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Adventurer J/隣国への転移  作者: 澁谷晴
第八章 再びの冒険
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第五話 吸血鬼リリアーナ

 ジェイが傍らに腰掛けてからほどなくして、〈路地裏の掃除屋〉は目覚めた。部屋の真ん中には赤く光る〈覆い剥がし(アンヴェーラー)〉が置かれており、そこにいるだけで二人の記憶は徐々に戻っていくそうだ。


 〈掃除屋〉の正体は背が高く、痩せた不健康そうな女性だ。まずジェイは彼女の赤い眼と、肥大化した犬歯で吸血鬼だと気づいた。もちろん、今すぐに血を求めて襲い掛かってくるなどといったことはなかった。

 彼女は最初戸惑っていたが、風生まれ(ウィンドボーン)の治癒師がやって来て彼女の体に何らかの魔術――どうやらラスティがジェイに使ったのと同じような、傷がないか調べる術――をかけながら状況を説明する。


 〈掃除屋〉はリリアーナと名乗った。グランクローシェの冒険者だったらしい。ご迷惑をおかけしました、と頭を下げるが、治癒師は「仕事だ」と気にした様子はない。むしろ彼女のほうが被害者なのだ。


 リリアーナには今後、反乱軍の一員として公社員の解放に加わるか、帝国を脱出するかの選択肢が与えられた。彼女はしばらく考えたい、と言ってから、気だるげにまた横たわった。


 パブの店内にジェイが戻ると、ラスティが楽しげに話しかけてきた。部隊長から仕事の依頼を受けたらしい。

 ここから東に開口部があり、脱出するならそこだが、道中に公社の基地がある。駐留する敵の数はそれほどでもないが、強力な社員である〈執行官〉の一人がそこにいるそうだ。ジェイは、あの槍があればどうってことないんじゃないですか? と疑問を口にする。ヴィッダーが、下っ端なら槍を近づけただけで記憶が蘇るが、元が強力な冒険者であればなかなか利きづらいのだと説明する。皇帝が兵隊として呼び出す際に、より強固にかつての記憶を封じているからだ。

 件の執行官は〈黎明を歩むもの(ドーンウォーカー)〉という名前の剣士だという。ラスティがエイリークから受けた依頼とは、この人物を倒すことだった。


 大都市クロムウェルの手前に、宿場町ができている。ラスティは執行官を討伐後、そこへ目指して部下と合流して開口部から脱出する予定だ。


 護衛と案内を兼ねて、ステファノという僧侶が同行することになった。三十過ぎの帝国人で、彼もまた元公社員だった。雰囲気はまったく聖職者らしからぬ、いかさま師のような伊達男だ。


 もうじき日が暮れるので出発は夜明けだ、と部隊長が言った。ここは天井に覆われた迷宮だが、昼夜が存在する。明かりが自動で消え、暗闇が訪れるのだ。夜間は危険な魔物が徘徊するので避けたほうがいいということだ。


 夕食はたっぷりと食べることができた。迷宮内ではあるが流通があるし、耕作地や牧地も存在している。捉えた魔物の肉を利用することもできるし、迷宮内を流れる川や、海水が流れ込んでいる場所で漁もできる。反乱軍は住民と協力関係にあり、商人たちにとって重要な顧客だ。公社員は食事を必要としないし、武具も自前のものしか使わない。


 就寝時、リリアーナとステファノが話している声がした。ジェイは夢うつつでそれを聞いている。


「懺悔する気ならここじゃあ他のやつらに聞こえちまうかも知れねぇぞ、もっと奥へ行ったほうがいいんじゃねえか?」


「構わないわ、隠すようなことでもないし。ステファノ、あなたもかつては公社員だったのよね? その間のことは覚えているかしら?」


「ほとんど忘れちまったな、何人か殺したのかも知れねぇが罪に問われるこたぁねえし、リリアーナ、あんたがそいつを気にしてるなら忘れちまったほうがいいだろうさ」


「殺し自体は初めてというわけじゃないわ、わたしは賞金稼ぎだったから。いえ、本題はそれじゃあなく、あなたがれっきとした聖職者かどうかについてよ」


 ステファノは怪訝そうにしばし沈黙した。


「れっきとした、って言葉の定義によるな。俺ぁハルミナの僧侶だからさ。元、あるいは現役の盗賊やならず者が信者の大半だし、僧侶だってほとんどそうだ。おまけに宗派にも拠るが、相手が悪徳者とこちらが判断したなら、盗みによって捌きを下しちまってもいいってお墨付きが与えられてるしな」


 それを聞いてリリアーナは少しばかり唸り、

「ああ、本人に聞くより味わったほうが早いわね。単刀直入に言うけれど、あなたの血が欲しいのよ。なんならツケにしていただいても構わないから」


 リリアーナは、聖職者の血だけを好んで飲むという自らの嗜好を、隠し立てすることもなく話した。彼女によれば、信仰する神によって味は異なるし、敬虔さに応じてその濃さも変わるらしい。


「公社員になっている間、あなたやわたしは元の人格と違うものに支配されていたわけよね。それが信仰にどう影響するのか――神がどう判断するのか気になったのだけれど、聞くより味わってみるほうが手っ取り早いわ。で、どうなの?」


 息を吐く音、そしてステファノはこれを承諾した。しかし直接喉や手首からではなく、指を切って器に注ぎ飲んでもらう、と彼は言った。

 吸血鬼は単純な接触では感染しない。魔術的・長期的な手順が必要で、満月の夜に行われる最後の儀式を迎えるまで、〈新生児〉が誕生することはない。だからといって噛み付かれるのを諸手を挙げて歓迎できはしないだろうが、それでも、このハルミナの僧侶は初対面の吸血鬼に、施しの心を示すことにした。


 飲み干してからリリアーナは満足そうに言う、

「この酸味と後に残る甘み、あなたはだいぶハルミナとの関わりが深いわね。皇帝の支配を経ても敬虔な僧侶だわ。久々に味わった美味、感謝するわ」


 再び僧侶は深く息を吐き、あんたは〈黄金の血〉へ加入すべきかもな、と呟いた。


「王国の南、ダガーピークにある吸血鬼だけのクランだ。その団員はすべて、あんたのように特定の相手の血しか飲まねぇって話さ。確か今、この付近に一人そこの吸血鬼が来てるはずだ。とはいえ会わせていいかは判断しかねるな、その男は吸血鬼狩りを専門とする凄腕なんだから。人間だったころからあんたの同族を狩り、その血を飲んでたっていうぜ。俺があんたなら、近寄りたいとは金輪際思わねぇけどね」


 ステファノはそう言ったが、リリアーナは可能ならその人物に会いたいとの意思を示した。その男は〈吸血鬼狩りヴァンパイア・ハンター〉とはいえ、同族からなるクランに所属しているのだ。無差別に吸血鬼を襲いその血を啜るような輩なら、〈黄金の血〉に在籍できるはずがない。むしろそのような無法者を狩るために彼は戦っているのだ。


 翌朝、リリアーナの申し出を聞いた部隊長エイリークもその男、ナイル・レンフィールドを知っていた。これまでも何度か、クランへ加入したがっている同族や、退治すべき吸血鬼を求めて帝国へ侵入してきたことがあるそうだ。


 近くの支部へ問い合わせたところ、ナイルはここから東、ジェイたちが向かうべき方向にいるらしい。〈黎明を歩むもの〉の基地から少し先にある街をナイルは拠点とし、数日おきに血まみれになって戻ってくるらしい。むろん彼のではなく、犠牲となった吸血鬼のものだ。


 ジェイは疑問に思っていたことをエイリークに質問した。反乱軍とは冒険公社の目をかいくぐり、ゲリラ戦で少しずつ勢力をそぎ落とす、影のような存在だとイメージしていた。しかし遠くの支部ともエーテルの通信網が張られ、基地内はそこまで緊張感で溢れているわけでもない――ラスティに対して多少不審そうな視線を向ける隊員が多いが――どちらかと言えばまるで、迷宮探索をする冒険者ギルドのような雰囲気だ。


 部隊長はこれを肯定した。まさにその通りだと。反乱軍とは言うが、その実態はノヴィレグナという巨大迷宮に挑む冒険者の集団なのだ。


 かつて、結成当初は違ったが、最近では目に見えて公社の下級兵が弱体化している。〈執行官〉以上の精鋭はもちろん話が違うが、そうでなくばそれほどの強敵でもないらしい。住民たちも、公社に苦しめられたり、反乱軍の居場所を密告しようとしたりといった雰囲気ではない。住民たちの代表者が連携を取り合い、帝国の各地域が半ば自治区のようになっているらしい。出入りする冒険者や商人たちもいるし、農地や牧地も確保できている。何よりエーテルが安定して全域に供給されている。なにしろ、もともとこの迷宮は、アデレード皇帝が帝国にとって都合のいい環境を整えるために築いたものだ。居住に適した場所がいくつもあり、大規模な都市すら残されている。そこに魔物が進入してくることはない。


 冒険公社も、指示を受ける統治者を持っているわけではなく、半ば拠点ごとに独立して、彼らのいうところの〈不法冒険者(アウトロー)〉を場当たり的に狩ろうとしているだけだ。これらの事実から、反乱軍はもはや、統治機構としての帝国は機能していないとみなしている。国を打倒しようにも、皇帝も元老院も所在が明らかになっておらず、働きかけてくることもないのだ。


 だから、現在では反乱軍は公社の完全な無力化と迷宮探索、魔物の討伐や犯罪者の対処など、その名に反して旧来の冒険者のような活動を行っているに過ぎないという。


 ここまでの勢力に育ったのは、反乱軍を結成したという〈総隊長〉が〈覆い剥がし(アンヴェーラー)〉を供給したのが大きい。そして皇帝と公社の秘密を告発、さらに最初期には単独で槍を振るい、当時はまだ統率されていた公社員を手玉に取り反乱軍へ引き込んだのだという。


 彼、あるいは彼女に関しては極めて情報が少ない。

 直接接触したことがあるのは、古参の隊員や最高幹部など少数だけだ。エルフだという噂もあるが、総隊長がどこから来たのかは謎に包まれている。かつて帝国で活動していた冒険者という説もあれば、アシュワンドの僧侶の一人という説もある。この迷宮は災厄のひとつで、総隊長こそがそれを打ち倒す勇者という者さえいる。いずれにしろ、自ら先陣を切って戦っただけあって、その戦闘能力はかなりのものだろう。


   ■


 ジェイたち一行は東へ向け出発した。メンバーは彼女とラスティ、リリアーナにステファノの四人だ。まだジェイとリリアーナは本調子ではないが、ラスティがいるために誰も心配はしていなかった。ヴィッダーは彼女を見ながら、俺が十人いても彼女一人に勝てないと思いますよ、と述べた。

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