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Adventurer J/隣国への転移  作者: 澁谷晴
第九章 蒼穹漂流譚
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第一話 未来への旅

 それはすさまじいマナの奔流だった。激流に飲まれた木片のように、俺は抗うことはできなかった。

 朦朧とする意識の中、男の声を聞いた。力強いそれは、どうやら俺に語りかけてるようだった。


「大丈夫か? 巻き込んでしまって悪いな。オレは宿敵を追いかけている最中だ、やつを倒さなくては、新しい災厄が訪れる」


 災厄? 何言ってんだ? 災厄なんて、もう何世紀も起きてないんだぞ。


「伝えてくれ、誰にでもいい。オレは――ルキノ・レオーネは、まだ災厄の最後の残滓、〈欠片集め〉と戦っていると。決着は近い。オレの命に代えても、やつを滅ぼしてみせる――」


 その声を最後にマナは収束し、俺は意識を失った。


   ■


 目を開けると、青空が見えた。


 いい風だ。見覚えのない場所だったが構うことはない。大切なのはいい天気で、見渡す限り広大な草原が広がってて、俺は無傷だってこと。

 つまりまだ、旅を続けることができる。


 俺は先ほどの出来事を思い返してた。ここはどうやら俺がいたサライドでもないし、そもそも南方じゃない気がした。マナの質がずいぶんと濃厚で、だけどサライドやエンバーヴェイルみたく濁ってはない。


 たぶんここは、カルドランドだろう。


 何が起きたのかは知らないが、あのルキノ・レオーネって男と〈欠片集め〉――どっかの悪党か、なんかの魔物か? そいつとの戦いの余波で、俺は転移したらしい。


 まったく理屈は分からないが、転移ってのは事故が多いと聞く。最悪体がばらばらになったり、他のものと混じったり、あるいは消滅したり。

 今のところ、自分では健康体に思えるし、むしろこの転移は救いだった。

 何しろ俺が直前までいたサライドの魔女たちは、まったくもっていけ好かない連中だったからだ。

 やつらは魔力至上主義、そして女性至上主義だ。魔法が達者じゃない上に男の俺なんて、路傍の石みたいなもんだ――誰も関心を払わないし、ときどき蹴飛ばされる。


 あいつらのケツをエルム様が蹴っ飛ばしますように。俺は祈り、そしてそれを承諾したようにまたいい風が吹いた。


   ■


 街道をしばらくいくと、マナが乱れているのを感じた。誰かが魔法を使ってる。敵意といらだち、たぶん戦闘。近づくにつれて妙なマナに気づく、これは雷だ。晴れてるのにそこだけ雷雨みたいな匂い。前に会ったトランサルム人が、そういう感じの匂いだった。エルム様の兄弟のソリス様の匂いだ。


 俺は道の脇に逸れ、草に隠れながら戦闘の起こっている地点に近づく。戦ってるのは大狼数匹と、青みがかった鎧を着た騎士だった。雷の匂いは、そいつが手に持った短剣からしてる。騎士は狼に武器を向け、マナをこめた。雷の匂いが強くなったかと思うと、白い閃光が走り、雷撃が刃から放たれた。数匹の狼がそいつを受け、たぶん即死。


 脇から突っ込んできた狼が噛み付いてくる。騎士はそれを腕で受け――近づいて気づいたけどそいつの篭手、というか手自体からも変な気配がした。どうやら俺の知らない魔法がいくつかかかってるようだ――狼を蹴飛ばして短剣を突き刺し、残りにまた雷撃を放つ。


 騎士の後ろにはボロい車が斜めに止まってるし、急ブレーキの跡もあった。どうやら道にいきなり狼の群れが飛び出してきて、降りて戦ったみたいだ。わざわざ降車したのは、車をこれ以上壊したくはなかったからだろうか。俺は周囲に狼がもういないらしいと判断し、草むらを出て騎士に近づいた。


 そいつは狼が残ってたと思ったか、俺に短剣を向けたので「落ち着けって」と宥めた。騎士は兜を脱ぎ、面を見せる。なんとなく不遜そうな顔の女だった。


「なんだ君は? まさか私が狼に襲われているのを、指をくわえて見物してたっていうのか?」そいつはわずかに帝国訛りのある口調で不満げに言った。


「ああ、狼に噛まれるのはいやだから見てたよ」


「ふざけたことを、これだから風生まれ(ウィンドボーン)は。お前たちはいつだって無責任だ」


 騎士は偏見丸出し――と言いたいとこだけど確かに俺たちは無責任種族、俺はその中でも責任感あるほうだと自負してるけど。


「あんたは強そうだから余計な手出しはむしろ邪魔だと判断したんだよ。ところでもし良ければ近くの街かどこかに乗せてってくんないかな。歩くのは嫌いじゃないけど食い物があまりない。早いとこ行きたいし」


「本当に勝手なやつだな、ならひとつ条件がある、また魔物が跳び出してきたら今度こそ加勢しろ。当然だろう?」


 俺は曖昧に頷き、騎士に名を尋ねた。偉そうなやつが皆そうするように、彼女も「人の名を尋ねる前に自分が名乗れ」と言った。


「ほんとの名前なんて忘れた、けどたいていはチェレステ、って呼ばれてた。目の色からさ」


空色(チェレステ)か。お前たちの無責任さの象徴だ、自他の名前を覚えず、妙なあだ名で呼ぶってのはな」


 名前なんてあってないようなもんだ、あんた、お前、それで事足りるわけだし。エルフたちやカルドランドの冒険者だって、適当なあだ名や通り名ばかりを使ってる。だけど騎士様はお気に召さないようで、顔をしかめて言い放つ。


「私の名はきちんと覚えろ。私はアズルヘルムの浮雲ドリフティングクラウド、デイム・クレメンタイン・J・イースターブルックだ」


 俺は多少なり頭を働かせて努力するが、まったく覚えられない。どこまでが名前なんだ? 聞き取れたのは一箇所だけ。


「ああ、よろしく、ミス・ジェイ」


 彼女はいらだち何度か名乗りを繰り返したけど、その呪文みたく長い名前を覚えるのは難しそうだった。何しろジェイは俺たち風生まれよりも早口で、こちらに聞かせる気がぜんぜんなさそうだったし。

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