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Adventurer J/隣国への転移  作者: 澁谷晴
第七章 泥棒エルフの手記
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第八話 呪術について/吸血鬼オルムの狩り

   新帝国暦九八九年 五の月、二十七日


 〈復仇者達〉の刺客の手により呪術が使われ、わたしの獲得物がしばらくは入手不可能になってしまった。


 呪術(コンジャー)とは、第一次災厄の負の遺産のひとつだ。通常の魔術(ソーサリー)と違い、周囲のマナを汚しその性質を変えてしまう、言うなれば環境汚染だ。

 この力はおおよそすべての地域で忌み嫌われ、現在使われているのは恐らく我が祖国とアシュワンド、サライドのみだろう。


 呪術を最も忌み嫌うのはエルフたちだ。そして、彼らに最も有効な手段のひとつがそれだ。

 エルフ、あるいは優れた魔術師と戦う場合、どうするか。魔力器官を破壊せよ、という説もあるが、そんな隙があったら心臓を貫いたほうが話が早い。


 効果的なのは前述したように、魔術を使わせないことだ。戦闘が始まる前に殺すか、消耗させておけばいい。もちろんそう都合よくはいかない場合が多い。熟達の魔術師が手ごわいのは、対応力が優れているためだ。毒を浴びせても解毒してしまうし、こちらが隠れても探知の術で見つけ出す。


 魔術そのものを封じる最も優れた手段は、マナを封じることだ。呪術はひとつの回答でもある。


 エンバーヴェイル人は恐らく、ラエルの呪術師やサライドの魔女たち以上に、呪術について熟知している。

 敵兵エルフを実験台にして何世紀もの間、実戦で研究を重ねてきたからだ。

 かくいうわたしも呪術を使えるが、むろん何も考えずに多用することはできない。奥の手というわけだ。それに呪術の行使は、代償を支払わなければならない。


 もっともありふれているのは〈生け贄〉だ。サライド魔女のイメージにある、獣の頭を用いた呪術がその最たるものだ。あるいは自らのマナを汚し、その起点とすることもできる。この場合、しばらく魔術の行使は不可能となり、後遺症に苦しむ羽目になる。苦痛だけならどうということはないが、一発限りの隠し球は当然望ましくないがために、あまり実戦で使いやすいとは言い難い。


 呪術に汚染された場所のマナを正常化するには、高度な神聖術が必要となる。かなり効率が悪く、数人がかりで一週間ほどかけて儀式を行う。それでせいぜい小部屋ほどの範囲を浄化するのがやっとだ。アシュワンドなどは国じゅうに穢れたマナが広がっているために、気の遠くなるような時間をかけなければ正常化は難しいだろう。


 穢れたマナを用いて魔術を使うことはかなり難しい上に、魔力器に異常をきたす。それを続ければ体を循環するマナに穢れが混じり、全身にダメージを負う。第一次災厄のころの勇者たちやアシュワンドの僧侶たちは、それを続け、対抗策として魔術や投薬で無理に回復を図り、結果独自の呪いを発達させた。


 エンバーヴェイルでは、エルフに対抗するためにラエルの技術を流用し、人工的・長期的に魔力器を改造して、エルフと戦うため呪術士の一族を生み出した。それでも彼らの寿命はひどく短く、四十歳を迎えることはまれだ。


 結局、魔力器と脳にはあまり触れないほうがいい、と我々はかなり隅々まで弄繰り回してから結論付けた。




   新帝国暦九八九年 五の月、二十九日


 街に危険な怪物出現の情報が入った。それは変異したバジリスクで、恐ろしく強い毒を手に入れてしまったらしい。

 やつらの石化の視線の危険度は、冒険者なら誰もが知るところだが、血液が持つ毒についても細心の注意が必要だ。これは生物の体を分解する恐ろしいしろもので、バジリスクを殺す場合剣を使ってはならず、たいていは魔術で焼くか最悪撲殺が選択される。


 普段は勇猛な冒険者たちもこれには尻込みした。今回の個体はどうやら吐息すらも毒で、植物を枯らしながらジャングルを徘徊しているそうだ。

 しかし、救い主が現れた。どこから聞きつけたのか、王国の冒険者が街を訪れたのだ。


 オルムと名乗ったその人物はドヴェルの女性で、吸血鬼だった。

 ドヴェルは髭や髪を伸ばし放題にしているがために、誰が誰だか分からないことがほとんどだが、オルムは一目で異様さが分かる。多くのドヴェルと同じく赤銅色の髪をしていたが、斑点のように所々色が抜け、件のバジリスクよろしく毒々しいマナを放っている。


 彼女はダガーピークを拠点とする冒険者クラン〈黄金の血〉の一員だった。

 全員が吸血鬼で構成されるこのクランは、ある特定の対象の血しか飲まないという偏執的な者たちのみで構成されている。


 この名高いクランでもっとも有名なのはその頭目、〈竜血のラドゥ〉であろう。元はソルフォール公王の側近騎士〈竜の仔(ドラキュラ)〉でありながら、何らかの理由で解任され、放浪と竜狩りを続け――彼は竜の血のみを飲むのだ――その後かのクランを結成した。竜神ヴィロックスの〈許し〉であるという竜殺しの魔剣を携えた彼は、半ば伝説の中の存在だ。


 オルムが自らの嗜好として選択したのは毒の血だ。危険きわまる有毒生物と戦い続け、その結果あのような姿になったのだ。

 恐らくラエルは中つ庭(ミッドガーデン)の出身者なら、彼女の肥えた舌をも満足させることができるだろう。あの場所は大陸中の毒が集まった地獄だ。中つ庭の出身者と戦うならバジリスクと同衾するほうがよほど安全だ。


 わたしはガラールから、オルムが無事に仕事を終えることができるかどうか見届けるように依頼された。その代わり礼拝堂の金庫に手をつける許可を得た。果たしてそれが盗みと言えるのかどうかは分からないが、試す価値はありそうだ。それに名高い〈黄金の血〉の冒険者がどのように戦うか、多少興味があったので、わたしは依頼を受けることにした。


 手始めに市場を巡り、最高級の解毒薬と魔術のかかった防毒マスクを拝借した。それでもオルムとバジリスクの戦闘にあまり近づく気にはなれなかったので、千里眼でオルムを補足し、十分に距離を取って風上からわたしは彼女を追跡した。


 道中、森の中に住まう放浪のウッド・エルフや、近隣の村人と何度か遭遇した。既に死者も出ている上に森が結構な範囲で枯れている。やつを必ずや始末してくれ、と口々に言う彼らに、オルムは討伐を約束した。


 この吸血鬼は根拠なく確約したのではない。彼女が倒したこれまでで最大の魔物は、コルニスタンとアシュワンドの国境付近に沸いて出たワームのアンデッドだろう。その巨体と悪臭、毒の息で大暴れしたこの怪物を仕留められる者は少なく、その中でも喜んで毒を浴びる者は彼女くらいだ。


 オルムが吸血鬼としてのどれほどの(クラス)かは分からないが、日光の下でも痛痒なしに活動しているところを見ると、それほど上ではなさそうだ。とはいえ、吸血鬼の強さはそれほど単純ではない。格上となるにしたがって、弱点も増えるからだ。陽光は肌を焼き、流水を渡ることはままならず、他者の家には招かれなければ入れない。魂魄そのものが、昼と人の領域、聖なるものを拒絶するからだ。だからソルフォールの貴族たちは、自らが所有する常闇に篭り、逆にそれを強力な鎧としているのだ。


 次第に酸か何かで焼かれたような野生動物の死体が目立ち始め、木々も立ち枯れたものが並んだ。バジリスクの通った後が茶色く焼けただれ、緑色の毒液が続いている。オルムはほくそ笑み、毒を口に含んで「上物だ」と呟いた。


 わたしはそこから先、かなり距離を取っていたために直接は見ていないが、結果から言えば、やはりオルムの圧勝だった。

 バジリスクは巨体で、空腹だった。餌はすべて死んだか逃げ、気が立っている。もっとも危険な獣だ。

 オルムに毒を浴びせかけるが、効果がないばかりか、彼女のマナが活性化し、水を得た魚といった有様だ。


 昔聞いた小話を思い出す。あるところに怖いものなどひとつもないという男がいた。周囲の人間は彼を怖がらせてやろうと、一つくらいあるだろうと執拗に問い詰める。ついに男は「実はマフィンが怖くてしかたがない」などと言い出す。そこで皆が彼の部屋にマフィンを投げ入れると悲鳴が上がり、どれほど怖がっているか見ようと部屋に入ると、男はマフィンを貪り食っていた。皆は男に一本取られたのだ。


 わたしの千里眼は、バジリスクのものよりもさらにおぞましい、死そのもののようなマナを一瞬捉えた。

 〈黄金の血〉の構成員は、ある奥義を使えるのだと聞いたことがあった。自らがそれまでに吸ってきた血の力を発揮し、凝縮した形で行使するのだと。毒ばかり飲んできたオルムの場合は当然、猛毒だ。環境に配慮して手加減はしたのだろうが、きっとあらゆる種類を摂取してきたであろう彼女が作り出した最悪のそれを、バジリスクに打ち込み、たちどころに死に至らしめたのだろう。わたしはオルムが喉を鳴らして獲物の血を啜り始めたところで帰還することにした。


 礼拝堂に戻り、ガラールに報告を済ませその夜、金庫から報奨金をいただいた。それは盗みには違いないが、事前に盗みの許可を得たという点がハルミナには気に入らなかったらしく、翌日には半分ほどに目減りしていた。

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