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Adventurer J/隣国への転移  作者: 澁谷晴
第九章 蒼穹漂流譚
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第四話 迷宮入り

 酒場の表から出ると〈酔いどれ騎士(ドランケン・ナイト)〉亭という店名と、ジョッキを掲げた騎士の絵が描かれた看板があり、「閉店中」の貼り紙がしてあった。そこいらは薄汚れた建物と薄汚れた人々が溢れ、ゴミやネズミの死骸などが転がっており、スラム街・ドヤ街って感じの場所だった。


 しばらく行くと嘴の欠けたグリフィン(鐘壊し)の石像があり、そこが〈鐘壊し横丁〉の入り口だった。どこか後ろ暗い感じの人々やカタギじゃないっぽい雰囲気のやつらで溢れてる。俺は行ったことないけど、盗賊の都ダガーピークはきっとこういう雰囲気なんだろう。

 どこの迷宮都市にもカモを探して悪党どもが出入りしてるはずだ。盗賊ギルドだけじゃなくフリーのやつらも多いだろうし、もしかするとアンブライアの暗殺者も来てるかもしれない。札付きを狙った賞金稼ぎもいるかも。やっぱり人が多いっていうのはトラブルも多い。コペクたちは、そこに乗じて荒稼ぎしてるはずだ。アルバ質屋の店主は、彼らの意に沿わない何かをやらかしたのだろう。


 俺は質屋を見つけ、まず一旦店の前を通り過ぎてはす向かい(・・・・・)の脇道に入った。そこで息を潜め、隠密の術を使う。もちろん誰にも探知されないように、時間をかけて隠蔽した上で。質屋に客が入るタイミングで飛び出し、影のように店に近づいてドアが閉まる前に滑り込んだ。客はしばらく店の中を見て、何も買わずに出ようとする。俺は店主にとって死角になっている場所に箱を置き、客とともに店を出た。


 〈酔いどれ騎士〉亭に戻り、フリービィに無事ことは済んだと伝える。彼女は満足そうに頷き、地下室が迷宮の一層に繋がってると教えてくれた。偽装の身分証を割引価格で作ってやることもできるので、金ができたらまた来なよ、と彼女は言った。


 地下室から続く迷宮への隠し通路は、まんま下水道だった。ひどい悪臭と害虫たくさん。俺はあまり気にしないことにした。


   ■


 ようやくブリガンズヘイヴンの迷宮へ入ると、外よりもマナは濃密だった。ここに限らず、迷宮っていうのはどこもそうだけど、一層にしては他よりだいぶ濃い。


 内部は、苔むした石造りの広大な通路だった。天井は高く、所々に開いた亀裂から光が降り注ぎ、点在する戦士や魔物の石像もあいまって、どこか大寺院のような壮大さがある。脇道は無数に延びていて、ジェイを探すのは難しそうだった。


 俺は薬草を採取し、身分証を作成する金をまずは稼ぐことにした。魔物との戦いは極力避けよう。

 こちらの武器は、使い古しのナイフと安物の銅の魔術触媒だけだ。さらに俺はほとんど戦闘用の魔法は知らない。隠蔽には多少自信はあるけど、少し下へ行けばそれも通用しないだろう。


 狭い通路をうろつき、光の下で薬草が群生してる場所を見つけた。ゴブリンが数匹いる。こいつら程度ならばれずに採取できそうだったけど、ちょうど冒険者が通りかかったので俺は姿を隠したまま、彼に倒してもらうことにした。少し傷を負いながら、一匹を残して倒してくれたので、俺は背後から近づいて最後のゴブリンをナイフで始末した。


「やあ、あんた大丈夫だった? 加勢した礼はそこの薬草半分でいいよ」


 冒険者は、お前は一匹しか倒してないだろ、と抗議してきたので、俺は傷薬を分けてやり、これで文句ないだろ、と言った。かくして俺は半分の薬草を手に入れることができた。少しの間の食費にはなるだろう。

 こっちにもっと戦力があれば、さらに手軽に稼げるのに。街道で出会ったあのシティエルフのように、誰かを雇えばいい。最高なのは金を払わずとも戦ってくれる手下ってか奴隷みたいな存在。そんな都合のいい相手はいないだろうし、可能性があるとすれば何か恩を着せて――


 俺はそんなことを考えながら、いつしか迷宮の奥のほうへ入り込んでいた。

 

 ふいにゴボゴボ、という嫌な水音が聞こえ、悪臭が鼻をついた。通路の奥を見ると、ろくでもない光景が広がってる。

 緑色のどろどろしたものが、床に開いた穴から湧き出てるのだった。あれはウーズという、下水道や沼地なんかによく出現する軟体の魔物だ。毒を持ってることも多いし、金属を腐食させる嫌な相手だ。火を使って焼かなければならないけど、もちろん俺にはできない。


 退却だ。俺は後退し、曲がり角に魔術でマークを付ける。冒険者ならおおむね使用可能な基本魔法で、このマークは「魔物の発生源」を示す符丁だ。本来ならこれから守衛と冒険者ギルドにでも報告すべきだろうけど、不法侵入の身ではボロが出そうだ。近くにいる誰かに伝えて、とっとと出よう。


 そのとき、ウーズの湧き出る音に混じって何かが聞こえた気がした。人の声にも聞こえたけど、付近には誰もいないように見えたし、マナもウーズたちのもの以外に感じられないので、俺はその場を後にした。


   ■


 遭遇した冒険者に、ウーズが発生している旨と、その箇所にマークを付けたことを伝えて、俺は〈酔いどれ騎士〉亭に戻った。報告を受けた冒険者か軍があのマークの箇所を探知し、ウーズどもを焼き払い、しかる後に穴を封じるはずだ。もしかすると報告者に謝礼が出たかも知れないけど、まあ手間賃としてあの冒険者にくれてやろう。


 上階にはコペクがいて、ラジオを聞きながら酒を飲んでる。流れてるのは確か〈ラグタイム〉っていう帝国で流行中の、陽気な音楽だ。前にファロの酒場で聞いたことがある。コペクはピアノの音色を浴びながら、どうやら血が混じってるらしい酒をゆっくりと啜ってる。


「ああ、帰ったか? ご苦労。いい音楽だろ? なあ知ってるかなチェレステ? 帝国じゃあラジオみたいな、音だけじゃなく映像も見られる受像機(テレヴィジョン)っていう装置が出回ってるって話さ。そいつがあればこう、楽隊が演奏してる様子とか遠くの景色とかを見られるんだけどな。この国じゃまだ放送が始まってない。あとどれだけかかるか分からないけど、たぶんオレが生きてるうちには実現するだろう、老衰を心配しなくて良い身の役得ってとこだよ」


 コペクは酔ってるせいか饒舌だった。俺としてはあまり興味はなかった。ほんとに目の前で起こってるってわけじゃない出来事を見る必要なんてあるんだろうか?


「で、迷宮はどうだったかな?」


「ウーズが湧き出してるのに出くわした。おぞましい光景だったよ。マークは付けたから近日中には対処されると思うけど」


「それはまた、大変だったな? 浅い階層と言えど割と容赦ない仕掛けがあるんだ。前も冒険者の一団が勇ましく入っていったら、上からオーガがどすん(・・・)と落ちてきたことがあった。そいつらの面子も体も丸つぶれさ、ハ・ハ・ハ」


 俺は適当に返事をして酒場を出ようとする、その背中にコペクが言った、


「なあ君、正式にうちの一員になるというのはどうかな? アルバの野郎が詫びを入れてきたんだ、君のおかげさ。フリービィも期待してるようだし、オレも君なら大歓迎だよ」


 考えとく、とだけ俺は振り返らずに答えた。

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