第四話 反乱軍
現在の帝国全域を覆う迷宮は、巨大な石造りの要塞といった雰囲気だ。もともとあった都市を飲み込み、一体化し、それらを増殖させている。
ラスティとジェイはそれから何度か冒険公社の部隊と遭遇したが、気づかれる前にやり過ごし、気づかれた場合、ラスティが無慈悲に自己の魔術に物を言わせた。彼女は多くのエルフがそうであるように、エーテルを用いた魔術使用があまり好きではないようだったが、それを巧みに使いこなしていた。〈杭〉を用いるほどの強敵には出くわさなかったし、単純な身体強化のみの魔術でほぼ一方的に勝利できた。なにしろ彼女は悪名高い傭兵の国、エンバーヴェイル出身者らしかった。
廃墟と化した市場で、一人の公社員を三人の相手が囲んでいるのに遭遇した。ラスティはジェイに「見ておきたまえ、彼らの秘儀が見られるぞ」と、横倒しになった屋台の陰で囁いた。
エルフの男が構えたのは、赤い光を放つ槍だった。それを掲げるだけで、公社員がひるんだ。
拘束の魔術を二人が放ち、動きを封じたところでエルフは槍を振るい公社員を吹き飛ばした。
赤い光に包まれて倒れたその人物から仮面と、松明を掲げたミノタウロスの紋章の描かれた軍服が引き剥がされ、中から黒い鎧を着た、長身で痩せた女性が現れた。
「見たかな、あれこそが反乱軍の長が持ち込んだ兵器〈覆い剥がし〉だ。あの光だけで公社員の動きを止め、直接触れれば皇帝の支配から引き剥がすことができる優れものだ」
「あんなのがあれば」ジェイはその槍を見つめながら言った。「公社に勝ち目はなさそうなものですが」
「数に限りがあり、たやすく量産できないらしい。あれを持てるのは精鋭だけだ。奪われて研究されても困るだろうからね。恐らく君も、あの槍の一撃を受けて仮面を引き剥がされたのだろう」
反乱軍の兵士たちは、倒れた女性を担架に乗せて運んでいく。槍を持ったエルフは、ラスティとジェイに気づいて歩み寄ってきた。
「冒険者の方々ですかい? 戦闘は終わりましたんで、ご安心を」
「ああ、見事な手腕を拝見したよ。ところで我々は、この迷宮から脱出したいんだ。ひとつ手を貸してくれるかな? 金は払う。それにこちらのお嬢さんは元公社員だ。しかし戦闘中に処置が中断したらしく、記憶が未だに曖昧なのだ。そちらで保護してくれないかな」
エルフの男はジェイを見て、
「ああ、確かに微弱ですが槍が反応してますな。なるほど、そういう事情ならば我らに責任があるようだ。部隊長の所までおこしください。最新の地図と案内人を付けましょう、俺はヴィッダー」
ジェイとラスティも各々の、本名ではない呼称を名乗って彼に続いた。
■
反乱軍の基地は魔術的に封鎖された空間の奥地にある、崩れかけたパブだった。門番は屈強なドヴェルの戦士で、しかし朗らかに一同を迎え入れた。
部隊長は、〈亡霊岬のエイリーク〉と名乗る隻眼のトランサルム人で、元公社員だった。反乱軍の頭によって解放されて後、皇帝への怒りから目覚しい活躍を続けてきたらしい。
「まずはお嬢ちゃんに詫びなきゃなんねぇな。オレらが半端な仕事をしたせいで路頭に迷わせちまって。だが言い訳させてもらえりゃ、あんたも結構な腕前だったんだろうさ、竜の討伐隊にいたってえのも頷けるよ。槍を使えば記憶もいずれ戻るこったろう。あっちでおねんねしてる姐さんと一緒に処置を受けてもらおうじゃねえか」
壮年のエイリークはしわがれた声でジェイにそう話した。
「さっきの方ですか。あの人も仲間に加えるおつもりなんですか?」
「本人が首を縦に振りゃあそうするさ。言うまでもねえこったが、無理強いしちゃ皇帝と同じだかんな。やっこさんは〈路地裏の掃除屋〉っつう名前だった、だいぶ長ぇ間、汚れ仕事をやってた古参さ、確か迷宮ができる前からいたそうだからな。彼女は逃げ隠れが得意な吸血鬼で、ようやっと追い詰めて解放できたわけさ。こっちの運もよかったし、昔ほど公社員は強くなくなってきてんだ」
ジェイは〈掃除屋〉とともに記憶を取り戻す治療を受けるため、案内された奥の部屋へ入った。ラスティはエイリークに「私から少し話がある」と告げる。
「ああ、あんたはここの外に出たいんだって? どっからか迷い込んだのかい?」
「いいや、私はずっとここにいた。フラッドゲート監獄の奥深くに」
部隊長は怪訝そうにラスティを見つめた。彼女の容姿、そして傍らの錆びた杭。
「ちょっと待てあんた――まさか〈錆び杭の悪魔〉かい!? 処刑されたってはずだろ?」
それを聞いてラスティはさも愉快そうに、
「おや、部隊長は私をご存知か。もしかしてリアルタイムであの騒動を体験したのかな」
「オレが駆け出し冒険者やってた時分にあんたは有名だったぜ。手始めに聖職者を二十四人殺害」
「二十六人だよ。帝都警察は二人を発見できなかった。私も当時はそれほど隠蔽に力を入れていたわけではなかったけれど、彼らは実にお粗末だった。私が出頭してからは色々な方法で処刑を試みたが一度として成功しなかったんだ。私はカイルナーヴァによって死すべき定めを除かれているからね。使命を果たすまでは死なない、そしてその使命は恐らくまだまだ達成できない、だから私はいつまでも死なないのさ」
「ここにいる奴らは」部隊長と兵士たちが武器に手をやりながら、「あんたの基準じゃあターゲットなのかい、悪魔さんよ」
「私を悪魔などと呼ぶのは、魔界から這いずりだしてきた本物を知らない方々だけだよ。私が活動してた当時の新聞記者に比べれば、一度迷宮から悪魔があふれ出てきた体験を経て今の帝国人は違いが分かっているはずだと思っていたけれど。ああ、ご心配なく。ここにいる方々は私のターゲットじゃあないよ。むしろその逆で、世界を救済しようとしている英雄たちだからね。私の使命とは、世界を歪める醜悪な輩をすべて消去することなんだ」
エイリークや兵士たちは、この女はどうやら狂っていてその狂った価値判断に基づき手を下しているのだろう、と思った。あるいは警戒するだけ無駄かも知れない。かつて帝都の夜を震撼させた恐るべき殺人者の一人ラスティネイル、当時は警官だけでなく、優秀な賞金稼ぎや冒険者も何人か犠牲となった。自ら名乗り出るまで、彼女を誰も捕まえられなかったし正体も不明のままだったのだ。
もしかすると単にこの人物は大昔に存在してたエルフの殺人者のことを知っていて、その名を好んで名乗っているだけという可能性もあった。しかしどちらにせよ、まともではないことに変わりはない。今の所はまだ、何かをしでかすつもりはなさそうだが、いつまで持つことか。
「私は今、部下をこちらへ呼び寄せている。クロムウェル手前の宿場町辺りで合流する手はずだ、そこまで案内してくれれば良い」
「部下だって? あんたはずっと単独で犯行を続けていたんだろう? そう自供していたはずだ」
「ああ、ところが災厄が私に部下を授けてくれたんだ。囚われの私の変わりに世界の浄化を続けてくれた集団。お望みとあらば、あなた方の依頼を受けても良い。案内に対しこちらが支払う額を帳消しにしてもまだ足りないかも知れないけれど。だけど我らは、どんなやつでも喰らってみせる。何なら人でなくともいいんだ。人の形をしてさえいればね」




