第三話 不法冒険者
牢獄の外は異様な空間だった。二人がいるのは高大な縦穴の底で、上へ向かって螺旋階段が伸びている。青白い明かりが等間隔で灯っており、相当な高さまで階段が続いていることが分かった。
二人は階段を登り始め、ほどなくしてラスティが口を開く。
「さてジェイ、私の素性については多少なり話したが、君についても聞かせてもらおうか? 君はどこから来たのだ? そこで何をしていたのかな?」
「あたしはモーンブルワークの冒険者です。珍しくレインメーカー――竜が発見されたので討伐隊に抜擢され、その縄張りに踏み込もうとしたことは覚えていますが……」
モーンブルワーク。カルドランド中央に位置する都市だ。ラスティはほう、と驚きの声を上げた。
「王国、それも中央部にまで竜が現れるとは珍しい、その討伐に参加するというのだから、君はさぞ勇敢なのだろう。しかし、何を間違ってこんな場所にまで来てしまったのやら。そう、この大牢獄に」
ジェイは今まで持っていなかった違和感が急激に膨らむのを感じた。少なくともモーンブルワーク、あるいは近隣にこんな巨大な監獄があるだなんて聞いたことはない。
「まさか、あたしは転移したのですか?」
先を歩いていたラスティはちらりと彼女を振り返った。
「そう、言えなくもない。元いた場所からここへ連れてこられたという意味ではな。ここはカルドランドじゃない、帝国だ。もっとも、今もそう呼んでいいかは疑問だな。かつてとはすっかり様変わりしてしまったのだから」
帝国!? ジェイは驚愕して思わず叫んだ。ラスティはさぞ面白そうに、「ああ、あたいの帝国訛りってやつを聞いても察しが付かなかったのかい、お馬鹿さん?」とふざけた声色で言ってから元の口調に戻り、
「驚くべきことでもないさ、昔からそういった長距離でも色々な原因で飛び越えさせられた例がいくつもある。私の知っている中だと、君とは逆にノヴィレグナから王国の東、フェルネストまで転移した冒険者がいた。魔剣の力でね、ああ、奇しくも彼の名前も君と――」
「じゃあ、早く戻らないと! こんなことをしている場合じゃ」
「落ち着きたまえ。モーンブルワークへ戻るにはまず、この場所を出なければならないだろう? それに竜狩りの栄光を手にしたい気持ちは分かるが、恐らくとっくに戦いは終わっていると思うよ。なあ君、先ほども聞いたが今は具体的に何年だ? 覚えている限り」
「九八三年です、それがどうしたって――」
怪訝そうに答えた少女に対し、それから百年以上過ぎている、とエルフの囚人は真剣な顔で告げた。
百年? そんなはずはない。この人物はずっと牢獄にいたのだ。時間の感覚がおかしくなっていても不思議はない。
ジェイはそう考えたが、ラスティはそれを打ち消すように語りかける。
「君がいた時代から一世紀前に、第六時災厄があったのは知っているだろう? 虚無から生まれた軍勢を、多くの人々が獲得したのだ。私もある集団の長となって、部下たちはずっと監獄の外で動き続けていた。だから、あの牢屋にずっといたにもかかわらず、私は外の出来事を色々と知っているんだよ。
さて君だ。記憶の欠如、過去のしかも離れた場所からの転移。正体をずばり言ってしまうと、きっと〈冒険公社〉の一員だったのだろう」
半ば呆然と、ジェイはラスティの話を聞いていた。
彼女が言うには、かつての皇帝アデレード七世は奇怪な力を使い、過去に死んだ冒険者を蘇らせ、記憶を封じた上で部下としていたらしい。
それによって彼女は膨大な戦力を手にしたのだという。ジェイもその一人だったということは、過去のカルドランドで既に死しているということだ。
そう言われても、実感はなかった。呼吸もしているし、心臓も間違いなく動いている。長い階段を歩いているうちに汗も掻いている。どんな屍術士でもこれほど完璧な蘇生は不可能なはずだ――
「なんというか、正確にはアデレード七世は蘇らせていたわけじゃないそうだ。この世界を膨大な、一人ひとりの〈物語〉の集合体と捉えていて、その途切れた物語を再開させている――編纂者のようなものだと考えてくれればいい。君はいうなれば、終わった物語の続きという〈現象〉なのさ。そう言われても困るだろうが」
「なら……その話が本当なら、どうしてあたしは、封じられていた記憶を取り戻したっていうのですか?」
縋り付くようにそう問いかけたジェイに対し、ラスティは答えなかった。そうする前に銃撃が上階から放たれたのだ。彼女は防護の魔術で、弾丸を弾き返した。
「敵だ、君の元同僚だよ。準備をするんだ、戦いが始まる」
上から数人の足音と、くぐもった声が聞こえた。
「不法冒険者だ! 奴らを駆除せよ!」
■
帝国が迷宮に覆われて以来、外部とはほぼ断絶状態が続いていたが、あるとき〈反乱軍〉を名乗る集団が、その内情を暴露した。
先帝アデレードは恐るべき力を手にし、過去の死者を蘇らせ、それらを兵隊として用いている。
この冒涜も許しがたいが、現在の帝国は国土を覆う迷宮を制御することができていない。
このままではノヴィレグナはすべてを飲み込んでしまう。我々がこの支配から帝国を解き放つのだ。
そう言った彼らは迷宮の各地で戦いを開始した。当初はすぐ制圧されるものと思われていたが、次第にその勢力は増し、帝国は思うように彼らを鎮圧することができなかった。彼らは〈冒険公社〉の社員たちを、何らかの手段を用いて寝返らせているらしい。
戦局が危うくなり、次第に中枢部〈旧アウレア〉へ及ぶにつれ、迷宮内はにわかに複雑さを増し、魔物の出現が増加し、そして公社員たちは苛烈になり、残留している冒険者や調査のために外部から入り込んだ探検者を不法冒険者とし、問答無用で攻撃に出始めた。
現皇帝が自らを脅かす反乱に対処するため、なりふり構わず抗戦に出たのか。あるいは、既にアウレアは何者かによって陥落し、簒奪者が迷宮を暴走させたのか。それとも、ついに迷宮が完全に制御下から離れてしまったのか。いずれにしろ、現在の帝国は名実ともに迷宮だ――危険な敵が闊歩し、侵入者を食らう魔窟。
■
「この迷宮内はどこでもエーテルが満ちている。ここいらの濃度は高いとはいいがたいが、身を守ることくらいはできよう、王国人たる君としては慣れないだろうがね。さてジェイ、君に私の力の片鱗を見せようじゃないか」
そう言い終ると、既にラスティは跳躍していた。螺旋階段の吹き抜けを、数階ぶんを一足に跳び越え、敵兵に向かっていく。
錆びた杭は腰に巻きついていた鎖に差したままで、どうやら素手で戦うつもりらしい。
銃声がいくつか聞こえ、そのあと公社員たちが下へ向かって落下していった。
ラスティは単に、彼らを投げ落としているのだ。はっきりとは見えないが、それなりに体格のしっかりした兵士たちを、紙くずのほうに放り投げている。
やがて銃声は止み、エルフの囚人は悠々と降りてきた。
「まあこんなものだ。彼らはなっちゃいないな、エンバーヴェイルではあの程度の実力じゃ、二秒でくたばってしまうだろう。とはいえ今回はまだ生きているだろうがね」
「結構な高さから落ちましたけど」
「公社員は常人よりずっとタフだ、君だってあの高さから落ちてたいした怪我もしていなかっただろう? まあしばらくは起き上がれまい。今のうちにとんずらするとしようか」
階段を上まで登り終えると、左右を高い石壁に挟まれた通路だった。脇道もいくつもあり、上天から光は差し込んでいるものの薄暗い。
「これからどうするのですか、ラスティ?」
「私の部下と合流したい。今、こちらに向かわせているが、それでもだいぶかかるだろう。ここは道が真っ直ぐ通っていないし、しばしば構造が変わる、まことにやっかいだ。先ほどのような下級の公社員ならば物の数ではないが、もう少し上級のやつらが出現したらいささか困る、私一人ならば負けることはないだろうが、君を守らなくてはいけないからな。何、心配しなくてもこんなやくざな場所で放り出したりはしないよ。
まずは反乱軍に保護を申し出るのがいいだろう。彼らは公社員の封じられた記憶を取り戻し、皇帝の支配から解放する術を持っているんだ。君も恐らく、彼らと戦闘になり、自分を取り戻しかけたところで我が牢へ落下したのだろう。彼らと会って、完全に記憶を思い出すべきではないだろうか」
ジェイは頷いた。自分はいったい、どのような目的で竜と戦うだなんていう無謀な冒険に出たのだろう。今のところは、それが一番気になった。




