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Adventurer J/隣国への転移  作者: 澁谷晴
第七章 泥棒エルフの手記
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第三話 冒険者たち、そして〈巨像〉との遭遇

   新帝国暦九八九年 五の月、十五日 


 高温多湿の草原を進み、特有の植物や獣を目撃してやはりここはコルニスタン南部だと再確認した。こちらの武装は魔法銃と五日分の携帯食料、テント、応急処置のための魔法薬、そして〈闇浸し〉、といったところだった。


 わたしは呪いの力を確かめながら川沿いに進んだ。あの女が言っていたことは恐らくは嘘ではあるまい――ハルミナは詐欺師と盗人の神だが、その神話において彼女はルールの説明には嘘を混ぜることはない。その中で相手を欺くのを好むからだ。しかし、我が命綱であるだけに実際に確かめることは極めて重要だった。


 結果から言えば、野外活動において我が呪いは大いに有用だった。

 試しに野鳥に接近したところ、相当に近づいてもこちらに気づく素振りはなく、露骨に触れて初めて鳥は逃げるに至った。


 次に〈闇浸し〉を用いて獣を殺害しようと間近で振り上げたところ、腕が痺れたように動かなくなり、それは叶わなかった。

 やはり殺害は明確に封じられているようだ。


 ならば、と、獣の肩の肉を主要な血管や臓器を避けて削ぎ落とした。血を流しながら、そいつは何事もなかったかのように立ち去ろうとした。わたしは律儀にも治癒の魔術で傷口を塞ぎ、肉に火を通して食べた。


 これが都市であればコトはもっと容易だ。懐からいくらかいただき、そこらの宿で暖かい夕飯を摂れるのだ。

 報酬を受け取ることができないという呪いのほうについても、小額の使い走りか何かで試したいところだ。


 三日目、冒険者の一団と遭遇した。屈強な男たちで、わたしは気配を消さずに近づき、街の場所を尋ねた。

 ここから一日の距離に南部の大都市レナーデが位置しているそうだ。ハルミナの魔眼によって活躍した英雄の名の付いた都市とはなんとも皮肉だ。おまけにレナーデは、王国のダガーピーク、帝国のサンクチュアリと並び盗賊の都として知られる。あの女神が皮肉をきかせたつもりか、成功を祈っての計らいなのかは分からないが、ひとまず食料と寝床の心配はしなくて済みそうだった。


 冒険者たちと一旦別れた後、食料と水を少し頂戴しようと再び近づくと、彼らは獲物の話をしていた。

 〈巨像(コロッサス)〉と呼ばれるマナ溜りから生まれた巨大な魔物を退治するために、彼らはここを訪れていたのだ。わたしは千里眼を使って、それの居場所を既に察知していた。レナーデへの道からは逸れるが、〈闇浸し〉の試し切りも兼ねてわたしはそちらへ進んだ。彼らの獲物を盗んでしまおうというわけだ。魔物は歩いて三十分ほどの位置にいた。


 そいつは身の丈十五メートルほどで、見た目は木彫りの無機質な像に見えた。蔦や苔が生えた巨躯をゆっくりと動かし、下草や潅木をなぎ倒して闊歩している。


 わたしは気配を消し、走ってそいつの左足を〈闇浸し〉で斬った。バターを斬るように足首部分が切断され、体勢を崩したところで〈跳躍〉の術を自らにかけ、胸部を斬り付けた。


 呪いに束縛されなかったのは、こいつが生物ではないからか、あるいは盗みの狩り場となる都市をも脅かす危険な魔物であったためかは定かではなかったが、巨像は核が存在する心臓部分を傷つけられ、前のめりに倒れた。周囲の草花が舞い飛び、広範囲の鳥たちが騒がしく木々から飛び立った。


 呪いと〈闇浸し〉のおかげではあったが、エンバーヴェイルで対峙した一つ目巨人(サイクロプス)に比べればまだ穏やかで、仲間を呼び寄せないぶん楽な相手ではあった――おまけにあちらと比べて悪臭を放たないのがありがたい。


 今の轟音を聞きつけた冒険者たちがこちらに来て、倒れた巨像を見つけた後、既に倒されていたと報告するか、あるいは自らの手柄とするであろう。


 わたしはレナーデへ向かって歩みを進めた。


 その日の夜、腐りかけたハイエナのアンデッド数匹に遭遇した。わたしはそいつらの首を刎ね、〈浄化の火〉をもってこれを清めた。巨像と同じく、呪いの妨げはなかった。やはりアンデッドや、ゴーレムのような魔法生物を害することは「殺し」に該当しないのだろう。


 わたしは念入りに周囲を千里眼で見た後、侵入者を探知する結界を張り横になった。

 アシュワンドのように呪われた地でなくとも、浄化されずにマナ溜りの付近で死んだ生物が起き上がることはあり得る。しかし、もしかすると屍術士(ネクロマンサー)が実験として不法に蘇らせたものかもしれなかった。

 複数の、アンデッドと化した屍術士たちを相手にするほど、気のめいることはない。お互いを蘇生しあい、新たにゾンビを作り出し、周囲は腐肉と臓物で溢れるからだ。何度か繰り返すうち、腐臭の中でも平然と食事できるようになったが、あれを日常としているアシュワンドの戦士たちにはまったく頭が下がる。


 帝国では人族はもちろん魔物であっても、蘇生は全面的に禁止されている。確か、自前で用意した肉を使って擬似的なアンデッドを作成するのは条件付きで許されていたはずだ。王国と南方では、冒険者や傭兵が、いくつかの条件を満たしたのなら特例として許される。


 死を繰り返すごとに蘇生の成功率は下がるし、一度目と言えど必ず記憶や人格になんらかの問題が発生する。魂魄がひと時でも肉体を離れたのなら、元の状態に復元することは大屍術士ジークにも、サライドの〈大墳墓の魔女〉ウィルヘルミナにも不可能だ。対象の状態によっては即座に魔物と化し〈喊声平原の悲劇〉の再現となりかねない――阿鼻叫喚の腐臭の大乱戦だ。


 今回のゾンビたちはどうやら自然発生したもののようで、わたしはしかし用心のために、〈闇浸し〉の影を纏い、完全な闇に包まれて眠った。

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