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Adventurer J/隣国への転移  作者: 澁谷晴
第九章 蒼穹漂流譚
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第二話 浮雲

 車内でジェイと話してるうちに妙なことが判明した。俺は単に空間的移動をさせられたって思ったけど、どうやら時間もだ、俺は百年近く未来に出現したらしかった。もちろんジェイか俺かどっちか、あるいは両方の頭がイカれてなければの話。ジェイは、まるで冒険公社の兵士みたいだな、と言った。公社員は帝国の冒険者で、過去から復活させられたっていう存在だ。


 俺の記憶じゃ帝国では公社と反乱軍が戦ってたはずだけど、どうやらとっくに反乱軍側が勝利し帝国は生まれ変わったらしい。そのあとおかしなことが起こり始めたそうだ。帝国の根幹を成すエーテルが薄れ始め、世界から魔物や迷宮が消えていった。フィルベルグの竜は弱って数を減らし、エンバーヴェイルやアシュワンドの呪いも薄れ、サライドの――魔女どもが不便してると思うと愉快な気持ちになる――地脈もかなり力を落としているそうだ。


 だけどカルドランドは例外で、むしろ迷宮は増え魔物は数を増してるらしい――確かにここは、俺がいたサライドと同じかそれ以上にマナが濃い。転移したときに感じた風のすがすがしさは、魔女どもから逃れられたからだと思ったけど、別の理由もあったということか。


 なんでも今は迷宮開拓時代と呼ばれてて、この王国の各地に出現した迷宮を目指して、冒険者が各国から集まってるそうだ。帝国が迷宮に覆われたころみたいに、発掘が熱を帯びてるとのこと、世界中で力をもてあましてる人々が入国してるってわけで、俺もある意味その一人みたいなもんだ。ジェイもそうで、彼女はアズルヘルムから呪物を回収するためにこの地を訪れたそうだ。


「お前も名高い特務騎士〈浮雲〉の名は聞き覚えがあるだろう? 我らは迷宮に湧いた、あるいは未管理で出回っている危険な呪具を回収する任務を帯びている。教皇聖下と天空神ヒムの名において」


 ジェイの手に感じた妙なマナは抗呪の魔法によるものだった。彼女が得意げに語ったところによると、騎士たちはそもそも呪いに対しある程度耐性を持つやつだけがなれて、しかも手の刺青、手袋、そして篭手と三重にかかった魔法で呪いを防いでるのだそうだ。


 俺はジェイに、ルキノ・レオーネと〈欠片集め〉についても尋ねた。彼女は驚いてこっちを見る。俺は前をちゃんと見て運転してくれ、と言った。また狼や何やらが飛び出してくるとも限らない。彼女は視線を前方に戻して話し始める。


「お前が嘘を言っていないのなら、それは驚くべきことだ。ルキノ・レオーネはかつてこの王国に起こった第六次災厄を鎮めた勇者だ。彼は最後に〈欠片集め〉と戦い、その姿を消した。次に現れたのは約二十年後、帝都の騒乱の折だ、またすぐに姿を消したがな。〈欠片集め〉とは、歴史上重大な出来事が起こる時、強い運命を持った人間を襲うために現れる、カイルナーヴァの大敵とも言われる魔物だ。ルキノ・レオーネは時を越えて逃走するこの魔物と戦い続けているという。お前はそれに巻き込まれたのだろう」


「それはなんとも迷惑な話だ。俺は別にたいして気にしてないからいいけど、家族や友人と離れ離れになってしまうわけだろ」


「まったくだ、巻き込まれたのがお前で良かったと言うべきだろう」


 ジェイはやはり不遜で偏見的な人物だったが、サライドの魔女やグランクローシェの悪徳な聖職者に比べればそれでも人格者に思えた。こいつにくっついてどこかの街へ行き、薬草でも採取してしばらくの飯代に当てよう。


 そういや、どこへ向かっているのか聞いていなかった。というかここはどの辺?


「ここは大陸中央の都市、モーンブルワークから南下した辺りだ。この先に迷宮都市、〈ブリガンズヘイヴン〉がある。この辺りじゃあ最大規模の迷宮だ。私はそこで呪具を発掘するために来たのだ」


「そいつを浄化するために?」


「浄化などしてはもったいないだろう、そのまま使うのだ。調査し、場合によってはアシュワンドにでも供給する。最近は呪いが落ち着いてきたせいで以前より需要も減っているが、それでも高値で売れる」


 横流しか、こいつらのやってることはつまり危険物のブローカーだな。天空神ヒムについてはあんまり知らないけど、ハルミナ(泥棒の神)に近いのかも知れない。最大の信徒たちがこんなことやってるんだから。ジェイは、危険物を適切に管理するのは選ばれた人間の義務だと言ってる。だけどそれなら、どう考えても浄化すべきだ。まあ俺は呪いの矛先が向かなきゃ別にどうでもいいけど。


 しばらく行くと、街道が封鎖されていた。そこにいるのはジェイよりも態度がでかそうなシティエルフの男だ。周囲には黒い鎧を着た兵士たちも何人かいる。そいつらはマナの流れが妙だった。体内の魔力器を弄ってるらしい。エンバーヴェイルの傭兵たちが昔から用いてた技術だ。少し離れたところで、誰かが魔獣らしき数匹の敵と戦ってるようだった。


「君たち、ブリガンズヘイヴンへ向かうところかい? 現在我々が魔獣の討伐に当たっているところだ。もう少し待ちたまえ」エルフは停車した俺たちに向かってそう言った。


「別に急いでいるわけではない、ここで待たせてもらおう。あなたは冒険者か?」


「そうだと言えるし、そうでないとも言える」ジェイの問いに対して男が答える。「現在、王国じゅうで魔物が不自然に発生し続けている。冒険者も軍も地域ごとの自警団も皆、総動員で討伐に当たっている、わたしもその一人ってわけだ、実際に動くのは部下たちだがな。魔物の素材も体内の魔石もいい金になる。武器や薬、魔術触媒の材料はいくらあっても足りない時代だ。濡れ手に粟ってやつさ。わたしはエンバーヴェイル人の傭兵団を金にものを言わせて雇用した。初期投資で借金をしたが、すぐに取り戻せた。実にいい時代だよ」


 上機嫌で己の過去を語る男のもとに、一人の兵士がやって来て報告する。「ハーフエルフ、双頭野犬の全討伐完了だ」


 その呼び名を聞いて男は激昂する。〈ハーフエルフ〉はラエルのウッドエルフが古くから用いた、帝国の捕虜、そして臣民に身を落とした同族への蔑称だ。今日の帝国じゃ放送禁止用語らしい。


「馬鹿野郎、俺をそう呼ぶんじゃねえ! いいか、お前らはまったくもって礼儀ってもんが――」


「ああ分かった分かった、で、現在解体に当たっている。傷もないし毛皮まで高く売れるだろうさ。魔石はいいのがすでに見つかってるし、帰ったら宴会だ」


 男は鼻を鳴らして引き続き作業に当たれと命じ、俺たちに向き直る。「聞いたとおりだ、もうじき通れるだろう」


 俺は疑問に思ったことを男に尋ねた。「あのさ、あんたは戦うわけじゃないんだろ、雇用主ってだけで。じゃあ街にいたほうが安全じゃないの? こうして現場まで出てくるのは――」


「わたしはただの雇用主ではない、指揮官なのだ。こいつらがサボったり逃走しないように、目を光らせておかねばらないのだ」


 それを聞いた周囲の兵士たちの反応は冷ややかに見えた。しかし傭兵を雇って仕事を代わりにやってもらう、この手法は悪くないかもしれない。元手になる金なんてないけど。借金をするというのも手だが、大抵の銀行は風生まれには金を貸さない場合が多い。俺たちは宵越しの銭は持たないたち(・・)だと思ってるのだ。それもまた多くの同族に対して正解だけど。


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