「なあ、まずは落ち着いてくれないかな。あんたは一体誰?」


『ああごめんなさい、あまりの幸運に興奮して。わたしはリー……いえ、ディヌイアル。この迷宮の罠に囚われていた不幸なエルフですよ』


 俺は宿で聞いた、ひと月ほど前に迷宮で消えたエルフの話を思い出す。


「牢獄みたいな罠だったわけ?」


『そう! しかも物理的じゃなく、空間的・時間的に隔絶されるという恐ろしい罠だったのです。永遠に世界から姿を消してしまうところだったけど、貴方が干渉してくれたから出られたみたいですね。発狂しそうだったから一人でずっと喋り続けてました。今日もいい天気だとか隣のおじさんはまた奥さんを殺してまたその肉を食べて新しい奥さんにご馳走して一体何人目の奥さんなんでしょうかね! とか』


 もう狂ってるんじゃないか?


『だけどどうして貴方が干渉できたのでしょう。もしかして時術士さんですか?』


「いや、違うけど心当たりはある」


 たぶん、俺が時間を飛び越えた存在だからだろう。俺は今この時間軸から外れた存在だ。異質な存在だからこそ、彼女を捕らえていた〈時の牢獄〉に干渉することができたんだ。


「それより、今まで飲まず食わずでよく耐えられたね。保存食でもあった?」


『いえ、わたしは普通の体ではないためです。わたしは屍術士(ネクロマンサー)ですからね! 自分の体にも手を加えているわけです。しかもわたしは――命の恩人のあなたにだから明かしますが、〈暗黒街(アンダーワールド)〉出身であのジーク師の弟子の一流屍術士ですよ!』


 〈暗黒街(アンダーワールド)〉。公には研究や使用が禁じられた技術や物品が出回っているとされる、世界のどこかにあるらしい迷宮都市だ。このブリガンズヘイヴンみたいに最近現れたわけじゃなく、第一次災厄当時か、あるいはもっと前からあるとの噂だ。その正確な位置は秘匿され、出身者は皆例外なく契約の魔術によって明かすことが禁じられている。探し出そうとした冒険者は消されるという――なにせ〈暗黒街〉は暗殺者も大勢潜んでるし、一説にはアンブライアの始祖〈不死殺しイスハーク〉もこの都市の出身らしい。


 その入り口は帝都にあるともダガーピークの路地にあるとも言われるし、コルニスタンのどこかとも言われる。あるいは世界中のどこかへ常に動き続けている迷宮とも囁かれるし、選ばれた人間のもとにある日〈案内人〉がやって来るという話もある。


 とにかく、彼女の話が本当なら、なかなかに希少な出会いということだ。


『まあ、いざとなれば〈備蓄品〉を放出するつもりでしたが、それでもなかなかに希望のない生活でしたよ! それにしても、素材を探して潜ったのですが、まさか一層でこんな恐ろしい罠にかかるなんて不覚でした! 魔術的にまったく感知できませんでしたからね、幸いこのタイプのものは、そう数は多くないと思いますが、被害者の多くはわたしのような幸運には恵まれず、人知れず姿を消しているのでしょう。恐ろしい限りです! とにかく貴方にはお礼をしなくては! 今はまだ体が安定していませんが、しばらくすれば元に戻るでしょう。きっとわたしを見て会話できるのは、優れた時術士(クロノマンサー)を除けば貴方だけでしょうね!』


 突然のことだったけど、これはまさに俺が待ち望んでいた展開だ。俺は彼女に申し出る。


「実は俺はちょうど仲間を探してたんだ、雇う金もないから浅い階層をうろついて、なるべく戦闘を避けてこそこそしてたんだよ。だけどあんたが助けてくれるなら、状況は一変するだろう。ああ、そういえばまだ名乗ってなかった、俺はチェレステ」


『チェレステさんですか、いいお名前ですね! ではこれよりわたしが、貴方の力となりましょう! こう見えてもわたしは貴方よりずっと先輩ですからね!』


 そうだ、彼女はまだかなり若そうだけど、自分の体も屍術(ネクロマンシー)を用いて弄ってるということは、吸血鬼と同じく見た目どおりの歳じゃない。そしてそんなことができるのは、高位の術者だけだ。さらに本場〈暗黒街〉出身で、大屍術士ジークの弟子を名乗ってる。これはひょっとすると、ジェイなんて目じゃないかなりの実力者かもしれない。


 俺は敬意を籠めて、彼女を〈先輩〉と呼ぶことにした――決して名前が覚えられなかったからじゃない。

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