第十話 カルドランドの竜狩り
死とは、その人物の終焉だ。本人にとってはそれ以上ではないが、遺された人々にとっては違う意味を持つ。
どのように生き、どのように死んだか。それは死者の名とともに語り継がれる。
一人の竜狩りが遁走の果てに呪われ、焼け死んだこと。
あるいは、別の竜狩りが戦いの果てに朽ち果てたこと。
そして、竜狩りになろうとした少女が、無謀な戦いの末、竜の息に焼かれたこと。
「そうだ。死は既に、お前の一部だ」
炎の吐息に包まれながらも、ジェイは燃えてはいなかった。そして、止まることもなかった。
それを外套のように纏い、キールの腕を剣ごと斬り飛ばし、その喉元に刃を突きつけた。
「お前を焼いた竜の火は、既にお前の武器と化している。お前もオレと同じく、人と竜の境界だ」
「あなたは、本気を出していませんでしたね? あたしにこの力を獲得させるための戦いだったわけですか?」
キールはそれを首肯した。「デプシーカはそのための場所だ、迷宮に選ばれたものを高みへ引き上げる。さて仕上げだ。オレの剣で止めを刺せ。そしてオレの血を飲め」
ジェイは顔を顰めた。感覚的に嫌悪感を覚えただけではなく、竜の血はたいていの生物にとって毒となる劇薬だからだ。
「今のお前は死にはしない。さらに竜に近づき、多くの恩恵を齎すだろう。やれ、〈燃え立つ懸巣〉」
逡巡の後、ジェイは白く光る彼の剣を広い、握り締める。
「迷宮に、そして神へ感謝だ。オレは後継者を見つけることができたのだからな。お前の武運を祈っている。よい狩りを、〈竜狩り〉」
祈る相手は太陽神か混沌の神か、竜人キールの最期は、戦いに満ちた彼の人生とは不釣合いな穏やかな顔だった。
■
翌朝、ジェイを見た同行者たちは彼女が前日とは別人に思え、何があったのかと困惑するばかりだった。小柄な少女には不釣合いな、大きな剣――彼女は〈太陽齧りのキール〉と立会い、勝利し、彼からこの魔剣を受け継いだことを告げた。
「自分の過去を思い出しました。あたしの名前はジャスティーナ。カルドランドの竜狩りです」
その口調は熟練の戦士のようで、本当に竜を何匹も倒した竜狩りかのようだった。
それから四人は、クロムウェルを経由し、迷宮の出口へ到達することができた。
ステファノは迷宮に戻り、今後も反乱軍の一員として戦い続けるだろう。リリアーナはナイルとともに、〈黄金の血〉の本拠地ダガーピークへ向かい、きっとかのクランの一員に加入するはずだ。
そしてジェイ――竜狩りのジャスティーナは、もはや呪いの夢に苦しむことはなかった。
彼女を焼いた炎は既にその身体の一部。体内を巡る竜の血は、彼女の強き力となった。
恐らくかつて竜が齧りついた、太陽の欠片が自分の中に入り込んだのだ――ジャスティーナはそう思う。それは竜をも焼き尽くす炎となり、〈許し〉はこれから数多の竜を屠ることだろう。
祖先が棄てた北の地、フィルベルグへ向かい、竜狩りを続けよう。剣と血を託してくれたキールのように、戦いの果てでいつか倒れるまで。
彼女は迷宮を出て、次なる冒険を開始した。
■
その後、迷宮は拡大をやめ、魔物は姿を消していき、やがて反乱軍はすべての公社員を鎮圧した。
王国へ亡命していた公爵家の子孫は、新たにノヴィレグナを統治下に置き、反乱軍は正規軍として登用されるに至った。
復興が始まろうとしている。そして、ここ百年で迷宮から発掘された多くの魔法具はさらなる繁栄を齎すだろう。
だが、同時にその技術は武器にもなる。既に、迷宮には各国の手のものが入り込み、魔法具を持ち出して研究を始めている。
ノヴィレグナの迷宮の脅威が消え、新たなる災厄も起こる気配がない。
そして、冒険者たちは気づき始める。魔物の数が次第に減少し、迷宮も各地で入り口を閉ざし消滅しだしたことに。
さらには、名高い英雄たちがいつしか姿を消し始めた――それは今に始まったことではなかった。戦いの中で敗れ、眠りについたのだと誰もが思い、やがてその名を忘れてしまう、あるいは伝説として語り継がれる。
世界は見かけ上、平和を取り戻している。
真実に気づいているのは魔人たち――ローギルの先兵だけだった。
かの神はこの世界を放棄することに決めたのだ。もちろん、即座に消滅するわけでもない。自分たちが真の役割を果たす――世界を滅ぼすときが来るのはまだ先だ。あるいは、その機会は永久に訪れないのかもしれないが。
かくして伝説は次第に色あせ、強者は去り、仇敵は消え、世界から冒険というものが失われていく。
この文明でも今後、繁栄は何度かあるかも知れない。それすらもやがて、緩やかに衰退し、消えうせる。
そして、魔人たちだけが虚ろな世界をさまよい続けることだろう。
彼らは自分たちの世界――物語の舞台をしばし見つめ、そして再び、それぞれの役目を全うするために歩き出す。
第八章 完




