第八話 グラスムーン・イレギュラーズ
かねてよりカルドランド国王の帝国来訪が予定されていたが、この混乱で中止となり、代わりに帝国への声明が発表された。
〈迷宮公社〉は悪魔の同時出現という困難に立ち向かった、まさに勇者たちと呼ぶべき者たちだ。我々王国は冒険者の後裔として、彼らを称え、活躍を祈っている――という内容だ。
それから数日のうちに多くの迷宮で、未発見だった財宝が確保され、大商会に流れた。新たな魔具も多数見つかり、魔導局へ送られた。そして公社の社員たちには、死者はおろか負傷者すら出ていない。もちろん冒険者たちのように、大酒を飲んで騒ぐことも、乱闘をすることもない。
世論は彼らを肯定する一方で、今まで冒険者たちは何をしていたんだ、という非難も混じり始めた。
それから一ヵ月後、皇帝は一年後にアデレード皇女へ帝位を譲り、皇帝から退くと発表。彼女の人気にもまた火がつき始めた。
「明らかに異常だな、何かが起こりつつある。だけどおれには止めようがないね」ヴィゴは〈硝子の月〉亭で酒を呷りながら言った。「おれの妄想かもしれないけれど、国民が、帝国そのものが何かの力である方向へ誘導されてるようにしか思えないんだ。いくら殿下が優秀とはいえ、不自然だ」
壁にはでかでかと、アデレード皇女の肖像が貼られている。ジェイはそれを見るたびに、どこかで見たような気がするのだがはっきりしない。
迷宮から発掘された魔具の中に、映像を記憶するものがあったらしい。その技術が解析され、そのうちにラジオのように映像を送る装置が完成するというニュースが流れた。いずれは各家庭で映画を見るように、同時にひとつの映像を見られるようになるそうだ。
「そんなもんが売れんのかい、映画は映画館で見りゃいいだろ?」ダリルはよく分からない、といった表情で言う。
「これは革新的なことだよ。映像の力は音声だけよりも遥かに大きい。宣伝にも相当効果的だろうな」ヴィゴは皇女の肖像を見ながら、「あの麗しの殿下の姿が映り、下々の民に声を届けてみろ。大衆は熱狂するだろうね。エーテル網の拡散といい、アデレード朝は情報で溢れる時代になるかも知れない。頭の痛くなる話だ」
いっそジェイと一緒に王国へ戻るべきかもしれないな、潮時だ。ヴィゴはそうつぶやいた。
「ならオレたちでクランを作るってのはどうだい?」ダリルは名案とばかりに言う。ジェイは意外に思った。
「ダリルは帝国にい続けるつもりじゃないんですか」
「オレは騒がしいのはそれほど好きじゃねえんだ、故郷の繁栄はめでてぇけどさ、クロムウェルの祝祭も、大通りの喧騒に囲まれて味わうより、路地裏でかすかに聞こえてくるのを聞くほうが粋なのさ。なによりあんたと組めるってのが好ましい」
未だにダリルは自分を盗賊にしたがっているのだろうか? とジェイはいぶかしんだ。そのうちクランも盗賊団まがいのものに成り果てるのではないだろうか。
酒の上での与太話に過ぎないと思っていたら、いつしか話は大きくなっていった。ギルドで顔を合わせることが多いベネディクトやレナーデ、イアンやヌヴォラなどもいつしか同行したがっている。
帝国では現在、カルドランドへ移動する冒険者が後をたたない。ごたついているこの国を出ていっそ向こうで一旗上げようというのだ。ヴィゴなどはなんともはかない夢だ、と日ごろ揶揄しているが、彼もクラン創設の話には乗り気だった。
その日はやたらと盛り上がり、クラン名をどうするかという話で大揉めとなった。イアンがやたらと仰々しいものを提案するが一蹴され、最後はジェイが挙げた〈硝子の月の不正規連隊〉に決定、その流れで彼がクランマスターにされてしまったところで酒宴はお開きとなった。
■
「それで、確かなのだろうなシャユ。〈災厄〉の消滅は」
老王は魔人にそう問うた。相手は首肯する。
「確かじゃな、災厄の痕跡は察知できぬ。勇者がその身を犠牲に、第七次災厄を打ち滅ぼしたのは間違いがない。代償はあまりに大きかったが」
「しかし、その残滓は未だに――」
「あれは彼女自身の力じゃよ、もはや」デレクの言葉をさえぎって、シャユは断じた。「彼女がその力を誤った方向へ使わぬように見届けるのは帝国の民と、お主の仕事じゃ。我々は今一度、この世界から姿を消そう。次なる災厄が訪れるまで」
王に背を向け、シャユは秘めた真実を反芻する。
あるいは災厄は未だに、勇者の内側で燻っているのかも知れない。それでも自分は、自分たちは手を出すことはしない。
すべては混沌の神の計略どおりに進んでいるのだ。
あの勇者もまた、道化の一人だ。それも自らを英雄と思い込んでいる、もっとも滑稽な道化だ。
だから今は、彼女の――あの死せる冒険者の好きにさせておこう。




